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追放軍師の無双逆襲  作者: 友理 潤
第四章 国境線からの逆襲
33/36

⑨ 『二度目の決別』

◇◇


 少しだけ話を戻す。

 

 晩秋の早朝。まだ夜が明けきれぬ中、フード付きの外套にすっぽりと包まれた五人が、ヘイスターの町を人知れず発とうとしていた。

 

 彼らを見送るのは俺、ジェイ・ターナーただ一人だ。

 その他の面々はまだ夢の中にいるだろう。

 五人の先頭を行く人物が声をかけてきた。

 

 

「では行ってくるよ」



 相変わらずの爽やかな声に、口元が自然と緩む。

 持ち主はパオリーノだった。彼もまた小さく微笑んでみせた。

 だが本心ではどう思っているんだろうか。それを確かめる意味でも、軽い冗談を投げてみた。

 

 

「ああ、頼んだぜ。殿下の働きいかんで、俺とアンナの命がかかってんだからよ」


「はは、残念ながら僕は君たちのことが嫌いでね。あくまで帝国とそこで暮らす民のためさ」



 予想通りの回答に、ますます口角が上がる。

 だが、それでいい。

 やり方の良し悪しはあったかもしれないが、彼は帝国の未来のことだけを考えている。

 これからの旅も、その飽くなき情熱を持って臨むに違いない。

 ほっと胸をなでおろしたところで、顔を伏せながら、手をひらひらさせた。



「それでかまわねえよ」


 

 彼はフードを深くかぶり直すと、静かに町を後にしていった。

 その背中を見つめながら、あの日のことを思い返していたんだ――

 

………

……


 俺とパオリーノの二人が睨み合いを続ける中、アンナが冷たく言い放った。



「終わりよ」


――ザンッ!


 彼女の一閃が走る。

 パオリーノの柔らかな髪がはらはらと宙を舞った。

 しかし、彼は無傷のまま。

 唖然とする彼をよそに、アンナは周囲を囲む兵たちに命じた。

 

 

「捕えよ」



 放心状態だった彼はあっさりと後ろ手を組まれてしまう。

 身動きを封じられたにも関わらず、無様に暴れないところに彼の意地を感じたな。

 しかしアンナにとっては、彼の様子など興味はないようだ。

 長剣を腰に納めた後、淡々とした口調で俺に問いかけてきた。

 

 

「これでパオリーノ第二皇子は『死んだ』。ということでよいな? ジェイ」



 俺はにやりと口角を上げる。

 そして彼女に指示を出したのだった。



「ルーン将軍のいる帝国軍の本陣へ奇襲をかけてくれ」


「なんのために?」

 

「オーウェン・ブルジェ卿をここにお連れするんだ。マインラート殿に書状を書かせたのは彼である可能性が高い。彼の言葉であれば、パオリーノ殿下も信じてくれるだろう」


「分かったわ。皆の者、私についてきなさい」



 彼女があっさりと俺の言葉を受け入れるなんて、初めてじゃねえか?

 そんなどうでもいいことに驚きながら、俺は別室で待つリアーヌたちに事情を話しにいったのだった。

 

 

 そうして日が暮れる前までには彼女は、さも当然のようにオーウェン・ブルジェを連れてきた。

 性格には難があるが、仕事だけは相変わらず完璧にこなしやがる。

 そんな風に思いながら彼女にちらりと目をやると、彼女はぼそりとつぶやいた。

 

 

「ジェイ。無礼は許さんぞ」



 と……。

 俺は首をすくめながら、その場を立ち去った。

 後はオーウェン、アンナの二人に任せれば大丈夫だろう。

 全てをぶちまけてくれるはずだ。

 そして家族愛と正義感で盲目になっている皇子も気づくんだ。

 

 未来を変えるのは、今しかない、と――

 

 

………

……


 パオリーノとブルジェ一家がヘイスターから離れるのは、いくつか理由があった。

 

