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Episode29 第四夜 - 死んだように生きること


 アザリーグラードの迷宮。

 その場にいるだけで吐き気を催すようなこの異次元空間に、云百年も昔の人間は果敢に挑戦していたのだと考えると尊敬の思いしかない。


 リンピアは、捻じれた通路の先はなるべく見ないようにして、先陣を切るロアやパウルの背中ばかり追いかけた。



 パウル・ロッシの登場は最初こそ警戒した。

 だが、迷宮探索に自信がなかったことや、パウルの温和な雰囲気に充てられ、思いの外、すぐ受け入れた。

 頼りのロアもパウルには歓迎のムードだ。


「君らだけでは心細かったろう?」

「ああ。こんな場所は初めてだからな」

「私も初めてだが、迷宮探索の基本は知ってるさ。できる限り、こちらでエスコートしよう」

「助かる」


 こんな雰囲気だ。


「パウルはアザリーグラードを知ってるか?」

「俺たちハンターの間で知らねぇ奴はいないさ。もちろん、伝説みたいに語られていただけだがね」

「それにしては攻略に自信がありそうだ」

「自信なんて、そんなもんはない。だが、ワクワクするだろう? 伝説級の迷宮を歩くなんて、人生に一度は経験してみたかったもんだよ。こんな老いぼれも興奮させるくらい、アザリーグラードには魅力が詰まってんのさ」

「…………」


 リンピアはパウルに、死神(リッチ)に襲われた時のことを聞くに聞けなかった。

 尋ねるのは"ルール違反"になる気がした。

 何のルールかは分からない。

 だが、パウルとの距離感には、測り知れない暗黙のルールがあった。




 迷宮探索を進める――。


 ねじれ通路は歩くだけでも気持ち悪かった。

 方向感覚がおかしくなるのはもちろんだ。

 それだけでなくても抜け殻の鎧――ブラックコープスが襲いかかってくるものだから、一筋縄ではいかない。


 ただ、パウル・ロッシが合流してから、そこら中にいたブラックコープスの群れは蜘蛛の子を散らすように消えていった。


 それだけパウルの銃捌きが卓越していたのか?

 いや、単純な戦闘力ではロアが勝るはず。

 なのに、一人加わっただけでこれだけ迷宮探索が捗ったのは何故だろうか。


 パウル合流前までロアが手を抜いていたのか。

 あるいは本来の力を発揮できてなかったとか。



 疑念もそのまま、2人に付いていくしかない。

 通路の角を曲がると巨大な両開き扉があった。


「ここだ」

「ほう。例の"台座の間"だな」


 リンピアは後方からロアとパウルの背中ばかり見ていたがために、急な扉の出現に驚いた。


 反面、2人はわかっている口ぶりだ。

 ロアは確認するようにパウルに尋ねた。


「台座の間には何があるか知っているか?」

「金銀財宝……それか、世界すべてを変える魔法の力があるって話だが、実際はどうかな。私も伝説のすべてを知ってるわけじゃないね」


 つまり、ここが迷宮のゴールに当たるわけだ。

 達成感はない。

 探索には小一時間もかかっていないと思うし、伝説に語られる迷宮の"お宝部屋"に、こんな簡単に辿り着けるなら拍子抜けだ。



「それは、ここが本当にアザリーグラードの迷宮だったらの話だろう?」


 ロアがパウルに言い返した。

 それはリンピアが感じた拍子抜けにも、たまたま釘をさす言葉となった。


 そうだ。ここは本物の迷宮ではない。


「どういう意味かね?」

「アザリーグラードは数百年前も昔に崩壊し、現在は存在しない。これはその再現。【七つ夜の怪異】が写し取っただけの模造空間だ。だから、この先(・・・)は何があるか、俺は知らない」


 ロアは禁句を並べ立てた。

 それを突きつけることは、今のパウルの存在すら否定するようなもの。リンピアはそれに踏み込むことが怖くて、先ほどから極力会話に入らないようにしていた。


「…………」


 パウルは呆気に取られたように黙っていた。


 そうだ。パウル・ロッシは死んだ(・・・)

