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Episode1 ガロア遺跡遠征


 遺跡探査隊の遠征前日、トヤオ町の宿に着いたリンピア・コッコは、ベッドに投げ出した旅行鞄から明日着ていく旅装を広げ、鏡の前で着合わせているうちにドレスショーにまで発展していた。


 決して、浮かれ気分でそうなったのではない。

 親友のオットの言葉が気がかりで、それに気を取られている間に無為なことを始めていたのだ。

 茫然と姿見に映る自分自身を眺める。


「…………」


 顔に特徴はない。

 平均顔とも、均整が取れた顔とも、人によって言い方は変わるだろう。

 スタイルも良いとは言えないが、悪くもない。

 こんな自分からは両親の姿は思い出せなかった。



 ――世界には秘密がある。探せば幾らでもな。


 20年前、父親らしき人物が庭の小さな畑で、虫を掘り返す幼いリンピアに低い声でそう呟いた。

 それだけは幽かに覚えている。

 夢中で虫取りをする我が子を見て、娘の探求心を感じたのかもしれない。

 リンピアはそれから孤児院で暮らしたが、他の子が冒険ごっこやおままごとで遊ぶ中、一人、魔術書に釘付けになり、ひたすら魔術の勉強と実践を繰り返した。

 その男が言う「世界の秘密」が何なのか、そればかり気がかりで――。



「詠唱開始……カノの焔よ、此処に集え」



 手のひらでカチッと小さな音が漏れた。

 リンピアは体内の魔力を手先へ集中させ、その火打石に似た音へ魔力を流す。すると、手先で魔力が発火して"炎"が出現した。


 弾丸魔術(バレッタ)

 魔術師にとって、基礎中の基礎の魔術。

 魔力には属性があり、詠唱フレーズの変更でバレッタも属性を変えられる。

 炎や氷、電撃はたまた土、風、分類不能の魔弾も術師によっては現出させる。


 これが出来るようになったときは大喜びしたものだが、銃火器が存在する現代において、それは非効率だと馬鹿にされることがしばしばある。

 魔力を消耗するとあわせて体力も削がれるからだ。

 緊急の自衛手段に使うとしても諸刃の剣。


 近年では魔術文化が低迷し、発表される研究論文数の低下と相関して人類の平均寿命が延びるという、因果関係もこじつけではないかと思われるような疫学調査も公表された。

 言うまでもなく、魔術界は衰退期だ。

 暴かれ尽くされた"世界の秘密"は徐々に神秘性が薄れ、人を無関心にさせた。だからリンピアは魔術が得意でも、それを誇れるとは思わない。


 魔術師はただの便利屋だ。

 ――と、ソフィアは口癖のように言う。


 魔術専門で便利屋稼業をする人らしい言葉だ。

 相談所に来る客の大半が、占いじみたものを要求してくるのも、おそらく魔術師をその程度にしか思ってないからだろう。



「それでも、」


 リンピアはソフィア譲りの魔導銃を取り出し、窓を全開にして夜空へ向け、魔弾を放った。射線を制限され、行き場を失った魔力の塊は綺麗な直線を描いて夜空を翔けた。


「これがわたしの特技なんだからね」


 一筋の青い光線が夜空に描かれる。

 その筋はリンピアの歩んできた魔術師の生き様を表しているようだった。


「なーんて……。もう寝よ」


 準備も終わり、明日を迎えることにした。

 幼馴染の心配や過去のことでモヤモヤした感情が今の一発ですっきり払えた気がした。



     〇



 岩肌だらけの荒野を進む。

 風が強く吹き(すさ)ぶものだから、厚手の外套を用意して正解だったとリンピアは思った――。



 町役場前の広場でガイダンスを終えた調査隊の一行はガロア遺跡に向け、遠征を開始していた。

 編制は30人程度で、半数はオット・ファガーのような炭鉱夫あがりの遺跡採掘班だったが、肝心のオット自身は来ていなかった。

 ――そう、なんと、来なかったのである。


 リンピアはひたすら幼馴染の影を探して、ガイダンス中も広場内をきょろきょろ見回したが、発見できなかった。かつ、依頼主であるトヤオ町の教会の神父と、アールグリッジ市商会から派遣された魔術師の女の2人にも確認したが、体調不良で欠員とされていた。


