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追放軍師の無双逆襲  作者: 友理 潤
第四章 国境線からの逆襲
31/36

⑦ 『終わりよ』

………

……


 パオリーノ第二皇子は、リアーヌの家族と護衛の兵を町の近くに待機させ、わずかな従者とともに、ヘイスターの町へ入ってきた。

 領主代行のアンナは彼を館に迎え入れ、一室に通す。

 その部屋は、かつて彼がヘイスター救援の際に滞在していた部屋だ。

 家具や装飾品などもあの時のまま。彼は部屋を見回すなり、爽やかな声をあげた。

 

 

「なんだか懐かしささえ覚えるね。まだ半年しか経っていないのに」



 彼はしなやかな動きで、きらびやかな椅子に腰をかけると、足を組んで背もたれに体を預けた。

 部屋の中は彼の他にただ一人。

 そう、俺、ジェイ・ターナーだ。

 俺は害意がないことを示すように、短剣をガラスのテーブルの上に置くと、真正面の椅子に腰をかけた。

 

 先に声をあげたのパオリーノの方だった。

 


「君もずいぶんと強引なことをしてくれたね。帝国中、君の悪い噂でいっぱいさ」


「そりゃ、どうも」



 礼儀知らずのぶっきらぼうな言葉にも、表情一つ変えずにパオリーノはティーカップを口につけた。

 そして一口だけお茶を喉に流しこむと涼やかや声で続けた。

 

 

「君のことを擁護してきた僕も、これ以上は見逃せなくてね。賢明な君なら分かってくれるね」


「戦争のこと以外はからっきしなんで、よく分かりません」


「はは、謙遜しなくてもいい。僕は君ほど心得ている人を知らないから」


「ならば、俺がどうしてリアーヌを『保護』したのか、お分かりでしょうな」


「保護? 誘拐の間違いだろう?」


「ふっ、これだから自分が一番可愛い人間ってのは手に負えねえ」



 パオリーノの表情がみるみるうちに冷たくなる。

 俺は口角を上げて続けた。

 

 

「あんた、自分の立場を分かっちゃいねえみたいだな」


「どういうことだ?」



 パオリーノが眉をひそめたところで、俺は手を叩いた。


――パンッ!


 その次の瞬間、アンナとパオリーノの従者たちがずかずかと部屋の中へ入ってくる。

 そしてあっという間に、彼をぐるりと囲った。

 

 

「勝手に部屋に入ってくるとは、どういう神経をしているんだ?」



 パオリーノが鋭い声を出す。

 しかし、人々の表情はまったく変わらない。

 俺はしずかに右手を上げた。

 

――ガチャッ。


 パオリーノを囲った者たちは一斉に腰から剣を抜いた。

 それでも彼は組んだ足を崩さなかった。

 

 

「冗談はやめたまえ。アンナ少将、ジェイ大佐。僕の位は『中将』。軍律を守る彼らは、僕の号令一つで剣の向け先を君たちに変えるんだよ」


「なら、やってみなよ」



 俺はちらりとアンナを見た。

 アンナはその視線を受け取ると、テーブルの上に書状を並べた。

 それは今、パオリーノの周囲で剣を構える者たちから送られてきたものだったのだ。

 書状に目を通しながら、パオリーノは口元に笑みを浮かべた。

 

 

「ふふ、実に君たちらしい狡猾なやり方だね。こうなることを予想して、事前にこの者たちをたぶらかせていたのか」



 アンナが淡々と言葉を返す。

 


「たぶらかした訳ではない。彼らから申し出たのだ」



 パオリーノの表情が再び険しくなった。

 彼はついに組んでいた足を元に戻し、その場で立ちあがった。

 そして、冷ややかな口調で告げたのだった。

 

 