 一つは言うまでもなく、彼らをジュスティーノの魔の手から離すことだ。

 彼らが『生きている』という事実を誰よりも嫌っているのは、ジュスティーノだろうからな。

 いつ奴が刺客を送ってくるとも限らない。

 ヘイスターは帝国領であり、以前と比べると帝都からの人の往来は格段に多くなっているのだから……。

 

 もう一つの理由は、彼らが向かう場所に関係があるのだが……。

 

 

「やいっ! 姉さん! 早くしないと置いていくぜ!」



 ヘンリーの尖った声が町の外から聞こえてきたところで、俺は我に返った。

 すでに町の門をくぐり、吊り橋の途中まで足を進めた四人に対し、たった一人だけ町から出るのをためらっている人がいる。


 リアーヌであった。

 不安そうな色を瞳に浮かべている彼女に対し、小さく手を振った。



「そんな顔するな。お前さんなら上手くやれるさ」



 彼女の旅路では、多くの困難が待ち受けているだろう。

 それは彼女自身の未来を自分の手で切り開くための、唯一の方法でもあるのだ。

 

 彼女が本当の『自由』を手に入れるための戦いなんだ――

 

 

「リアーヌ。行ってこい!」



 俺がしてやれることは言葉で背中を押してやることくらいなものだ。

 しかし彼女は立ち止まったまま、動こうとしなかった。

 俺は黙ったまま、ただ彼女の瞳を見つめ続けた。

 これ以上、彼女に手を差し伸べるわけにはいかない気がしていたのだ。

 

 ここから先は、彼女が自分の足で一歩踏み出さなくちゃならない。

 さあ、行くんだ。リアーヌ。

 『希望』を『現実』に変えるために。

 

 徐々に空が紫色から白く変わっていく。

 大平原の向こう側の地平線からは、温もりを運ぶ朝日が顔を出してきた。

 

 もうすぐ人が外に出始める。

 だから時間がない。

 


「姉さん! 早く!」



 もう一度ヘンリーの声が響く。

 ついに彼女は覚悟を決めたように、唇をきゅっと引き締めた。

 

 しかし……。

 

――ダッ!


 彼女が足を踏み出した先は……。

 

 俺の方だった――

 

 思わず目を丸くした俺に、リアーヌはぐいっと身を寄せる。

 そして、彼女は強引に唇を重ねてきた。

 

「んっ……」


 柔らかな感触から伝わる固い決意。ほとばしる情熱。

 そして、どこまでも深い愛……。


 抱き締めず、かと言って突き放しもせず。

 決して言葉にできない彼女の想いを、ただ受け止めていた。

 

 差し込む陽の光は、二人で一つの影を大きく伸ばし、彼女の瞳から溢れている涙をきらきらと輝かせた。

 

 ゆっくりと離れた彼女の頬を、俺は優しくぬぐった。

 彼女がその手を取り、しっかりと指を絡ませてくる。

 

 二人とも言葉は出さなかった。

 ただ視線を交差させ、二度目の別れを感じていたんだ。

 

 でもそれは決して悲しいものではなくて。

 約束された未来に、期待と不安が入り混じった複雑なものだった。

 そしてついに俺は口を開いた。

 

 

「いいか、リアーヌ。山ってのは、谷底から這い上がってきた者にしか現れねえと思ってる。そして今、でっかい山が現れた。あとは、お前さんの大きな翼で乗り越えるんだ。それが『希望』を『現実』に変えるってことさ」


「うん……」



 俺は握られた手に視線を落として続けた。

 

 

「それにリアーヌは一人じゃない。俺は決めたんだ。もう二度とこの手を離さねえってな。だから安心しろ。お前さんが嫌がっても、俺は絶対に一人なんかにさせねえよ。『自由』を手に入れるその時までは、ずっと一緒だ。たとえ離れていてもな」



