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Episode4 暖炉小屋にて


 薪木の香りが充満する暖炉の部屋。

 リンピアはその温もりの中で目が覚めた。

 まだ微睡みの中だが、直前までの冷たい峡谷での絶望とは相対するこの状況に戸惑った。


 まずこの部屋は何処だろうか――。


 古い家だった。

 窓にはカーテンもなく、薄汚れていた。

 曇った硝子の向こうには暗闇が広がり、今が夜なのだと分かったのはいいが、そんなに時間が経過していたことにも驚きを隠せない。


「目が覚めたか」


 びくりと体が反応する。

 声の主は暖炉から少し離れたソファにいた。


「……助けてくれたの?」

「少し違う。成りゆきで運んだまでだ」

「そ、そう……」


 情があるのかないのか判断しづらい人だ、とリンピアは思った。


 射すような金の瞳は長く見ているには辛いが、向こうも自分が怖ろしい印象を与えてしまうと自覚があるようで、時折、視線を外して天井を見上げたり、意味もなく外の様子を見たりと、気遣いを感じさせる一面もある。

 精神的優位に立ったのもリンピアの方だ。


 とりあえず危険な人ではなさそうだ。

 相変わらず年齢不詳だが。


「成り行きとはいえ、君には事情を話す必要がありそうだ」

「あ、ちゃんと話してくれるんだ……」

「ああ。君ももう無関係じゃないからな」

「嘘……今の声、聞こえた?」


 リンピアは小声で喋ったつもりだった。

 相手は相当な地獄耳のようだ。

 今後の発言も気をつけた方がいいだろう。


「生まれつき過敏体質でね。人より五感は良い」

「そう……なんだ」


 人より(・・・)、と言った。

 やはり人間ではないのか。リンピアは最低限、怒らせないように礼儀を持って接しようと思った。


 なにせ、あんな怪物を簡単に倒すのだ。

 逆鱗に触れて殺される危険性はまだある。いかに人間に似た姿をしているとはいえ、まだこの青年の正体は何一つ分からないのだから。怪物といえば、


「そうだ。あの怪物は……? それにカレルさんはどうなったの?!」


 二人の護衛に守ってもらった。

 スキルワード神父は殺されていた。

 カレルの師匠も存命の可能性は薄い……。

 だが、カレル本人の安否は分からなかった。


「カレルとは君と一緒にいた男2人のどちらかか。年上の方が死んだが、もう一人は生きている」

「そんな……。カレルさんは何処?」

「それはわからない」


 所在不明なのに何故生きていると分かるのか。

 ――不可解に思ったリンピアだが、先ほどの死神の襲撃も含め、自分自身もいつ死ぬか分からない状況では、人の心配をする余裕がなかった。

 伝え聞いた『七つ夜の怪異』のこともある。

 努めて冷静になろうと考えた。


「わたしが無関係じゃないってのは……?」

「その頬の傷だ」

「あ――」


 右頬の痛みが引いている。

 その代わり、撫でてみると痣が残っていることにリンピアは気づいた。


「これ、あの時の」

「申し訳ないが、失敗した。その傷は俺がつけたものだ。……多分、しばらく残る」

「いつか治るなら別にいいよ。むしろ命を救ってくれて本当にありがとう。こんな傷一つで助かるなら安いよ」


 リンピアはお礼を言っていないことに今更ながら気がついた。いい歳した大人として恥ずかしい。

 ついでのように礼を伝えたことも後悔した。

 青年はこちらの非礼をどう思うかと冷や冷やしたが、不機嫌にならず、むしろ驚いていた。


「どうしたの?」

「いや……大抵の女性は何事も完璧な状態でないと怒ると思っていた。容姿のこともそうだが、特に人に害されたことには厳しい目を向けるものだ」

「どんな偏見よ」

「少なくとも俺が"守護者"として見てきた女性は皆そうだった。君は少し変わっている」


 リンピアは眉を潜めた。

 守護者が何なのか気になったが、それよりこの青年が随分と女運に恵まれてこなかったのは今の一言で察した。

 それとも何かの皮肉だろうか。

 ますます青年の年齢が読めない。


「そうだ。まず自己紹介しましょう。いつまでもお互いの名前も分からないのは不便だと思うの」

「ああ、そうか。確かに名前は必要だ」


 ――確かに名前は必要だ?