「もしこの場で僕を殺してみろ。国は滅び、多くの民が路頭に迷うことになるのだぞ」


「だからよ。それが『自分が一番可愛い』って言ってるんだよ」


「なんだと?」


「こいつでも見て、目を覚ますんだな」



 俺はマインラートからの書状を彼の前に差しだした。

 中を見た彼の表情がさっと青ざめる。

 俺は彼に要求を告げた。

 

 

「悪いことは言わねえ。くだらねえ足の引っ張り合いをやめて、ヴィクトール皇太子に頭を下げるんだ」


「兄上に頭を下げるだと……?」


「ああ、兄弟でいがみあってたら、天国にいるクロ―ディアが悲しむだけだぜ。そして皇族、貴族、軍、そして領民が手を取り合って国作りができるように手助けしてやるのが殿下の務めだ」


「つまり貴族や軍、領民にも頭を下げろ……と」


「その通りだ。ヴィクトール皇太子が正式に次期皇帝に戻った時には、俺の身を煮るなり焼くなり好きにしてくれ。それまでは振り上げた拳を下ろすつもりはない」



 彼の頬が引きつる。目は泳ぎ、唇は震えていた。

 最後のひと押しだ。彼だって分かっているはずなんだ。

 


「争いのない世を作る。クロ―ディアが夢みた『未来』を作るには、パオリーノ殿下。あんたの力が必要なんだよ」



 彼の目が大きく見開かれた。

 

 さあ、決断してくれ!

 これが『希望』なんだ!

 『現実』に変えてくれ!

 

 

 しかし……。

 俺の願いは通じなかった。

 

 パオリーノは口元を歪めると、語調を強くして言った。

 


「ふふ、でっちあげに決まってるだろ。この書状が真実だという根拠を出せ! こんなくだらないもので僕をだませると思ったのか!?」


 

 それを耳にした瞬間に、俺の中の何かが弾け飛んだ。


――ダンッ!


 目いっぱい床を蹴ると、彼の胸ぐらをつかむ。

 抑えきれない感情がひたいに青筋を作っていた。

 そして爆発しそうな怒りを抑えながら、低い声で告げたのだった。

 

 

「てめえ……。くだらないとは何事だ……。これを書いた奴はなぁ。命をかけてまでして、俺にこいつを託してくれたんだよ。それを侮辱するなら、俺が自らの手でてめえを裁いてやる」


「ついに本性を出したな、ジェイ・ターナー。それが貴様の真実の姿だよ。下賤の民まで噂になっている貴様の醜い姿そのものじゃないか」


「減らず口叩いてる暇あったら、てめえの立場をわきまえるんだな。いいか。てめえは例えここを無事に出られたとしても、無様に殺されるんだよ。可愛い弟の策略にはまってな」


「だからその根拠を示せ! 僕の弟をこれ以上けがすなら、僕は絶対に貴様を許さない!」



 激しく飛び交う怒号。

 互いの意地がぶつかりあい、一歩も引かなかった。

 

 しかしこのままじゃ、らちが明かない。

 さて、どうしたものか。

 

 顔を真っ赤にして俺を睨みつける彼を見ながら、頭を巡らせていた。

 その時だった……。

 

 

「もういい」



 と、場を凍りつかせる冷たい言葉が聞こえてきたのだ。

 

 俺とパオリーノの二人だけでなく、その場の全員がは声の持ち主に視線を向けた。

 その視線の先には、姿勢良く背筋を伸ばして、俺たちに冷ややかな視線を浴びせるアンナの姿があった。

 

 彼女はつかつかと俺たちのそばまで寄ってくると、手にした長剣を大きく振りかぶった。

 

 

「アンナ少将。あまり物騒なものを人に向けるのはやめたまえ」



 どこかで耳にしたようなセリフを口にしたパオリーノ。

 彼は知らないんだろうな。

 そのセリフは彼女には通用しないということを……。

 

 彼女はかすかに口元を緩めると、小声で言った。

 

 

「終わりよ」



 そして躊躇することなく長剣を振り下ろしたのだった――


 


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