8,この身は守るためにあるのです
随分遅くなり申し訳ありませでした
目が覚めると、既に辺りは暗くなり夜になっていた。
後ろを振り向けば、轟々と音を立てて燃え盛る半ば倒壊した小屋があった。
「は?」
寝ぼけた頭が一瞬で冴えると、状況を確認すべく辺りを見渡す。
「一体、何が……。っ! そうだ、しぶ……香純とメルシャは!?」
体が鉛のように重かったが、そんな些細な事は気にもならなかった。
一刻も早く二人の無事を確認しなければ! とにかくその一心で、燃えている小屋の周囲を捜索する。
「香純っ! メルシャっ! いるなら返事をしてくれぇッ!!」
最終手段として、力の限り思いっきり叫んだ。
暫くの間叫び続け、酷使した喉や体力に限界のふた文字がちらつき始めていた。
(……クソっ、声が出ねぇ。……頼む、頼むから見てるんなら少しくらい力を貸してくれよ……女神様)
神頼みが功を成した訳ではないだろうが、どこかから何か聞こえたような気がした。縋るような思いで聞き耳を立て、音の出所だと思われる場所に意識を集中させる。
「…………うぅ、ぉ、ぇ……ぁ……ぃ……」
微かにだが、確かに声が聞こえた。
もう走る体力さえ無いと思っていたが、声が聞こえると同時に俺は駆け出していた。
どうやら声は、燃えている小屋。その瓦礫の下から聞こえていたようだ。
「今助けるぞっ! ウオォッ、ラァッ!!」
掛け声と共に、守護無双を発動し邪魔な炎を拳圧で吹き飛ばす。
…………出来ると思ってやったが、まさか本当に出来てしまうとは……
いや、今はそんなことを考えている場合では無い。
手遅れになる前に助け出してみせる! 改めて決意し、小屋の残骸をどかしていく。
邪魔な瓦礫を拳圧で吹き飛ばすことも出来そうだが、下手をすれば下敷きになっている者が押しつぶされてしまいかねない。そうならないよう、瓦礫を退ける作業は慎重に行った。
それから数分後、ようやく最後の瓦礫を退けた俺は声を失った。
瓦礫の下から出てきたのはメルシャのようだった。よう、とは片方が失われた耳と、焦げた尻尾くらいしかメルシャと判別できる部分が残っていなかったからだ。
顔や体は悲惨なほどの火傷を負っていた。生きているのが奇跡的なほどの火傷だった。
「おいメルシャっ! 俺の声が聞こえるか! 絶対に俺が助けてやる。だから絶対に諦めるな!!」
俺の声が聞こえたのかメルシャが腕の中で身じろぎした。
「ぉ、ぇ……ぁぃ」
メルシャが何か伝えようとしている、そう思った俺はメルシャの口元に耳を近づける。
「ご、めんな、さ……い」
微かに聞き取れたのは謝罪の言葉だった。
ただ何に対しての謝罪なのかはよく分からなかったが。
しかしそんなことはどうでもよかった。
腹わたが煮えくり返っていた。
メルシャに対して、ではない。
この状況でまるで懺悔するかのように、「ごめんなさい」と口にし続けるメルシャ。それをただ黙って眺めていることしかできない、無力な自分自身への激しい怒り。
圧倒的な身体能力? そんなものが今何の役に立つ!? 死にかけている女の子一人助けることもできやしないのに!
「……? な、いてる……の?」
メルシャの発した弱々しい言葉に答えることはできなかった。目から溢れ出る水を堪えることに必死だったからだ。
頬に何か暖かいものが触れた。
「あな、た……たちを、巻き込んで、しまった。ほ、んとに、ごめ、んな、さい」
自分の頬に添えられているのは、メルシャの手だった。
「か、すみは、こ、こには、い、ないの。た、ぶん、だけど、ここから、み、なみに、いったところに、ある、ブリス、タ商会、にとらわ、れて、いるはず。お、ねがい、かす、みを、たすけてあ、げて」
「……ブリスタ商会だな? 安心しろよ、メルシャ。俺はお前を絶対に死なせはしないし、香純も絶対に助け出してみせるさ」
俺の返事を聞いて微かに笑み浮かべるメルシャ。様子を見るに、どうやら声を出すのも難しくなってきたみたいだ。
(クソっ、どうすればいい。どうすればメルシャを助けることが出来る……!)
メルシャがゆっくりと瞼を閉じた。
「……おい、冗談だろ……? メルシャっ、おいっ! 目を開けてくれ!」
助ける方法を考えれば考えるほど脳裏をよぎるのは、意識を失う直前に見たメルシャの笑顔だった。
(……なにが、絶対に助けてやる……だよ。何も出来ないくせによ! クソクソクソッ、異世界に来てまで俺はまた失うのか……? また、護れないのか……?
____ふざけるなッ! この世界が俺から何かを奪おうとするのならば、俺はそれを全力で阻止して守りきってやる!! )
心の内で新たに決意を固めた直後__急に脳内で無機質な声が響いた。
『感情が一定の領域を超えたため、新しい能力が解放されました。現在の思考パターンを解析中__完了。解析の結果、”守りたい“、”治したい“という感情の値が突出していることを確認しました。これより能力の作成を行います__成功を確認。能力名”完治の聖域“の生成を確認しました』
意味が分からなかった。ただ、この力を使えばメルシャを救えるという確信があった。
迷いは、ない。
頭の中に直接入ってきた、新しい力の使い方。
「……希うは大いなる聖壁ッ! 全てを癒し守り抜く、聖なる領域!! "完治の聖域”ッ」
頭の中に入ってきた情報通りなら、この詠唱? で能力が発動するはずだ。
詠唱を終えた直後。メルシャの頭上3mほどの位置から眩い光が放たれた。
呆然と事を見守っていると、メルシャの体が治り始めていた。
__いや、これは治る、というより時間の巻き戻しを見ているようだ。
全身に負った重度の火傷は、数秒で元に戻った。片方が失われた耳も、その後すぐに再生された。
自身の身に何が起こったのか正直よく分からなかったが、自身の腕の中で何もなかったかのように寝息をたてている獣耳の少女を見やる。
「……女神様に感謝、かな」
あの幼女の姿をした女神の姿が頭に浮かび、なぜか笑いがこみ上げてきた。
頰を伝う湿った感覚が、さっきまでと違い心地よく感じた。
「ふぁぁ。……なんか、俺も眠くなってきたな」
自身の腕の中で安心しきった表情で眠っている、警戒心が全く無さそうな可愛らしい狼の姿を眺める。
「メルシャはどうにか助けられたけど香純はまだ囚われたまま、なんだよな……。メルシャが起きたらまず詳しい話を聞いてそれから直ぐに行動しよう」
メルシャが意識を失う前に言っていた“ブリスタ商会”。
これからの行動方針を口に出して再認識した俺は空を見上げる。
「異世界に来てから早々、波乱万丈だな……さっさと香純を助け出したら、メルシャと3人でこの国を出ないとな」
これから、俺たちの前に障害となる敵が多く立ちふさがるだろう。
__だが、そんな事は関係ない。
俺の前に立ちふさがるというのなら、殴り飛ばして進むだけだ。
気がつけば、とても長く感じた夜が明け空が白み始めていた。
前書きでも書きましたが、更新が随分と遅くなってしまい申し訳ありません。
これからは基本的には不定期ですが、なるべく短いスパンで更新していく予定です。