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ミナミマサヨシが勇者になるまで  作者: 秋風 優
第一章 胎動編
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二話 出会いと修行と姫様と(2/3)






 アリスさんとイザベルさんから逃げる為に魔導学校を飛び出した俺は、そのまま城の方へと一直線に進んでいく。

 あの場から逃げるために用事があるとは言ったけど、実は本当にこれから用事があったのだ。

 一年じゃ足りない根本的な運動能力部分は、騎士団の人に鍛えてもらうということになっている。


 要は、昼間に知識を学校で学び、夕方からは騎士団で経験を積む、というのがこの一年の方針らしい。

 元が勇者の身体だからすぐに馴染むだろうとのことだけど、平和な日本で過ごしてたわけだし、どうなるかな…。


『俺様の身体を俺様以外が使いこなせるわけないだろ?

 だって天才なのはこの俺、シック様なんだからな!ギャハハ!』


 言ってることがまともなだけにくそうざい…。

 自分でできる範囲は頑張るよ。


『けっ!諦めて俺様に身体を返しゃいいものを…』


 あーもう無視無視。聞いてるだけ無駄だ。


 見上げたら首が痛くなりそうな高さを誇るお城の入り口を抜けて、騎士団の訓練所へと向かう。

 時々兵士の何人かが、俺を見るなり武器を構えて臨戦態勢へと移行し、その度に上司と思われる兵士に叩かれて武器を納めていた。


『人気者は辛いなぁ勇者様?』


 誰のせいだよ!

 でもこれ、事実を知らないままだったら余計心に来そうだな…。

 知れてよかったのやら悪かったのやら…。




 いくつかの通り道を抜けて、ようやく訓練所に着いた。

 お城の端に豪邸が建てられそうな程の広々としたスペースが設けられている。

 戦争中なので新兵の訓練以外で滅多に使うことはないらしいが、このくらいのスペースがないと訓練にならない兵士もいるらしい。

 どんな化け物だよ。


『ああ、一人いるんだよ。

 天才な俺様でも真正面からの対決を避けなきゃならなかった奴がな』


 え、そんな人がいるのか?


『俺様が把握してる強者の中でもトップクラスの存在だな。

 あれほどの逸材がいるならそいつを勇者とやらにすりゃいいんじゃねーかと思ったぐれーだ』


 どんな人なんだろう…筋肉達磨なのかな、やっぱ。


『筋肉はついてるがそこまでじゃねーな。

 そこがまたあの女の異常なところだ。

 まだ成長性がありやがる』


 …ん?女?


「マサヨシ殿。すまない、少し待たせたようだな」


 後ろの方から声をかけられて振り返る。

 モデルのようなスラッとした体型の長身。

 縁に赤いラインが入った白いアーマー。

 そして燃えるように赤いショートボブの髪。

 町中で見かけたら誰もが振り向くであろう美人の女性が立っていた。


『デター!こいつだよこいつ!

 カスティーラ王国騎士団団長、アネモネ騎士団長様よ!』


 騎士団長…この人が?

 どう見ても二十代前半くらいの人だけど…。


「いえ、俺も今着いたばかりです」


『見た目に騙されんなよ。

 多分四天王最弱くらいなら激戦の末に倒せちまうぜ』


 マジかよ!そんなに強いのか!?

 アネモネ団長は肩を竦めながら俺に近づいてきた。


「そうか?

 いやなに、うちの副団長がまたも部下の【分身魔法ぶんしんまほう】でサボっていたから、少しお灸を据えていたのだ」


 シックが警戒するほどの強さの人が据えるお灸っていったい…。


『しばらく全身がガタガタになるのは間違いねーな』


 威風堂々とした佇まいで、アネモネ団長は自己紹介を始めた。


「私はアネモネ・ラナンクラムという。

 この国の騎士団長を勤めさせてもらっている。

 まだまだ未熟者だが、任された以上は君を立派な勇者にしてみせよう」


『お高くとまりやがって。

 テメーが未熟なら俺様は何だってんだ。けっ』


「は、はい!お願いします!」


 頭の声は一先ず無視する。

 とにかく変に怒らせないようにして、適度に鍛えてもらおう。

 俺がお辞儀をすると、アネモネ団長はふっと息を吐いて微笑んだ。


「あ、あの…?」


「いやなに、君の顔が面白くてな」


『んだこらどういう顔してんだマサヨシィ!

