四話 初めての戦闘(2/3)
パトリック司祭が出してくれたお茶───カラ茶という、カラフラワーを使ったお茶らしい。なんと色次第で香りも変わるのだとか───を飲みながらゆったりしていると、入り口から修道士さんが慌てた様子で駆け込んできた。
「パトリック司祭!また花壇が荒らされています!」
「ふむ…またですか。ここのところ連日ですね」
花壇ってさっきのカラフラワーだよな?
荒らされているって…シックみたいなやつがいるのか?
『俺様はもっとスマートで気づかれない程度にいただいたぞ』
じゃあこいつと同族の可能性はないか…。
じゃあいったい誰が?
「様々な罠を仕掛けてはいますが、どれも効いている様子がありません。
やはりもう一度騎士団に連絡した方がいいのでは…」
「騎士団の方々はここのところ多忙を極めているようです。
町の警備へ回す人材も少なくなっているようですし、花壇が荒らされているだけで彼らを呼び出すのは忍びない」
「ですが、このまま放置するわけには…」
俺にはあんまりそういう話が来ないんだけど…。
そうか、戦いが激化してるんだな…。
さて、俺はどうするべきだろう。
正直なところを言えば、助けたい。
俺が力になれるのなら是非もない。
でもどうだ?
それで前世は死んでしまったわけだし…。
よけいなことに首を突っ込むのは止めた方がいいんじゃないか?
…でも、俺は勇者として選ばれたんだよな。
勇者なら困っている人を助けるべきじゃないのか。
そうだ。
人類を滅ぼそうとしている魔王の城へ向かうって言うのに、こんなことで臆してどうする。
これは、俺が本当の意味で勇者になるための試練なんだ。
「あの。俺も新兵とはいえ、騎士団の一員です。
困ったことがあるなら、相談に乗りますよ」
俺が手を上げて発言すると、修道士さんは笑みを浮かべた。
「おお、騎士団の方でしたか!これはありがたい!」
しかし、これに苦い顔をしたのはパトリック司祭とアリスさんだ。
「しかし、マサヨシさんにこんなことをお願いしてもいいものか…」
「そうですよ。それに、もし怪我でもなさったら…」
その気持ちは嬉しい。
でも、これは俺が成長するための第一歩だ。
ここは譲れない。
「人を助けるのに理由なんていりませんよ。
アリスさんも言っていたでしょう?」
一瞬悩む顔をするアリスさん。
しかしすぐに笑顔になり、頭を下げてきた。
「そうですね…。わかりました。
ですが、どうしても手に終えないと判断したら、アネモネさんにも相談いたしますね」
旅立ちの前の予行演習だ。
張り切っていこう。
『最初から団長様頼りでよくね』
そこは言わないお約束。
あの人も忙しいしね。
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件の場所へ向かってみれば、確かに花壇が荒らされていた。
踏みつけられたような跡もあり、誰かが踏み荒らしたのだと推測できる。
しかし…。
「どう見ても人の足跡じゃありませんね…」
そう、その跡には大きな爪のような跡も残されており、とても人の足とは思えない。
俺の記憶にあるような動物の足跡でもない。
つまり、魔物がこの国にいるのだ。
こんなの、それこそ騎士団に真っ先に報告すべき案件な気がするけど。
「そこが我々も困っているところでして。
寧ろ人の足跡であれば騎士団の方もすぐに動いてくださると思うのですが…。
その、アネモネ団長があまりにも凄まじい活躍をされているので、「魔物なんかいるはずがない」と門前払いされてしまうんです」
ああ、なるほど。
騎士団の人たちはアネモネ団長の凄さを知ってるから、万が一にも見逃しなんかあるはずないと思ってるんだ。
見間違いか何かだと思われて、話を聞いてもらえてないんだな。
それに、この言い分じゃ彼らも直接犯人の姿を見ていない。
誰かがイタズラでつけたんだと言われてしまえばそれまで。
意外なところに組織の落とし穴があったわけだ。
「もし本当に魔物だとしたら、簡易なものとはいえ罠にかからないような魔物相手では我々が立ち向かってもどうしようもないのです」
少し知恵のある魔物か、それとも力ある魔物か…。
いずれにせよ、教会の人たちでは何もできないのが現状だな。
でも人の命を脅かしているならともかく、花壇が荒らされるだけなら放っておいても良さそうなものだけど。
「他に実害はないんですよね?
