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追放軍師の無双逆襲  作者: 友理 潤
第四章 国境線からの逆襲
26/36

② 『王宮に潜む悪魔』

◇◇


 ジェイ・ターナーと仲間たちが帝都を出立した日の深夜。

 広い王宮の敷地の端にある屋敷に、フード付きの外套ですっぽりと全身を覆った男が、ひっそりと入っていった。

 

 

「お待ちしておりました」



 入り口で待ち構えていた使用人が一礼すると、男は荒々しく外套を脱いだ。

 がっちりとした体格に、精悍な顔つき。いかにも軍人といった風貌だ。

 それは帝国軍の最高責任者にして、パオリーノ第二皇子の片腕とも言える存在。

 ルーン将軍であった。

 

 そんな彼に向けて、涼やかな声がかけられた。

 

 

「やあ、将軍。よくきましたね」



 

 カラカラと車輪の音が玄関まで響いてくると、将軍は速やかにひざまずいた。

 

 闇の向こうから徐々に明らかになる三つの影。

 一つは車いすに座り、残りの二つはその背後に付き添っている。

 

 そして、明かりの下まで影の持ち主がきたところで、その姿があらわになったのだった。

 言うまでもなく車いすに腰をかけた青年は、ジュスティーノ・ヴァイス第三皇子だ。

 

 

「お招きいただき、ありがとうございます。ジュスティーノ殿下」



 屈託のない純真な笑顔を向けるジュスティーノから目を離した将軍は、背後の二人に声をかけた。

 

 

「お久しぶりでございます。ネイサン・ベルナール卿。それにポール・トイ卿」



 それはヴァイス帝国の中で最も強大な力を持つ二つの侯爵家の当主たちだった。

 一通り挨拶がすんだところで、ジュスティーノが背後で控えていた使用人に声をかけた。

 

 

「オーウェン卿。将軍をお連れしてください」


「かしこまりました」



 使用人がルーン将軍の前に出る。

 彼の名はオーウェン・ブルジェ。リアーヌ・ブルジェの父にして、来春にはジュスティーノの義父になる男だ。

 

 奥の部屋へと移動を始める一行。

 ……とその時、前を行く将軍のポケットからハンカチが落ちてしまった。

 

 

「将軍、落ちましたよ」



 そうジュスティーノは声をかけた。

 その直後だった……。

 

 

――スッ……。



 なんと彼は車いすから、すくりと立ちあがり、ハンカチを取り上げたのである。

 将軍がぎょっとした顔でジュスティーノを見つめる。

 その視線が面白かったのか、ジュスティーノは心の底から愉快そうに笑った。

 

 

「あははは! いいね、その顔! 傑作だ! あははは!!」



 いつまでも続く笑い声に、ルーン将軍は狂気じみたものを感じていた。

 しかしその他の面々は、さも何ごともなかったかのように、淡々とした表情を浮かべている。

 

 そして目的の部屋までたどり着いた後、ルーン将軍が薄々感じていた恐怖が確信へと変わっていったのであった。

 

 

「ううっ……!」



 思わず吐き気をもよおす将軍。

 彼の目に飛び込んできたのは、それはネイサン・ベルナールの息子、トミー・ベルナールの見るも無惨な姿だった。


 ルーン将軍はとっさにネイサンに目を向ける。

 息子がひどい拷問を受けた姿を目にしたら、親なら怒り狂うに決まっているからだ。

 しかし、ネイサンは無表情のまま、息子の哀れな姿を見つめていた。

 

 

「お……おやじ……。助けて……」



 ジュスティーノは車いすでトミーのそばに寄ると、原型をとどめていないくらいに腫れあがった顔を覗き込みながら言った。

 

 

「まだ目が見えてるんだぁ? あはは。なら足りないなぁ」


「ひぃいいい!! ご慈悲を! どうかご慈悲を!!」



 トミーが金切り声をあげる。

 しかしジュスティーノは聞く耳など持つことなく、みなと共に部屋を出た。

 ガシャンという大きな音とともに鉄の扉が閉まると、部屋の中から鞭で激しく打つ音がこだましてきた。

 そんな中、ジュスティーノは天真爛漫な声で言ったのだった。

 

 

「ルーン将軍、ここでクイズです」



 将軍はあまりの衝撃に言葉を失っている。

 ジュスティーノは彼の反応を待たずに続けた。

 

 

「なんでトミー・ベルナールは拷問されているのでしょーか?」


「そ、それは……」



 言葉につまる将軍に対し、ジュスティーノは口を尖らせた。

 

 

「ぶっぶー! 時間切れぇ! 正解は『兄さんに取り入ろうとしたから』でしたぁ。あはは」


「兄さん……。ヴィクトール殿下のことでしょうか?」


「ぶっぶー! 違うよ! もう一人いるでしょ? 僕の兄さんは」



 言うまでもない。

 パオリーノ第二皇子だ……。

 

 ルーン将軍はごくりと唾を飲み込んだ。

 彼の反応を楽しむように、ジュスティーノは続けたのだった。

 

 

