四話 初めての戦闘(1/3)
昼間は魔導学校で学び、夕方に訓練所で実践。
空いた時間で城の文献を部屋に持ち出しては読み書きの練習と学校で習わない分の知識の習得。
加えて規則正しい生活と自主訓練。
寝る前はシーナ姫から王家の作法の習得。
…とまあ、この世界に適応するための慌ただしい毎日が過ぎていく。
元々警察官になるために似たようなことを毎日欠かさずやってきたこともあって、特別辛いと感じることはなかった。
一番幸いだったのは、日本での体内時計がそのまま使えたことだ。
もし太陽が二個あって夜と言う概念がなかったり、一日が微妙に二十四時間じゃなかったりしたら、まずはそこから直さなきゃならなかっただろうし、それは一番時間がかかる。
時間の概念はほとんど元の世界と変わらず、単位的にも一秒一分一時間なのは変わらなかったので、すごく楽に調整できたし、その分を別の事に当てたりできた。
頭の中の声は相変わらず煩くて、最初の夜はそれで寝不足になったりもしたもんだけど。
徐々に慣れてきて、最近は子守唄代わりにできるまでになっていた。
魂だけになっても疲労というか、精神的な疲れはどうしても溜まるようで、粗方言い終わったかと思うとしばらくの間黙ってたりもした。
ただちょっと気になるのは、こんな言葉遣いの悪いやつが延々喋ってるのを聞いてたら、そのうちしゃべり方が移ったりしないか、という点だった。
…大丈夫だよな?まだ平気だよな俺?
そんなこんなで、俺がこの世界に身を投じてから約二週間が過ぎた、ある日のこと。
────────────────────────
「マサヨシさん。今日は私と一緒に、教会へ行きませんか?」
いつものようにさっさと帰ろうとすると、アリスさんが俺を呼び止めてきた。
ファーストコンタクト以来挨拶以外の会話はしてきてなかったから、突然何を言い出すんだという感想しか抱かなかったのだが。
美人からの誘いは正直乗りたい。
しかし最近読み始めた歴史本が知識欲を刺激していて、俺は一刻も早くその本を読みたい衝動にかられていた。
それに訓練のこともある。
勇者候補は忙しいのだ。
「えっと、実は今日も早く帰らないといけない用事があって…」
やんわりと断ろうと定型文を帰すと、アリスさんは屈託のない笑顔を浮かべた。
「大丈夫ですよ。
アネモネさんに、今日はあなたの稽古をお休みにしてもらえるよう頼んだのです」
『何いってんだこのねーちゃん』
アネモネ団長に頼んで俺の稽古を休みに…?
ちょっと言ってる意味がよくわかりませんね。
わからなかったので素直に聞くことにする。
「あの、どういう…」
「私、実はアネモネさんからあなたのことを聞いたんです。
最近新しく入団した者で、一日も早く戦力になるよう鍛えているのだ、と…」
まさかこのゆるふわ系修道女さんと化け物団長は友人同士なのか!?
意外な組み合わせだ…。
『あんな化け物にも世間話できる相手がいんのかよ…。
いや、物怖じしねえこのねーちゃんが凄いのか?』
「それで私、考えたんです。
よりあなたが成長できる手助けをするにはどうしたらよいのかを。
そして一つ、思い浮かんだのです。
私の教会で祈りを捧げれば、きっと余計な雑念も振り払われ、もっと集中して訓練に励むことができるのではと…」
その心遣いはすごく嬉しい。
確かに頭の中の声もあるし、集中するのが難しいときも多い。
でも…。
「どうしてそこまで俺を…?
アリスさんとはまだ全然交流もしていないのに…」
そう聞くと、ほとんど間を置かずにこう言った。
「人を助けるのに理由などありません。
強いて言えば、あなたのような純粋なお方のお手伝いをしたいんです」
真っ直ぐな瞳で、俺を見つめるアリスさん。
そこには嘘など微塵も込められておらず、ただ真摯であると深く理解できた。
これを無下にするわけにはいかないだろう。
「…ありがとうございます。
そういうことなら、アリスさんについていきますね」
「よかった!じゃあ、早速案内しますね!」
アリスさんの笑顔が気持ち大きくなり、こちらですと道案内し始めた。
てこてこ歩くその姿に、俺もついていく。
『テメー、女とあればホイホイついていくようなやつなんだな』
ちょ、そんなわけないだろ!
ついていく相手がたまたま綺麗な女性だっただけですぅー!
やましいことなんて何もありましぇーん!!
『じゃあいかにもな青いツナギ来た男相手でも頼まれたらホイホイついていくのか?』
それは嫌だ。断固嫌だ。
─────────────────────────────
町のはずれにあるその小さな教会は、まるで絵画に出てくるような美しさそのままの風景を見せていた。
様々な色の花が咲き乱れた庭園の真ん中で、少し古びていながらも立派な教会が日の光に照らされ、本当に天使や神様に祝福されているような、幸せそうな雰囲気を醸し出している。
俺はそんな景色に目を盗られながら、前をゆっくり進むアリスさんの後ろについていく。
「すごく綺麗な景色ですね」
月並みにそんな感想しか出てこなかったが、アリスさんは気にせず応えてくれた。
「そうでしょう?
教会のみんなで毎日欠かさず手入れをしているんです。
実はこの色の違う花は、すべて同じカラフラワーという植物なんですよ」
カラフラワー。
まんまだな。
いや、元の世界もほとんどの学名は見た目とか効果そのまんまだったっけ。
「カラフラワーは周囲の色に溶け込んで姿を隠す花で、隠れ草とも言われています。
薬として調合すると、しばらくの間身体が消えてしまったかのように周囲に溶け込む効果があるんです」
「そんな効果が…」
『俺様も身を隠す際はよく使ってたぜ。ここの花を何本かいただいたこともあるな』
そうだろうなとは思ってたけどやっぱりかよ!
