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追放軍師の無双逆襲  作者: 友理 潤
第二章 蘇った彗星
9/36

① 『そばにいるべき人』

◇◇


 本来ならば、「ヘイスター陥落」の一報が、ヴァイス帝国とリーム王国の戦争の始まりを告げる号令となるはずであった。

 その為、山岳地帯の国境線では両国の主軍が睨み合いを続け、その時を今か今かと待ち望んでいたのである。

 

 帝国軍については、アルフレド・ヴァイス皇帝の次男、パオリーノ・ヴァイス第二皇子を総大将とした30000の大軍が待機していた。

 その参謀は『氷血の姫将軍』アンナ・トイ少将。

 

 小雪がちらつくある日の午後。

 ついに彼女のもとに待ち望んだ伝令がやってきた。

 しかしその伝令からもたらされた報せに、普段はめったに感情を表に出さないアンナですら、驚愕に口を半開きになってしまったのだった。

 

 その報せとは……。

 

 

「ヘイスターが王国軍に勝利! 敵の大将、デュドネ少将を討ち、王国軍を壊滅させた模様!!」


「な、なんですって……」



 ありえない……。

 その報せに誰もが自分の耳を疑ったことだろう。

 

 なぜなら『エサ』が獣を食ったのだから。

 

 そしてそんな奇跡をもたらせる人物の名を、彼らはただ一人しか思いつかなかったのである。

 

 

「少将を討ち取り、ヘイスターを勝利に導いたのは、ジェイ・ターナーとのこと!!」



 アンナの細い目が大きく見開かれる。

 だがすぐさま元通りの色のない瞳に戻すと、口元を不気味に歪ませた。

 

 

「……残念だわ。戻ってきてしまうなんて」



 青藍せいらんのマントをひるがえし、足早に本陣を後にする。

 その後、彼女は整列する兵たちに向けて、鋭い声で命じたのだった。

 

 

「全軍、帝都に向けて進軍せよ」



 その声にかすかな興奮の色が混じっていたのを、誰が気付けるだろうか。

 もしかしたら彼女自身ですら自覚していなかったかもしれない。

 それほどまでに『蘇った彗星』の報せはヴァイス帝国とリーム王国の人々の心を震撼させたのである。



「帝国軍は撤退した! ならば我が軍も王都に戻るぞ!」



 帝国軍が引いたことで、王国軍もまたその場を去っていく。

 こうして戦争の大義名分を失った両軍は、国境線からの立ち退きを余儀なくされた。

 つまりヘイスターの勝利によって、両国の戦争は回避されたのであった――

 

 


◇◇


 一方。

 俺、ジェイ・ターナーは腹に負った深手のせいで、生死の境をさまよっていた。

 もちろん意識などない。

 いわゆる夢の中で、俺は君との再会を果たしていたんだ。

 

 

――この姿で会うのは久しぶりね。



 薄茶色の髪が、そよ風にさらさらと揺れている。

 どうやらここは小高い丘の上のようだ。

 微笑みを浮かべる君が鉄製の椅子に腰かけ、優雅に紅茶を楽しんでいるのが目に入る。

 俺は吸い寄せられるように君のもとへ近寄ると、空いているもう一つの椅子に腰かけた。

 

 

――戻る気なの? 醜く汚い泥沼の中に。



 さらりと問いかけてきた君に、俺は苦笑いを浮かべる。

 それを見た君は、目を細めた。

 

 

――ふふ。もしかして惚れちゃった? あの子に。



 俺は目を見開き、首を横に振る。

 


――ふふ。ごめんね、意地悪なことを言って。



 もう一度、首を横に振る。

 すると君は悲しげな色を瞳にともして続けたんだ。

 

 

――あなたが心配なの……。あなたの翼は純白だから。



 俺は初めて口を開いた。

 

 

――君を失ったあの日から、俺の全てに色はないさ。



 今度は君が首を横に振る。

 

 

――いえ、あなたには誰にも負けない色がある。だから私はあなたに全てを捧げたの。


――さあ……。どうだかな……。


――もしあなたが醜い泥沼に戻ると決めたなら、約束してちょうだい。



 君が俺を優しく抱きしめる。

 ふわっとした柔らかな感触に包まれた。

 そして君は俺の耳元でささやいた。

 

 

――その大きな翼で、自由にはばたいて。泥の色には染まらずに……。そして見たこともない景色を見せてちょうだい。



 少しだけ離れ、顔を見合わせる。

 俺は穏やかに問いかけた。

 


――それはどんな景色なんだい?


――ふふ、それは私にも分かりっこないわ。だって見たことがないんだもの。


――ははは、そりゃそうだ。



 君の口元に笑みが漏れる。

 それが眩しくて、俺は思わず目をそらしてしまった。

 でも、君はそんな俺の仕草すら愛おしそうに見つめてくれたんだ。

 

 

――負けないで、ジェイ。私はここでずっと見守ってるから。


――まだ君のそばには来るなってことか?


