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ミナミマサヨシが勇者になるまで  作者: 秋風 優
第一章 胎動編
2/272

一話 勇者の胎動(1/2)

 






 ──────────────────────






「おお…成功だ!呼び出した魂が定着したぞ!」


「…流石は宮廷魔導士か」


「いえいえ。これも我々全員が揃ってこその成功でございます。

 ひいてはその慧眼で我々をお集めになった王の成果かと…」


「…そうだな」


 さっきから何の話なんだ…。

 中二病な夢でも見てるんだろうか。

 体がふわふわしてるし、多分夢だろう。

 それにしても殴られたんだよな、俺?

 頭全然痛くないけど…。


「意識があるか試してみますか?」


「うむ…聞こえるか。異界の者よ」


 異界の者?

 あれか、よくある異世界転生ってやつか。

 あんまり詳しくないけど。

 何か上手く喋れないし、ここは指を動かして聞いてるよアピールを…。


「わずかですが反応があります」


「意識はあるようだ。奴ではこんなに従順ではないだろうからな」


「それはもう!正義せいぎに溢れる魂を選びました」


「…そうだな。そうした魂の方が、勇者には似合っておる」


 勇者?俺が?

 うーん…。

 信じる正義せいぎはあるけど、勇者になりたいとは思わないなあ。

 …って言うか、いつ覚めるんだこの夢。


「徐々に馴染んできました!」


「よし、培養液を排出しろ!

 慌てるなよ。この国を救うかもしれん大事な存在だ」


「はっ!」


 頭の方からひんやりとした空気が差し込んできて、俺の体を包んでいく感覚が襲った。

 なんだなんだ、俺はいったいどうなってるんだ?


 培養液とやらが全部流れ落ちて、俺の体が露になったようだ。

 全身に神経が通る感覚を覚え、その気持ち悪さに吐き気がしてくる。


「おい、気分が悪いようだぞ!」


「すみません!丁寧に排出したつもりでしたが…」


「まあいい。この反応なら、しっかり体を物にしたのだろう。

 ゆっくりやれ」


 止まっていた心臓が動き出すかのように体が熱に包まれ、急に肺に入ってきた空気が上手く出しきれず過呼吸のような状態になる。

 なんだこれ。まるで俺の体じゃないような…。


 誰かに毛布をかけられてしばらくくるまっていると、段々と頭がクリアになり、体も落ち着きはじめる。

 周りの雑音も、よく見えなかった視界も、認識できるようになっていく。

 俺は辺りを確認するために顔をあげた。


 最初に視界に飛び込んできたのは、ずんぐりした体型で王冠を被った、正に王様と呼べる人だった。

 その隣には、細い体で杖をつく老人のような男がいた。


「初めまして、だな。異界の勇者の魂よ」


 その時、俺は初めて自分の体を確認した。

 無数の傷痕を刻んだ胸。

 鍛えられたであろうがっしりとした筋肉。

 そして老人が片方に持つ水晶に反射した、見知らぬ人間の顔…。


「うわあああああああ!!」


「いかん!早く睡眠魔法すいみんまほうを打て!」


 俺は、俺じゃない誰かになっていた。






 ─────────────────────






 再び目が覚めたとき、心地よさが体を包んでいた。

 どうやら寝かされていたらしく、俺の体が後五人は入るんじゃなかろうかという大きさのベッドで横になっていた。


「…あ…あーあー…」


 声は出せる。

 手足は動く。

 視界も良好。

 頭もスッキリ。

 ただ、体と声が違っていた。


「どうなってんだいったい…」


 体の大きさが違うせいで視点が変に感じる。

 とはいえそこまで劇的な変化でもなさそうだけど。

 元々が運動不足気味だったせいか、やたら筋肉質な体が鬱陶しい。


「…そのうち慣れるか」


 俺はいったいどうなったんだろう。

 確か金髪男に殴られて、そのまま意識を失って…気がついたら体が変わっていた。

 意味わからん。わからんけど…。


「俺は、転生したってことなのかな…」


 そう。

 体が違うということは、元々の俺は既に死んでいるということ。

 つまり信じられないことではあるけど、俺は記憶をもったまま別の世界に転生したらしい。

 …あれ、この場合は転移っていうんだっけ?

