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ミナミマサヨシが勇者になるまで  作者: 秋風 優
第一章 胎動編
3/272

一話 勇者の胎動(2/2)

 





「そなたの世界とは違うのであろうが、この世界では大陸が五つに別れている。

 我がカスティーラを含んだアーシア大陸を世界の中心として考えた時…。

 東にアメエンス大陸。

 南にシーナーハ大陸。

 北にエンティスノー大陸。

 そしてカスティーラから西へ向かった先には、デモンラリア大陸がある。

 そのデモンラリア大陸の奥地に魔族の国があり、魔王サタンがいるのだ。

 魔王サタンは何百年もの間魔族を治めてきた、正に魔族の王と呼ぶべき存在、だったらしい」


「らしい、ですか?」


「ワシの父上から聞かされた話じゃ。

 ワシが物心つく頃には、既に魔王は今のような破壊の化身となっておった。

 魔王の手下によって、ある村は焼かれ、またある町は壊され、またある国は滅びたのだ」


 性格変わりすぎだな魔王サタン。


「何かわけがあるとかはないんですか?」


「仮にあったとしても、魔王軍はこちらの交渉を受け入れようとはしない。

 既に何度も試したが、全て無駄に終わっておる。

 かろうじて、世界征服を企んでいると向こうの幹部が漏らした情報を握っているだけなのだ」


 なるほど…。

 交渉そのものができないなら戦うしかない、か。


「各国は何度も軍を派遣したが、みな返り討ちにあっている。

 我が国も魔王軍を押し込んで攻め入ろうと考えたが、海には狂暴な魔物がいてな。

 下手に船を出せば海の底から攻撃される。

 しかし無理に攻め入ろうとしなければ、魔物たちは海を渡って来ることはそうそうない」


「この国の防御力が高いから、魔王軍は攻めあぐねているわけですね。

 同様に、カスティーラ軍も」


「うむ。理解が早くて助かる」


 伊達に公務員になるためにいい成績を修めてきたわけじゃない。

 要点を纏めて簡潔に理解する力なら十分身に付いてるぜ。ふふん。


「この国から先は上手く攻め込めないと悟ると、魔王軍は我が国の反対、つまりアーシア大陸の東側から攻め始めた。

 大陸内部にも国力に優れた国が多いゆえに長い膠着状態に入っているが、戦争開始から既に五十年は経っている。

 魔物は何百年もその驚異的な力を維持できるが、人間はそうではない。

 いつその壁が崩れるかわからんのが現状なのだ。

 …そこで、少数精鋭を送り込んで魔王サタンを説得、あるいは討伐することになった。

 危険を省みず魔物たちへと立ち向かうその姿を見て、人々は勇者と呼び、いつしか勇者を派遣するのが国の示威行為にもなっていったのだ」


 示威行為、つまり国の力を他国に示しているってわけか…ってことは…。


「えっと、私がこの国の代表として勇者となって魔王を討伐するんですよね?」


「うむ」


「何故私がここへ呼び出されたんですか?

 この国の人でもよかったんじゃ…」


 そう聞くと、王様は一瞬渋い顔をし、話始めた。


「うむ…今そなたが入っているその体はな、我が国の勇者の身体なのだよ」


「勇者の身体?つまりそれって…」


「元のたましいは既にこの世を去っている」


 道理で身体中に怪我があると思った…。

 勇者勇者って言われてたのもそのせいか。


「あまり公にすると魔物に感づかれると思い秘密裏に派遣していたのだが…。

 魔王軍の幹部に破れ、命からがらこの地に逃げたものの、そのまま帰らぬ人となってしまった」


 そんなことがあったのか…。


「しかし、勇者は最後にこう残した。

『私の肉体を使って【光の勇者】を呼び寄せれば、魔王に打ち勝つことができる』と…」


 いきなり話がブッ飛んだ!

 …でもまあ、異世界だしなんでもありなのかな。


「そして我が国が誇る宮廷魔導士たちによって、古代より伝わる禁断の魔法【降霊術こうれいじゅつ】が施され、数多ある死者のたましいの中から、【光の勇者】の素質を持っているそなたが呼び出されたと言うわけだ」


「でも、私は【光の勇者】の素質なんて大それたもの持ってませんよ」


 勉強以外取り柄のない俺がいったいどんな素質を持っているって言うんだ。

 英検だってまだ二級だし。


「【降霊術こうれいじゅつ】で呼び寄せたたましいの条件は、“人一倍正義(せいぎ)感が強い者”だ」


「え…?」


 人一倍、正義せいぎ感が強い者?


