【第一章】2.繰り返す
【第一章】2.繰り返す
再び生理的嫌悪感を覚えるサイレンが、耳元で鳴り響く。俺は飛び起きた。同時に枕元で震えるスマホに手を伸ばす。
しかし俺の手はそれを上手く掴めず「すり抜け」た。一体なんだ?何度か試すが、スマホを持ち上げる事は出来ない。
遅れて俺に重なるように、もう一人の俺がスマホを手に取った。真っ黒な画面に赤い帯。
国民保護に関する情報
国外より、弾道ミサイルが発射されました。
建物の中もしくは地下に避難して下さい。
そこには、そう書いてあった。
もう一人の俺が、緩慢な動作でカーテンを開けて外を見ている。
そう俺が、俺が二人いる?
『どうなっているんだ!?』
改めて、自分の両手をまじまじと見つめた。
なにかおかしい、そう半透明に透けて向こう側が覗けている。身体は、まるで幽霊のようだ。だとしたら、今そこで動いているのは生きていた俺なのか。
やっぱり死んだのか。俺は死んで、幽霊になった。そう言う事なのだろうか。
ワンッワンッワンッ!
階下より、電話とチョコの声。
先程と同じ10分間をなぞっている。
「うあぁー」なんて声を上げながら、生きている俺が、階下に歩いて行く。それにならって、後を追う。
ワンッワンッ!
扉を開いた瞬間、チョコが彼に駆け寄った。
はいはいと言いながら、それを手で制した彼は、電話に出る。
二言三言、応答した後、受話器を置いた。
父親からの電話だったのだろう。
彼はソファに座って、吠えるチョコをなだめながら、テレビを見ている。
その姿をぼうっと見ていた俺だったが、ハッと気がついた。
『……だめだ!』
このままではミサイルが降ってくる。
どうしても、この生きている俺を家から退避させないと!
『おいっ!逃げろ!!』
もう一人の俺の耳元で叫ぶ。早く逃げろと言いながら、少し前まで俺だったモノを平手で打ち付ける!
しかし、いくら大声で叫んでも聞こえない。
いくら力いっぱい拳を叩きつけても、半透明な俺の身体は透き通って、衝撃を与える事は出来なかった。
『はぁっはぁっ』
ならばとテレビのリモコンや、ドアなどを蹴ってもみる。しかし、なにもかも突き抜ける。何も起こらない。動かせない。
手当たり次第に、家の中のモノに触れてみる。植物、水道、チョコ、ポット、ガラス。
何一つ手ごたえがない。
何も動かせないし、声も聞こえない。八方手ふさがりだ。
そうこうしているうちに、彼は席を立ち冷蔵庫の飲み物をコップに注いでいる。
もう間に合わない!
『逃げろ!逃げろ!!』
『逃げろってーー!!動けええーー!!!』
あらん限りの大声で、肺の中の一滴の空気すら絞り出す大声で、叫んだ。しかしそれは彼の髪の毛の一本すら動かす事は叶わなかった。
バキバキバキバキッ!!
突如、天井が一瞬で砕けて落ちた。天より飛来する何かが我が家を二つに引き裂いたのだ。ブワッと何もかもが宙に浮き、爆ぜる。
それは俺の肉体も例外ではなく。
……
遠くから救急車と消防車の音。
壊れた時計は、10時22分を指している。
間に合わなかった。
家の外から、どうなっているのか、状況を見た。
何か飛来物、いわゆるミサイルの破片が落下して、運悪く俺の家を直撃したらしい。
爆発などは無かったが、家が一軒まるごと潰れてしまっている。
野次馬が集まって来た。
人を掻き分けて、捜索する救急隊員が俺の姿を発見した。
それは、すでに半分しか身体が無かった。