 まさか鼻の下伸ばしてんじゃねーだろーなァ!

 俺様の顔でんなだらしねぇ顔してんなよこのタコ!』


 してねーよ!

 下手なことしたら殺されないかビクビクだわ!


「そこまで緊張しなくていい。

 君は普段剣を握らない世界から来たというのは知っているからな。

 最初から剣を持たせるような修行はしない。安心してくれ」


 それは願ってもない話だけど…。


「ただ…君は今、勇者の身体という他人の身体を借りている状態だ。

 鍛える云々の前に、どの程度動けるかを見なくてはならない。

 分かるかな?」


 日常生活は前と変わらず普通に過ごせるみたいだけど…。

 命を懸けた戦いの最中に動けませんでした、は情けないしな。


「はい!」


「いい返事だ。それでは…」


 そう言うと、団長は少し後ろに下がった。


『っ!バカ!!テメーも早く下がれ!!』


「えっ?」


 ひゅっ、と音がして、銀色のレイピアの先端が、俺の喉仏に刺さりそうな位置に…。


「うわあああ!!」


 思わず後ずさりしたが、足がもつれて倒れてしまう。

 状況が理解できない。

 何がどうなった?

 団長はいつ剣を抜いた?

 何で俺の喉に?


 アネモネ団長は少し唖然とした表情を見せたが、すぐに笑い飛ばして俺に手を差し伸べた。


「試すような真似をしてすまない。

 …少し思うところがあってな。

 だがこの様子なら問題なさそうだ。

 さ、稽古を始めようか」


「は、はい…」


 死ぬかと思った。

 正直トラウマになりかけたぞ。

 レイピアは怖えレイピアは怖え。


『こいつ…まさか俺の意識があることに感付きやがったのか?

 俺と対峙したときと同じ、睨んだだけで人を殺せそうな目をしてたぜ…』


 ホント勘弁してくれよなんて曰く付きの身体に入れてくれたんだよ王様ァ!


「まずはその身体を使いこなすことだな。

 今ので現在の反応速度が一般人並だということがわかった。

 筋力は元からついてるから、後は適応性を高めることを重点的に鍛えるぞ」


 ああ…あゆとくだらない会話してた頃が懐かしい…。

 どうしてこうなった…。






 ───────────────────────






 これでよかったのだろうか。

 何度目かの自問自答をしたが答えはでないままだ。

 バージルは自室で項垂れ、後悔を重ねていた。



 ワシは取り返しのつかないことをしてしまっている…。

降霊術こうれいじゅつ】などという、人が手を出してはいけない領域に踏み込んで…。

降霊術こうれいじゅつ】を使用してあの男の身体を利用しようと考案したのはマンガスだが、それを許可したのはワシだ。

 確かに将来的に国力は疲弊するしかないだろうが、だからと言ってなにも知らぬ者を死地に追いやるような真似をするなど、許されるわけがない。

 国のため世界のためといいながら、その実はマンガスの禁忌の研究に手を貸しているだけではないのか。

 …考えてみれば、ここ最近のマンガスの行動は目に余るものがある。

 自分の部下をノイローゼ寸前になるまで酷使しているとの話も上がっているほどだ。

 旧来の友のやることだからと甘めに見ていたが…。

 もしかしたら、何か恐ろしいことを考えているのではないか?

