三話 勇者の休日(1/2)
暇だ。
『ぶっ殺されてーのか?』
暇だって言っただけでえらい辛辣だな…。
『テメーのせいで俺様は身体乗っ取られてんだぞ。
あぁー今すぐにでもテメーを八つ裂きにしてーなぁ!!』
そんなこと言われたってなあ。
俺がお前の身体に入っちゃったのは俺の責任じゃないし。
寧ろ俺がいるおかげでお前が人殺しできないんだから、万々歳だろ。
『俺様は万々歳じゃねーよ!クソが、ふざけやがって!
主導権さえ取り返せりゃテメーなんか微塵切りにしてやるってのによォー!』
今日のシックは何だか虫の居所が悪いみたいだ。
それもそうか。
俺がこの世界に召喚されて、はや八日目。
全く知らない他人に自分の身体を使われたあげく、自分が思ってることと全然違うことをされるってのはきっと相当ストレスがたまるに違いない。
『わかってんなら今すぐ返しやがれ羽虫野郎が!』
だから俺の意思じゃ無理だって。
仮にできたとしても、お前に返すなんて絶対にしてやんないし。
『チクショーめ!!
身体取り戻したら絶対にぶっ殺してやるからな!!
覚悟しとけよこのクソ野郎!!』
…ああ、こんな声毎日聞いてたら頭がおかしくなりそうだ。
折角今日は学校も訓練も休みだってのに、俺まで気が滅入ってくる。
本を読む気にもなれないし、しょうがない。
たまには町に出て気分転換でもするか。
『気分転換だと~!?できると思うか!?
テメーの魂がストレスで壊れるまで喋ってやんよ!
ギャハハ!!』
あああああ、無視無視!
雨上がりは蒸し蒸し!!
─────────────────
というわけで、今俺は王都にいる。
城を出ればすぐそこなのでそんなに時間はかからないはずなのだが、一応俺は国家機密満載の存在なので、休日中に城の外に出るには手間がかかるのだ。
色々手続きを踏んで外出の許可を貰えた頃には、もうお昼時になっていた。
「お腹すいたな…。何か食べるか」
『あーあー!俺様は食いたくても食えねーのになー!
世の中には食いたくても食えねー奴がごまんといるのに贅沢だよなぁー!』
うぜぇ…。
だいたいそれを引き合いに出されたところで今すぐどうこうできる話じゃないことぐらいわかってるだろうに。
ここカスティーラの王都【ステラ】は、島国であるという点と優秀な騎士団の存在で、魔物の侵攻を完全にシャットアウトしている。
外敵の心配がないこの国の建物は、名だたる建築家たちによって思いの外好き勝手に作られているのだ。
現代日本のような整然とした五階以上の建物がちらほらあったり、構造上使い勝手が悪いんじゃないかと思えるような奇抜な建物もあったりと、様々なデザインの建造物が目に飛び込んでくる。
しかし単体で見るとへんてこな建物も、全体を見渡しながらでは意外としっくりきてしまうのだ。
和洋折衷なんて言葉もあるが、この国は混沌折衷と言った方が正しいと思う。
それらを眺めているだけでも結構時間が経ってしまいそうだが、今の俺は腹へり状態。
そんなことはお構いなしに、いい匂いのするほうへと身体が流されていくのだった。
流れ流れて三千里…はさすがにないけど、城からそこそこ離れた場所に来た時、近くのレストランが目に入った。
イタリアだかフランスだかの料理が出そうな、白を基調とした見た目の綺麗な建物だが、置いてある看板には和食みたいに魚とかご飯とかを盛り付けた料理の絵も描いてある。
この国は何でも混ぜてないと気がすまないのだろうか。
でも個人的にはその方が色々楽しめてお得だな、と思う。
というわけでそのお店に入ってみることにしてみた。
ん?お金はどうしたって?
