?話 アフター・プロローグ
鬱展開注意です。
読まなくてもこの先のストーリーはわかります。
物心ついたときから一緒だった。
同じ病院の産婦人科で生まれて、それからずっと一緒。
家は少し遠いけど、ボクは毎日のように遊びに行って、正義と暗くなるまで遊んで、時々勉強を見てもらって、一緒に同じ中学と高校へ行って…。
楽しかった。
正義と一緒にいることがボクの生き甲斐だった。
正義がボクの隣からいなくなるなんて、欠片だって考えたこともなかった。
止めるべきだったのかな?
それとも振り返って、ボクの家に来て遊ぼうとでも言えばよかったのかな?
ボクのこの想いを打ち明けるために、無理やりにでも連れて帰ればよかったのかな?
ずっと一緒だったのに、一度意識してからは恥ずかしくて、でも心地よくて。
ボクが正義に対して言ったこともやったことも全部、一度も後悔したことなんてなかったのに。
後悔しないようにしてきたのに。
どうして学校に来ないんだろう。
不良グループ五人に殴られた?
ホームレスを庇って?
打ち所が悪く即死?
通報を受けた警官が駆けつけた時には手遅れ?
わかんない。
わかんない。
わかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんない。
教室のみんながざわついている。
正義は決して人気者ではないけれど、その真っ直ぐな性格上関わってきた人が多かった。
そのうち変なことに首を突っ込んで死ぬんじゃないか、なんて冗談はあったけど…それが現実になってしまったのだ。
多かれ少なかれ、話題になることは明らかだった。
そして当然、ボクに質問責めが来ることも。
それを見かねた先生が、ボクを職員室に呼び出した。
職員室で先生は言った。
あまり思い詰めるなって。
お前は悪くないって。
ボクと別れた直後に起きた出来事でも、気にする必要なんてないって。
…そうだよね。
生まれた日や病院が同じだからって、何もそこまで運命だと感じる必要なんかないよね。
だって、ボクと正義は他人なんだから。
仲のいい幼馴染みであって、それ以上ではないんだから。
そうだよ。
この気持ちを早く伝えられなかったボクだって悪いんだ。
さっさと告白して、もっと一緒にいられればこんなことにはならなかったかもしれないのに。
だから…こんなことで落ち込むのは、お門違いなんだ。
それから、ボクは考えることを止めようと努力した。
いつも以上に元気に振る舞って、いつも以上に勉強に集中して、いつも以上に、正義以外の何かに夢中になろうとした。
別のことで頭を埋め尽くせば、きっと正義のことだって忘れられると思ったから。
頑張って、頑張って、頑張って頑張って頑張って頑張って頑張って頑張って……………。
…駄目だった。
何かにつけて正義が目の端に見えていた。
空白の隣の席に、廊下に、校庭に。
見たくないと目を閉じても。
忘れたいと願っても。
見えるはずのない正義の姿が至るところで鮮明に映されて、語りかけてきて。
本当はもういないのだと確認する度に、ボクの心は壊れていった。
ボクはどうしたらいいんだろう。
初日でこれじゃ、これから正義がいない日々をどう乗りきればい の ?
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…そうだ。
逝けばいいんだ。
ボクも、正義のところへ。
放課後。
覚束ない足取りで、ボクは屋上へと続く階段まで来ていた。
古い校舎なので、屋上にはフェンスがない。
だから普段は錠前による鍵が掛けられているはずだけど…その鍵が、壊されていた。
その事を特に意識することもなく、ボクは屋上へと進む。
屋上についてからのボクに迷いはなかった。
これからのボクの人生がどういうものか、今日一日で嫌というほど味わってしまったからだ。
きっとこの先、何かに夢中になることはないのだろう。
幸せになれる日はないのだろう。
だからこれから起こすことは、ボクがボクであるために必要なことなんだ。
河口鮎の人生は、昨日正義と別れたその時に終わってしまったのだから。
強い風が吹いた。
正義の好みに整えた黒くて長い髪も、可愛く見せるために短くしたスカートも、ひらひらと捲れてくしゃくしゃになってる。
でも全部無駄になった今となっては、どうでもいい。
正義のいない世界なんていらない。
正義がボクの隣にいない世界なんて考えられない。
ずっと誰かのために頑張ってきた正義が報われない世界なんて、消えてしまえばいい。
茶色い壁が迫ってくる。
これからどんな世界にいこうかな。
正義が正義らしく生き生きと過ごせる世界に、ボクも行けたらいいな。
ううん、きっと辿り着けると思う。
だってボクと正義には、切っても切れない赤い糸がずっと繋がってるんだから。
意識が途切れる直前、ボクの脳裏にある光景がよぎった。
それは、進路希望調査票を書いた日の事。
冗談混じりに書いてみて、正義に盗み見される前に消した、ボクが最も幸せになれる職業。
もう二度と叶うことのない、この世で一番幸せな将来の夢。
来世なら…きっと叶うよね。
人生における最期の一日が、終わりを告げた。