 ワシの想像もつかないような、何かを…。


 しかし、ああ…。

 元の身体の持ち主とは似ても似つかぬ、真っ直ぐで純粋なあの者の顔が目に焼き付いて離れない。

 マサヨシのあの表情を見たとき、ワシは安堵した。

 ワシのやっていることは間違っていないと、安堵してしまったのだ。

 本当は巻き込むべきではなかったのに。

 国の存続や世界の危機など、マサヨシにはなんの関係もない。

 戦うことを知らぬ世界からやってきた者に背負わせるには、あまりにも重すぎる使命だ。

 マンガスの口車に乗せられて、この世界の事情を何も知らぬ者に責任を押し付けて…。

 何をやっとるんだ、ワシは…。




 元々研究者気質だったバージルは、幼い頃から世界中の文献を読み漁り、実際に各地を渡り歩いて見聞を広めた後、父である前王の後を継いだ。

 だからこそ、国のために何をすべきかを理解しているし、その為に手を汚さなくてはならないことがあることも承知の上だった。

 しかし呼び出した魂がこの世界でも希に見る輝きを持つ者だった事で、バージルの後悔は深まるばかりである。

 特に身体の真の秘密を教えずにいることは、バージルが一番に後悔していることなのだ。

 もっとも、当の本人は既にその事を理解し、受け入れているのだが…。

 バージルには知るよしもないことであった。




 正直に言ってしまおうか…。

 あの身体の真実を知ってしまえば、マサヨシは憤慨し、事の真相を民にも明らかにするだろう。

 そしてワシは国王の座を下ろされ、場合によっては死刑となる。

 それは当然の事だ。

 ワシにどうこう言う権利はない。

 だが、その後この国はどうなる?

 キャリーは賢いが、外交面には疎い。

 海千山千の各国の王と渡り合うには経験が足りないだろう。

 シーナは国を背負うにはまだ若すぎる。

 あれで子供っぽいところもあるから、情に任せて事を急ぎ、更なる問題が起きる可能性もあるだろう。

 それに何よりも、これ以上の業をあの二人に背負わせたくはない。

 勝手にマサヨシを呼び出しておいて何を言っているのかと問いたくなるが…。

 一人の男として、あの二人にだけはまだ綺麗なままでいてほしい。

 ともかく、ワシは簡単にはこの国の王を降りるわけにはいかないのだ。

 …バレてしまったならば、その時は腹をくくるしかないだろう。


 幸いシックは覆面で顔を隠していたし、真相は我が騎士団の者にしか知られていない。

 裏社会ですら、奴の素顔を知るものはいないのだ。

 兵士はもちろん、一番禍根のあるアネモネにも中身が違うことは再三言い聞かせてある。

 アネモネは頭のいい子だ。

 昔から私情と仕事をきっちりと分けられる力を持っていた。

 あの子がいれば、情報が漏れ出ることはないだろう。


 隠し通しておくことにも限界はある。

 きっといつか、マサヨシは自力でも真実に辿り着くだろう。

 だがせめて、マサヨシの旅立ちの時までは隠さなければならぬ。

 そしてその時がくれば…ワシが、マサヨシと二人だけの状況で話すのだ。

 愚かな王の行いの全てを…。






 ─────────────────────






 身体の中にある力の流れを感じとり、その力を一点に集約させて…放つ!


「ふっ!」


 握り込んだ拳で殴ると、ばきっ!という音をたてて、木でできた人形が崩れ落ちた。

 胴体に当たる部分が綺麗に真っ二つになっている。

 それを見届けると、後ろの方でアネモネ団長が頷いた。


「だいぶ上手くなったな。

 身体の能力が高いおかげもあるだろうが、それ以上に君にセンスがある。

 誇っていいぞ」


「ありがとうございます!」


『けっ。半分以上俺様の身体のおかげだろうが…』


 俺がこの世界に転生して一週間が過ぎた。

 これまでの訓練では、身体の使い方を覚えるべく、力と魔力の流れを意識する訓練を受けていたのだった。

 自分でもあっけなく思う程簡単に習得できている。

 てっきりもっと時間がかかるものだと…。


『お前の要領がいいのは認めてやるが、この程度の基礎知識は俺様だって自然にできたことだ。

 当然身体はその流れを覚えてんだから、お前は俺様をなぞってるだけに過ぎねーんだよ』


 確かにそうだけど、もうちょっと褒めてくれたっていいじゃんか…。


『お前俺様が極悪人だってこと忘れてんな?』


 だってどうせ手出しできないし。


『あ?奪ってもいいのか?

 その気になればいつでもテメーなんざ潰せるんだぜ!?』


 出来るならこの一週間で奪ってるだろ。

 俺に奪われた意識がないんだからできないってことだ。

 そもそも最初に奪えないって言ってたし。


『ちっ…くそが』



「これなら予定より早く次の段階に移っても問題なさそうだな。

 …よし。ちょっと人を呼んでくるから少し待っていてくれ」


 そう言って、アネモネ団長は訓練所を出ていった。

 次の段階かあ…。

 何をするんだろう。魔法の修行とか?


『一番基本的な武器となる剣の修行じゃねーのか?

 あいつはレイピア使いだからな。

 片手剣の使い手を探しにいったんだろ』


 片手剣!

 いよいよ俺も剣を握るのか…ワクワクするな!


『俺様は短剣の方が好きだがな!

