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追放軍師の無双逆襲  作者: 友理 潤
第四章 国境線からの逆襲
29/36

⑤ 『いい返事』

◇◇


 ヘイスターの領主の館。

 俺たち一行が到着するなり、俺だけが領主の部屋に呼ばれた。

 形式上の『領主』の地位はリアーヌだ。

 しかし実質は領主代行であるアンナが町を治めている。

 

 つまり俺はアンナに「一人でこい」と呼ばれたのだった。

 

………

……


――パラッ……。


 部屋に入るなり、一通の書状を足元に落とされた。

 アンナは無言のまま「拾って読みなさい」と視線で告げてくる。

 俺は「ふぅ」とため息をつくと、おもむろにそれを拾って中を読んだ。

 

――ジェイを殺せ。


 端的に言えば、そう書かれていたんだ。

 もっとも予想通りだったから、驚きなどない。

 あえて言えば送り主が『ポール・トイ』つまりアンナの父親であることは、少しだけ意外だったくらいか。



「んで、お前さんはどうするつもりなんだ?」



 俺が問いかけると、アンナは腰に差していた短剣をすらりと抜いた。

 俺はかすかな笑みを浮かべながら、じっと彼女を見つめていた。

 

 彼女は一歩、二歩と俺との距離をつめてくる。



「あんまり物騒なものを他人に向けるもんじゃねえぜ」



 なんて冗談を口にしたのは、彼女が何を考えているか探るためだ。だが彼女は無表情のまま。俺の試みは虚しくも失敗に終わった。


 こうなったら、なるようにしかならねえ。

 覚悟を決めて全身の力を抜いた。


 ……と、次の瞬間だった。


――ダンッ!!


 彼女は力強く床を蹴った。

 俺との距離が即座に縮まる。

 思わず目をつむり、次に訪れるであろう衝撃に備えた。


 しかし、俺の体は無事だった……。


――バンッ!


 俺の横を通り過ぎた彼女は、勢いよくドアを開けると、すぐ外にいた男の胸ぐらを掴み、短剣を喉元に当てたのである。



「ここで何をしていた?」



 彼女が色のない声で男に問いかけた。

 俺は彼女の背中ごしに男の顔を覗き込むと、特徴的なちょび髭が見えたのである。



「クリオ! 酒場のマスターじゃねえか!」



 クリオは俺を見るなり、必死に助けを求めてきた。

 

 

「ジェ、ジェイ様! お助けください! 私はただジェイ様とリアーヌ様が町に戻られたとうかがって、様子を見にきただけなのですから!?」


「様子を見にきた? わざわざ領主の館に入り、アンナの部屋の前までやって来てか?」



 俺が眉をひそめると、クリオの頬が一瞬だけ引きつった。

 それを見て直感した。

 

 この男……。

 何かにおうな……。

 

 だが彼は知らなかったんだろうな。

 アンナ・トイは、俺の知る限り、誰よりも他人の表情から心情を読みとるのに優れた能力の持ち主であるということを……。

 

――ズンッ……。


 彼女は無言のまま短剣をクリオの肩に突き刺した。

 

 

「ぐわあああああっ!!」



 クリオの白いシャツが赤く染まる。

 だがアンナは表情一つ変えずに、剣で傷をぐりぐりとえぐり始めた。

 

――ドタドタドタ


 さながら鉄をも切り裂くような声に、驚いたリアーヌたちが駆け寄ってきた。

 

 

「クリオさん!! なんでこんなことに!?」



 リアーヌがアンナに詰め寄ろうとしたところで、俺はマリーナに向かって目で合図した。

 彼女は小さくうなずくと、リアーヌの肩に優しく手をかけた。

 

 

「慌てなくても大丈夫。刺されているのは、命に関わるような場所じゃないわ」


「でも! クリオさんが痛がってます!! こんなこと許されません!!」


「お、お助けをー!! ぐあああああ!!」



 なおもアンナは無表情のまま、剣を抜こうともしない。

 マリーナがちらりと俺を見る。

 俺がもう一度うなずいたところで、彼女は声を低くして言った。

 

 

「命には関わらない……。でも、このままだと腕が使えなくなるかもしれないわね。一刻も早く治療しないと」


「ひぃ! 分かった! 分かりましたから! 何でもお話ししますから!! お助けを!!」



 ついにクリオが観念したところで、アンナはおもむろに剣を抜いた。

 マリーナが彼に駆け寄り、手際良く止血をする。

 その様子を見下ろしながら、アンナは吐き捨てるように言ったのだった。

 

 

「クズが……」



 と――


………

……


 治療を終えたクリオが全員の前で告白した内容は、予想通りと言われれば予想通り。

 ただ、推測が確信に変わったことによるショックは、それなりに大きかった。

 

 やはり、マインラートの残した書状はすべて事実だった。


 事実に反していることと言えば『リーム王国でリアーヌが殺害される計画』は、ジュスティーノがあえて吹き込んだデマだったことくらいか。


 そして書状には書かれていなかったが、ネイサン・ベルナールとポール・トイ、それにルーン将軍といった国の中枢を担う人物たちは、軒並みジュスティーノの意のままに操られているというから驚きだ。

