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異世界にはロリコンという概念が存在しないようです  作者: 乃酢来蛇
第一章:ロリコン×獣耳〜騒乱編〜
11/11

10,メルシャの秘密のようです


「ふぅ、いい感じにスッキリしたし。それじゃ、どういう事なのか説明してくれるのよね?」


 香純が眠りから目覚めてその後、俺たちは場所を移動していた。現在は、メルシャの小屋があった場所、聖王都近郊に広がる森まで戻ってきている。

 あのまま、あんな更地に居続けたら絶対に誰かが駆けつけて来るだろうという、考えてみれば当たり前の判断からだ。

 忘れているかもしれないが、ここはまだ聖王国の中だ。聖王都からは若干離れているといってもここで騒ぎを起こし過ぎるのは賢いとは言えないだろう。


「……本当に聞くの? 聞いてしまったら、あなた達にまで危険が及ぶかもしれないのに……」


「聞いてしまったらも何も、聞かなくても既に巻き込まれてるんだし、今更でしょ?」


「そうだぞ、メルシャ。香純が起きる前にも確認しただろ? それに、俺たちはもう運命共同体、みたいなものじゃないか」


 既に俺たちは、聖王を相手に喧嘩を売っているのだ。メルシャも連れてきてしまったし、捕まるのは俺や香純にとっても、なによりメルシャにとってもマズイだろう。すなわち、俺と香純、メルシャの三人は現状、協力するのが得策なのだ。

 聖王には召喚した、元クラスメイトたち__勇者たちもいる。岩田を含めた彼らがどう動くか、現段階では予測できないのも辛い。


「……運命共同体、妙な言い方ね。けど、言ってること自体は私も賛成よ」


「__……っ!! ありがとう……カイトっ……カスミっ……ほんとうにありがとう……」


「何回感謝してんだよ……メルシャ、お前が抱えてる問題はもうお前だけの問題じゃ無い。俺たちの問題でもあるんだ。例え、それがどれだけ大きい問題でもな」


「………………」


 メルシャは、無言だった。きらり、と能面のように無表情だったメルシャの顔から一筋、光るものが見えた。


「そうよ。水くさいじゃない」


 どうやら、香純も同じ意見らしい。


「……でも、私……あなた達の仲間を、一人__」


 メルシャの言わんとする事が分かったのか、香純の顔に少しばかり影がさした。


「先生のことか? ……気にするな、とは言えないよなぁ……だけどな、メルシャが自分の意思で先生を殺したんじゃないってことだけは、分かるよ」


「…………っ!? どうして? どうして、そう言い切れるのっ……?」


 なぜ信じられるのか、困惑を顔に貼り付けたメルシャから視線を切り右に逸らした。俺は、香純の顔を確認の意味を込め見やる。香純の顔はまだ悲しみの色が見て取れる。だが、その顔にはメルシャに対する怒りの色は無かった。


「簡単だよ。メルシャが悪い子じゃないって事を、他でもない俺自身がよく知ってるからだ。……といっても、ほんの少しの間、一緒に行動しただけで知ったような口を聞くな、って言われたらそれまでだけどな」


 メルシャは、とうとう堪え切れなくなったのか、堰を切ったように泣き始めてしまった。


「それに、あの野郎……聖王の野郎も、これ見よがしにメルシャのこと……というより獣人全体か、のことを見下していたし、何より、メルシャのことを名前じゃなく"獣人奴隷"と呼んでいただろ? なら、あとは簡単だ」


「……?」


 香純は空気を読んでか、口をつぐんでいた。どうやらこの場は任せてくれるらしい。

 彼女の信頼に応えるべく、俺は言葉を口切り一度大きく深呼吸した。


「メルシャ。お前は、あんな連中に捕まるほど弱くはない、と思う。ここからは、俺の推測になるんだが……弱みか、人質か、メルシャが抱えている問題っていうのは、その類じゃないか? 外れていても大きくは間違っていない、と思うんだが」