 七つ夜の怪異が始まる前、死神に切り裂かれて胴体を真っ二つにされて死んだ。リンピアもそれを見ていたし、その反動でカレルは狂ってしまった。


 遺跡調査隊はあの日、生贄になったのだ。

 【七つ夜の怪異】発動の引き金として。

 その事実があるなら、こうして目の前にいるパウルは、怪異を徘徊する屍人と同じ存在……。



「はは、わかっているとも」



 パウルはそれでも笑顔を向けた。

 現実を諦め、すべてを受け入れた老戦士がそこにいた。


「君は、夢のない男だな……。まるで死んだように生きてるようだ。これが夢でもいいじゃないか。真実を知らなくていいなんてことは、世界には山ほどある。ただそれを――」


 言いかけた途中で、パウルは黙った。


「いやいい。たとえ夢でも私は満足だった」


 自嘲気味に語り終えると、パウルは台座の間へ続く大きな扉を押し開けた。ゆっくりと開いた扉の先には広い部屋が続いている。


 部屋には金銀財宝などなかった。

 ただの広間だ。

 台座のような凹凸や支柱が所々にあり、真ん中に一際大きな台座がある。

 その台座が何を意味しているかは分からない。



 突如、部屋から機関銃の音が鳴り響いた。


 銃弾がこちらに向けて乱射されている。

 侵入者を確認して、内部で待ち構えていた誰かが攻撃を始めたみたいだ。パウルは咄嗟の動きで壁際に背を当て、銃弾を回避した。


 肩や腕から大量に血が吹き出ている。


「やれやれ、まったく最近の若造は……」

「パウルさん、撃たれたんですか?!」

「ああ、あの聞かん坊には困ったもんだよ」


 銃の乱射は鳴り止まず、パウルと同じように、ロアもリンピアも壁際から身動きが取れずにいた。


 この怪異で、銃を乱射する男はただ一人だ。



「ひゃっはははは! 殺す! みんな殺すぞ! みんな爺さんの仇だ!」



 カレル・ロッシだった。

 今撃ち抜いたのは皮肉にも彼の祖父本人だ。

 しかし、それすら気づかないほど、カレルはとっくに正気を失っていた。


「俺がなんとかしよう」


 ロアは冷たくそう言い放つと、機関銃の射線に自ら飛び出した。


 走りながら両手に魔力の剣を生成した。

 秒速の域で襲いかかる銃弾の雨を、たった2本の剣で巧みに切り裂き、カレルへ距離を詰める。


 あまりの速さに腕の動きが見えず、まるでロアの前に透明のシールドがあって、勝手に銃弾が弾けていくようだった。


 その実、すべての銃弾を切り裂いている。

 ロアは一定の間合いまで狂戦士に近づくと、一歩二歩と踏み込んで歩幅を長く取り、剣を投擲しようと腕を振りかぶった。



「待て! そいつだけはやめろ!」

「――――ッ!」


 叫んだのはパウルだった。

 彼の一言で、ロアはぴたりと動きを止めた。

 そして、銃弾の雨への防戦に切り替え、カレルと再び距離を離し、部屋の端の方へ並走した。


 銃の射線が扉から逸れ、リンピアやカレルもあとから部屋に入ることができた。


「私がこいつとのけじめをつける!」


 パウルは猟銃をカレルの足元に撃ち、注意を自分に向けさせた。その隙に、リンピアは逃げるように部屋の隅へと走り、台座の影に隠れた。


「あぁん? 誰だよアンタ」

「はぁ……自分が何者かもわからんようだな」

「なんだか知らねぇが、アンタも爺さんの仇だ! ぶっ殺す! ひははははっ!」


 カレルは自らの祖父にも銃口を向けた。

 パウルは前転しながら部屋の所々にある台座の影に逃げ込み、時折、猟銃を撃って牽制していた。


「パウルさん、大丈夫ですか!」

「お嬢さんも彼の所へ行きなさい。身内の騒ぎに巻き込んでしまってすまなかったな」

「でもその傷じゃ……」

「死人の心配など無用だよ。さぁ」

「……わかりました。短い間でしたけど、ありがとうございました。わたしはパウルさんのこと、絶対に忘れませんから!」


 リンピアは背を向け、ロアとの合流に向かった。