確かに怖いですけど、花壇を荒らす以外にないのなら放っておく、という手もありますけど」
しかし修道士さんは苦い顔で首を振った。
「カラフラワーは我が国の特産品でもあります。
様々な用途に使われるのですが、実は自生しているのが少ない花でもあるんです。
なのでこの一区画がやられるだけでも大損害が起きます。
…なにより、我々が丹精込めて育て上げたものを踏み荒らされるのは、見ていて心が痛みます」
ああ…自分で育てたものを壊されて怒るっていう気持ちはわかる。
子供の頃、ゲーム中で大切に育てていたモンスターのデータを友達に消されて大喧嘩したこともあった。
今でこそ面と向かって怒ったりはしないけど、やっぱり悲しいものは悲しいよね。
「わかりました。それで、いつ頃来るとかの法則はありますか?」
「ええと、多少のずれはありますが、おおよそお昼から少し前ですね。
お昼休憩のために少し離れると、いつもやられています。
見張りのために我々が花壇の傍にいると来ないのですが、毎回ここにいるわけにもいきませんから…」
よし、おおよその目安はついた。
「なら明日以降、例の花壇荒らしが来るまで俺が近くで待機してます。
皆さんは安全なところへ避難して待っていてください」
そう言うと、修道士さんの顔が明るくなった。
「ありがとうございます!お手数ですが、よろしくお願いします」
さて、鬼が出るか蛇が出るか…。
『テメーってやつは本当にお人好しなんだな』
ほっとけ。俺は目覚めの悪いことはしない主義だ。
『…へいへい』
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翌日。
お洗濯ものもカラッと乾きそうないい天気だ。
昨日のうちにアネモネ団長に断りをいれて、稽古はなしにしてもらっている。
授業も休みの日なので問題なし。
まさにこういうことをするのに最適な日と言える。
『申請したとき、一瞬眉がほんの少し動いてたぜ。マサヨシ、怪しまれてるぞ』
え、ホント?
…つーかそれってお前のせいじゃね。
『あいつ俺様の存在に気づいてそうなんだよなー。
そのうち俺様ごと切り捨てられちまうな、テメー』
マジほんと勘弁してくれよ…。
無実の罪で切られるとかまっぴらだよ。
教会につくと、アリスさんが俺に気づいて手を振って来た。
「マサヨシさん。私も微力ながらお手伝いします」
なんだって?
「それは危ないですよ。
俺が確認するんで、アリスさんは下がっていてください」
申し出は嬉しいけど、アリスさんに怪我をさせるわけにはいかない。
しかしアリスさんは下がらない。
「私、回復魔法は得意なんです。
もし怪我をなさったら、すぐに治療できます」
何となく僧侶とか似合いそうだなと思ってたら、やっぱり僧侶だった。
『回復魔法の使い手は結構貴重だな。
教会関係者でも使えるやつは少ないんじゃねーか?
そのうえ自称でも得意と言い切れるってことは、さらに上のランクの回復魔法を扱える可能性がたけーな』
回復魔法の使い手は貴重…よし、心に深く刻み込んだ。
つまり普段冒険するときは薬草的なのを常にいっぱい持ち歩く必要があるわけだな。
「そういうことなら…ですが、危なくなったらすぐに逃げてくださいよ?」
「はい。マサヨシさんをしっかり支援しますね」
アリスさんはにっこり笑顔で微笑んだ。
綺麗な人だなあ…。
よーし、頑張るぞ!
まずはさっさと魔物を追い払って、勇者として経験を積むんだ!
…へへ、なんかゲーム中のサブクエストやってるみたいだな。
『…テメー、最近思ってたが、やっぱあれだな』
ん?どうした?