 あの、手と一体化するような感覚が堪らないぜ』


 へぇ…シックって短剣使いなのか。

 盗賊っぽいな。


『大盗賊の息子として生まれたからな。

 親父は激戦区に行っちまったけどよ』


 マジでほんと旅の最中に出会いませんように…。



 そんな風にシックと会話をしていると、大人くらいのでかい影が訓練所入り口から端の方まで飛んでいったのが見えた。

 当然その影は壁にぶつかり、大きな音をたてる。

 壁にはヒビが入り、今にも崩れそうだ。


「な、なんだ…?」


 ひ、人が一直線に飛んできたけど…生きてるのかあれ?


 あまりの出来事に呆然としていると、入り口からアネモネ団長がのしのし入ってくる。


「副団長殿がまともに業務をこなしているところをここ数ヵ月見ていないのだが…。

 私が君をわざわざ副団長に指名した理由はわかっているだろう?ん?」


 大きな影…というか人に向かってアネモネ団長が話しかけると、太い声が返った。


「そうは言われましてもですね団長様。

 やっぱり俺は身体を動かした方が性に合ってるんですよ。

 何時間も書類とにらめっこなんて到底俺にはできないことです」


「だからその落ち着きのなさをもう少しマシにするために指名したのだと言っているではないか」


「無理なものは無理ですよ。諦めてください」


「そうか、余程私と遊んでほしいようだな。

 明日は一日中組手でもするか?

 それとも真剣ありがいいか?」


「拒否権ないんすね」


 いい加減起こしてあげたらどうなのか…。

 副団長と呼ばれた人はずっと逆立ちのような体勢で会話していた。


『副団長と言えば、テレンスとかいうやつか。

 片手斧使いって聞いたことがあるが、どうやら武器ならなんでも一通りできるみてーだな』


 アネモネ団長もすごい人連れてきたな…。

 俺、ついていけるのか?

 いやついていくしかないけど。


 やっと起き上がったテレンス副団長は、軽く埃を払うと俺に顔を向けてきた。

 三十代の超イケメン俳優みたいな濃い顔の人だ。

 ツンツンした短い茶髪が明るい印象を持たせてくれる。

 背も高いし、がっしりした体型で筋肉もボディビルダー並みにすごい。

 アネモネ団長より年上なのかな。


「よう、お前さんが勇者マサヨシか。

 俺はテレンス・アクティア。

 一応副団長をやらせてもらっている。

 今日から俺が一般的な剣の扱い方について教えていくから、そのつもりで頼むぜ」


「は、はい!」


「では私はサボりにサボった副団長の代わりに執務に戻ろう。

 稽古時間の終わり頃にはまた来るから、それまでテレンスにみっちり教えてもらうといい」


 テレンス副団長がやる気になったのを見届けると、アネモネ団長はさっと帰ってしまった。


 アネモネ団長が完全にいなくなったことを確認すると、テレンス副団長は耳打ちで俺に話しかけてきた。


「な?おっかねーだろ?

 ああいう人だから団長やってんだよ。

 うちの国はある意味常に最前線だから、あれくらいの化け物が一人くらいいないと戦線維持できねぇんだ」


「は、はあ…」


「お前さんもあの人の戦いを一度見たらビビるぜ。

 海の上にいる魔物をレイピア振るった衝撃波だけで切り裂いたときは本気で人間じゃねえと思ったよ」


 アネモネ団長は死神代行かなんかなのか?

 魔法使いってわけでもなさそうだったし、何なんだ…。


「ま、そんなレベルに今すぐなれなんて言わないから、地道に特訓しようぜ。俺も一緒にやるからさ」


「はいっ!」


 優しいし懐も大きくていい人だなあ。

 親戚のおじさんみたいだ。

 こういう男らしい人は、俺も憧れちゃうな。


 テレンス副団長はにかっと笑った。


「いい返事だ。

 残念なのは、お前さんの本当の姿じゃないってところだな。

 悪人面だからどうしてもなぁ」


『あ?俺様のイケメン顔捕まえて何だその言い草は?

 やんのか筋肉達磨?

 アネモネはどうか知らんがテメーならぼこせるぞクソゴリラ!!』


「はは…怪しまれないように努力します…」


 笑顔の練習もしなくちゃな…。

 スマイル0円。


 こうして、俺は今後の修行をテレンス副団長から受けることになったのだった。






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