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Episode26 邸宅にて


 きっと七つ夜の怪異には、人が心に秘める欲求とか不安とか怒りとか……現実では自制している感情を駆り立てる力があるのだ。


 リンピアは家へ帰る最中もまだ困惑していた。

 シグネのあの変わりようが他の観測者と比べて突出していたからだ。


 それだけ心の闇が深いのかもしれない。



 この後、シグネの家で夕食をご馳走してもらう。

 それも"身に覚えのない怒りを向けられたからお詫びしたい"という、世界中の小心者を集めてコンテストをやっても優勝できるレベルの思考回路でそう提案してきた。


 非がなくても謝りたいということだ。

 普通では考えられない。




 夕日を背に、街道を歩いて帰った。

 この街は綺麗に区画整理されているが、第三夜の無茶な戦いの後だと違和感を覚える。怪異の中の都市では黒い屍人が押し寄せ、大トカゲに変貌したスキルワードが街を破壊し尽くした。


 その痕跡は微塵もない。

 ……ほんと、毎夜悪夢を見せられてるみたい。

 リンピアは試しに転写魔術の要領で魔力粒子を散らして絵を描いたが、七つ夜の怪異のように"ホンモノ"を具現化させることはできなかった。

 能力は怪異の中限定。

 わかっていた事だが、念のための検証だ。



 夕日が沈む前にエスス魔術相談所に着いた。

 寄り道だ。ソフィアの無事を確かめたかった。


「ただいまでーす……」


 慎重に覗き込みながら事務所の扉をくぐる。

 ソフィアはいつもの椅子に深く腰かけていた。


「おー、リンピア。おかえり。ご苦労だったな」

「ご苦労……だった? って――」


 どの件の苦労か分からず、反応が遅れた。

 ソフィアは七つ夜の怪異を覚えていないはず。

 事務所に着く前からリンピアもそのつもりで、ガロア遺跡から戻った理由を、このタイミングで披露するつもりだった。


 しかし、その配慮は無用だったようだ。

 青髪の美少年がソフィアの隣に立っていた。


「ロアくんがいる!?」

「無事で何よりだ。怪我の一つでもしていたかと思ったが……意外と君はタフだな」

「なんでロアくんがここに?」

「なんでとは不躾な。この部屋には男子禁制のルールでも敷かれているのか?」


 ロアは眉を顰めている。

 それをソフィアが笑って受け答えた。


「ははは、それなら連れてきた私が悪いことになるな。安心しろ。魔術相談所は男性客も歓迎する」

「いえ、その、そういうことじゃなくて……」


 リンピアは事務所に入り、所長の椅子がある部屋の隅まで進んだ。偽物でもなんでもなく、ロア・オルドリッジ本人がそこにいる。


「ねえ、七つ夜の怪異は他の人の記憶からは消されるんじゃないの……?」


 詰め寄りながらロアの耳元に問いかけた。

 今まで記憶を残せていたのはリンピアとロア、そして黒幕と思しきオズワルド・スキルワードだけ。


 だが、この様子だとソフィアも第三夜を覚えているし、その件を労っての"ご苦労"発言だろう。まさかソフィアもリンピアと同じ方法で七つ夜の記憶を残しているのでは――。


 それはロアとの魔力契約『血の盟約』だ。

 リンピアは勘繰った。

 勘繰ったと同時に胸を締め付けられるような厭な感情が湧いてきた。


「ほう。お前、さては嫉妬してるな?」


 ソフィアはからかうようにリンピアの顔を覗き込んだ。


「え、ち、違いますよっ」

「若造はこれだから分かりやすい。リンピアが何を想像したかも手に取るように分かる。が、それは早とちりだ。ほら――」


 ソフィアは腰のベルトから何かを抜いた。

 それを机の上に置くと、ごとりと重たそうな音がした。


「それ、シグネさんが持ってた魔除けの剣……」

「これは魔剣【ケアスレイブ】と云うものだ」

「ケア……スレイブ……?」


 魔剣の赤黒い刀身が鈍く光る。

 それは第二夜でシグネが魔除けのアイテムだと紹介したものだった。彼女はその恩恵で七つ夜の怪異が終わっても記憶を保持したままでいられた。


「俺が第二夜でシグネから奪った。第三夜でスキルワードへの追跡が失敗(・・)に終わり、夜明けも迫っていたからソフィアに譲った。ソフィアはそのおかげで七つ夜の怪異を覚えている」

