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追放軍師の無双逆襲  作者: 友理 潤
第四章 国境線からの逆襲
34/36

⑩ 『決戦開始』

◇◇


 ヘイスターからわずかに離れた小高い丘の上に、帝国軍の総大将、ジュスティーノ・ヴァイスは本陣を張った。

 彼のかたわらにはルーン将軍も直立で待機している。

 そんな中、彼は王宮にいる時と同じように優雅に朝食をほおばりながら、戦況を伝令から聞いていた。

 

 帝国軍は5万。

 対するヘイスターは1000。

 

 圧倒的な戦力差だ。

 普通は『籠城』を選択し、犠牲を最小限にしながら交渉による終結を目指すだろう。

 

 しかし……。

 

 

「なにっ? 野戦にうって出てきただと?」



 ルーン将軍が眉をひそめた。

 だがジュスティーノは、まったく意に介さない。

 静かにナイフとフォークを置くと、口の周りをナプキンでぬぐった。

 そしてルーン将軍を見上げながら問いかけたのだった。



「そんなに変なことなのかい?」


「はい、普通では考えられません」

 

「あはは! じゃあ、みんな殺しちゃっていいってことだよね?」



 ルーン将軍の背筋がゾクリと凍る。

 そんな彼に対し、ジュスティーノは冗談とは思えないほどに、低い声で告げたのだった。

 

 

「僕が欲しいのはジェイ・ターナーとアンナ・トイの首。逆らう者には容赦はするな。兵だろうと町だろうとぶっ潰せ」



 ルーン将軍は小さく頭を下げた後、本陣のテントを後にした。

 相手は、かつて味方だった者たちばかりなのだ。

 どうしても気が重くなるのを抑えきれない。それでも、ジュスティーノ・ヴァイスという悪魔に対する畏怖の念の方が勝っていた。



「許せ。ジェイ……。アンナ……。これも帝国のためだ」



 まるで自分に言い聞かせるようにつぶやくと、指揮官たちに命令をくだすため、大軍の中へと消えていったのだった――




………

……


 町を背にするようにして、ヘイスターの軍は陣を構えていた。

 


「ちょうどあれから一年だな」



 俺、ジェイ・ターナーは隣に立つアンナに対して、そう話しかけた。

 

 

「まさか二年も続けて、圧倒的に不利な戦いを強いられるとは思いもよらなかったわ」


「悪りいな。お前さんにも付き合わせちまって」


「ふふ、何を今さら……」



 彼女らしくない丸みを帯びた口調だ。

 俺はちらりと彼女の横顔を見た。

 凛々しく美しい顔立ちに、微笑を携えている。

 実に清々しい表情だ。

 

 

「じゃあ、頼んだぜ。今回の戦いは、お前さんが総大将なんだからよ」



 ヘイスターの領主代行はアンナだ。

 よって今回の戦いは彼女に指揮官を任せている。

 俺はゆっくりとその場を離れ、前線へと足を向けた。

 

 

「あら? 乙女を一人にしてどこか行ってしまうなんて、ずいぶんと冷たいのね」


「普通の乙女なら置いてなんていかねえさ」

 

「ふふ。でも軍師が前線で戦うなんて、あなたくらいなものよ」


「後ろでヤキモキするのが嫌なだけだ」



 背中から声をかけてくる彼女に対し、振り返らずに答える。

 そして少しだけ距離ができた時だった。

 

 

「ありがとう! ジェイ! 私はあなたのおかげで『希望』を捨てずにすんだ!」



 『氷血』って言われているくらいなんだから、そんな熱のこもった声を出すんじゃねえよ。

 そう声をかける代わりに、俺は右手を高く上げて、ひらひらと振ったのだった。

 

 最前線まで出ると、マリーナとコハルを除く仲間たちが待っていた。

 マリーナはけが人たちの治療を行うために町で待機し、コハルにはとある任務を命じてあるからだ。

 

 

「しかしここまで大差だと、かえって気持ちがいいもんだな!」



 ステファンが大きな声を上げると、アルバンが笑い飛ばした。

 

 

「がははは! あっさり死ぬんじゃねえぞ! せっかくジェイ殿がこんなにも面白い舞台を作ってくれたんだ!」


「……ジェイ様に感謝」


「やめとけ。この状況で『感謝』とか口にすると、とたんに嘘くさくなるからな」



 ロッコをさとすと、彼は深くお辞儀した。

 俺は彼の肩に手を置き、指示した。

 

 

「じゃあ、ロッコ。先に行ってくれ」


「……かしこまりました」



 ロッコが弓兵の部隊を率いて動き出す。

 俺は彼の背中から、そっと視線を空に移した。

 

 どこまでも高い空。

 一点の曇りすらない、綺麗な青空だ。

 

 ふと一陣の春の風が吹き抜ける。

 俺はその風にクローディア……君を感じたんだ。

 

 

「バカな男だと笑ってくれるかい?」



 君が小さく笑った気がした。

 俺も口元に笑みを浮かべると、視線を元に戻した。

 地平線が敵で埋め尽くされている。

 

 しかし俺は臆することはなかったんだ。

 

 

「見ててくれ。これが君の言う『自由』を勝ち取るための戦いなんだ」



 そしてついに敵軍が突撃を開始した。

 間髪入れずにアンナが号令をかける。

 

 

「全軍! 進めぇぇぇ!!」



 雷鳴のごとき咆哮に、兵たちが応えた。

 

 

――おおおおおっ!!