「そうだ。

 伝承では、【光の勇者】の素質を持つ者は皆“純粋な者”とある。

 しかしワシはこう思ったのだ。

 人を助けることを躊躇わず、自らが持つ正義せいぎを信じ戦うことができる者。

 それこそが勇者として相応しいとな」


 正義せいぎのために戦うことができる者…。


「そして、その条件に見事一致したそなたのたましいを勇者の身体に取り込み、今に至るというわけだ」


「……………」


「突然のことで頭が混乱しているのはわかる。

 だが、我々とて手段を選んでいる暇はないのだ。

 しばし考えてみてはくれんか」


 自分が必要とされてるのは分かったし、現状をある程度飲み込むことはできた。

 …でも、やっぱり俺には無理だ。

 まず、スケールがでかすぎて現実感が湧かない。

 世界を救えとか、そういうのは普通の高校生だった俺には荷が重い。

 それに生前の事もある。

 絶対に許せなかったとはいえ、変なことに首を突っ込んで死んだんだから、もっと慎重にならなきゃ駄目だ。


 そうだよ。

 あの時の先生の言葉をちゃんと噛み締めていれば、俺は死なずに済んだんだ。

 自分の力以上の余計なことに手を出すのは止めよう。

 心苦しいけど、ここは断るしかない。


「あの、私にはやはり荷が重いというか、不安で押し潰されるといいますか…」


「おやおや、【光の勇者】の素質を持つ者が不安ですとな?」


 俺が断ろうとすると、王様の奥の方からそれを咎める声が響いてきた。

 最初に王様を見たときに隣にいた老人だ。


「マンガス。勇者とて人の子だ。

 恐怖を覚えるのも仕方のないことだろう。

 強制させるものではない」


 マンガスと呼ばれた老人は王様に窘められてなお、話を続けた。


「しかしよろしいのですかなバージル陛下?

降霊術こうれいじゅつ】は大変な準備が必要となる国家規模の魔法。

 国の予算をいくらお使いになられたか、お忘れなのですか?」


「ぐ…」


 え。待って、確かに凄い部屋だったような気がするけど、国の予算を使ってまでやることなの?


「更に言えば、今回は異界の者。

 困らぬようにと魔導学校への入学許可や、王国騎士団にも一時入団を約束させるなど、様々な下準備を進めてまいりましたね」


 入学許可?

 一時入団?

 あれ、もしかして俺一人呼ぶのに凄い労力がかかってる?


「加えて、宮廷魔導士は今回の【降霊術こうれいじゅつ】で魔力をほとんど消費し、休暇を設けております。

 魔王軍との戦いで疲弊する最中、そのような穴ができることがどれ程の事か…おわかりですか?