 

 

「殿下は彼らに『息子』か『娘』を差しださせました。身動きが取れないようにするために……」



 クリオの言葉に、アンナの白い頬がぴくりと動いた。

 言うまでもなく彼女が『生贄』として差しだされたことに対してだろう。

 それまで冷たかった視線に怒りの熱がこもっている。

 

 そして『生贄』になった人物は、彼女だけではない。

 リアーヌもまた同様であった。

 そのことに気付いた彼女は大きな声をあげた。

 

 

「もしかして私も殿下に差しだされたってこと!?」



 マリーナが彼女の背中をそっと撫でる。

 今は何も口を出さない方がいい、そういう合図に他ならない。

 リアーヌはきゅっと唇をかみしめると、拳を震わせながら引き下がった。

 

 

「リアーヌ様の御父上は、『投獄』とされている間、大神殿で奉公されておりました」


「大神殿……。法王様にお仕えになられていたってこと?」


「ええ、そのことはジュスティーノ殿下とわたくしの他は誰も知りません」



 この世界には大神殿と呼ばれる、信仰の聖地がある。

 大神殿は『中立国』の扱いであり、中立国はどの国も攻め入ってはならないのが太古からのルール。

 それを破れば、世界中のあらゆる国から宣戦布告なしに攻め込まれてしまうことになるのだ。


 そしてもう一つ。

 その大神殿をつかさどる『法王』なる人物には、とある特権が与えられている。

 

 それは『王』の叙任であった。

 

 もっともそれは形式的なものにすぎない。

 しかしこの世界の国の王は、法王から王と認める署名をもらえない限りは、王を名乗ること自体できないのである。

 

 

「つまりジュスティーノは法王に自分が『皇帝』となることを認めさせるつもりなのかよ!?」



 ステファンがきょとんとしながら問いかけてきた。

 俺はうなずくと、彼の言葉の続きを話した。

 

 

「その準備が整ったからオーウェン卿を王宮に戻したのだろうな」


「そうなれば後は……」



 マリーナが顔を青ざめさせながら切り出す。

 そこに言葉をかぶせたのはアンナだった。

 

 

「パオリーノ殿下を排除するだけ」



 あまりに冷酷な言葉に、全員が言葉を失ってしまった。

 そんな中、アンナは懐から何かを取りだした。

 

――パサッ……。


 無造作に床へ放り投げられた書状の数々。

 送り主はいずれも帝国軍の幹部や上級貴族たちのようだ。

 地味な見た目からして、きな臭いことが書かれているのは、中を読まずしてもよく分かる。

 

 サザランドで最後まで死力を尽くした彼女を『ヘイスター送り』にしたパオリーノへの不満が述べられているだろう。

 そう思いながら、書状の一つを手にした。

 ……が、その内容に思わず目を疑ってしまったのは、想像を大きく超えるものだったからだ。


 

――我々はいつでも待っております。少将が立ち上がる瞬間を。


 

「これは……。クーデターか……」



 全員が驚愕に目を大きく見開いたところで、アンナはさらに目を細めて言った。

 

 

「パオリーノの首が飛ぶ日は近い。あとは処刑台のボタンが押されるだけ」


「それを押す役目が『俺』……『ジェイ・ターナー』ってことかい……」


「ジェイ? どういうこと? 分かるように教えてちょうだい!」



 つめよってくるリアーヌに対して、俺は苦笑いを浮かべながら答えたのだった。

 

 

「焦らずとも10日後には答えが分かるさ」

 

 

 と――

 

 

………

……


――リアーヌ・ブルジェがジェイ・ターナーにさらわれた! ヘイスターで立て籠っているらしい!



 その噂はまたたく間に広まり、なんと辺境のヘイスターの領民たちの耳にさえ届くまでになった。

 ヘイスターの人々は目の前でリアーヌとジェイの二人が何ごともなかったかのように、笑顔で過ごしているのを知っている。それに領主代行のアンナが、変な話を流そうものなら厳しく取り締まったため、彼らが噂に踊らされることはなかった。

 

 そんな中、ヘイスターから脱したクリオは、ジュスティーノに彼の身に起こったことの一部始終を報告した。

 最後にジェイからの伝言をありのままに伝えたのだった。

 

 

「何もかもてめえの思い通りになると思うなよ。くそったれめ」



 王宮のテラスで椅子に腰かけていたジュスティーノはニコリと微笑んだ。

 そしてすくりと立ち上がると、車いすに向かって歩きはじめた。

 

 

「ジェイから『いい返事』がもらえたようだね。じゃあ、兄さんのところへ行こうか」



 彼が車いすに腰をかけると、クリオはすぐさま車いすを押し始めた。

 ジュスティーノは青空を眺める。その瞳は泥の色に染まっていた。しかし声は澄み切った清流のようであった。

 

 

「兄さん。さよならだね。きっと姉さんが待ってくれているさ。あははは」



 彼の高笑いは乾いた秋の空気だけでなく、背後のクリオの心も恐怖で震わせ続けたのだった――

 

 


 


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