【第二章】4.さくら
【第二章】4.さくら
現れた半透明のもやは、人らしい形を作り宙に浮いた。声にならない声が聞こえてくる。
「お母さん、あのね」
それが、娘の声である事に気がついた。
「さくら」
最愛の我が子の名前を呼ぶ。
「わたしが、おじさんにお願いしたの。もう一年は生きられないって、だから」
「違う、お母さんの命をあげる!だから、死なないで!」
一年の寿命しかない?だから、引き換えに母を生かそうと言うのか!そんなことを望む訳がない!
「娘を助けてって!私はそう言ったの!何でさくらを……!嘘つき!」
「お母さん、あのね」
憎悪の念で、死神を恨む。恨みで人が殺せるなら、私の憎悪は死神を殺すだろう。
「それは、かなえてもらったんだよ」
「……!」
「お母さんは死なないの。もともと、ずっと長生きするって」
「じゃあ……なにを」
なにを言っている。あの鉄パイプから、私を救った代わりに、それが違うというのか。
「わたしの妹、お母さんの娘。こうしないと死んじゃうから、一つの命とは、一つの命。そうじゃないと交換できないんだって」
「なにを言ってるの。私の子供は、あなただけ……」
「ちがうよ、もうわかるはず」
人をかたどったもやが、次第に薄く、背景に沈むように広がっていく。
「じゃあいくね。おじさんに出会ったら、ありがとうって言ってね」
「待って!さくら、いかないで!」
音もなく、重さもなく、白いもやは初めから存在しなかったように空気に霧散した。
「……あぁ、わたしお姉ちゃんになるんだ。かおをみたかったな」




