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追放軍師の無双逆襲  作者: 友理 潤
第四章 国境線からの逆襲
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⑪ 『さようなら』


 ルーン将軍が前線に立ったことで、がらりと戦況が変わった。

 彼は横に伸びた左右の陣を、さながら翼をたたむように中央に寄せていく。

 すると4000のヘイスター軍は帝国軍に囲まれた。

 

 

「ジェイ!! もう逃げ場はないぞ!!」



 ルーン将軍は陣頭近くまで馬を進めてきたのだろう。

 兵たちの怒号が飛び交う中でも、声が聞こえてくるのだから、たいした声量だ。

 

 

「元より逃げる気なんてないっつーの」



 強がってみせたはいいものの、前進する速度は徐々に遅くなり、ついには完全に止まってしまった。

 壮絶な白兵戦が繰り広げられ、味方の犠牲も大きくなっている。

 

 このままではまずい……。

 ジュスティーノまでの距離は残りわずかだ。

 強引に突き抜けていくことも選択肢にはあるが、それではリアーヌとの約束が守れなくなっちまう。

 

――待っててね。約束よ。


 あれは『絶対に死なないで』という意味であったことは、いくら鈍い俺でもよく伝わってきたぜ。

 たとえ天の上からでも、彼女の哀しむ顔は見たくない。

 

 だから……。

 俺は生きるんだ!

 


「アルバン!! 円陣だ!!」


「おうよ!!」


 

 俺はみたび火矢を空に向けて放つ。

 今度は赤い煙が一筋上がった。

 

 槍のような陣形が、即座に丸い円を描くように変わっていく。

 大きな盾と長い槍をもった重装備の兵たちが前面に立ち、アルバンが彼らを指揮した。

 

 

「守れ!! なんとしても守るのだ!!」


――おおっ!


 それは『方円陣』と呼ばれる守備の陣形。

 言うなれば人で作られた砦だ。

 これだけ固ければそうそう破られないだろう。

 

 しかし……。

 

 

「ただ生き延びる時間が長くなっただけだ! 焦らずに削っていけ! 敵は必ずや音をあげる!!」



 ルーン将軍はどこまでも冷静に兵を指揮していた。

 

 

「やはり敵には回したくねえな」



 思わずそう漏らしてしまったのも仕方ない。

 いくら重装備だとしても隙があるのは確か。

 そこを的確に狙ってくるのだ。

 だが彼の打つ手はそれだけにとどまらなかった。



「弓隊、うてえい!! 上空に矢を放て!!」


 

 前面に押し出した兵の頭上を通り越して、矢が雨のように降らしてきたのだ。

 たまったものではない。

 俺は即座に声をあげた。

 


「盾を上にして、腰を低くするんだ! 衝撃に耐えろ!!」



――ドドドドドッ!


 重力の助けを借りて降り注ぐ矢の雨は盾を容赦なく叩き、足腰の弱い兵たちは倒されていく。

 そこに間髪入れずに再び矢が降ってくると、防ぎきれなくなった兵はその餌食となっていった。

 

 機械仕掛けのような緻密で、ぬかりない攻撃だ。

 敵との戦力差が大きい場合、強い方は正攻法で攻め続けるのがもっとも力を発揮するのを、ルーン将軍は実によく分かっているな。

 

 万事休す……。

 誰がどう見たって、そう考えるに違いない。

 

 いつの間にか総大将のジュスティーノまで豪勢な輿こしに乗って、前線近くまできているじゃねえか。

 恐らく俺たちの最後のあがきを『見世物』として鑑賞しにきたに違いない。

 まるでピクニックに来たかのような愉快そうに笑う表情が、遠目からでもよく見える。

 

 だが、ここで諦めるわけにはいかねえんだ。

 

 クロ―ディア。

 そして、リアーヌ。

 お前さんたちとの約束を果たすまでは、希望を捨てるわけにはいかねえんだよ!!

 

 

「少しずつでいい! 移動を開始するんだ! 後ろに引いていけ!!」


――おおっ!


 じりじりと後退を始めて行く。

 

 

「あははっ! 逃げていくよー! あの『彗星の無双軍師』が尻尾を巻いて逃げていく! あはははっ! 面白いな!」



 甲高いジュスティーノの笑い声がこちらまで聞こえてくる。

 しかしいらつきは覚えなかった。

 敵の攻撃を受け、生き残るのに必死だったからだ。

 

 

「耐えろ!! 諦めなければ希望は現実に変わる!」



 自分に言い聞かせるように周囲を鼓舞し続けた。

 気付けば円陣は小さくなり、中心で指揮をしていた俺の目にも敵兵が大きく映っている。

 

 