 ありえないと思いながら楽しんでいたゲームや漫画だったけど、本当にこういうことってあるんだな。

 まさかああいうの実体験じゃないよな?


「でも何だってこんな体に…」


 ベッドから降りて、近くに置いてあった姿見で自分の姿を改めて確認してみる。


 顔立ちを見るに少なくとも十代ではないようだ。老けてもいないし、二十代くらいかな…。鼻と右目の間に切り傷がある以外はそこそこイケメン。

 雪のように白い髪は襟よりも長めだ。単に切ってないだけか?天然パーマのようで、そこら中が跳ねまくっていて直そうとしてもなかなか直らない。

 さっきも確認した通り、鍛え上げられた筋肉がついている。とはいえ、どちらかというと細マッチョの類いみたい。引き締まった身体のバランスはかなりよく、モデルにもなれそうだ。

 何度も戦いを経験した体なのかそこらじゅうが傷だらけになっていた。痛みはないからほとんどが古傷なんだろうけど…。

 身長はあまり変化がない。俺は元々平均よりほんの少し小さい方だったけど、この身体もそんな感じだ。


 …とまあ、全身確認してみたけど。

 どうせならもっと小綺麗な体がよかったなぁ。

 傷だらけでなんだかみっともない…まあ、あくまで個人的な感覚だけど。

 怪我一つしたことのない元の身体を思い出して憂いながら、やることもないので部屋をうろうろする。

 これからどうしようか?


 しばらく呆然としていると、扉を叩く音が聞こえ、「お目覚めですか」と声が響いてきた。

 どうぞと声をかけると、いかにもメイドですと言わんばかりの女性が入ってきた。


「おはようございます勇者様。

 お食事の用意ができましたので、お呼びに参りました」


 そう言えばこの体になってまだ何も食べてない。

 それほどお腹が空いているわけでもないけど、ここはお言葉に甘えよう。

 …でも“勇者様”は何だかこそばゆいな。


「わざわざありがとうございます。…あの、“勇者様”呼びはちょっと…」


「しかし、私は勇者様の真名を存じておりません。

 申し訳ありませんが、もうしばらく勇者様と呼ばせてくださいませ」


 そうか、起きてすぐに混乱したから名前を名乗ってないんだった。


「えっと、俺の名前は…」


 名前を名乗ろうとすると、メイドさんは慌てて手を振って俺を止めた。


「いえ、それはぜひ王の御前でお話しください。

 私のような一使用人が勇者様の真名まなを初めに知るなど、言語道断でございますので」


 そういうもんなのか。

 身分の違いって大変なんだなぁ。


「そうですか。そう言うことなら、王様にご挨拶することにします」


「はい。それではこれより、食事の場所へご案内致します。

 …と、その前にお洋服を着替えないといけませんね」


 言われてみれば、今の自分はパジャマ姿。

 この姿で王様に謁見するのはいくらなんでもまずい。


「では、お着替えを手伝わせていただきます」


「え?」


 今なんと?

 着替えを手伝う?

 見目麗しいこのメイドさんが?


「いやいやいや!一人で着れますよ!何もそこまでしなくても…」


「しかし私は勇者様のお世話を担当させていただくことになりました。

 ですので、このくらいのことはさせてくださいませ」


 ヤバイヤバイ。

 何がヤバイって全部ヤバイ。

 こんな美人な女性に、しかも別の男の体を触らせるのは色々とヤバイだろ。

 本当の俺の体なら役得なんだけど…じゃなくて!