「____ッ!!?」


 今度こそ信じられない、というようにメルシャは顔を両手で覆った。その反応が、俺の推測がまるっきり的外れではないことを雄弁に物語っていた。


「やっぱり、か。はぁ、分かってはいたんだが、本当にこの国にはクズしかいないのか、それとも上だけが腐っているのか、判断しかねるな」


「そんなこと、今はどうでもいいでしょ。それより、早くメルシャの抱えてる問題を片付けて、さっさとこの国を出るのが先決よ」


 ど、どうでもいいって……。

 割と本気で悩んでいたんだが、香純は早くこの国を出たい、という思いがひしひしと伝わって来るほどヤル気を滾らせている。


「ま、待って! 説明、するから! 少し落ち着いてっ!」


 香純のヤル気に危機感を抱いたのか、ようやく折れたメルシャにさっそくとばかりに説明を求める。

 俺は傾聴の姿勢でいたのだが、香純は右手を耳に付くほどピンと上げメルシャに視線を送る。メルシャが頷くのを確認してから、彼女は手を上げた理由を語った。


「悪いけど、先に私から一つ質問__いや、違うわね。確認、させて欲しいの」


 香純の言葉に思い当たる節があるのか、真剣な顔で頷くメルシャ。俺には香純が確認したいこと、それが何を指すのか確証が無いため黙っていた。


「確認したいのは、私が気を失ったその直前のことよ。あの時のことで、薄っすらとだけど確かに覚えていることがあるの。……泣きそうなあなたの顔、急に頭に走った激しい鈍痛……そして、恐らくだけど、あなたと犯人の会話。この三つよ」


 そうか、香純が確認したい事というのは、あの時のことについてだったのか。確かに急に意識を失ったんだ、俺だって気にならないと言えば嘘になる。それに、前の二つは俺も覚えがあるのだが、最後の一つ……メルシャと犯人の会話なんていうものは全く記憶に無い。

 これにより、香純は俺より後に気を失ったであろう事が推測できる。


 メルシャと犯人の会話、これが意味するところは正直よく分からない。だが、意識を失う直前に見たメルシャの"哀しそうな笑顔"は決して演技なんかで作れる表情では無い。それでも、優しいこの獣耳娘が俺たちのため、と()()()()をつく可能性はゼロではない。

 いや、むしろ自分のことで俺たちが危険に巻き込まれることが無いよう、嘘をついてでも距離を置こうとするはず。


 それを見越していたのか、香純がハァ、と一つため息を吐いた。


「……メルシャ、海音。これからは、私たちの間で隠し事は無しよ。いい? これは決定事項よ。どんな事より優先されると思いなさい」


「…………ッ! カスミっ……うん、わかった」


「……なんか横暴な気がしなくも無いけど、分かった」


 突如として、香純から提案された案は思春期の男子としては抗議したい気もするが、メルシャの為を思うならばそのくらい我慢しないとダメだろう。


「よしっ。それじゃあメルシャ、きっちり全部話してもらうわよ。もちろん嘘はダメよ? ええ、私はメルシャを信じてるけど__もし、嘘をついたりしたら……」


「「……ついたりしたら?」」


 ごくり、と唾液を嚥下する音がやけに響いて聞こえた。


「ふふふ、さぁ? どうなるのかしらね?」


 ひっ、ひぃぃいぃいいぃいいぃいいぃぃい。


 下手に香純を怒らせたりしたら、洒落(しゃれ)にならない事は香純を拉致した奴らの末路を見れば、火を見るより明らかだ。

 これは、本格的に香純に嘘をつけなくなってしまったと考えるべきだろう。今のは、メルシャに向けた言葉だ。しかし、同時に俺にも釘を刺したとも捉えられる。

 これから先、もし俺が香純に対して嘘をついてそれがバレたりでもしたら……ウン、ウソダメゼッタイ。


「私からはそれだけよ。時間をとらせてごめんなさい。後は、最初から最後まで嘘偽り一切無しの説明をよろしくね」


「……わかった。これから、二人に私の全てを話す。嘘偽りの無い、紛れも無い真実を__」


 そこからメルシャは、昔を懐かしむような、そんな目でこう話を切り出した__


「私は、ある国の王女……()()()。2年前の、あの日までは……」


 __と。




  -------------------------------------------------



 