「そろそろだ」



 背中を合わせたアンナがすらりと長剣を抜いた。

 言うまでもなく、敵と直接戦う時がもうすぐやってくるから準備をしよう、ということだ。

 俺も短剣を抜きだして構えた。

 

 俺たちの周囲を固めるようにアルバン、ステファンそしてロッコも集まる。

 俺は彼らに声をかけた。

 

 

「全部終わったらよぉ。お前たちと旨い酒を飲みてえな」


「ははは、ジェイ! そん時は、綺麗な姉ちゃんも呼ぼうぜ!」


「ジェイ殿! わしの知り合いの酒場を御紹介いたしましょう!」


「……ジェイ様とお酒がいただける……。感無量でございます」


「ふふ、私はジェイと二人っきりで、ゆっくりとと飲みたいけど」



 アンナの言葉に全員の視線が彼女へと集まる。

 すると顔を赤くした彼女が口を尖らせた。

 

 

「私だって酒ぐらいはたしなむ。そんな目を向けるな」


「いや……。そういう問題じゃないんだけどな……」



 ステファンが口を挟もうとしたところを、俺は片手で制した。

 

 

「もういいさ。これで良く分かった。お前たちが全く諦めてねえってことがな」


「ふふ、私を試すとは、ずいぶんといい度胸だこと」


「すまんな。ここが踏ん張りどころなんだ。気持ちを一つにしておきたかったんだよ」


「バカ野郎! ジェイ! 俺たちはいつでも一つだぜ!!」



 ステファンが叫んだところで、みなが顔を見合わせた。

 小さくうなずきあう。

 


「さあ、これが本当に最後の勝負だ! 見せてやろうぜ!! 乾坤一擲の大勝負を!!」



 短弓を空に向ける。

 

 

「いけっ! 『自由』という名の大空を高く舞い上がるんだ!!」


――ドシュッ!!


 一本の矢が飛んでいく。

 白い雲のような煙が青一色の空に一本の筋を作っていった。

 

 間髪いれず、俺は叫んだ。

 

 

「走れええええ!!」


――おおおおっ!



 円陣が崩れ、ヘイスターの町から離れるように一斉に走り出した。

 突然の動きに帝国軍は一瞬だけ戸惑いを見せたが、すぐに立て直して俺たちを追いかけてきた。

 自然と帝国軍の方向が町から横にそれていった。

 

 しんがりのアルバンが敵の攻撃を防ぎ、先頭をいくステファンが道を作っていく。

 俺とアンナは横からくる敵をなぎ払い、ロッコはアルバンに襲いかかる敵を撃ち落としていった。

 

 

――戦場の彗星。

 

 

 まさに俺たちは流れ星のように戦場を駆けていた。

 だがヘイスターの兵たちが平原に倒れていくたびに、星の輝きは小さくなっていく。

 

 

「まだだ! まだ足を止めるなあああ!!」



 天に向かって吠える。

 するとすぐ背後からジュスティーノの声が聞こえてきた。

 

 

「あははは!! 追え! 追え! あいつを僕の目の前で殺すんだ! あははは!!」



 その瞬間……。

 口角が自然と上がるのを抑えきれなかった――

 

 

「かかったな……。『エサ』に食らいつきやがった」



 ジュスティーノが追ってきた。

 つまり帝国軍の陣形が縦に伸びて、彼の周りの守りが薄くなったということだ。


 次の瞬間だった……。

 

 

――わああああああっ!!



 鬨の声がヘイスターの町の向こう側から聞こえてきたのである。

 

 

「ついにきやがったぁぁぁ!!」



 ステファンが叫んだ。

 俺は隣のアンナと顔を見合わせる。

 そして彼女は残った兵たちに号令をかけた。

 

 

「反転せよ!! 敵に突撃だ!!」


――おおっ!



 これまで逃げるように敵に背を向けてきたヘイスター軍が、ぐるんと振り返る。

 

――ガツッッ!!


 勢いよく体がぶつかりあい、帝国軍の足が止まった。

 その直後、地響きがすぐそばまで聞こえてきたのだ。

 

 

「軍勢だと……!?」



 陣頭のルーン将軍の目が大きく見開かれた。

 それもそのはずだろう……。

 

 ヘイスターの町から大軍が押し寄せてきたのだから――

 

 しかも掲げられた旗は……。

 

 

「リーム王国だとぉぉぉ!!?」



 そうそれは王国軍からの援軍だった。

 それだけではない。

 『法王』を示す大神殿からの軍勢の旗もあれば、その他の国の旗もある。

 つまり世界中の国々がヘイスター軍の援軍として現れたのだ。

 

 帝国軍に気取られないように、かなり離れた場所で陣を張ってもらっていたため、到着が遅れてしまったのは想定通りだ。

 つまり俺たちがあがいていたのは、彼らが現れるまで時間稼ぎだったんだ。

 