 そんななかで呼び出された勇者が、あろうことか魔王への派遣を断る…などということを、果たして他の者が許してくださるのでしょうか?」


 マンガスがそこまでいい終えると、王様は一瞬苦虫を噛み潰したような顔をしてから、俺に向き直る。


「マサヨシよ。どうか我々の願いを聞いてほしい。

 呼び出しておいて勝手なことを言っているのは分かっているが、五十年続いた我が国の防衛にも限界が見えてきてしまっている。

 このままでは、世界が、国が、魔王に乗っ取られてしまうのだ。

 頼む!勇者として魔王の下へ向かい、この世界を救ってくれ…!」


 すると王様は、王冠を取ってまで俺に頭を下げたのだ。

 王妃様とお姫様も、同様に深く下げてきた。


 一国の王が、何の権限もないどころか、出所すら不明の者に頭を下げている。

 それだけ業を背負う覚悟と、暗く重い現実がのしかかっているのだ。


 動揺はしなかった。

 そんな王様の姿を見て、既に考えが決まっていたからだ。


「頭をあげてください。そんなんじゃ、国民に示しがつきませんよ」


 悩む必要なんてない。

 俺が目指した、警察官としての俺は、こんなときに迷いはしないから。


「引き受けます。その仕事。

 どこまでできるか分かりませんが…。

 せめて、魔王の膝元に到達できるくらいまでは…頑張ります」


 困っている人がいたら助ける。

 それが俺の信じる正義せいぎだ。






 ────────────────────






「…大変なことになっちゃったなぁ」


 部屋のベランダで、一人愚痴る。

 引き受けた後悔はないのだが、不安なものは不安だ。


 あの後、王様は涙を隠さないほどに大喜びした。

 そして今日のところはゆっくり休み、明日から今後の事を説明するということで解散したのだった。

 王妃様はお願いしますともう一度頭を下げ、お姫様はよくわからないけどキラキラした瞳でこっちを見ていたっけな。


「ま、頼られて悪い気はしないけど」


 この部屋のベランダからは城下町の様子がよく見える。

 昼間の町は、町から少し離れたこの城にいてもその喧騒が少し聞こえてくるほどであり、とても魔族との戦争中とは思えないような活気に溢れている。

 部屋の中に大勢いた兵士たちも、俺が引き受けると宣言したときに胸を撫で下ろしていたし、この表面上の平和は兵士たちが必死に頑張っているおかげなのだろう。

 なら、頼られた俺が仕事を放棄するわけにはいかない。


「ちゃんと剣術とか魔法とか教えてくれるって言うし、俺の頑張り次第だな」



 …さて、どうしようか。

 特にやることがない。

 明日と言われた以上は大人しくするのがベストなのだろうけど、常日頃スマホを弄っていた習慣のある現代っ子な俺は少し手持ち無沙汰に感じていた。

 事前学習的な感じで、この国の本でも見せてもらいにいこうかな?


 そう思ってメイドさんを呼ぼうとした、その時だった。


『…んああ、よく寝たぜ。…あれ、身体が動かねえな』


 どこからか反響音混じりの、ぶっきらぼうな男の声が聞こえてきたのだ。


「えっ?えっ?」


 辺りを見渡しても誰もいない。

 そもそもベランダにいるのに、はっきり反響音が聞こえるのはおかしい。

 どうなってるんだ?


『…何じゃこりゃ!誰だテメー!俺様の身体で何してやがる!!』


「うわああっ!!」


 大きな声が頭に響く。

 なんだなんだ!?

 何が起きてるんだこれ!?


『テメ、早く俺様の身体から退きやがれ!

 …くそっ、身体の持ち主の情報が上書きされてんのか?

 主導権を握れねー!』


 意味わかんねーよ!

 何だよ身体の持ち主って!

 …身体の持ち主?


「まさか…この頭の中で響く声が、勇者の声…?」


『はあ?勇者?なにすっとぼけたこと抜かしてやがる。

 俺様の身体を乗っ取っといて、俺様を知らねーわけねーだろーが!』


 え?何で?

 だって俺が使ってるこの身体は勇者のもので…。


『…ははーん、わかったぞ。

 あの趣味の悪いジジイどもの仕業だな?

 はっはっは!こりゃ傑作だ!

 俺様の才能が惜しくなって、遂に禁忌に手を染めやがったか!!』


 禁忌?

 どういうことだ?

 何者なんだお前は?


『おっ、段々お前の考えていることが読めるようになってきたぜ…。

 そうさ禁忌さ。

 まさか人のたましいをどうこうする魔法が禁忌じゃないとでも?』


 いや、それはそうだけど、でも…。


『はっはっは!お前は嵌められたんだよ!

 俺様を抑えつけるための生け贄としてな!』


 い、生け贄?


『聞いて驚け!俺様の名はシック・ヴィローザ!

 どんな犯罪者だろうがその名を聞けば黙って逃げ出す、至上最凶最悪の大悪党よ!』


「えっ」


 犯罪者…え、ええ、ええええええええええ!!!!




『ふむふむ…お前の名前はミナミマサヨシ。十七歳。

 夢はケイサツカンになって困っている人を助けること。

 趣味らしい趣味はないが要領よく勉強するのが得意…。

 うえ、俺様の嫌いなタイプだ』


 な、なんで俺の事を!?


『何でってテメー、たましいの情報に【精神保護(プロテクト)】をかけてないからだろ?

 俺様は天才だからな。

 たましいに刻まれた情報を読むくらいわけないのさ』


 たましいの情報?

 【精神保護(プロテクト)】?


『特技のわりに妙に飲み込み悪りーなと思ったら、本格的にこの世界を知るのは明日なのか。

 そりゃ悪かったな。だが自重しねーぜ』


 ちょっと、待ってくれ…頭の中を整理させてもらってもいいか?