『うるせー。自分で気づきやがれ』
…何だってんだ、いったい…。
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いよいよ目標の時間がやってきた。
修道士さんたちがゾロゾロと教会の中へと入っていく。
教会の皆さんには普段通りに過ごしてもらっているので、そろそろ件の主が現れるはずである。
俺はと言えば、荒らされている花壇がギリギリ見えるくらいの、教会から離れた木の影で待機している。
発見次第、いつでも飛び出せるようにしているのだ。
魔物だとしたらどんなのが来るんだろう。
あんなでかい足跡なんだからやっぱりデカイモンスターだよな。
いや、それとも昨日たまたまデカイのが来ただけで、今日は別の魔物が来たりしてるのかな?
『おいマサヨシ。ぼーっとしてねーで確認しろ。…来るぞ』
シックの声ではっと我に帰り、花壇の奥をじっと見た。
そこにいたのは熊だった。
いや、熊に似ているけど形がアンバランスだ。
確かに足は大きいみたいだけど、腕の大きさに比べると相対的に小さく見える。
それ以外は概ね俺の知ってる熊と同じ感じか。
『十二分に気を付けな。
あいつはナックルグリズリーつって、力が強い。
そこらの安物の鎧じゃ裸でいるのと対してかわんねーからな』
やたら強いな!?ていうか今になってそれ言うのかよ!
『だから用心しろっつってんだ。
動きは遅い方だからその点は安心しろ。
初心者には強敵だが、俺様の身体なら問題ないだろうしな』
今の俺の装備は訓練用のレザーアーマーと護身用のショートソード。
防具は役に立たないとのことだし、ショートソードでも不安だ。
となれば、上手いこと攻撃を回避して追い払うしかない。
…待てよ?追い払うだけなら別に石ころを投げるだけでも…。
『グリズリー系統は非常に好戦的で有名な魔物だ。
石なんか投げたら敵意ありと判断するだろうぜ』
逃げ場ないじゃん…やっぱり戦うしかないのか。
でもまあ、そのために特訓してきたんだ。
今こそ成果を見せる時!
『ま、背後から気づかれないように近づいて足でも切っときゃ問題ねーだろ』
ようし、その案のった。
さすがに戦い慣れしてる奴のいうことは違うな。
ナックルグリズリーはやはりというか、予想通り花畑の上でうろうろしている。
もしかしたらカラフラワーが好物なのかもしれないな。
そんなことを考えながら、俺は音をたてないようにナックルグリズリーの死角へと移動する。
恐る恐ると移動して………。
そこで俺はふと思い立ち、動きを止めた。
『おい、止まんなよ』
不意打ちって卑怯じゃない?
やっぱり正面から堂々とさ…。
『生まれたばかりの糞ガキよりこの世界を知らねーやつが何抜かしてやがる!
馬鹿正直に獲物の真ん前を歩くやつは化け物か自殺志願者だっつーの!
いいから早く奴が気づかねーうちに急所を狙いやがれ!』
シックが早口で捲し立てる。
後ろからとか勇者っぽくないよなぁ…。
でもRPGとかでも先制攻撃とかしてるし、案外元の世界でも普通の考えなのかもな。
それで死んだら元も子もないし…。
よし、腹くくって足を狙い撃つぜ。
無駄なことを考えたせいか、俺は足下の注意が疎かになっていた。
もう少しと足を動かしたその瞬間、近くのカラフラワーによってがさっと音がでてしまったのだ。
振り返るナックルグリズリー。
まぬけ面でしゃがんでいる俺。
目と目が合う~しゅんか~ん…。
『後ろに飛べっ!!』
シックに言われた通りに後ろへ飛んだ瞬間、俺の身体があった部分に爪が降り下ろされ地面が抉れた。
もし回避が遅れていたら、今頃俺の頭はミンチになっていただろう。
今更そんなことを考える意味もないのに、俺の頭の中はミンチになった自分の姿の想像でいっぱいになっていた。
「わ…わわ…」
よくよく思い出してみれば、俺は生まれてこのかた命が直接脅かされるような場面に遭遇したことは、死の間際以外にはない。
昔から怪我をしない子供だった俺は予防注射以外で病院に行ったことがなく、またこれといった病気もしない健康優良児だったのだ。
友達が「あの風邪薬は苦い」とかいう話をしていたとき、俺だけ共感できなかった覚えがある。
『バカ野郎!早く体勢を立て直して剣を構えろ!
