二話 出会いと修行と姫様と(3/3)
「疲れたぁ~…」
自分用に用意された部屋に戻るなり、俺は身体をベッドへと放り投げる。
身体が沈む感覚がなんとも心地いい。
テレンス副団長との修行方法は、主に実戦形式でのものだった。
素振りだとかスタミナをつけたりとかよりも、とにかく身体を動かして剣の扱い方を身体で学んだ方がいいとのこと。
しかし俺は剣の扱いに関してはずぶの素人。
何もわからぬままにひたすらテレンス副団長へ木刀を当てようと頑張ったが…。
結果は、お察しである。
頭に何回もテレンス副団長からの木刀を食らったせいで少し痛い…。
手加減はもちろんしてくれたんだろうけど、もうちょい優しくしてほしいな…。
そんなこんなで、修行も終わって帰ってきたのだ。
夜ご飯も食べ、広々とした浴場で身体を洗い流した後なので、余計にくたくたな感覚が全身を襲っていたのだった。
『この程度で情けねーな。
そんなんじゃ城の兵士との鬼ごっこにすーぐ捕まっちまうぜ?』
そんな危機的状況にはならねーよ。
…ならないよね?
誰かならないと言ってください。
『ぎゃはは!気の休まる暇がなくて大変ですなw』
単芝生やすな。
…え、どうやって発音してるのそれ。
『ま、俺様としてはその方が助かるがな。
お前が自らの罪以外で追われるというストレスによって心が壊れちまえば、もしかしたら身体の主導権を取り戻せるかもしれねーしよ!』
ストレスならお前が喋るだけで相当かかってるんだがな…。
まさか殺人鬼と四六時中会話する羽目になるとは夢にも思わなかった。
『どうせ元の世界で俺様みてーなやつにあったところでてめーはビビッてまともな話なんざできやしねーよ。
お坊ちゃんみてーな生活してたてめーにはな』
…確かに、覚悟していたとはいえ、いざそういう場面になったら俺は臆してしまうかもしれない。
あの死んだ日以外はこれといったトラブルに巻き込まれたわけでもない。
トラブルに巻き込まれたら巻き込まれたで即死んでいるのだから、あそこでからまれなくてもいずれはどこかで死んでいたのかもしれないな…。
『まったく、これだから理想だけで夢を語るアホは嫌いなんだよなぁ…。
身の程をわきまえないというか、目を背けようとしてるっつーか…』
それでも俺は理想を語るよ。
それこそが俺の子供の頃からの夢だからな。
『勝手にほざいてろよ。
俺様の身体を壊すことだけは許さねーけどな』
それからしばらくベッドでごろごろしていたが、なかなか寝付けない。
おかしいなぁ。
普段ならもっと早く寝ているはずなのに…。
『俺様の身体は闘争を求めているからな。
お前が本格的な修行に入ったことで、元々の逃亡生活のリズムが戻りつつあるんだろうよ』
なんてこった。
つまりこの身体自身も、俺という異物を受け入れてしまったがために、元々シックが行っていた生活リズムに戻ってしまったということ。
そしてその状態での休み方を理解しているのはシックなわけだけど…。
『教えねーよ?ギャハハ!』
という始末。
まさか一週間たっていきなり深刻な課題が起きるとは…。
どうしよう。
ちゃんと寝ないと元気がでないぞ。
コーヒーとかがあるかもわからないし、どうしたら…。
『やーいやーい、お前の朝の顔ゾンビー!』
小学生かよ!
そもそもこれはお前の顔だ!
『怪談話をしてやろう。
ある朝目覚めたら…指名手配の男が隣で寝ていた!!』
ああもう、うるさいうるさい!
よけい寝れなくなるだろ!
頭の中で煽りに煽ってくる声をかわしつつどうするかを考えていると、部屋の扉から控えめに三回、こんという音が聞こえた。
そして扉の向こうから可愛らしい声が響く。
「勇者様。シーナです。お時間のほど、よろしいでしょうか?」
なんと夜の訪問者はシーナ姫その人のようだ。
こんな時間に何の用だろう?
『あれだな、夜這いってやつだ』
あほんだら。色情魔。
「はい、問題ありません!ただいま扉を開けますね」
返事をして扉を開けると、普段のお姫様然とした姿ではなく、おそらくは就寝用であろう姿着に身を包んだ、可愛らしいシーナ姫がいた。
「シーナ姫。このような時間にどうなされたんですか?」
一応失礼のないように言葉遣いに気を付けながら話す。
下手にため口で話すと不敬の罪に問われるかもしれないしな。
すると、シーナ姫は頬を膨らませ不服な表情になる。
「あ、あの…?」
「どうしてそのように他人行事なのですか?
話を聞いた限りでは、コウコウセイというのは十五歳から十八歳までの方の総称でしょう?
私はもう十五です。
年の差はほとんどないのですから、もう少し崩しても構わないのですよ?」
可愛いという感想しか出ない。
これがロリコンの皆さんの気持ちなのだろうか…。
しかし年の差がないだって?
それにしては身長が低いような気もするが…。
『お前俺様の身体だってこと忘れてねーか?