「はぁ……」


 それはそれで安心だが、本人に不安を煽る言葉を漏らされ、参加を決意したリンピアにとっては取り越し苦労に感じられ、複雑な気分だ。

 採掘班を除くと、道案内のトヤオ町地元民が1人に、護衛役が6人、器材運搬係が5人いる。

 想像通りの大所帯で、リンピアの不安は増した。

 編制が少なすぎても不安だが、人数をそれなりに用意している事実も恐怖を煽る。どちらにしろ、リンピアは所長の助言もあり、他の隊員よりも必要以上に怯えていた。


「お嬢ちゃん。アンタ、初めてかい?」

「はっ……はい?」

「この手の仕事は初めてだろ? な?」

「あ、ええ、そうです」


 護衛役の屈強な男に突然話しかけられ、生返事で返してしまった。話しかけてきた男は歩調を落としてリンピアの横に並んで歩き始めた。

 猟銃を背中に、拳銃とサーベルを腰に差し、風も強いのに外套もなく、随分と身軽な格好をした男だ。

 手慣れている風だ。


「あんまビクビクすんなって。仮に怪物が出ても俺たちが護ってやっからよ!」

「は、はは……心強いですね」


 護衛の男は屈託なく、にかっと笑った。

 おまけに背中を盛大に叩かれた。


「俺の名前はカレル・ロッシっていうんだ」


 男はよろしくな、と手を出してきた。

 随分と気安い……。

 ナンパか何かだろうか、とぼんやり思いながら、そも、声をかけられるほど自分は魅力的ではないとリンピアは思う。

 とはいえ、調査隊の女性は依頼主の一人である商会派遣の魔術師と、案内役の地元民くらいなので、適当に差し引いて自分が選ばれただけなのだろうか、と冷静にリンピアは考えた。

 二、三回は個人的なことを質問されたが、強風のせいもあってまともに会話にならず、カレルはそのうち諦めた。


「まーったく遠征ってのは面倒くせぇもんだな」

「カレル、仕事だぞ。遠足のようにはしゃぐな」


 また別の男が割って入った。


「へいへい、お師匠様……っと」

「お嬢さん、うちの同胞が失礼した」


 退屈そうに手を頭の後ろで組むカレルの後ろから、壮年の男が声を大きめにして話しかけてきた。

 護衛の一人で、カレルと師弟関係らしい。

 髭まじりの、見た目は風来坊な男だ。


「い、いえいえっ! 緊張も解れましたよ」

「それなら何より。――カレル、お前もいい加減、大人になれ。後ろのあいつを見ろ。お前より若そうなのに随分と落ち着いてるじゃないか」

「あぁん……?」


 壮年の男は――名乗らないので名前が分からないが、その彼が顎でさらに後方を指した。

 カレルは気だるげに背後を見やる。


 そこにフード付きの外套を被った青年がいた。

 口元しか見えないが、白く綺麗な肌で幼さがある。

 10代だろうか? 少なくともリンピアより年下だ。


 だが、その青年は強風にも関わらず歩幅も一切ぶらさなかった。

 まるで呼吸すらしてないかのように。

 採掘道具を担ぐでも、資料集めの器材を持つでもないので、おそらく護衛役なのだろうが、武器らしいものを持っている様子はない。

 外套の裏に何か隠しているのだろうか。


「ありゃ新人だろ? 他の仕事でも顔合わせたことねぇ。最初は近所のガキが紛れ込んだと思った」

「どうやら臨時雇用だそうだ」

「はぁ? だいぶ杜撰な雇用条件だな。あの神父のおっさんと魔女紛いは俺たちをナメてんのか?」

「軽口に気をつけろ。仕事だと言っただろ」

「へいへい……。でもまぁ、ブルって固まってるだけだと俺は思うがね」


 カレルは最後まで憎まれ口を叩いた。

 黙って聞いていたリンピアだが、カレルの言葉には概ね同意する。白い肌の青年は、編制された調査隊の中では明らかに最年少だ。

 他の護衛と比べて細身で、存在も浮いている。

 顔が白いのも気分が優れないのかもしれない。

 そう考えながら、リンピアは後方を歩くその青年を少しだけ眺めていたが、風で煽られたフードがふわりと浮き、青年の素顔が一瞬だけ拝めた。


「……うっ」


 鋭い眼光が突き刺さった。

 黄金色の双眸。童顔だが、冷酷な瞳をしている。

 気味が悪い、と云うと語弊があるが、異様な雰囲気を纏う青年に、リンピアは少しだけ距離を取りたくなった。

 逃げるように前に向き直り、いそいそと歩を速めた。




【登場人物】

リンピア・コッコ : 主人公の魔術師。遺跡調査のスケッチ役。

ソフィア・ユリネ : 魔術相談所の所長。

イルマ・マユリ : 幼馴染。「喫茶 月光亭」の店主。

オット・ファガー : 幼馴染。遺跡調査の採掘班のはずが、体調不良で不参加。


カレル・ロッシ : 遺跡調査の護衛役の一人。


不思議な青年 : ???


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