「えっと、服があるのはどこですか!?俺、自分で着てみるんで!」


「…?そちらの衣装入れにありますが」


 よし。

 ここは一人で着れることをアピールして、このメイドさんの負担を少しでも…。


「…あの、お願いしてもよろしいですか」


「もちろんでございます」


 どうみても一人じゃ着れない王族系のゴテゴテした服だった。

 勇者とか言うならもっと軽装にしてくれよ。






 ─────────────────────






 着替え終わって、メイドさんに食事部屋へ案内される。

 城の廊下はあちこちに見たことのない様々な装飾が施されてあり、ここが異世界であることを実感させてくる。

 本当に日本じゃないんだな…。


「こちらが食事部屋でございます」


 廊下を観察しながら歩いていたら、いつの間にか着いていたようだ。

 メイドさんが扉を叩いて「勇者様をお連れ致しました」と言うと、ギギギと音をたてて扉が開いた。



「おお、来たか!待ちわびたぞ勇者よ!」


 豪邸の家にありそうな細長いテーブルの上座に見たことのあるずんぐりした王冠を被った人…王様が座っていた。

 その両隣には見たことのない女性が座っていたが、恐らくお妃様とお姫様なのだろう。


「こちらにお座りください」


 そういって、メイドさんは王様のちょうど反対側の下座の椅子を引いた。

 メイドさんにお礼を言って座り、目の前の豪華な料理を改めて見つつ、思った。

 俺、この国の作法とか全然知らないんだけど!

 日本式でやっても失礼なことあったりしないよね!?

 大丈夫だよね!?

 俺が作法に関して怯えていると、それを感じ取ったのか、王様は大きな声で笑った。


「はっはっは。そう堅くならずともよい。

 そなたが異界から来ていることは分かっている。

 作法は今後教えていくとして、今日のところはそなたの好きなように食べなさい」


「あ、すみません…。お気遣いありがとうございます。…いただきます」


 そう言われても緊張は抜けないが、少し体が軽くなり、警察官として恥ずかしくないように小さい頃から鍛え続けた日本式作法で食事を食べ始めた。


「ほう…。美しい食べ方だ」


「ええ。我が国が長年研究してきた作法にも負けないほど上品ですわ」


「お顔は少し厳ついですけど…そんなことを微塵も感じさせないほどの綺麗な食べ方ですね」


 王様たちが何か言っているように聞こえたが、今の俺に耳を傾けるだけの余裕はなかった。

 ああ…極上の味…これが王族が食べる料理…!

 身体に染み渡る~!



「ごちそうさまでした」


 素晴らしい料理の数々…。

 美味しい料理に感謝を込めて、手と手を合わせてごちそうさま。


 前の体なら間違いなく残していた量だったが、今の体は代謝がいいのかいくらでも入りそうな気分だった。


「勇者様の国の王族はそのような作法をなさっているのでしょうか?」


 既に食べ終わっていたお姫様が話しかけてきた。

 少し前の俺なら対応にあたふたしていたかもしれないが、お腹が膨れて思考がさえわたった今の俺ならこの会話。

 会社の重鎮との面接だと思えば、いける!


「いえ、私の国に王族はいません。

 私の国では、天皇と呼ばれる方が国の象徴として君臨しているだけで、統治はしておりません」


 これに食いついたのは意外にも王様だ。


「なんと、君臨すれども統治せずとな?」


「はい。そしてこの作法は、どの家庭にも一般的に広まっているものであり、決して強制されるものではありません。

 もちろん、この作法が上手くできるほど上品であるという評価に間違いはありません」


「一般家庭にもこのような作法が広まっているのか…」


「国全体でこの作法が広まれば、我が国はより美しい国として世に広まりますわ」


 どうやら警察官になるために学んだことは異世界でも無駄ではないようだ。

 流石日本。

 世界に通じる細かな気配り。


「しかし、王…天皇か。その者が統治をしないならば、誰が国を治めるというのだ?」


 この流れ…政治についてもっと語らなきゃならないのか?

 俺としては早く本題を話してほしいんだけど…まあいいか。

 美味しい料理へのお礼だと思って、覚えてるだけ話そう。


「国を治めるのは国民が選んだ国民自身です。

 私の国ではその方々を議員と呼んでおり…」






 ──────────────────






「ふむ…何とも興味深い国だな。ニホンという場所は」


「ニホンだけでなく、アメリカなども素晴らしい国ですわね」


「一度行ってみたくなりましたけど、異世界ですものね…残念ですわ」


「そ、そうですね…」


 食事から二時間は経過して、ようやく話の区切りが…。

 全然覚えてないことまで記憶を振り絞って話したせいで、頭は食べる前よりボケボケになってしまった。

 こんなに面接って疲れるのか…やらなくてよかったかも。


 メイドさんが親切にも置いてくれた水を飲んで一息ついていると、王様が咳払いを一つ。


「長々と済まなかったな。

 長年生きてきて全く知らぬ知識に触れたもので、つい熱くなってしまった」


「いえ、お役に立てたのならなによりです」


 途中で飽きて話すのを止めようかと思ったときもあったが、王様が見かけによらずキラキラした瞳で見つめてくるものだから、思わず最後まで疑問に答えてしまったのだ。

 少女だろうがおっさんだろうが、普段とのギャップっていいよね。


 ここで姿勢を崩しては警察官なんて夢のまた夢。

 この面接、俺は乗りきって見せるぜ!