『お?いいぜ。どのみちテメーがいたんじゃ俺様は身体を動かすことはできねーみたいだしな』


 えっと…情報を整理して…。


『おお、情報並べ替えんのはえーな。伊達な特技じゃねーんだな』


 俺は元の世界で死んで、勇者としての素質を持つとかで勇者の身体に入ったと思ったら、超極悪犯罪者の身体に入っていた、と…なるほどわからん。


『嘘こけ、理解できてんじゃねーか』


 そういうネタだよ!!…どうしてこうなった。


『まあそうだな。

 お前の記憶から大分背景は理解したし、俺様がちょいと説明してやるか。

 正義せいぎ感とやらがあるお前にはちと厳しい現実かもしれないがな!

 ギャハハ!』



『まあかいつまんで話せばだ。

 俺様はこの国で悪事の限りを尽くす大悪党だったわけだ。

 恐喝、強盗、殺人…。

 まあ犯罪になりそうなことは何でも一通りやったな』


 な、何でそんなことしてたか聞いてもいいか…?


『早速話の腰折んなよ…。

 何でかって?楽しいからに決まってんじゃねーか!

 楽しいから物を奪うし、楽しいから殺すんだよ!

 別にそれ以外の理由なんざねーよ!』


 ああ…犯罪者の思考にはついていけない…。


『なら黙って話を聞いとけ。それでだ。

 類い希なる才能に溢れた俺様は、その力をふんだんに使って犯罪を犯しまくってたわけだ。

 剣に魔法に暴れまくった。

 当然城の兵士たちからは追われるわなぁ。

 ただでさえ魔王軍との戦争で疲弊してるってのにご苦労なこって』


 …いちいち突っ込まないぞ。


『まあそんな天才な俺様だったが、さすがに連日連夜追いかけ回されるのは想像以上に疲れたみたいでな。

 アジトでうっかり熟睡しちまったところを捕まっちまった。

 そこから先はお前の記憶とすりあわせて話すぜ。

 …まず、お前が王から聞いた勇者ってのはデタラメだ。

 当然だよな?俺様の身体なんだから』


 くっ…感動的だと思ったのに。


『でだ、俺様の才能ある身体は勇者としては最適だったんだろう。

 だが俺様という大悪党がそのまま勇者になるわけもなし。

 俺様はたましいに【精神保護(プロテクト)】をかけているから洗脳の類いは全く通用しない。

 さて困った。都合いい肉体があるのに中身が勇者らしくない。

 …そこで、【降霊術こうれいじゅつ】だ』


降霊術こうれいじゅつ】…。


『【降霊術こうれいじゅつ】とは名前がついてるが“霊を呼ぶ”と言うよりは“たましいを呼び出す”魔法だ。

 まあ似たようなもんだがな。

 概要は簡単。たましいを別のうつわ、つまりは肉体に移し変える魔法だ。

 【精神保護(プロテクト)】がかかってるたましいは、通常はうつわが壊れる以外でうつわから追い出すことはできない。

 だが【降霊術こうれいじゅつ】はたましいの情報そのものを上書きすることができる。

 それを持って、俺様の存在をお前で上書きして消そうとしたってわけさ。

 お前の知識の中で言うなら、内部の書き換えができないファイルを、同じ名前の別のファイルでデータごと上書きするって感じだな』


 いつそんな情報を見たんだ。


『まあ俺様は天才だし?

 …だがここで恐らく向こうも想定外の問題が発生した。

 天才である俺様の【精神保護(プロテクト)】が予想以上に堅く、【降霊術こうれいじゅつ】でさえ俺様のたましいを上書きして消し去ることは不可能だったのさ。

 だから中途半端に完成した【降霊術こうれいじゅつ】は、呼び出されたお前をうつわの持ち主とし、俺様はもう一つのバックアップとして保存されたわけだ。

 つまり俺様は原本のファイルとしてこの身体に残され、お前がメインで使われるコピーファイルになったってことよ』


 簡単で分かりやすい説明をどうも…。


『いやあ!俺様って親切ぅー!

 苦しませないようにサクッと殺しちまうもんなぁ!』


 こいつ…。


『まあ後はその段取りさえ決めちまえば、【降霊術こうれいじゅつ】をやって、お前を丸め込んで、王が薄っぺらい頭下げりゃ、勇者という奴隷が完成よ。

 ひゃはは!いいねぇ、完璧な筋書きだ!』


 お前の言っていることは間違っている、と反論したい…。

 でも王様から聞かされた話より筋が通ってるし、実際こうしてシックという存在が喋っている以上、こっちが本当のことなのだろう。

 正直、かなりショックだ。

 あの人の良さそうな王様が、俺を騙していたんだから。


『さてどうするよ?

