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追放軍師の無双逆襲  作者: 友理 潤
エピローグ
36/36

『自由の果ての景色』

◇◇


 決戦の前。

 パオリーノとリアーヌら一行がヘイスターを出た後、向かった先は『大神殿』であった。

 無論、目的は『ヘイスターの独立』。

 

 

――世界の王たちは己の欲に目がくらみ、民は苦しんでいる。ヘイスターを平和の象徴として独立させることで、争いのない世を作ることこそ、世界中の民の本望である!



 きっとパオリーノが法王に対して、そう熱弁したに違いない。

 だが、彼やオーウェン・ブルジェは帝国で立場のある人間だ。

 そこで新たな国の王には、爵位のない者が任命されることとなった。

 

 

――リアーヌ・ブルジェ。そなたをヘイスターの王と認めよう。



 きっと彼女は緊張した面持ちで、法王の前にひざまずいたんだろうな。

 想像するだけで彼女の緊張がこっちまで伝わってきて、胸がぎゅっと締めつけられる。

 

 だが彼女はしっかりと務めを果たしたんだ。

 晴れてヘイスターの初代女王となり、町は国となった。

 

 その後、彼女たちは諸国を回った。帝国がヘイスターに軍勢を進めてくることを報せ、援軍を要請するためだ。

 彼女らの要請に応え、各国も軍をヘイスターへと送ってくれたというわけだ。

 

 これが俺が打った策のすべて。

 だが、あくまで策を授けただけのこと。

 それをやり遂げたのは、他でもない。

 

 領主の館……否、ヘイスター城の『王の間』で戴冠式を迎えるリアーヌ・ブルジェであった――

 

 

………

……


 決戦が終わり、春も終わりを告げようとしていたある日。

 ヘイスターは祝日を迎えた。

 この日、リアーヌの戴冠式が執り行われることとなったのである。


 まるで婚儀の衣装のような純白のドレスに身を包んだ彼女からは、少女らしい可憐さではなく、女王としての気品と高潔さが感じられたんだ。


 そりゃあ、美しかったよ。

 この世のものとは思えないくらいに。


 そんな彼女が付き添いに指名したのは、なんと俺だった。

 普通は弟なり、父親なりを選ぶものだろうに……。

 だが、彼女は頑として譲らなかった。

 

――ジェイは私の騎士様だから、ずっとそばにいて欲しいの!


 恥ずかしい言葉をためらいもなく皆の前で告げるものだから、こっちが赤面しちまったじゃねえか。


 でも、すごく嬉しかったさ。

 彼女に頼られていることは、重圧ではなくて、喜びに代わっているのだから。

 それに「分かったよ」とため息交じりに答えると見せてくれたんだ。

 

――ありがとう!


 二度目の決別の際にお預けを食った、眩しい笑顔を……。

 


………

……

 

「リアーヌ様のおなりでございます!!」



 近衛兵の大声とともに、王の間の扉がゆっくりと開けられる。

 真紅の絨毯が真っ直ぐ伸びたその部屋の両脇には、戴冠式に出席した人々が起立してこちらを見つめていた。

 その中にはリアーヌの家族はもちろんのこと、『明星の五勇士』たちやアンナ、そしてパオリーノの姿もある。

 きっと執事のマインラートも、彼女の晴れの舞台をどこかで見てくれているだろう。

 

 

「姉さん! おめでとう!!」


――わああああっ!


 ヘンリーの声と共に、部屋が大歓声と拍手に包まれる。

 近衛兵たちによる演奏が、祝福ムードをさらに盛り上げていた。

 途中、マリーナの横を通り過ぎた際に、

 

「ふふ、まるで結婚式みたい」


 と、冗談を言われ、俺とリアーヌが二人して顔を真っ赤にしてしまったのは、今思い返しても恥ずかしい。

 その後も仲間たちにからかわれながら歩いていき、部屋の中央に設置された祭壇にたどりついた。

 そこでリアーヌを待っていたのは、大神殿の法王だった。

 彼女が法王の前でひざまずいたところで、部屋は静まった。

 

 

「なんじをヘイスターの王と認める。新たに生まれた女王に、大いなる祝福があらんことを」



 そう法王が宣言した瞬間。

 再び王の間は割れんばかりの大歓声で揺れた。

 

 俺はリアーヌを立たせるために手を差しのべる。

 その手を取った彼女は、ぎゅっと力をこめてきた。

 俺が目を丸くすると、彼女は小さな声で言ったのだった。

 