 12歳の私は幸福だった。立派に民を導き、多くの者に慕われ愛されている父。そんな父に寄り添い、優しく(たお)やかな母。そして、感情表現が苦手な私を、いつも守ってくれる姉。

 苦手だった王女としての振る舞いなどは、最低限のことを学んだだけで、第一王女である姉が、__後は私がやるからメルシャは無理をしなくていいんだよ、と微笑みながら頭を撫でてくれた。


 優しい家族と、満ち足りた環境。いつからだろうか、私は、それは当然のことだと、明日もまた幸せな1日がやって来るのだと、微塵も疑うことなく、子どもながらにそう考えるようになった。


 それは、子どもならば誰もが抱く当たり前の感情だろう。子どもは親の庇護がなければ生きられない。逆に言えば、子どもは常に親の庇護下にあるということだ。

 当たり前のことだが、そのことに気がつかないからこそ子ども、なのだろう。外の脅威を知らず、第二王女という身分の私は当然だが周囲から甘やかされ、幼い頃から蝶よ花よと育てられた。だからこそ、それは必然だったのだろう。子どもの私がそう考えるようになったのは。



 私たちの国は、しかし国というにはあまりにも小さかった。民を全て集めたとしても、数万人ほどだろう。

 それというのも、私たちの国には()()()()()()()()()のが主な理由だ。

 この世界では、私たち獣人の地位は全種族の中でも底辺に位置していた。とりわけ、自分たちより地位が上である人族とは犬猿の仲で、幼い子供や若い女が人間に攫われ奴隷商に売られることなど、日常茶飯事だ。それにより、獣人の総人口は急激に減少していった。友を、恋人を、家族を奪われ疲弊しきっていた獣人たちは仲間を集っていき国を作った。

 それが、この国__マルニス獣人国の成り立ち、原点だ。と言っても、まだこの国は建国から100年も経っていないのだが。先にも述べた通り私はそんな国の第二王女なのだが、一つだけ悩みがあった。その悩みというのが……


 ……私は人間が嫌いだった。


 嫌い、というと少し語弊があるかもしれない。正確に言えば、私は人間が怖いのだ。


 理由は特になかった。ただ周囲が、口を揃えてこう言うのだ「人間は恐ろしい生き物だ!」と。

 その言葉を聞き育った私は、その言葉を素直に受け入れていた。そのまま成長していき、12歳になった私は初めて人間というものを見た。


 __あれは確か、私の父が主催の立食パーティーでのことだった。





「お初にお目にかかります、ギルシャ王。此度は私たち、カーマンエール聖王国が誇る大商会、ブリスタ商会と契約を結んでいただきありがたく存じます。私はブリスタ商会の副会長をしている、レイモンド・()()()()と申します」


そう父に話しかけて来た、非力で人畜無害そうな優男。それが、私の人生における初の人間との邂逅だった。


本来ならば、人間が獣人の国であるこの場所、マルニス獣人国のそれも王の御前に拘束もされずに存在しているというのは普段なら絶対にあり得ない事なのだが……


「ふむ。お主が我が国を訪れているという使者殿か。我はこのマルニスで王をやっている、ギルシャだ。我は堅苦しいのは苦手でな、そう畏まらず楽にしてくれ」


「そう仰って頂き誠に恐縮なのですが……私は、一国の王に対し自然体で話せるほど肝が据わっておりませぬ故」


「…………」


そこでギルシャは、目の前にいる喧嘩など到底無理であろう優男を観察しながら自身の顎を指でさすり深く考える仕草を見せた。これに対しレイモンドは顔に?を浮かべ、不思議そうな顔をしている。