 青年の言葉の節々に違和感ばかり感じる。


「俺はロアだ」

「なるほど。ロアくんね」

「ロア……くん」


 いきなり失礼だっただろうか。


「ごめんなさい。ロアさん? 苗字は?」

「いや、"くん"でいい。そんな敬称は久しぶりで戸惑った。姓は……オルドリッジ。なるべくロアの方で呼んでくれ」

「わかった。私はリンピア・コッコ」

「ふむ。随分と変わった名だ」


 ロアに言われたくないとリンピアは思った。

 異邦の名はそちらの方だ。スキルワード氏と似た語感だと思う。――それにしても"オルドリッジ"とはリンピアも何処かで聞いた覚えがあった。

 だが、どうにも思い出せなかった。


「では、俺も君をリンピアと呼ぼう」

「うーん……わかった」


 見た目が年下の青年に呼び捨てにされるのは変な気分だが、弟分が出来たと思えば意外と馴染むものかもしれない。

 ――自己紹介も済んだ所で話を戻そう。


「それで、この傷が何だっていうの?」

「どこまで話せばいいか」

「……?」


 ロアは眉間を抑えた。


「俺の魔力は少し特殊でね。通常の人間の魔力なら軒並み消滅させる魔性殺しの"猛毒"だ」

「峡谷でも言ってたね」


 死神を消滅させたのもその力のおかげかと、魔術師であるリンピアもすぐ理解した。


「真っ向から食らえばリンピアのような魔術師は即死する」

「……」

「いや、本当の話だ」

「疑ってない疑ってない。驚いただけっ」


 ロアはいちいち感性がずれていた。

 死を身近に感じれば、誰でも言葉を失うものだというのに、ロアにとってはリンピアが黙った原因が話を疑っているからと感じたようだ。


「それなら何故、わたしは生きてるの?」

「さて。頬を掠めただけだからか、俺の魔力と親和性が高かったからか。……いずれにせよ、俺と相性が良いのは間違いないだろう。君の無事が分かったからには最後まで介抱しなければ夢見も悪い」


 会って間もない異性にその言い草……。

 ロアには特に自覚はないようだ。

 リンピアもその程度の口説き文句で動揺するほど初心ではない。


「やっぱり助けてるよね、それ?」

「応急処置はした。放っとけば傷が広がった」

「応急処置?」

「説明は省くが、君は俺と契約を交わしている」

「え……なんの契約?」

「協闘を証明する魔力契約だ。この契約が生きている限り、君の頬の傷は消えないが、一方で俺からの恩恵で、魔力の放出量が飛躍的に伸びるだろう」

「それって……」


 過去に学んだことがある。

 古来より『血の盟約』という魔術儀式がある。

 現在では、それの派生である使役魔術が農家の間では親しまれている。獣や野鳥を使い魔にして、害獣から作物を守るのだ。


「つまり、ロアくんの魔力にわたしの体が拒絶反応を示さないよう、一時的に同盟を結んで"仲間"と認識させたということ?」

「理解が早くて助かる」

「……なんでそこまでして助けてくれるの?」

「助けたつもりはない。俺は"守護者"だ。そういう血筋に生まれ、そんな生き方しかしてこなかった。ただ、それだけだ」


 リンピアは硬直した。

 深堀りすればするほど、手厚く助けられたという事は分かった。その一方で、ロアには全く恩着せがましい様子がない。まさかこの青年、息するように人助けをしているとでも――。


 少し素性が分かって安心したが、別の意味で最初より不安は増した。

 だってロアには動機がない。

 助けた動機もなく、自覚もない。

 それは裏切る可能性もあるという事では……。




「きゃぁぁあ、誰かぁあああああ!」


 一抹の不安が過った直後。

 突然、絹を裂くような悲鳴が響いた。


 リンピアは驚いて窓に近づき、外の様子を眺めたが、暗闇が続くばかりで何も確認できなかった。

 外は針葉樹が敷き詰める鬱蒼とした森だ。

 ……針葉樹? 森?

 荒野からペトラリオ峡谷に来たはずなのに、植生がおかしい。これではまるで北の森林地帯だ。


「そういえば、ここって何処なの!?」


 リンピアは振り向き、ロアに尋ねた。


 一番大事なことを聞き忘れていた。

 知りたいのは経緯より、これからの事だ。

 自分はまだ此処がどこで、今なにが起きているかもわからない。一命を取り留めたこと、ロアと仮のパートナー契約を結んだ事実を知ったまでだ。


「今は『第一夜の怪異』の渦中だ」


 ロアは落ち着いた声でそう呟いた。


 第一夜の怪異――。

 リンピアは思い出した。

 自分が七つ夜の怪異を調べるために招聘された調査隊の一人だということを。



【登場人物】

ロア・オルドリッジ : 不思議な雰囲気をまとう青年。

謎の魔力を操る凄腕の武芸者だが、天然な一面も見せる。

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