 

「ジェイ。私も離さないから。この手」



 ようやく緊張から解き放たれた彼女が笑顔になる。

 それが美しくて見惚れていまい、しばらく動けなかった。

 するとそばまで寄ってきた法王が、ぼそりと告げてきたんだ。

 

 

「次はお二人の婚儀に呼んでいただけそうですな」



 再び二人の顔が真っ赤に染まる。

 タイミングよく近衛兵たちの演奏が再開されたのが、俺たちの未来を祝福しているかのようで、余計に恥ずかしかった。

 そして緊張に体が思うように動かない俺たちは、ぎこちない動作で祭壇から下りていったんだ。

 

 こうして戴冠式が終わり、名実ともにリアーヌは女王に即位した。

 一方の俺は政務と軍事を一手に引き受けることになった。

 

 『醜くて汚い泥沼』から抜けだせば、のんびりと暮らせるとばかり思っていた。

 だが、それは大きな間違いだったようだ。

 

 それでも何の問題もなかったさ。

 

 仲間たちに囲まれながら、忙しくも楽しい毎日。

 今までに感じたことがないような充実感に満ち溢れていたのさ――



………

……


 再び季節はあっという間に進んでいった。

 各国へ書状を送ったり、帝国からの独立に必要な手続きをしたりするなど、行わねばならないことは山のようにあったからだ。

 

 ただ領民たちはのんきなもので、相変わらず穏やかな日々を送っている。

 目が回るほどの忙しさに身を置いていた俺にとって、彼らの笑顔は心を穏やかにする絵画のようなものだった。

 

 

 そうしてほっと一息つく頃には秋を迎えていた。


 この日、ヘイスターが寂しさに包まれていたのは、多くの人々がこの国から立ち去るからだ。

 政務の引き継ぎが全て終わったことで、役目を終えた帝国の人々は、帝都に帰ることとなったのである。


 その中に、アンナ・トイの姿もあった……。

 この日の執務を午前中で片付け、部屋で彼女と二人きりになる。

 茶色のトレンチコートを羽織っている様子からして、もう旅支度を終えているようだ。

 俺は彼女を近くの椅子に座らせると、穏やかな口調で問いかけた。


 

「お前さんに少しでも慈悲の心があるのなら、ヘイスターに残ってはもらえないかね?」



 正直言って、アンナの手腕は誰よりも頼りになるものだった。

 もし彼女が今まで残ってくれなかったら、あと半年は仕事に追われていたに違いない。

 それに帝国からの引き継ぎが終わったからと言って、まだ完全に仕事がなくなった訳ではないのだ。

 お世辞でもなんでもなく、本心から彼女には残って欲しいと考えていたんだ。

 

 しかし彼女はゆっくりと立ち上がりながら、首を横に振った。

 

 

「私にはトイ家を再興させるという使命がある」



 彼女の父、ポール・トイはあらぬ罪に問われ処刑されてしまったと、ここにも伝わっている。

 次期皇帝の座に戻ったヴィクトール皇太子によって、トイ家の貴族としての名誉は戻ったが、当主が生き返るわけではない。

 彼女は帝都に戻るなり、トイ家の当主として家を守らねばならないのだ。

 

 

「そうかい。なら、無理には引き止めねえよ。それでも時折は顔出せよ」


「ふふ、気が向いたらね」



 彼女の口元がわずかに緩んだ。

 近頃はよく笑みを見せるようにもなったんだ。

 だいぶ血の通った人間らしくなってきたってもんだ。

 そんなことを考えていると、今度は彼女の方から話しかけてきた。

 

 

「ジェイ。無理を承知で聞くわ」


「おう、なんだい? まさかまた『私のモノになれ』とか言うんじゃねえだろうな? それならお断りだぜ」


「ふふ、相変わらず口が悪いのね。違うわ。……いや、近いかもしれないわね」



 なんでもはっきり物を言う彼女にしては、珍しく口ごもっている。

 俺は黙ったまま、彼女の目をじっと見つめていた。

 すると彼女は深呼吸を一つしたところで、はっきりとした口調で言ったのだった。

 

 

「私の夫になってくれないかしら?」



 心をばっさりと一刀両断されたかのような衝撃に、言葉を失ってしまった。


――ガチャンッ!