 お前みたいな正義せいぎの塊に、この身体は耐えられないんじゃねーか?

 何せこの身体には、俺様が染み込ませた色んな人間の血が混ざってんだからよぉ!』


 頭の中で下品な声が反響する。

 俺は自分が信じかけていたものが崩れていくような感覚を覚え、立ち尽くした。



 確かにそうだ。

 この身体は、色んな人を不幸にしてきた存在の身体なんだ。

 こいつが今までに何をやって来たか、考えるだけでおぞましい。

 こんな身体を使わせるなんて…いったい何を考えているんだ、あの王様は。

 今からでも遅くはない。

 事の真相を聞き出して、そして…………。




 ─── ── ─ ┼ ─ ── ───


『頼む。勇者として魔王の下へ向かい、この世界を救ってくれ…!』


 ─── ── ─ ┼ ─ ── ───




 脳裏に浮かんだのは、王様の顔。

 自分が加害者であることを必要以上に自覚し、罪を背負って生きる覚悟をした人の顔だ。

 …そうだ。

 俺は何を思ってこの仕事を引き受けたんだ?

 あの王様の顔が、見てられなかったからじゃないのか?

 俺が信じる正義せいぎに、そんな人をこれ以上苦しませろなんて信念はあったか?

 違うだろ。そうじゃないだろ。

 俺が見たいのは、あんな風に苦痛に歪んだ顔じゃなくて…。




 …受け入れてやるよ、お前を。


『…なに?』


 俺がこの身体を受け入れれば、少なくともお前は動けないんだろ?

 血に染まった身体なんて確かに嫌だけど、お前がまた犯罪を犯すよりはずっといい。


『いいのか?

 わざわざ頭を下げた王は、禁忌を犯すような人間なんだぜ?

 裏でどんな悪どいことしてるかわかんねーんだぞ?

 許してもいいのかよぉ?なあ?』


 王様はお前みたいに楽しんでやる人じゃないよ。

 きっと、想像もつかない葛藤の末に、この国の未来を考えて決断したんだ。

 俺が頑張らなきゃ、町の人達が不幸になる。

 それは、王様がもっとも恐れていることだと思う。


『…けっ。つまんねー奴だな。もっと好きに生きた方が人生楽しいぜ?』


 お前こそ、ちゃんと俺の記憶見たのかよ?


『あん?』


 俺は自分の好きに生きて死んだんだ。

 今さらこの性格は変えられない。

 これからも人助けして死んでいくさ。


『ああああ虫酸が走る!

 俺はテメー見てーな戯言抜かす奴が大っ嫌いなんだよぉ!!』


 奇遇だな。

 俺もお前が嫌いだよ。


『あーくそっ…。処刑された方がましだったかもしれねーな…』


 こうして俺は、極悪犯罪者・シックのたましいと共に、勇者として戦う決意をした。

 これからどうなるのかは不安だけど、一つずつ、できることから地道に頑張れば、きっとなんとかなる。

 そう、信じてる。




 強い風が吹いた。

 その風に煽られて顔を向けると、城下町の広場を子供二人が仲良く駆けていく場面が見える。

 それを見てふと、俺とあゆが遊んでいた時の事を思い出した。

 …そういえば、俺が死んだあとの世界はどうなってるんだろう?

 父さんや母さんは勿論だけど、鮎や他のみんなはどうしてるかな。

 せめて何人かは、俺が死んだことを悲しんでくれると嬉しいんだけどな…。


『俺様の予想では…残念!

 テメーは誰にも好かれてませんでしたァー!ギャハハ!』


 …そうか、今後はこんな風に茶々を入れられるのか。

 耐えられるかな、俺…。


 何となく俺の今後の人生の在り方がわかってしまい、ため息をはいた。

 早速心が折れそうになる俺をよそに、太陽が段々と沈み始めていく。

 こんな状態で本を集中して読むなんて不可能だと思い、俺は早めに寝ることにした。

 明日は早く起きて、この世界をもっと知っていこう。

 “南正義みなみまさよし”の勇者人生は、まだまだ始まったばかりなんだから。


 異世界における最初の一日が、終わりを告げた。






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