 これが最後になるとリンピアも分かっていた。

 パウルはその姿を見送り、深く息をついた。


「絶対に忘れない、か……。いいお嬢さんだ。贅沢言えばあいつの嫁に越させたかったとこだが」

「オラオラオラァ! 隠れてても無駄だぜ!」

「あの恥晒しには不釣り合いすぎるな……」


 パウルは、カレルの暴走に悪態をついた。


 昔、カレルを引き取ったばかりの頃と同じだ。

 息子の面倒すら見てやったことはない。

 その自分が孫の面倒なんて何故見てやらねばならんのだ、と常々悪態をついていた。今でも時々その思いは亡き息子夫婦にぶつけて吐き出している。



 パウルは狩猟一筋で粗暴に育った無頼漢だ。


 世間的には悪いことも何度もしてきた。

 女遊びも山ほどした。

 子供が出来たと女が駆け込んできても、知るもんかと叩き出した。


 そんな無茶苦茶に生きた自分が、はたと気づいた頃、限界を感じ始めたのだ。


 肉体的にも、精神的にもだ。

 狩りの仕事は体力も使うし、集中力も要する。

 それが続かなくなったこともショックだったが、それ以上に、自ら意欲的に何かを仕留めてやろうという気力もなくなっていた。


 そんな折、保安官が突然、家にやってきた。

 息子が強盗に殺されたという報せだった。

 自分には息子なんかいないと言い張ったが、今のご時世、籍や魔力なんかで血の繋がりは調べようがある。


 孫のカレルは自分によく似ていた。

 そのときのカレルはまだ2歳で、両親が死んだこともよく分かっていなかった。身内のパウルが引き取ることは必然だった。


 銃と猛獣とゴロツキばかり相手取って暴力に明け暮れていた往年の男が、歳を感じ始めてからお次は子どもの世話だ。


 やってられるかと何度も思った。

 だが、不思議と投げ出さずに続けられた。

 カレルには、自分との血の繋がりはなく、捨て子を拾って育てたということにしてある。両親のことを聞かれても面倒だし、話せる思い出もない。


 しかしながら、いつしかカレルも、パウルのことを「爺さん」と呼ぶようになった。特段、それでお互い祖父と孫の関係だということを意思疎通したわけじゃないが、カレルも本能的に感じ取っていたのかもしれない。


「ガキってのは本当に、いくつになっても手間のかかるものだな。はぁ……」


 あれからもう十数年経った。

 感傷に浸ることはもうないが、それでも最期に遺せることをやり抜きたい。


 無鉄砲に生きた自分が残せる最後の教育だ。

 パウルは銃弾を詰め、銃身をスライドさせた。




 リンピアはロアの後を追って部屋の隅へ。 

 ロアは隅の方で立ち尽くして何かを見ていた。

 台座が視界を遮り、何をしているのかよく見えなかったが、近づいたときに気づいた。


「え、あ……ちょっと……」


 そこにはもう一人、誰かがいた。

 愛おしそうに台座の窪みを撫で、見た目の幼さとはかけ離れた妖艶な笑みを浮かべながら、ロアと対峙している少女だ。


「いらっしゃい。ようやく気づいた?」

「リルガ・メイリー……」

「その様子じゃ、すべてを察したようね」


 日焼けした健康的な肌。

 あどけない少女の顔。

 リルガはトヤオ町という田舎で育った凡人的な町娘だが、それは仮初めの姿だったようだ。


 リンピアも自信はなかったが、第三夜からの彼女の異常さには薄々感づいていた。


「リルガちゃん、もしかして」

「……」


 リルガはリンピアに一瞥くれた。

 だが何も言わず、威圧するような視線を向けた。

 怯んだリンピアは言葉が続かなかったが、ロアが代弁してくれた。


「君が、この怪異を仕組んだ元凶だな」

「――元凶。その言葉が正しいか分からないけど、七つ夜の怪異を仕組んだのは、この私」


 彼女が古来より続く災厄の犯人だと自白した。



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