「……いや、なに。勝手だが、人間はもっと恐ろしいものだと思っていたからな。我らよりも、礼儀が洗練されており、なおかつ我を相手に下手に出られたのでな。想像していた反応と違っておったから、純粋に驚いたのだ。非礼を詫びようレイモンド殿」


 顔に笑みを浮かべ、右手を差し出すギルシャ。それに対し、レイモンドはギルシャの右手を真顔のまま黙って凝視していた。


「…………」


「レイモンド殿? 人間の文化にも、握手はあると聞いたが?」


「……いえ、すいません。少しばかり、ぼーっとしていたようです。存外、私も緊張しているのかもしれませんね」

 

 そう茶目っ気たっぷりに微笑むレイモンド。ギルシャはレイモンドがそのような行動に出たことがあまりに意外だったのか、目を点にして固まったが当のレイモンドが、差し出されていたギルシャの右手を握り返した事で我に返った。


「……ハハ、ハハハハ、ガッハッハッハッハ! あぁ、すまない。レイモンド殿がそのような事を申したのが意外でな。先程、固くならずに自然体で話してくれと言った時の反応から、もっと硬派な人物かと思っておったのでな。……ガッハッハッハッハ!!」


 __豪快に笑う獣人の王。


「ふふふ。すいません。少しばかり無遠慮が過ぎたでしょうか? やはり、慣れないことはあまりするものではありませんね」


 __微笑む人間の商人。


 その場では、確かに奇跡が起きていた。いがみ合っている二種族が手を取り合う。


 気がつけば、その場から音が消えていた。全ての者がその光景を見入っていた。


 __あぁ、平和(奇跡)は本当に訪れるものなのか


 と、ほとんどの者はそう捉えていた。


 ……そう、()()()()()()()



「これは本格的に我々が手を取り合う道も、無謀と一笑に出来なくなるかもしれませんな」


「そうですな。これまでのことを水に流すのは、難しい……ですが、争いを続ければ流れる血はより多くなる」


「そうならない為にも、王には英断を期待したいところですな」


「はっはっはっは。全くもってその通りですなぁ」


 この時、会場中の獣人が人間と融和し平和になった未来(理想)を想像し、楽しげに笑い合う声が響いている中だった。

 会場の隅の方__ギルシャやレイモンド達と少しばかり離れた位置に、ほとんど存在感を感じさせない者たちが密かに息を潜めていた。


「ふむ。レイモンド殿ほどの者にならば、我が娘を嫁に……と、言いたいところなのだがな。それは些か性急だったな」


「ははは。私のような若輩者には、とてもでは無いですが畏れ多いですよ」


 そう答えながら、視線を泳がせていた男の視線が私で止まった。ふと、目が合った気がした。それは偶然だったのだろう。


「…………ッヒィ!?」


 それは理屈では説明できそうになかった。男と視線が合った瞬間、身体中が蛇に睨まれたカエルのように硬直し動かなくなった。それは、メルシャにとって経験した事がない感覚だった。ただ一つだけ言えることがあるとすれば、()()()()()()()ということだ。


 早く父に知らせなければっ!!


 頭では理解しているが、意思に反して口は一向に開く気配を見せなかった。口を開けば、男に殺されるかもしれない。その光景を想像すると、どうしても勇気が出なかった。

 結局、父と男の会話が終わるまで、俯いて黙っている事しか出来なかった。

 だが私は、パーティーが終わっても父にその事を話すことはしなかった。


(……アレは私の勘違いかもしれないし……それに、私が何も言わなくても誰かが言ってくれるかもしれないし。うん、きっと大丈夫)


 そうやって私は、自分自身に言い聞かせるように心の中で言い訳し続けた。




 


 ____それから3日後、私たちの国は消滅した。









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