6,可愛いは正義のようです
なんとか書き上がりました。
第一章スタートです!
広間から脱出するのは容易だった。
広間を脱出した俺は両脇の重さを意識して、ひたすらに長い廊下を4割ほどの力で駆け抜けていた。
「ここ滅茶苦茶広くないか?さっきから外に出ようと走っているが、まったく外に出られる気配がしないんだが……」
事実、俺は先程から壁を破壊し直進して行こうかと何度も思っていた。
「だからって壁を壊しながら直進しよう、とか考えないでよね!? アンタがそれやったら、アンタに抱えられてる私たちも被害を受けるんだから!」
渋川の言葉はもっともな為、両脇に人を抱えている状態の俺は現在、壁を壊しながら直進するという選択肢を取れないでいた。
俺は渋川から視線を外すと、俺が抱えているもう一人の少女____銀髪の獣人、メルシャを見やる。
「…………………………」
メルシャは抱えて来た時からずっとこんな感じだ。
この少女を連れて来たのはもちろん理由がある。
______断じて、可愛いかったからさらって来た訳ではない。
…………少し、ほんの少しは、それもあるかもしれないが……可愛いは正義だからな
「メルシャ、どうだ? ゆっくり走っているが、どこかキツイところはあるか? 何かあったらすぐに俺に言うんだぞ? 我慢なんかしなくてもいいんだからな?」
メルシャを気にかけていると、渋川が絶対零度の視線でこちらを見ていた。
極力気にしないよう意識して、メルシャの方を見ているとメルシャが不意に悲しむ素振りを見せた。
「何で私を連れて来たの? あなた程の力があれば私くらい軽く殺せたはず。あなたが、私を性欲のはけ口にしようとしていないことくらいは私にも分かる。だから余計に意味がわからない、私はあなた達の仲間を一人殺している。それに、そこの少女も殺そうとしたし、あなたにも剣を向けた。そんな私を連れて行ってどうするの? 魔物の餌にでもする気なの?」
メルシャが先生を殺した時のことを思い出したのか、渋川が目を細めた。
渋川も納得している訳ではないのだろうが、この美しい銀髪の少女が自分の意思で先生を殺したのではない、ということは分かっているみたいだ。
渋川自身も殺されそうになっていたが、どうやら自身のことよりも岡部先生のことで思い悩んでいるようだ。
「……渋川、薄々勘付いていると思うが、俺は既に幼女神に与えられた自身の能力について理解している。さらに言えば現在進行形で能力を使っている」
メルシャの質問に答えるには、どうしても俺の能力について説明しなければならない。
ただ、どうせなら渋川にもついでに話しておこうと思っただけだ。
最初は納得している顔の渋川だったが、俺が現在も能力を使っていると聞くと若干、驚いた顔になった。
「……驚いたわ。こんなに早く女神様に与えられた力を使いこなしているなんて……」
渋川の疑問ももっともだが、今重要なのはそこではなく能力の中身についてだ。
「それについては後で話そう。今俺が言いたいのは、俺の能力の詳細についてだ」
そう言うとメルシャが驚いた顔になり、私に言ってもいいのか? と、顔に出ていたが俺の能力は能力の詳細について知られたからといって、どうこうできるようなものではない。
「俺の能力、名前は、守護無双っていうらしいな。能力の効果は単純だ。発動すれば、一定時間だけ自身の身体能力が向上する。ただそれだけだ」
能力の詳細について、両脇に抱えた二人に教えると二人とも異なる表情をしていた。
渋川は、それだけ? とでも言いたげな目をしている。
一方、メルシャの方は酷く驚いた表情をしていた。
「メルシャが何でそんな反応なのかは気になるが、まずは俺の能力の説明を優先させて貰うぞ。それで、メルシャが聞いた、何故メルシャを連れて来たのか? という質問についてだが……それは、守護無双の発動条件が答えだ」
メルシャは未だに驚いた表情のままだったので、そのまま続けて話すことにした。
「守護無双の発動条件……それは、
______助けを求める者の声に対して俺が守りたいと強く願うことだ」
「「えっ?」」
渋川とメルシャの疑問の声は同時だった。
「……その話が本当だとしても、何故あなたが私を助けるのかという問いの答えにはならないは____」
「なるんだよ」
メルシャの言葉を遮るように答える。
それに、今メルシャは答えにはならないと言ったが、守護無双の発動条件こそが答えだ。
「あの時は、本当にビビったけどな。渋川が殺されそうになった時に、助けたいっ! て、強く思ったら急に聞こえたんだよ。助けを求める渋川と……メルシャの心の声がな。だから俺はメルシャも連れて来たんだ。助けを求められて、それに応えたからな」
果たしてメルシャの表情は……激しい怒りに彩られていた。
「誰も助けて欲しいなんて頼んだ覚えはない。勝手なことをしないで。私はもうここに置いていって」
何かを諦めているようなメルシャの声を聞き、俺は無言で足に込める力を強くし、前に思いっきり踏み出す。
「助けて欲しいなんて頼んだ覚えはない、か……確かにその通りだ。俺はメルシャの口から直接頼まれた訳じゃねぇよ。
______だからといって俺は、はいそうですかって引き下がるような物分かりがいいやつじゃないんだよ……
…………メルシャ!! 俺はお前が心の奥底で叫んでいる言葉を聞いた!