心配ご無用。
王様から支給されたお金がちゃんとあるのですよ。
カスティーラ王国専用の通貨、スティがね。
なので買い物にはまったく困らないのである。
『誰に説明してんだテメー』
店に入ると、店員さんがカウンター席に案内し、メニューを渡してくれた。
「ご注文がお決まりでしたら、どうぞお呼びください」
丁寧な対応だなあ。
日本を思い出すこの感じ。
この国は魔物に怯えなくていいから、色んなところで人々の心の余裕が感じられる。
こういう細かい気配りとかも、そういった環境が生み出しているものなんだろうな。
…それはそれとして、メニューが読めない。
まだ文字を覚え始めたばかりなので、オルス文字で書かれていたところでわかるわけがないのだ。
【降霊術】の効果で話す言葉も聞く言葉も翻訳が効いているのは本当にありがたいことだけど、その辺も融通効いてくれませんかね。
『我が儘抜かしてんじゃねーよクソガキが。
世の中何でも思い通りになると思ったら大間違いだからな』
わかってるよ、うるさいな…。
でも写真はついてるから、感覚で何となく選べるかもしれない。
ええと…これは海鮮系で、これはステーキか。
お、ご飯ものの定食もあるな。
何を隠そう、俺は白飯派なのだ。
メニューに書かれているようなのはどれも好きではあるけど、せっかく外食するならしっかりしたものが食べたい。
俺は店員さんを呼んで写真を指差し、何とか注文へとこぎ着けたのだった。
しばらく待つと、料理が運ばれてきた。
「お待たせしました。
渋さマシマシ健康定食です。
ごゆっくりどうぞ」
ん?聞き間違いかな?
渋さとか聞こえたけど。
まさか、ただの和定食じゃないか。
味噌汁に魚に野菜炒めと確かに健康には良さそうな品目だけど…。
俺はいただきますと言ってから、まずはと白飯に食らいついた。
……。
……………。
……………………………にっっっっっっっが!!!
なにこれめっちゃにがっ!!!
青汁みたいに苦いくっっっっそにがっ!!!
え、まさか他の品目も?
…………にっっっっっっっが!!!
どうなってんだこれ!
何で白飯の見た目しといてこんな苦いんだ!?
つーかこの定食の品目全部苦い!
ご飯から魚から野菜炒めから何から何まで苦い!
何なの!?嫌がらせなの!?
金を取って嫌がらせするの!??
どんなお店だよ!!
何故か突然研ぎ澄まされた俺の聴覚が、店の奥にあるテーブルを清掃しているウエイトレスさんたちの会話を捉えた。
「あの人、ニガ定食食べてるわ…」
「嘘でしょ?あんな、店長が趣味で出してるだけの金取り料理を?」
「そうよ。品種改良で栄養が豊富になった代わりにすごく苦くなったって言う食材だけで構成された、あの定食をよ…」
「私無理。想像するだけで吐き気がするわ…おえっ」
やっぱり地雷料理かよ!!
苦いって書いとけよ!!
…いや、俺が読めなかっただけか。
『ぶひゃあははははは!!!
おかしくって腹痛いわぁー!!
あは、あひゃひゃひゃひゃ!!!』
シック…!謀ったな、シック!!
知っててなにも言わなかったな!?
魂だけで味を感じないからって俺に嫌がらせしたなぁ!?
この野郎許せねぇ!お返しだ!
俺がネットサーフィン中にうっかり見ちまったこの濃厚なBL本でも食らえ!
『ぎゃあああああ!!止めろ!!
不快な腐海を見せんじゃねえええ!!』
ふはははははー!!
そうら苦しめ苦しめぇー!
「あの人、ニガ定食食べて笑ってるわ…」
「やだぁ…遂に店長と同じ領域の人来ちゃったのね…」
─────────────────
何とか食べきって店を出た頃には、もう二時間は経っていた。
会計の時に店員さんが変な目でみてきたことはスルーしておく。
つ、疲れた…栄養取れて身体は健康になったけど疲れた…。
『お前…うっかりとか言いながらがっつり見てんじゃねーかよ…。
苦手じゃねーのかよ…』
向こうの友達にそういうの好きな人いて、何度か見せられたこともあるからな…。
好き嫌い云々は置いといて耐性はできてるんだよ。
たまに面白いストーリーとかあるから、一応目についたら一通り見るようにはしてるんだ。
『何だこいつ…男同士とかキモすぎて無理なもんに耐性あるとか…』
他人の趣味は否定するものじゃなく、黙認するものだからな。
それよりどうしよう。
なんかもう色んな意味でお腹いっぱいだ。
せっかく町に出たんだからゆっくり見ていきたいと思う反面、さっさと部屋に帰って休みたいとも思うのだけど…。
どうしようか悩みながらぶらぶらと大通りを歩いていると、大きな荷物を抱えたお婆さんと、走り回っている子供たちの近くまで来た。
子供たちは別の方を見ていてお婆さんに気がついていないようだ。
走っている子供を避けようとお婆さんが端によるが、段差に足をとられてお婆さんは倒れそうになる。
「危ない!」
俺はすかさずお婆さんの身体と荷物を倒れないように支えた。
「大丈夫ですか?」
「ああ、ありがとうね」
俺とお婆さんの会話で子供たちがお婆さんに気づき、ごめんなさいと謝ってきた。
「いいんだよぉ。ちゃんと周囲を見て、怪我に気を付けて遊ぶんだよ?」
子供たちは元気よく返事を返し、公園に行こうぜ!と言いながら走っていった。
俺も子供の頃は周囲の迷惑とかあんまり考えずに遊んでたな…。
しかしこのお婆さんの荷物、結構重そうだ…きっと家へ帰る途中だろうし、持っていってあげよう。
『カァーー!!アフターサービスまで充実してるとか!