 彼女の瞳が徐々に大きくなっていった。

 そして彼女はコクリとうなずくと、ゆっくりと絡ませていた指をほどいていく。

 手と手が完全に離れたところで、彼女が言った。

 

 

「ジェイ。待っててね。約束よ」



 俺はにやりと口角を上げた。

 

 

「俺はリアーヌの騎士様なんだろ。騎士ってのは、何があっても忠義を貫くもんさ」



 彼女の口元からも笑みがこぼれる。

 俺の好きな笑顔までは少しだけ足りないが、それは全て終わるまではお預けでいい。

 


「じゃあ、行ってきます!」



 最後に力強い言葉で締めくくった彼女は、今度こそ町の外に向けて足を踏み出した。

 その背中が見えなくなるまで、ずっと見送り続けたのだった――

 

………

……


 すっかり空は明るくなった。

 

 

「さてと……」


 

 見送りを終え、町の中へ戻ろうと振り返る。

 しかしその直後、目に飛び込んできた光景に顔を青くしてしまった。


 なんとそこには『明星の五勇士』たちと、アンナの六人が並んでいるではないか。

 ロッコこそ普段どおりだが、ステファンとアルバンの二人はニタニタしているし、アンナ、マリーナそれにコハルの三人の視線は明らかに『敵意』が混じっている……。

 

 

「お前たちいつの間に……」



 俺の言葉に答えたのはステファンだった。

 

 

「ジェイとリアーヌちゃんが、ぶちゅーっと熱いキスをかわす前からだぜ。ひひひ」


 

 俺はゴクリと唾を飲み込むと、そのまま無言で彼らの横を通り過ぎた。

 すると背中から名刀のような切れ味抜群の声がかけられたのである。

 


「待ちなさい」



 呼び止めたのはアンナだった……。

 この後、彼女たちによって散々な目に合わされたのだが、それをここでは語るまい。

 

 ……なにはともあれ、俺とリアーヌは二度目の決別をした。

 

 だがそれはジュスティーノの醜い野望を打ち砕くために残された唯一にして最大の策略。

 成功するかどうかはリアーヌたちの手にすべて委ねられたと言っても過言ではあるまい。

 

 俺は策の成功を祈り、来るべき時に備えてできる限りの準備を整えていった。

 季節はあっという間に一つ移り変わり、春を迎える。

 

 そしてついにその時はきた。

 それは偵察に行っていたコハルからもたされた。

 

 

「ジェイさまぁ!! もうすぐくるよ!! にっくきジュスティーノが出陣したんだよぉ!」


「兵はどれくらいだ!?」


「五万!! ほぼ帝国の全軍が攻めてくる!!」



 予想どおりではあるが、まさか本当にこんな大軍を寄越してくるなんて……。

 

 やっぱりジュスティーノ・ヴァイスという男はとんでもない野郎だ。

 

 思わず苦笑いが漏れる。

 しかし俺の隣のアンナはいつもと変わらぬ無表情のまま口を開いた。

 

 

「では、始めるか」



 ちらりと彼女を見る。

 すると彼女はかすかに口元を緩め、俺と視線を合わせた。


 アンナの奴……。

 興奮に頬がかすかに赤みを帯びてきているじゃねえか。

 まったくどういう神経をしてるんだか……。

 

 しかしニヤニヤと笑みを浮かべているのは彼女だけじゃない。

 仲間たちもみな同じだったのである。

 

 俺は大きく息を吐き出すと、腹に力を込めて全員に告げたのだった。

 

 

「面白え! やってやろうじゃねえか! 乾坤一擲の大勝負を!!」


「「おおっ!」」



 こうして俺たちの最後の戦いは幕を上げた。

 

 クローディア、見ててくれよ。

 

 俺は絶対に負けない。

 

 君が見たこともなかった『自由』という大空へはばたくまでは……。

 

 どんな敵にも立ち向かってみせるんだ――

 

 

 


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