【第二章】2.願い
【第二章】2.願い
「お母さん、あのね」
おじさんの事など忘れていたある日、娘がまた言った。
「おじさんが、しばらくいなかったんだけど、戻って来たの」
そう言って、いつもの白い壁を指差す。
「へぇ、おじさんってどんな人なの?」
「こんな細くって、真っ黒。こわいこえ」
「うん……」
「今も居るよ」
そうして、娘はジッと壁を見る。なんだか気持ちの悪いものを感じて、「やめなさい」とも言えなかった。
「何で戻って来たんだろうね」
「わたしがお願いしたからだよ」
「お願いしたの?」
そう尋ねると、娘はにわかに明るくなって言った。
「うん、助けてくださいお願いしますって!」
「そっか。お母さんもお願いしておこうかな」
「それがいいよ」
真っ白なただの壁。大した事もない壁に、私は目一杯の祈りを込めて願った。
「娘を助けてください、お願いします。私はどうなっても構いませんから。どうか娘を助けて下さい」
神様だろうが死神だろうが、なんでも良い。助けてくれると言うのなら、何にでも頭を下げてやる。そう思って壁に向かって頭を下げた。
「助けてくださいお願いします」
私に続いて娘も壁に向かって願掛けをした。
しばらくぼうっと壁の方を向いているので、大丈夫かと心配していたら、急にこっちを向いて笑った。
「良いよ、って言ってたよ!」
そっか。神様か死神さまか知らないけど、娘だけに見えるおじさんが、そう言ったんだったら良かったよ。
「良かったね」
「うん」
紫がかった小さな唇が、震えるようにそう動いた。
……
それでも、日に日に娘の体調は悪くなっていった。
できる事はなんでもやった。食べ物が何が良いらしいと聞けばそれを持って行ったし、神社でお守りもコレクションできるぐらいもらってきた。
白い壁へのお願いも何度もやった!
薬だって手術だって、何度もやった!
でも、それでも。
思ったようにはいかない。
神様か、死神様か、何でも良いから助けてよ。