っぱマサヨシさんはちげぇ↑わぁーーーー!!』
……いちいち相手してられるか。
「お婆さん、この荷物持ちますよ。どこまでです?」
「本当かい?優しいねぇ…すまないけど、あたしの家まで頼むよ」
『カァーー!!老若男女に優しいマサヨシさんマジパネェ!!
俺様と大違いだわっカァーー!!!』
なんだその語尾…ふなっ○ーかよ。
そこそこの距離を歩いて、お婆さんと荷物を無事に自宅まで送り届けた。
「わざわざありがとうね。これはお礼だよ。
近くのお菓子屋で売ってる甘いクッキーなんだけどね、あたしの大好物なのさ。
きっとあんたも気にいるよ」
お婆さんは自分の鞄から小包を取り出すと、俺に渡してきた。
甘いものは俺も大好物だからすごく嬉しい。
「ありがとうございます。いただきます」
「じゃあね、本当に助かったよ」
そう言って、お婆さんは自宅に帰った。
それを見届けてから早速小包を開け、何個かあるクッキーから一つとって、一口。
確かにすごく甘い…でも口に残らない甘さなのでまたもう一枚とすぐに手が出そうになる。
ああ…嗜好品とはまさにこういうもののことだよな…。
俺はゆっくりとその味を噛み締め、昼の苦味を消すことに専念したのだった。
…………………ブブフゥ!??!!!???
なんだァーッ!?
と、突然甘味が昼に食べた定食の苦味に変わって…。
グエェェー!!
『ギャハハハハ!!やったぜベイベー!!
テメーの記憶を元に脳の信号を書き換えてやったわ!!
バーカバーカ!!』
き…貴様ァ!!
俺の好みの味を阻害しやがって!!
俺を本気で怒らせたな!!!
こうなったらパンドラの箱を開いてやる…。
この俺ですら吐き気を催す性癖の数々を食らうがいい!!
プラグイン!タブー.EXE、トランスミッション!
『お…ギャアアアアア!!!
ぐ、オエエエエエエ!!
何だこれは…!
こんな発想が人間にあってたまるかああああ!!!』
ネット社会の闇を知れ!!
食い物の恨みを…思い知れええええ!!!
『ああああああああああああああ!!!!』
─────────────────
俺はふらふらになりながらも道の端に避難し、壁にもたれかかった。
見ていて体調が悪くなった画像とか動画をシックに見せるためだけに思い出したせいで、俺の精神力は限界に近かったのだ。
具体的には…いや、これ以上気分を悪くしたくないので止めておく。
『わ、わかった…もう変に脳の信号弄ったりしねーから…止めてくれ…うっぷ…』
人を殺す以上に吐き気を催すものがあるのかとも思ったが、俺が味わったトラウマは殺人鬼でさえノックダウンさせるらしい。
やはり一番恐ろしいのは人間なのでは…?
…とにもかくにも、これで今後シックに食事を邪魔される心配はないだろう。
もし次同じことしたら体験も想像で補って送りつけてやる。
二十四時間耐久レースだ。
(こ、こいつ…恐ろしいやつ!
本当にこんなんで純粋さが保たれてんのか!?)
何か言っているような気もするけど…。
まあいいや、無視しとこう。
はあ…こんなくだらないことでせっかくの休日が過ぎていくのかぁ…。