 帝国軍の兵たちがとまどうのも無理はない。

 だが、驚くのはまだ早えぜ。



「なんだ? あの旗は……?」


 

 援軍の中央にひときわ高く掲げられた旗。

 今までみたこともないその旗に、ルーン将軍は不思議そうに眉をひそめている。

 

 ならば、答えてやろう。

 俺はありったけの声で叫んだのだった――

 

 

「ヘイスターは独立した!! 法王様に認められ、『中立国』として!!」



 中立国……。それは誰も攻め込んではならない、いわば聖域。

 ゆえに中立国を攻めた国は、世界中から敵とみなされることになる。

 つまり今、この瞬間。

 ヴァイス帝国は世界中から敵とみなされたのであった。

 

 

「嘘だ!! そんなのありえん!! 騙されるな!! 攻め立てよ!!」



 ルーン将軍が顔を真っ赤にして、兵たちを鼓舞しはじめた。

 だが、兵たちの動きは目に見えて鈍っている。

 それもそのはず。

 もし中立国であることが『真実』だとしたなら、帝国は世界中を敵に回さねばならぬことになり、この先地獄のような戦争づけの毎日が訪れてしまうのだから……。

 

 一方のヘイスター軍は大いに勇気づけられた。

 

 

「敵は怯んだ!! 一気に攻めよ!! 狙うはジュスティーノの首、ただ一つよ!!」



 アンナが鋭い号令をかけると、ますます兵たちは勢いを増し、ジュスティーノとの距離をつめていく。

 さらに帝国軍の横腹をつくように連合軍の先鋒隊も突撃を開始してきた。

 


「仕上げだ」



 もう最後に残った矢を空に放つ。

 黒い煙が上がった。

 ……と、その時だった。

 

 

――ドオオオオンッ!!


 という轟音とともに平原の奥から火の手があがったのだ。

 それは帝国軍の本陣の奥にあった、食料や物資を置いた倉庫が爆発した音だった。

 

 

「いやっほう!! コハルの奴! 派手にやってくれやがったぜ!!」



 ステファンが歓喜に小躍りする。

 そう、コハルに与えた任務とは、敵に忍びこみ、倉庫に火の手をしかけること。

 そしてこの矢の合図でそれを爆発させることだったのだ。

 

 当然、ジュスティーノとルーン将軍の顔色が変わった。

 前方に敵の援軍、後方に『裏切り』があると知れば、誰でも肝を冷やす。

 

 さらに……。

 

 

「うらあああああ!! 師匠を助けるのは、俺だあああああ!!」



 猪突猛進のヘンリーが敵を切り裂いて、ジュスティーノへと単身で突っ込んでいったのである。

 

 

「俺だって負けるかああああ!!」



 ステファンも負けじと敵兵の中へと身をうずめていく。

 


「……負けない!」



 ロッコはそうつぶやくと、一筋の矢を放った。

 

――ヒュン!


 それがジュスティーノの頬にかすり傷を与えた。

 

 

「ひいいいい!! 寄るな!! こっちへ来るんじゃない!!」



 ジュスティーノは輿から転げ落ちると、なんと自分の足ですたこらと逃げていく。

 俺たちのみならず、帝国兵たちもその様子に目を見開いてしまった。

 

 これまで『半身不随の哀れな皇子様』の化けの皮は完全にはがれ、泥まみれの醜い亡者であることが白日のもとにさらされて瞬間でもあった。

 

 

「引け!! 殿下をお守りして引くのだ!!」



 ルーン将軍の口から撤退が命じられた。

 蜘蛛の子を散らすように平原から帝国軍の兵たちが消えていく。

 そうして、完全に帝国軍の旗が平原から消えた時……。

 

 俺は天に向かって叫んだ。

 

 

「勝どきをあげよぉぉぉぉ!!」


――うおおおおおっ!!



 平原が喜びに包まれる。

 いつの間にか戦場に姿を現したマリーナまでもが、空に向かって大声を上げていた。

 

 俺は歓喜の雄叫びが続く中、目を細めながら空を見上げた。

 再び吹く薫風に、小さく微笑む。

 

 勝ったぜ、クロ―ディア。

 これで俺は君との約束を果たした。

 

 君が空に映った。

 

 嬉しそうに目を細める君。

 その瞳に俺は告げたんだ。

 

 

「これで……。さよならだ」



 君の姿が徐々に薄れていく。

 これが永遠のお別れさ。

 でも涙は見せねえぞ。

 

 だって、君も笑顔のままなのだから……。

 

 これからは空の向こうから見守っていてくれ。

 

 

 さようなら、クロ―ディア。

 

 

 俺は『自由』を手に入れる戦いに勝ったんだ――

 


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