 …って、死んじゃったからもう警察官にはなれないんだけどな…。


「さて、そなたにこの世界へ来てもらったわけを話すとするかな」


 王様がいよいよ本題に…と言った所で、姫様がこう言った。


「父上。私、まだ勇者様の名前を聞いておりません。

 勇者様は当然私たちを知らないのですから、まずは自己紹介から始めませんか?」


「おお、そうだ!自己紹介がまだであったな。

 スマンスマン。ついつい国民と同じ感覚で接してしまっていたようだ」


 言われてみれば互いに名前も知らないし、俺からすればこの世界のことはなにもわからない。

 ナイスフォローです姫様!


「ワシの名はバージル・カスティーラ。この国を治める王である」


 ファンタジーの小説とか漫画は読んだことあるけど、こういうのが王様なんだな。

 改めてみると、キラキラした装飾が服にいっぱいついていてなんだか歩きにくそうだ。


「そなたから見てワシの左に座っているのは、妻のキャリー・カスティーラ」


 紹介された王妃様は軽く会釈をした。

 王様は日本の感覚で言うおじさんみたいな顔つきだけど、王妃様はまだまだ妙齢の美人といった印象がある。

 美人じゃないと王妃になれないのか、王妃だから美人なのか。


「そしてワシの右にいるのは、ワシの娘のシーナ・カスティーラだ」


「シーナです。勇者様、よろしくお願い致しますわ」


 お姫様はそう言ってにっこりと微笑んだ。

 何と言う美少女…王妃様の血が色濃く受け継がれている。

 年齢がいくつかわからないから身長が高いかどうか区別できないけど、仮に中学生くらいだとしたら中の下辺りにいそうだ。


 次は俺の番だな。

 無難に、無難に…。


「えっと、私の名前は南正義みなみまさよしと言います。

 普通の高校生でした。よろしくお願いします」


 日本式でしっかりとお辞儀する。

 ちょっと無難過ぎたかな…。

 まあ実際、勉強以外何もできないような人生だったし、対して変わらないだろう。


「む、コウコウセイとは何だ?」


 しまった、王様の知識欲を刺激してしまった!

 また本題が遠のくのか…。


「父上。そう言った話は後でもできますから、まずはマサヨシ様に説明をすべきでは?」


 と覚悟していたら、姫様が更にフォローしてくれた。

 シーナ姫は女神様か!?


「はっはっは。そうだな、お前の言う通りだ。

 すまないな勇者マサヨシよ」


「いえ、お気になさらず…」


 ちらっと隣の王妃様を見ると、王妃様の目も輝いていた。

 夫婦揃って知りたがりな気質らしい。

 姫様がやれやれといった顔をしているから、これが普段の二人の顔なのだろう。


 王様は一つ咳払いをすると、話を続けた。


「この国はカスティーラ王国という。

 ワシの先祖が大陸からこの地に移り住み、やがて国ができたという伝承がある。

 この地は大陸ほどではないが大きな陸地で、周りを海で囲まれた島国なのだ。

 そう、そなたの故郷と似ているな」


 へえ、日本と同じ島国なのか。

 …ネット環境とかあるのかな。


「ある程度の面積があり、かつ島国というこの国は防御力に優れておる。

 外への連絡手段を一切閉ざしてしまえば、後は防衛に力を回すだけで敵の戦力は疲弊する。

 そうして我々は数多の侵略者をはね除け、平和な国を作り出してきた。

 …今もなお、な」


 うん…?軍事的な方へ話が…。


「本題に入るとしよう。そなたをこの世界に呼び寄せた、そのわけを」


 遂に来たか。

 俺がこの体に転生した理由を知るときが。


「異界から来た勇者マサヨシよ。

 どうか、魔王サタンの世界征服を阻止するために、我々と共に戦ってほしい」


 …だよね。

 勇者だもんね。

 魔王倒さなきゃね。



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