 背中から派手にティーカップの床に落ちる音が聞こえる。

 ちらり目を向けると、立っていたのはリアーヌだった。

 ちょうどお茶を俺たちに運んできた彼女は、小刻みに震えながら口を開いた。

 


「あ、あ、あ、アンナさん。それってもしかして本気なんじゃ……」



 リアーヌの言葉にじっと耳を傾けていたアンナだったが、ふっと笑みを漏らすと首をすくめた。

 

 

「冗談よ。本気にしないで」



 そう言い残して足早に部屋を去っていくアンナ。

 だが、彼女はリアーヌとのすれ違いざまに小声で言ったのだ。

 

 

「私、負けず嫌いなの」



 と……。

 

 リアーヌがアンナに大きな目を向ける。

 その視線を受け止めたアンナは、ニコリと微笑むと、すぐさま部屋を後にしていったのだった――


 

 その後、アンナは見事にトイ家の再興を果たしていった。

 と言っても、以前のように国を乱すほどに強い権力を持つという意味ではない。

 由緒正しき名家の名を利用し、お家騒動で名声が失墜した帝国の名誉回復のために、リーム王国の貴族たちと積極的に交流をはかっていったのだ。

 彼女の活動を表に裏に支えていたのは、王国の姫のもとへ婿入りしていったパオリーノだという話も耳にした。

 

 アンナとパオリーノの尽力によって、帝国と王国は平和条約を締結。

 両国の長きに渡る戦争が完全に終結した。

 

 そんな彼女がどうしても譲らなかったことがある。

 それは結婚であった。

 どんなに高貴な身分の相手との縁談が持ちあがろうとも、彼女はかたくなに断り続けているという。

 一部の貴族たちの間では、「アンナ様には心に決めた方がおられる」ともっぱらの噂であったが、果たして本当にそのような下世話な理由なのだろうか……。

 

 俺が知る由もなかったさ。


 ちなみに言い忘れたが、かつて将軍だったルーンは、『少将』まで降格。

 ネイサン・ベルナールは爵位から下ろされ、平民となった。

 しかし元来働き者の彼らは、今でも帝国の発展のために力を尽くしているとのことだ。


 ジュスティーノ第三皇子はというと……。

 彼の数々の悪事は世間には伏せられた。それこそ皇族の恥さらしもいいところだろうからな。

 だが「嘘つき皇子」のあだ名はどうしても消えそうにないらしい。

 

 だから、もはや彼に居場所はなかった。

 あらゆる特権をはく奪された彼は、帝国を追放され、今は大神殿で懺悔する日々を静かに送っているらしい。

 

 しかしそこで一つ、大問題が生じた。

 

 なんと俺の妹のリナが、以前から大神殿でひっそりと暮らしていたそうなのだ。

 しかも彼女がジュスティーノの世話をしているというから驚きだ。


 だが問題はそこではない。

 そのまま二人は恋仲に落ちたらしいとステファンから聞かされたのだ。


 俺は絶対に許さんぞ!

 義理とは言え、あいつが俺の弟になるなんて……。

 

 

………

……

 

 再び季節は巡った。

 ちょうどあの決戦から一年が過ぎた時のことだ。

 

 俺とリアーヌはヴァイス帝国の王宮に招待された。前の冬に崩御した前皇帝に代わり、ヴィクトール皇太子が皇帝に即位することになったのである。

 つまりリアーヌが即位式に来賓として呼ばれ、俺は彼女の付き添いという訳だ。

 

 式の間、俺はクロ―ディアの墓の前にいた。

 

 でも、いくら墓前で手を合わせても、彼女は現れなかった。

 一年前のあの日。

 俺たちは永遠に別れを告げたから……。

 

 

「今日くらい顔見せたっていいじゃねえか。お前さんの兄上の晴れ舞台なんだぜ」



 いや、もしかしたら即位式の様子をこっそり見に行ってるのかもしれねえな。

 それならここに来ないのもうなずける。

 

 墓石から目をそらし、空を見上げる。

 

 雲一つない綺麗な青空だ。

 一羽の鳥が気持ち良さそうに大きな翼を広げている。

 

 静かに目をつむった。

 

 すると背中に大きな翼が生え、不思議な浮遊感に包まれていったんだ。

 頭に浮かんできた空の中の光景に胸が躍った。

 

 俺は今、『自由』に大空を翔けている――

 

 王宮だけでなく帝都中が眼下に広がっていた。

 先ほど見た鳥と目が合ったから「こんにちは」と挨拶する。

 そして俺は願った。

 

――まだだ! もっと高く! もっと!