『誰か、私を助けて』っていう助けを求める少女の声をだ……
____俺は目の前で助けを求める一人の少女の声を無視はしない!
____心の中で泣きながら傷ついている心優しい少女の声を無視はしない!
そして……目の前で泣いている可愛い女の子を虐めるような奴らを絶対に許しはしない!!」
メルシャは話の途中から、声を押し殺して泣いていた。
「…………………………」
俺が話している間、渋川は俺に抱えられた状態で一言も発さずに真面目な顔をして俺の顔を見上げていた。
なんだか居たたまれなくなったので、俺はこの空気を断ち切るべく断られる前提で提案してみることにした。
「そろそろ壁でもぶち抜いてみるか」
渋川がまた反対するだろうと発した言葉だったが、予想に反して渋川が何も言わない。
渋川の顔を見てみると、何か考え事をしているのか集中しており、俺の話を聞いていないようだった。
よし、反対意見もないし……やるか
「じゃあ、行くぞ〜」
やっと、考え事が済んだのか我に返った渋川が「嫌な予感がするんだけど……」なんて呟いているが、恐らく大丈夫だろう。
メルシャは相変わらず泣いていた。
「よっ、オラァッ!」
助走をつけて壁を全力で蹴る。すると、壁をぶち抜くどころか衝撃が突き抜け外まで届いた。
上出来だと思ったので「よしっ」と頷く。
「ゴホッゴホッ、よしっ、じゃないわよ! 殺す気かと思ったわよっ!」
むっ、両脇に抱えている二人には細心の注意を払っていたのだが……
メルシャの方を見てみると、泣き止んだのだが今度は口をあんぐりと開けたままフリーズしてしまった。
「本当、アンタって人間やめたわね……」
渋川がそんな失礼なことを言ってきた。
「渋川……ブーメランって言葉、知ってるか?」
そうなのだ。幼女神に能力を貰ったのは、俺だけではない。
渋川も幼女神に能力を貰っているはずなのだ。つまり、いずれ渋川も俺と同じようなことができる可能性が高いのだ。
俺の言葉を聞いた渋川は顔を青褪めさせていた。
意趣返しも済んだので、突き抜けた壁を突き進む。
「とりあえず、外に出ないとな」
「そうね、私達はここがアクセリムにあるカーマンエール聖王国だということしか知らない訳だしね」
渋川がそこまで言ったところで外に出た。
少し離れた位置まで進み、今出てきたところを見やる。
______城、だった。
元の世界ならば海外、特に西洋の城に似ている気がするその城は、大きさが異常だった。どのくらい大きいかというと、全体のスケールがまったく分からないレベルだ。
……俺が4割で走っていたとはいえ中々外に出られなかった訳だ。この大きさならば納得だ。
俺が一人納得していると、ハッと我に返ったメルシャが補足してくれる。
「こ、ここはカーマンエール聖王国、聖王都ミズガルム。そして目の前の城が聖王の居城である、聖カーマンエール城」
メルシャの言葉を聞いた俺は、城に背を向ける。
「一旦ここから離れるか……メルシャ、どこか良さそうな場所を知らないか?」
メルシャに尋ねると、メルシャは少し考えて
「ここからなら、以前私が使っていた誰にも知られていない寝床がある」
……メルシャも少しは頼ってくれる気になったのかな。俺はもうメルシャに悲しい思いをさせたくはないからな。
渋川にもそれでいいか確認しようと見てみれば、また考え事でもしているのか集中していた。
「よしっ、じゃあ行くか」
ここまでが、俺たちの異世界アクセリムでの初日だった。
この時、俺は随分甘く見ていた。
人間の底知れない欲望というものを……
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(*・ω・)*_ _)ペコリ