① 『2回目の宣戦布告』
◇◇
時は流れ、季節は冬から春へと移っていった。
ヘイスターの町に残っていた雪もすっかり融け、緑が映えるようになってきた。
この間、町はめまぐるしい変化を遂げていった。
帝国からもたされた報酬金によって水道が引かれるなど、領民たちの生活は豊かになったのだ。
さらに『彗星の無双軍師』がヘイスターを守っていることは国中に伝わったため、町を往来する商人の数が爆発的に増加。生活用品や建材、さらには武器にいたるまで、様々な物資が流通するようになったのである。
町が豊かになれば自然と領民が増えていく。
そして領民が増えれば、町の税収も増加し、『軍備』に使える金もできる。
残った報酬金と増えた税収を元手として、国境線と町の間に『砦』を設置した。
つまりリーム王国が町を侵攻してきた際、この砦を制圧しなくては町を攻撃できないようにしたのである。
時間が短かったため、最低限の防備しか作れなかったが、それでも深い堀に吊り橋、さらに高い土壁に木製の門、二つの櫓を突貫工事で完成させた。
そして、帝都の浪人たちを大工として雇用し、彼らをそのまま兵として町に残した。
いわば私兵団を編成したのだ。
これで報酬金は使いはたしてしまったが、まもなく次の戦争が起こることを俺は知っている。
そこで勝利すれば、また報酬金を得られるはずだ。
まるで戦争を『商売道具』として利用しているようで胸が痛むが、綺麗事など言っていられない。
リアーヌと領民たちの『希望』が『現実』に変わるその日まで、俺は利用できるものは何でも利用してやるつもりでいたのだ。
たとえそれが皇族と貴族による醜い権力争いであろうとも……。
………
……
――ドタドタドタッ!
騒々しい足音が領主の館の中に響き渡る。
仲間たちと共に『作戦室』にいた俺は、その足音を耳にした瞬間に、来るべき時が来たことを確信した。
――バンッ!
突然開けられた扉。
そして転がるように部屋の中に入ってきたリアーヌにも冷静な目を向ける。
だが何も知らない彼女にしてみてみれば、一大事だろう。
机に置いてあったコップの水をぐいっとあおると、一息に告げてきた。
「ジェイ!! 大変よ! 『宣戦布告』の書状が王国から届いたの!!」
「そうか」
「そうか……って、驚かないの!? また戦争になるのよ!」
「ああ、ゆくゆくはこうなるとは思って準備を進めてきたからな。驚いちゃいないさ」
「まあ……」
俺の態度は、焼け石のように熱くなっていた彼女にとって冷水となったようだ。
桃色だった頬が、いつもの肌色に変わっていく。
俺はにやりと口角を上げると、穏やかな口調で言った。
「領主たるもの、そう簡単にパニックになっちゃいけねえ。でーんと構えてればいいんだよ。でーんとな」
「うん、分かった。でも、どうするの? また町をわざと占領させるの?」
「ははは! あんな奇策は一度でも成功したら奇跡に近いさ。まさかあんなに上手くいくとは思ってなかったからな! 次は通用しねえよ」
リアーヌは眉をひそめると、口を尖らせた。
「まあ! あきれた! 失敗したらどうするつもりだったのよ!」
「そいつを今語ってる暇はねえんだろ? さっそくだが、一つ頼まれてもいいかい?」
どこか納得いかない表情のリアーヌだが、コクリとうなずく。
俺はさらさらと一通の書状を書き上げると、それを彼女に手渡した。
「これを帝国軍に。援軍の要請だ」
「……でも、また無駄になってしまうんじゃない? ここは『エサの町』なのは今も変わっていないのだから……」
リアーヌが心配そうにうつむく。
俺は大声で笑い飛ばした。
「あははは! いいんだよ、それで! ハナから奴らの救援なんか期待しちゃいねえさ」
「へっ? じゃあ、なんで?」
それはパオリーノ殿下との『約束』を果たすためだ。
――王国が宣戦布告をしてきたら、速やかに『ジェイ・ターナー』の名義で救援を要請する書状を送ってきてくれ。あとは目の前の戦いに勝利するだけでいい。そうすれば君もリアーヌ・ブルジェも『自由』になれる。これは約束だ。
このことはリアーヌには伝えていない。
皇族との密室でのやり取りが、仮に外に漏れたりしたら、俺だけではなくリアーヌや仲間たちの立場も危うくなるのは目に見えているからだ。
「……地方の町が攻められたら救援を要請するのは、領主の義務。ただそれだけだよ」
「そう……そうよね。義務なら仕方ないよね……」
なおも暗い顔のリアーヌに対し、俺はぐっと表情を引き締めて言った。
「この戦いに勝って『希望』を『現実』に変えてみせるから。俺を信じてくれ」
リアーヌの大きな瞳を覗き込む。
彼女もまた俺の視線から逃げずに、じっと見つめてきた。
周囲には仲間たちやマインラート、ヘンリーの姿もある。しかし今、この瞬間、ここには俺と彼女のたった二人だけの空間だった。
あの夜。彼女が俺の心を動かした時のように……。
大丈夫だ。
信じてくれ。
俺は絶対に君を守ってみせる――
「うん、分かった! 私、帝都に行ってきます! すぐに帰ってきますから、町のことはよろしくお願いします!」
彼女の瞳に強い光が戻ってきた。
その表情を見て安心した俺の口から、思わず本音を漏れる。
しかしそれによって、『作戦室』が大荒れになってしまうとは……。
「いい顔だ。それでこそ俺の愛するリアーヌ・ブルジェさ」
その場にいた全員が口をぽかんと開けて、俺を凝視してくるのが気持ち悪い。
耐えきれなくなった俺は、眉をひそめて言った。
「なんだよ? 何かまずいことでも言ったか?」
その瞬間から、堰を切ったかのように次々と言葉が飛び交い始めたのだった。
「へっ!? 愛する!? ちょっと、それはどういう意味でしゅか!?」
とリアーヌが顔をりんごのようにして言えば、
「やいっ! 俺は許さないからな! し、師匠が『兄貴』になるなんて! もしどうしてもそうしたいなら、俺を倒していけ!」
と、ヘンリーが牙をむき出しにして吠える。
「むーっ! ジェイさま! コハルは一度も『愛してる』なんて言われたことありません! あたしにも言ってください!」
「うふふ。安心したわぁ。ようやくジェイも他の女性を好きになれるようになったのね。これで遠慮なく私も……。うふふ」
コハルとマレーナが口を挟み、ステファン、アルバン、ロッコもまた興奮気味に言った。
「はははっ! ジェイもちょっと見ねえうちに、ずいぶんと言えるようになったじゃねえか! よしっ、なら今度、一緒にナンパしに行こうぜ!」
「がははは! ジェイ殿は相変わらず真っ直ぐな御方だなぁ」
「……ジェイ様。かっこいいです」
まったく……。
何を勘違いしてるんだか……。
でもみんな笑顔だ。
この雰囲気、嫌いじゃねえよ。
俺は部屋を震わせるような強い口調で言ったのだった。
「細けえことは何だっていいんだよ! とにかく『勝つ』! それだけだ!! てめえら、いっちょやってやろうぜ!!」
みなが口をつぐんで顔を合わせる。
そして声をそろえて返事をしてきたのだった。
「おおっ!!」
開戦は一カ月後。
さあ、見せてやろうぜ。
乾坤一擲の奇策を――