「でも今は周囲に溶け込んではいないみたいですけど…」
「手入れ次第ではこんな風に色を保存することができるんです。
カスティーラでは、制限時間内にカラフラワーを使ってどれほど色鮮やかな作品が作れるかを競うコンテストも開かれるくらいなんですよ」
よくよく見れば地面の色とカラフラワーの色が同じ色になっている。
四角く区切られた区間の中に、それぞれ別の色の土を敷いているみたいだな。
なるほど、こういう性質を利用した競技は確かに面白そうだ。
そのうちそういうのにも挑戦してみようかな?
『俺様がそんなお遊びみてーなことするわけねーだろ!
もっと血沸き肉踊る殺戮ショーの方が断然いいぜ!
ギャハハ!』
あーはいはい、そのうちそういうところも見ましょうねー。
『…お前、段々テキトーになってきたな』
俺の適応力ナメんなよ?
アリスさんが教会の大扉を開けて中に入り、俺もその後に続いた。
何度かその手の教会に入ったことはあるが、そこはやはり異世界。
前の世界はLEDの照明とかあったりしたが、こちらは未だ蝋燭のようだ。
とはいえ魔法の力で灯されているらしく、蝋燭なのに蝋が垂れていないというよくわからない現象が起こっている。
雰囲気重視なんだろうか。
教壇から祈りを捧げていた人が顔を上げ、ゆっくりとこっちを向いて微笑んだ。
「アリスさん、おかえりなさい。そちらの方は?」
顔は糸目の優しそうなおじさんという印象だけど、仕草の節々から女性的な印象も受ける。
一つ一つの動作が綺麗に繋がっていて、相当な修練を積んでいることを言わずとも教えてくれた。
この人が司祭なんだろうか。
「ただいま戻りました、パトリック司祭様。
この方はマサヨシさんと言って、私の通う学校で同じ授業を受けているんです」
「初めまして。正義と申します。よろしくお願いします」
こういうところで惜しみ無くお辞儀。
これこそが正しい礼儀というものさ。キリッ。
『うぜぇ…』
うざいとはなんだうざいとは!
礼儀は大切にすべきなんだぞ!
『そういうとこだよこのスットコドッコイ!』
「こちらこそ。
私はこの教会で司祭を勤めさせていただいています、パトリックと申します。
以後お見知りおきを」
俺のお辞儀を見て真似たのか、同じように頭を下げるパトリック司祭。
しかもなんと、恐らくこの一回しか見ていないであろうお辞儀を完璧に真似ているのだ。
この人…できる!
『その程度でできるとか言われてもな…』
「マサヨシさんは騎士団に入団していて、一刻も早く戦力となるべく毎日修行を重ねているんです」
「なるほど。
我々の教会で祈りを捧げれば、ラファエル様もきっと願いを叶える手助けをしてくださるでしょう」
願いを叶える、か…。
あんまり宗教は信じてないんだけど。
でも異世界なわけだし、そういう次元の違う存在が本当にいたりするのかな。
『いるわけねーだろそんなやつ。いたら犯罪なんざ起きてねーっての』
身も蓋もないな…。
確かにその通りなんだけど。
「ではこちらへどうぞ。女神ラファエル様の祝福を、あなたに」
そう言ってパトリック司祭は教壇の前に跪いて祈りを捧げ始めた。
続いてアリスさんと俺が同じポーズで祈り始める。
大して信用していない俺が祈りを捧げても…とは思ったけど、そこは言わないお約束。
こういうのはノリが大事なのだ。
『暇だなー、俺様が歌を歌ってやろうか。
仏説摩訶般若波羅蜜多心経…』
俺の記憶のどこを読み取ったら般若心経なんて出てくるのか…。
いや、昔じいちゃんの葬式で聞いたかな?本当にこいつの読み取りスキルには驚かされてばかりだ。
…って、こんなことじゃダメだろ。
こいつの声を聞かないように訓練してるんだから。
集中集中…。
心の中を覗くように…深く…深く……………
─── ── ─ ┼ ─ ── ───
キミはまだわかっていない。
……声が聞こえる……。
キミは自分の本当の理想を忘れてしまっているんだ。
だから、まだこの力はまともに使えない。
……誰の声だろう……。
でも大丈夫。
キミはいつかきっとこの力を使いこなせるようになる。
素質があるよ。
わからない…でも…すごく…優しい【光】だ………。
だからどんな時でも、自分の信念の始まりを忘れないで。
君は……………。
─── ── ─ ┼ ─ ── ────
「…マサヨシさん!マサヨシさん!」
まどろんだ意識から一気に現実へ引き戻される感覚が全身を襲った。
いつの間にか10分は経過していたらしく、アリスさんが声をかけてくれていたようだ。
「…もしかして俺、寝てました?」
「それはわかりませんけど…いくら声をかけても反応しないものですから」
なんだか恥ずかしいなあ…。
もう少し気を引き締めないと。
パトリック司祭はほっほと笑うと、近くの棚からお茶を汲み始めた。
「最初はそういうものです。
通っていくうちに、ラファエル様の祝福を感じ取れるようになるでしょう」
心の広い人だ…。
寝落ちした俺を責めないとは。
…頑張ろう。
『…なあ、正義は…』
ん?何だ?
『…何でもねーよ』
どうしたことか、あれだけ口達者でマシンガントークをかますシックが大人しくしている…。
まさか、これがお祈りの成果なのか!?
『いや、そこだけは否定させてもらうわ』
ですよね…。