 雄叫びが空気を震わせ、前進が地面を揺らす。

 ついに決戦の火蓋が切って落とされた。

 

 俺は一度目をつむる。

 背中には見えない翼が大きく広がっている。

 戦場を高く舞い上がり、空から両軍の激突を眺める。

 

 みるみるうちに両軍の距離が縮まっていく。

 そしてぶつかり合う寸前。

 俺はかっと目を見開いた。

 

 

「今だ!!」



 手にした短弓に火のついた矢をセットすると、大空に向かって放つ。

 

――ドシュッ!


 空高く舞った矢は、「パンッ!」という乾いた音とともに弾けた。

 その直後だった――

 

 

「反転せよ!! 狙うはジュスティーノの首なり!!」


――うおおおおっ!


 

 と、最前線の敵兵たちが向きを変えて、つい先程まで味方だった軍勢に向けて突撃を開始したのである。

 それは『裏切り』であった。

 元よりパオリーノの強引なやり方を面白いと思っていなかった帝国軍の兵たちは、ジュスティーノが実権を握るようになってからも、その思いは変わらなかったのである。

 そこで俺はコハルを通じて、彼らと密にコンタクトを取り続けていた。

 そしてこの戦いで寝返るように約束を取り交わしていたという訳だ。

 

 

「出し惜しみするタイプじゃなくてね」



 と、俺がつぶやいた瞬間に、両軍がついにぶつかった。

 

――ドシャアアアッ!!


 鎧と鎧が激しくぶつかり合う音が聞こえる。

 味方の裏切りに動揺した帝国軍の方が明らかに押されている。

 しかし裏切った兵数は3000に満たないだろう。

 まだまだ圧倒的な差があり、まっとうにぶつかっていてはじり貧なのは確かだ。

 

 だが、俺には次の策がある。

 

 

「ロッコ!! 今だ!!」



 俺はもう一本、火矢を放つ。今度は緑色した煙が空に上った。

 直後に兵たちが一旦後方へ引く。両軍の間に再び距離が開いた。

 そして前に押し出されたのは弓隊だった。

 

 

「一斉にうてえええええい!!」


――ドドドドッ!!


 改良が重ねられた弓の連射が間断なく続く。

 

 

「ぐああああっ!」



 一点に集中された弓の攻撃が、敵軍にわずかな穴を開けたところで、俺は叫んだ。

 

 

「ステファァァァァン!! いっけえええええ!!」


「うおおおおおっ!!」



 満を持して飛び出してきたステファン。

 ロッコの開けた穴を無双の槍でこじ開けていく。

 そこに濁流のごときヘイスターの兵たちがなだれ込んでいった。

 

 一点突破――

 それが次の策だ。

 

 神出鬼没の『彗星の無双軍師』なら、どこから何を仕掛けてくるか分からない。

 ルーン将軍なら『横陣』という兵を横一列に並べて、敵の出方をうかがう陣形を取ってくるのは目に見えていた。

 

 しかしヘイスターは大平原に囲まれているのだ。

 兵を横に並べれば、その分縦の厚みは薄くなる。

 俺の推測では『五層』までが限界だろう。

 つまり戦力を一点に集中させれば、突破できる可能性が多分にあるとふんだのだ。

 

 

「つっこめええええ!!」


――うおおおおおおおっ!


 兵たちは期待に応えて空を翔ける龍のように敵を飲み込んでいく。

 

 

「一層突破!!」


――おおっ!


 残るは四層。その先はジュスティーノが待つ本陣だ。

 

 

「震えながら待つんだな! すぐそこへ行ってやるからよ」



 前を行くステファンの背中にはアルバンがしっかりと守っている。

 さながら槍の先のように鋭く尖った彼らの後ろを3000の兵たちが突き抜けていった。

 

 

「二層を破ったぞぉぉぉ!!」



 目の前に丘が迫ってくる。

 輿に乗ったジュスティーノの姿もはっきりと肉眼でとらえられるようになってきた。

 味方の寝返りと敵の突撃によって、帝国軍は未だに狼狽したままだ。


 

「このまま押し切る!」



 そうつぶやいた時だった……。

 

 

「落ち着けええええい!! 敵は少ない!! 俺たちは勝つ! 絶対にかあああつ!!」



 天まで轟く一喝が、刹那の静寂を生んだ。

 すると直後には怒涛のごとき熱気が帝国軍を包んだのである。

 

 

――おおおおおおっ!!



 帝国軍が息を吹き返した。

 息吹を与えた人物に視線を向けると、その人物と目があう。

 

 一代で成り上がった稀代の名将、ルーン将軍だった。

 

 

「ジェイよ! この勝負、俺が受けて立とう!!」



 彼は馬の腹を蹴ると、4万以上の大軍勢の中へと駆けていった。

 

 

「眠れる獅子を起こしちまったな。へへっ。こいつは早くも窮地だぜ」



 苦笑いとともに流れる一筋の汗。

 それが思いの外冷たくて、ひとりでに身震いしてしまったのだった――

 

 



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