「兄さんはもう『過去の人』さ」


「パオリーノ殿下が『過去の人』……」


「確かに兄さんはよくやってくれたと思うよ。貴族と皇族の上下関係をはっきりして、この国の在り方を示してくれたんだから」



 子どもっぽいと思えば、まるで識者のようにスラスラと国の情勢を語り始めるジュスティーノ。

 どちらが真実の彼なのか。

 ルーン将軍にはまったく見分けることができなかった。

 ジュスティーノは流れるような口調で続けた。

 

 

「でもやり方がまずかったよ。あんな強引に物事を進めちゃったら、反感が出るのは当たり前だもん。現に兄さんの『暗殺』を企む不届き者までいるんだから」


「まさか……」


「あはは! 嘘だと思うなら、後で会わせてあげる。でも、もう人間の顔をしてないから、見た瞬間に卒倒しちゃうかも。あはは」


「いえ……。遠慮させていただきます……」


「うん! それがいいよ。んで、将軍。そろそろ兄さんから手を引いてくれないかな?」



 さらりと告げられた問いかけに、ルーン将軍はめまいを覚えた。

 それでもどうにかこらえると、震える声で問い返した。



「そ、それは、どういう意味でございましょう?」


「だぁかぁらぁ。そのままの意味だよー。考えてもみてよ。このまま兄さんが皇帝に即位したらどうなると思ってるの?」


「どうなる……とは?」



 正直考えたこともなかった。

 いや、むしろ英傑と称された皇帝の跡を継ぐのは、頭脳明晰でカリスマ性も抜群なパオリーノ第二皇子が、最もふさわしいと信じていたのだ。

 

 将軍は戸惑いを隠せないでいた。

 

 ……と、次の瞬間。

 ジュスティーノの表情がガラリと変わった。

 それは言うなれば『悪魔』であった――

 

 

「国が滅ぶよ」



 かすれた声でボソリとつぶやいたジュスティーノ。

 それまでキラキラと輝いていた瞳は完全に漆黒の闇に覆われ、白い肌は血の気を感じさせない。

 彼はすくりと立ち上がると、ルーン将軍のあごに手をやりながら続けた。

 

 

「とぼけてるつもりだろうけど、僕は知ってるよ。帝国軍の中で兄さんのやり方に反感を抱いている者もいるのを」


「そ、それは……」


「以前から軍を我が物にしている兄さんへ不満を持つ者は少なくなかった。そして、くすぶっていた不満を爆発させたのは、アンナ・トイを『ヘイスター送り』にしたこと。最後の最後まで守備兵を見捨てずにサザランドで戦った彼女に対する仕打ちにしては酷過ぎると思わないかい?」


「しかしそれは……。アンナ・トイがジュスティーノ殿下殺害未遂に関わったからと、うかがっております」


「あはは! あんな『嘘』。信じちゃったんだぁ。兄さんらしくないなぁ」

 

「う、嘘ですと……」


「あはは! ちなみにクロ―ディア姉さんを病死に見せかけて殺したのも僕。ジェイ・ターナーは頭がいいからね。皇帝の座をおびやかしかねなかったから、姉さんには死んでもらった」


「そんな……」


「あとオーウェン卿を投獄して、貴族と皇族の間に溝を作ったのも僕だよ」


「なに……。馬鹿な……」


「あはは! でも、安心して! オーウェン卿は投獄なんかせずに、大神殿の法王様のもとで奉公させていたからね」


「大神殿の法王様……」


「パオリーノ兄さんは熱い人だから、全部信じてくれたんだね。僕、感動しちゃうよ」



 そう言いながら、ジュスティーノは心の底から愉快そうに口角を上げている。

 ルーン将軍は心臓をわしづかみにされているかのような恐怖を覚えていた。


「このままパオリーノ兄さんが皇帝の座につけば、貴族と軍から反乱が起こるのは確実。そうなればたちまちリーム王国に飲み込まれちゃうよ。それでもいいの?」


「いえ……」


「ならば将軍は、兄さんから手を引かなきゃダメだよね? そんなことくらい、家畜でも分かる理屈だと思うんだけど」

 

「パオリーノ殿下から手を引く、とは具体的に何をすればよいのでしょう……?」



 将軍は完全にジュスティーノの手中に落ちていた。

 そんな彼を慈しむように頬を撫でたジュスティーノは、そっとささやいた。

 

「ここにいる面々には、みんな『息子』か『娘』を差しだしてもらったんだ。でもルーン将軍には、子どもがいない。だから『君自身』を僕に差しだしてくれないかな?」


「言っている意味がまったく分かりません……」


「君は意外と鈍いんだね。まあ、いい。じゃあ説明してあげる」



 そう告げると、ジュスティーノは小さな部屋へと皆をいざなった。

 ルーン将軍、ネイサン・ベルナール、ポール・トイと続く。

 そして一番後ろから行くのはオーウェン・ブルジェ。

 

 他の面々が悪魔に魂を売り払ったような表情であったが、オーウェンの口元だけは歪んでいた。

 

 それは彼が『希望』を捨てていない、何よりの証だったのである――

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