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追放軍師の無双逆襲  作者: 友理 潤
第四章 国境線からの逆襲
30/36

⑥ 『悪に仕立てられた軍師』

◇◇


 オーウェン・ブルジェがジュスティーノに呼ばれたのは、リアーヌがさらわれてから5日後のことだった。

 なお彼は自分の屋敷で過ごすように申しつけられており、ジュスティーノの屋敷に入るのは半月ぶりのことだ。

 緊張した面持ちでひざまずいた彼に、ジュスティーノはにこやかに話しかけた。

 

 

「オーウェン卿がここを出てからは、どうも屋敷の掃除が行き届いていなくて困る。さすがは法王様のそばで奉公してきただけあって、僕の見えないところで良い仕事をしてくれていたんだね」


「……ありがたきお言葉。もったいなく存じます」



 もちろん歯の浮くような褒め言葉を言いたくて、ここに呼んだわけではないだろう。

 オーウェンは固い表情を崩すことなく、ジュスティーノの言葉を待った。

 するとジュスティーノはそよ風のような静かな口調で続けたのだった。

 

 

「外の世界を見てきたオーウェン卿なら分かると思うが……。国がまとまるのに、最も必要なものは何だろうね」


「強い王かと……」


「あははは! 卿も意外と浅はかだな! 違うよ。まったくもって違う」



 オーウェンは少しだけ頭を上げて、ジュスティーノの方を見上げた。

 するといつの間にか鼻と鼻がぶつかるくらいまでジュスティーノが顔を近付けているではないか。

 


「ひっ!」



 思わず情けない声を出すオーウェンに対して、ジュスティーノはますます愉快そうに口角を上げた。

 しかしその目は断じて笑っていなかったのである。

 

 

「それはね。『悪』と『奇跡』だよ」


「悪と奇跡……」


「貴族も民も、みんなが共通して『悪』と思えるような存在。そして人智を超えた不思議な『奇跡』を与えられた王」


「……つまり、どういうことでしょう?」



 オーウェンがこらえきれずに問いかけたのは、一刻も早くこの場から立ち去りたかったからだ。

 ジュスティーノはゆっくりと彼のそばから離れると、冷たく言い放ったのだった。

 

 

「君と君の家族には死んでもらう」



 オーウェンの目が大きく見開かれた。

 ジュスティーノは彼に背を向けると、自分の足で部屋を出て行こうとする。

 その背中に向かってオーウェンが叫んだ。

 

 

「おっしゃっている意味が分かりません!! なぜ私たちが死なねばならないのですか!?」



 ジュスティーノはちらりと顔だけをオーウェンに向けながら答えた。

 


「君の役目は法王への働きかけ。もうそれは終わっただろう。ならば最後は、国のために命を捧げる。当たり前の理屈じゃないか」


「国のために命を捧げる……」


「君には兄さんとともにヘイスターへ向かってもらう。出立は今日。君の妻と息子も一緒だ」


「うあああああ!!」



 オーウェンは猛獣のように叫ぶと、ジュスティーノの背後を襲った。

 しかしジュスティーノはそれを分かっていたかのように、ひらりとかわすと、彼の背中を蹴り飛ばした。

 


「ぐっ!」



 前のめりに倒れたオーウェン。

 ジュスティーノは、その背中をぐりぐりと踏みつけながら言ったのだった。

 

 

「望み通りに娘と一緒に死なせてやるんだ。しかも死後は国葬され、一家そろって英雄となる。歴史に名が残るのだから感謝しなよ」


「うがあああああ!」



 なおも暴れるオーウェンに対し、ジュスティーノはあごに強烈な蹴りを食らわせた。

 オーウェンは気を失った。

 ジュスティーノはクリオに「水でもかけて目を覚まさせろ」と命じ、奥の方へと消えていったのだった。

 

 

◇◇



 それは俺、ジェイ・ターナーがリアーヌ・ブルジェと共にヘイスターへ入ってから、ちょうど10日後のことだった。

 

 

「ジェイさまぁ! やっぱり来たよぉ!! パオリーノ殿下!」



 領主の館に控えていた俺たちに、コハルが元気な声で報せてきた。

 俺とアンナ、そしてリアーヌの三人は互いに目を見合わせた。

 そしてコハルに、パオリーノ一行の詳細について報告してもらった。



………

……


 彼らの目的は、言うまでもなく「リアーヌ・ブルジェの解放」そして「ジェイ・ターナーとアンナ・トイの投降」である。

 アンナは俺をかくまった共犯者として見られているんだろうな。

 

 『悪』は強大であるほど、民衆は一つにまとまるもの。

 かつてその名を轟かせた俺とアンナの二人なら『悪』にうってつけだったという訳だ。

 よく考えてやがるぜ、まったく。

 

 その『悪』に立ち向かうのは、皇帝の息子たち。

 第二皇子のパオリーノが彼らを代表してやって来た。

 

 リアーヌの父オーウェン、母、そして弟のヘンリーも一緒らしい。

 万が一、ジェイ・ターナーにリアーヌがたぶらかされていた場合に、家族を説得にあたらせるというのが名目だろう。それに『悪』から解放された娘を家族で出迎えるのは絵になるからな。

 

 彼らの護衛はルーン将軍が率いる帝国軍だ。

 コハルの口からは、小隊を率いる指揮官の名前が出た。

 

 

「いずれも私へ書状を送ってきた者たちばかりだ」



 アンナがぼそりとつぶやく。

 つまりパオリーノ殿下に殺意を抱く者たちばかり、ということだ。

 

 

「……となれば、これから起こることは一つだな」


「全員、惨殺」



 俺の言葉を継いだアンナが、さらりと恐ろしいことを告げる。

 リアーヌはすっかり震えあがってしまった。

 

 

「ど、ど、どういうことでしょうか?」


「言葉の通り。帰りの馬車の中で、殿下とお前ら一家は殺される。暴徒化した帝国兵たちによってな」



 アンナがさらりと答える。

 相変わらず他人の気持ちなんて、これっぽちも考えないで物を言う女だ。

 リアーヌなんて目を回してその場で倒れそうになっちまったじゃねえか。

 マリーナが優しく支えてあげなかったら、そのままひっくり返ってたところだぜ。

 

 俺は凍りついた空気を変えようと、報告を終えたコハルに笑顔を向けた。

 

 

「コハル、ありがとな」


「ううん! 大丈夫だよー! だから、ご褒美にちゅーして!」


「ははは! ちゅーはもうちょっとコハルが大きくなってからしてやるよ! それまではこれで我慢だ」



 軽い調子で答えて、コハルの頭を撫でる。

 彼女は「仕方ないなぁ」と言いながら、嬉しそうに目を細めていた。

 


 ……が、なぜだろうか。


 場をなごませたはずなのに、先ほどよりもさらに空気が重くなっているのは……。

 

 ふと見れば、アンナ、リアーヌそしてマリーナまでもが、突き刺すような視線を俺とコハルに向けている。

 

 

「おいおい、目で俺を殺す気か?」



 と、眉をひそめた俺に対して、彼女たちは口ぐちに言った。

 


「ゲスめ……」


「もうっ! 知りません!」


「ジェイさん。もう少し空気を読まれた方がいいわ」



 何がなんだかよく分からないが、あまり深入りしない方がよさそうだ。

 俺は「ごほん」と咳払いをすると、表情を引き締めて全員を見回した。

 そして高らかと宣言したのだった。

 

 

「さあて、じゃあ始めるとするか! 乾坤一擲の大勝負を!」




 

 




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