 あっという間に世界中の国々が小さく一つになる。

 俺は気付いた。そこには確かになかったのさ。

 

 醜くて汚い泥沼も、血で血を洗う戦争も……。

 

 春の陽射しを浴びた街々は、きらきらと輝いていたんだ。

 視線を上げる。

 ますます大きくなった白い太陽が目に飛び込んできた。

 

 クロ―ディア……君はそこにいるのだろうか。

 もしそうなら、きっと君は俺と同じ景色を見ているはずだ。

 

 これが君が俺と『約束』した景色なんだろう?

 ならば君にも感じているはずだ。


 こんなにも世界は美しい!

 

 と……。


 自然と笑みがこぼれる。

 とても良い気分にひたっていた。

 

 ……と、その時だった。

 

 

「なんですか? にやにやしちゃって……」



 ふとすぐ隣から声をかけられる。

 静かに目を開けた。

 そこには頬をふくらませたリアーヌが立っていたのだった。

 

 

「……クロ―ディア様のこと。まだお慕いされてるのですか?」



 いじけた子どものように口をとがらせる彼女に対し、目を細めて答えた。

 

 

「ああ、生涯忘れることはないだろうよ」


「そう……。そうよね……。ジェイが愛した人なんだもの……」


「ああ、俺は一度愛した人を忘れることはできねえよ」



 リアーヌが少しだけ寂しそうにうつむいた。

 その様子を見た瞬間……。

 

 俺は彼女の唇に自分の唇を重ねた――

 

 

「ん? んん?」



 驚きに目を丸くするリアーヌ。

 きっと彼女も分かったことだろう。

 『奇襲』されると、どう反応していいか分からなくなっちまうことに……。

 

 しばらくして、彼女から離れた。

 そして、穏やかな声で、裸のままの本心を告げたのたのさ。

 

 

「俺はリアーヌのことも一生忘れない。この先、何があってもな」



 リアーヌがリンゴのように顔を真っ赤にして固まっている。

 俺は彼女にポンと肩を叩くと、その場を後にしようとした。

 さすがに恥ずかしくて、視線は足元に落としたままだ。

 

 さてと……。

 宿に帰ったら旨い酒でも部屋で飲むとするか。

 そんな風に考えて視線を元に戻したその時だった……。

 

 

「あら? ジェイさん。女王陛下に対して、ずいぶんとなれなれしいんじゃありません?」


「むうう!! ジェイさまぁ! なんでコハルには、ちゅーしてくれないんですかぁ!」



 なんとマリーナとコハルが青筋を立てて、俺につめよってきたのだ。

 彼女たちだけじゃない。背後には他の仲間たちもいる。

 


「ははは! ジェイ! 口説き方も上手になったんじゃねえか!?」


「ガハハ! ジェイ殿とリアーヌ様のお子の顔が楽しみじゃ!」


「……ジェイ様。悔しいですが、リアーヌ様では仕方ありません」


「やいっ! 師匠!! 姉さんとくっつくなら、俺を倒してからにしやがれってんだ!」



 俺とリアーヌはすぐに賑やかな彼らに囲まれた。

 俺たちは目を合わせると、互いに笑顔になる。

 

 

 この瞬間、『希望』が『現実』に変わったのさ。

 

 

 愛しき君よ。

 見てくれているかい?

 

 

 俺は今、自由を謳歌しているんだ――

 

 

 

 (了)

 


挿絵(By みてみん) 

イラスト:甲斐 千鶴さん 

 

 


最後までお付き合いいただきまして、まことにありがとうございました。


もとより本作は、甲斐千鶴先生の数々のイラスト作品からイメージをさせていただき、書きました。

先生の描く女性のイラストは、ただ美しいだけでなく、うちに秘めた力強さを感じます。ヒロインのリアーヌには私が先生のイラストに感じたままを込めた次第です。

また、イラストを想起しやすいような象徴的なシーンをいくつか描写し、より強烈なイメージを文中に持たせたのが、私にとっての挑戦でした。

いかがだったでしょうか。お楽しみいただけましたでしょうか。


最後になりましたが、拙作を読んでいただき、今一度御礼申し上げます。

あつかましくはございますが、画面下部にある評価点をいただけると、とても嬉しく思います。


登場人物一同、そして私自身も、またお会いできる日を心よりお待ち申し上げております。


【追記】

近日中に、ヒロインのリアーヌ・ブルジェの視点で本作をリメイクした作品を執筆しようと考えております。私にとっては初めての異世界恋愛小説となる予定です。公開のおりには、どうぞよろしくお願いいたします。

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