――ふふ。そうね。それにあなたがそばにいるべき人は、私じゃないわ。


――それは誰だい?


――さあ……。誰かしら?



 いたずらっぽく笑って、君は元の姿勢に戻った。

 ゆっくりと紅茶の入ったティーカップを口元に運ぶ。

 そして一息ついたところで、俺に笑顔を向けた。

 


――さようなら、ジェイ。これでお別れよ。



 嫌だ、なんて言わせてくれるはずもない。君の気の強さはよく分かっているつもりさ。

 それに俺はずっと前に君とお別れしたじゃないか。


 それなのに……。


 なぜ涙が止まらないのだろうか。

 しかし、なぜ俺は消えゆく君を追いかけないのだろうか――

 


………

……


「ジェイ!」


 

 突然目の前に飛び込んできたリアーヌの泣き顔に、強がりの笑みを浮かべるのが精いっぱいだった。

 後から知ったのだが、俺は、十日間も意識を失っていたらしい。

 その間、リアーヌがほとんど寝ずに看病してくれていたそうだ。

 そして俺が寝かされていたのは町の酒場。ここをリアーヌたちも仮の屋敷として暮らしているそうだ。



「泣くな……。せっかくの可愛い顔が台無しだぜ……」


「ばかっ!」


 

 リアーヌが俺を強く抱き締める。

 その温もりに、俺は戻ってきた実感を噛みしめていた。



「ごっほん!」



 ヘンリーがわざとらしい咳払いをすると、リアーヌがぱっと俺から離れた。

 そして顔をリンゴのように真っ赤に染めた彼女に代わって、彼は俺の前に立った。

 しかし目を合わせようとはせず、気まずそうな態度だ。



「あの……。その……。……あの時は、ごめんなさい」



 消え入りそうな小声。それでも彼の謝意は痛いほど伝わってきた。

 俺は寝たまま右手を伸ばすと、彼の腰をパンと叩いた。



「貴族たる者。もっとしゃきっとしなくちゃダメだ。そんなんじゃ、女にもてねえぞ」



 目を丸くした彼に、俺はニヤリと口角を上げる。

 顔を引きつらせた彼は、口を尖らせた。



「う、うるせぇ! お前に言われなくても分かってるからな! 余計なお世話だ!」


「そうか、ならよかった」


「そ、そんな減らず口が叩けるほど元気なら、早く俺を『弟子』にしやがれってんだ!」


「弟子? ヘンリー殿が俺の?」



 突然の申し出に目を丸くしてリアーヌを見ると、彼女は眉をひそめて、小さくうなずいた。

 どうやら俺の知らぬうちに、ヘンリーの中で何かが変わったようだ。



「ははは。俺なんかが弟子を取れるような身分ではないさ」


「へんっ! いいからこれは決まりだからな! 早く怪我をなおしてくれよ! 師匠!」



 そう勝手に告げたヘンリーは、恥ずかしさを紛らわせるためか、そそくさと部屋を出ていってしまった。

 すると部屋の中は俺とリアーヌの二人だけになった。

 

 体をゆっくりと起こした俺は、彼女と向き合う。

 頬を桃色に染め、うつむき加減の彼女に対し、俺は小さく頭を下げた。

 

 

「すまんな。大切な館を焼いてしまって」



 彼女は顔を上げて、ぶるぶると首を横に振る。

 そして瞳に涙をいっぱいに溜めて、俺をじっと見つめてきた。

 

 

「そんな顔するな。お前さんは王国に勝ったんだぜ。もっと嬉しそうにしてくれや」


「……ばか……」



――トンッ……。


 彼女は俺の胸におでこを当てた。

 部屋の窓から覗く夕陽が、俺たち二人の影を壁に映している。

 俺はそっと彼女の頭をなでた。

 

 

「心配かけたな。もう大丈夫だ」


「……もう無茶はしないで……。約束よ」


「悪りいな。俺には守らねばならん約束が多過ぎて、今は新たなものを受け付けてねえんだ」



 リアーヌが俺を見上げる。

 きゅっと結んだ小さな口は何も言葉を発さなかったが、言わんとしていることは十分に伝わってきた。

 俺は彼女の気迫に押されるように苦笑いを浮かべた。

 

 

「冗談だよ。約束しよう。もうリアーヌにそんな顔をさせないってな」


――トンッ……。


 再び俺の胸にひたいをつけたリアーヌは、小さな声をあげた。

 

 

「もう一つ約束して……」


「おいおい。本当にこれ以上は……」


――チュッ……。


 これで二回目だ。

 彼女の唇で俺の唇が塞がれたのは……。

 

 でも一回目と異なるのは、その唇から伝わってくる感情だ。

 弱々しくて、儚さすら感じさせるそれに、俺は目を大きくしてしまった。

 

 そしてリアーヌは、ゆっくりと俺から離れると、胸が張り裂けそうになるような声で懇願してきたのだった。

 

 

「……私のそばにいて……。私たち家族が『自由』になるその日まで……。お願い」



 と――




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