動きは鈍いが、捕らわれたらおしまいだぞ!』
既に現実から逃避しかけていた俺をシックの声が引き戻してくれた。
俺は呼吸を整えてナックルグリズリーをしっかり見据え、修行でさんざん教えられた構えをとった。
ナックルグリズリーを観察してみれば、確かに動きは鈍い。
上半身と下半身の重量の違いか、頭がふらふらしているのだ。
その発達した上半身に比べて足の筋肉が弱いのだろう。
だとすれば、頭を狙うよりはまず足を重点的に攻撃し、さらに動きを封じる方が得策か。
『いい判断だ。だが気を緩めるなよ。
倒れた状態でも暴れまわる可能性もある』
そうか、元々足が荷物になっているのだから、寧ろ上半身を攻撃して弱らせた方が総合的には有利なのか。
とはいえ、今の俺の実力じゃまともに上半身を相手にすることはできないだろうな。
『そこは魔法がある。いくつか覚えたはずだ。
実践にはちょうどいいんじゃねーの』
なるほど、足を攻撃して移動手段を減らし魔法で追撃…これだ。
「ごがあああ!!」
作戦も決まったところでナックルグリズリーが動き出した。
基本的には四足歩行だが、一瞬だけ二本足で立ち上半身の重さを利用して一気に両手の爪で引き裂く、というのがナックルグリズリーの攻撃方法のようだ。
確かにふらふらした動きと、爪に体重を加えた重みのある攻撃は「ナックル」の名に相応しい。
しかしタネさえわかってしまえば。
俺はみえみえの攻撃を横へとかわした。
『よし今だ!足を一本でも切ればやつの攻撃方法は使えなくなる!』
「でやあああ!!」
俺はショートソードを勢いよく振り、ナックルグリズリーの細い足を切り裂いた。
「ぐぎゃあああ!!」
ナックルグリズリーは堪らず叫び声を上げる。
俺に反撃しようとするが、片足ではその上半身を支えきることができず、その場に崩れ落ちた。
当然暴れまわるが、俺はその範囲外にいる。
上半身だけで這いずり回ろうとしているようだが、足の痛みが邪魔をしてうまく動けていない。
もはや勝負は決したと言ってもいいだろう。
「やった…」
何気に異世界での初戦闘。
しかも既に勝ち確状態。
シックがいなければ死んでいるとはいえ、結構頑張ってるんじゃないか俺?
『自画自賛はいいから早く片付けろ。
火でも氷でもなんでもいい、攻撃魔法をぶちかませ』
…褒めてくれる人がいないとこんなにむなしいものか。
生前は鮎が色々言ってくれたのになあ。
『俺様ありきだろーが、完全に』
ぐっ…否定できない。
…わかったよ、魔法でとどめだったな。
「マサヨシさん!」
ふと顔を上げると、アリスさんが俺に向かって叫んでいる。
そんな声張らなくても聞こえてますよ、と言おうとした時。
「後ろです!グリズリーは…2体いたんです!!」
「…は?」
『なっ!?魂だけだと感知できねーのかっ!』
悪魔の爪が、振り下ろされた。
なんだこれ。
赤い。
赤くて、生ぬるい。
水っぽいけど、水じゃない。
少しドロッとしていて、ベタついてて…。
痛い。
痛い。
腕?傷ができてる。
赤いものが止めどなく流れてる。
何で?何で?
頭が…痛い…ガンガンする…。
視界が赤い…。
生温い…。
寒い…熱い…。
何だこれ…。
何だこれ…!
「あ…ああ…あああ」
まさしく、自分が流した血液。
生まれて初めて見た、自分が流す他人の血だった。