俺様は二十歳を越えてんだから、違って当然だろ』
でも身長あんまり変わんなかったしな…。
『じゃあてめーんとこの世界が巨人なんだろ。
こいつはこのくらいの年なら相応の身長だぜ』
そうなのか…。
イザベルもアリスさんもこの身体との身長差が大してないように見えたからそう思ったけど、もしかしてあの二人って元の世界でいう成人の部類なのか…?
まあ、それは今はいいや。
「そう言われましても。
姫様相手に崩した話し方をするのは、他の方にも迷惑でしょうし…」
俺が言い訳すると、シーナ姫はより頬を膨らませた。
まるで風船だ。可愛い。
すると、いいことを思いついたと言わんばかりの笑顔になり、人差し指を立てた。
「では私と二人だけの時は口調を崩すことを許します。
それで構わないでしょう?」
しかし…とは思ったが、ここまで言わせておいて意地を張るのも逆に失礼かもしれない。
ここは折れておいたほうが、シーナ姫もこれ以上頬を膨らませることはなくなるだろう。
「わ、わかりまし…わかったよ、シーナ姫」
そういった途端、シーナ姫はぱあっと笑顔になり、手を後ろに組んで上目遣いでこっちを見た。
「ふふ♪合格です」
可愛い。守護らねば(義務)。
『てめーどんどん思考がキモくなってやがるぞ』
シーナ姫を部屋の奥に案内し、椅子に座らせる。
俺も同様に対面に座った。
「それで、こんな時間にどうしたの?
お姫様が寝室を抜け出したりすると不味いんじゃ…」
漫画やアニメの知識でしかないけど、お姫様のスケジュールはかなり厳しい上に過保護極まりない。
こんな馬の骨どころか塵芥以下の犯罪者の身体がある場所に、しかも無防備な姿で単身乗り込んでは何が起こるかわからない。
『言ってくれやがるなてめー』
当然の反応だろ。
「うふふ、心配ありません。
お父様も勇者様の純粋さなら信用できると仰っていましたし、これでも武術の心得がありますわ。
扉の前にもお付きのメイドがおりますし、もし何事かが起きても問題ありません」
お付きのメイドって…そこは兵士じゃないのか。
「私が勇者様のお部屋にお邪魔させていただいているのは、王族の作法をお教えしようと思い至ったからです」
「王族の作法…?」
なぜ姫様が直々に?
メイドさんでもよかったんじゃ…。
「はい。勇者様として世界を巡る以上、他国の力を借りることもあるでしょう。
その場合に粗相のないようにしたいと母上が仰りました。
そこで、その教育係に私が名乗りあげたのです」
ふむふむ。
確かに世界を巡るにあたって、その国ごとの補助は必要かも。
そしてこの世界の作法を知らない俺は当然、事情を知らない人からすればただの無礼者として見なされるに違いない。
「私が今まで学んだことをきちんと誰かに教えることができるのか。
そして、誰かに教えることでより自らに刻み込むことができるのではないか、と思い立候補したのです」
なるほど、理に叶っている。
確かによく鮎に対して勉強を教えたりしたことがあったけど、テストで思い出すときに非常に強く記憶に残っていることが多かった。
たまに間違ったことを教えてしっぺ返しを食らうこともあったけど…。
「でも、大丈夫なの?ほら、凄く忙しかったりするかもしれないし」
「私なら大丈夫です。
この時間をもうけるために日々のスケジュールも調整したんですから」
そこまでしてくれているのであれば、あまり心配はないか。
でもなあ…やっぱり、俺なんかが姫様に教えを乞うのはちょっとどうかと思うけど…。
と、俺が唸って悩んでいると。
「その…こんな小娘に教わるのは、嫌…ですか?」
シーナ姫は少し涙目の上目遣いで、覗き込むように俺を伺ってきた。
ふふ、残念だったね。俺はロリコンではなく普通に同年代程度の女の子が好きなので…。
「喜んで受けさせてもらうよ」
笑顔で受け入れた。
「ありがとうございます!…ふふ、やった♪」
天使かな?愛でねば(強制)。
『駄目だコイツ…早くなんとかしないと…』
ドン引きした声が頭に響く。
ロリコンじゃないよ?同年代だからね。
これが合法ってやつさ。
慣れない作法に戸惑い、教えてもらったことをしっかり反復するうちに疲れた俺は、数時間も経たないうちに眠気が襲いかかった。
シーナ姫のこともあるのでその日は早々に切り上げ、シーナ姫の都合がいい日には、俺が寝る前まで作法の練習を行うことを約束したのだった。
取り合えず、眠れない夜はなくなったようである。
シーナ姫も帰り、俺は眠気に抗うことなくベッドに寝転んだ。
あっという間に一週間が経過し、段々とこの世界での生活にも慣れてきたような気がする。
覚えることはたくさんあるし、会得しないといけないテクニックも数えきれないけど…。
ゆっくり一つずつ、自分にできることを増やしていこう。
そうすれば、きっと俺も、本物の勇者になれるさ…。
『…チッ。こいつを見てると、嫌な時期を思い出しちまうぜ』
微睡みの中、そんな声が聞こえた気がした。
翌朝目覚めるときには、そんなことはすっかり忘れていたのだった。