「ああ、それでシグネさんの方は覚えてなかったのね――」


 ソフィアの記憶保持の理由が分かると、リンピアは胸を締め付ける何かからふっと解放された。


 これが嫉妬というものなのか?

 リンピアは自分がはしたない女に思えてきた。

 気を取り直そうと話を本題(ミッション)に戻した。


「追跡が失敗ってどういうこと?」

「シグネ・トイリに会ったのか?」


 だが、ロアも同時に質問を投げかけた。

 声が重なったことでお互い一瞬、固まる。


「息もぴったりじゃないか。パートナーを明言するだけあるな」


 ソフィアの冷やかしに2人は気まずそうに視線を反らした。リンピアに至っては赤面している。

 どうやら情報交換が必要なようだ。




 まず先にロアから第三夜の結末を聞いた。

 追跡が失敗に終わったのはリンピアの離脱も原因の一つだ。そもそもソフィアが運転していた自動車はリンピアの魔法で描き出されたもの。


 術者が消えれば魔法も消える。

 それだけの話だ。

 足を失った2人は追跡を諦めた。


 ちなみにビルの屋上に捕まっていた子どもたちは全員無事だった。夜明け後すぐにソフィアがミナ・ノチアの母親に連絡し、娘の存在を確認した。


 リンピアはその話を聞きながら、そういえばリルガを置いてけぼりにしたままだったと今更ながら思い出した。

 あの歌が果たしてどんな能力なのか、いずれ知らなければならないだろう。どちらにせよスキルワードを取り逃したこと以外は無事に済んだようで安心した。



「――そして、この魔剣は俺の父親が古代に遺した置き土産だと聞いている」


 ロアは【ケアスレイブ】を取り、もう片方の手で自らも赤黒い剣を生成してみせた。


「通常であれば造成した魔力の塊は時間経過とともに霧散するが、この剣は時間が経過しない(・・・・・・・・)


 ロアは2つの剣を机の上に置いた。

 少ししてロアが生成した剣は霧散して消えたが、魔剣【ケアスレイブ】はいつまでも形状を維持している。


「時間が経過しない細工だと?」

「どんな技巧か訊かれても俺には分からない」

「時を操る力など聞いたこともない。胡散くさい古代伝承以外はな」


 ソフィアの野次をロアは聞き流した。

 リンピアは息を呑み、父親(ロスト)の姿を思い浮かべる。


「【女神の眷属(ケア・スレイブ)】というだけに神秘の力が働いているんだ、多分」

「多分って……。肉親のことなのに適当だな」



 "貴方は【神の代行者】で間違いないのよね?"


 シグネはロアにそう尋ねていた。

 無機質な貌で、赤黒い魔を操り、時すら超越して悠久を生き続ける……。


 その特徴に当てはまる人物はもう一人いる。

 それがロアの父親ロスト・オルドリッジ。

 きっとシグネの求める【神の代行者】はロアではなく、ロストの方だ。問題はなぜシグネが神の代行者を探していたのか。


「詳細は端折るが、俺の血族の魔力には退魔の力がある。それが七つ夜の怪異のルールを封殺できる、というわけだ」


 リンピアはロアの魔力によって護られる。

 ソフィアは魔剣を持ち続ける限り護られる。



 次に、リンピアがシグネのことを話した。

 現実のシグネが小心者だったこと。

 そして夕食に招かれ、後で向かうことも。


「シグネは本当に謝りたいだけなのだろうか」

「どういうこと?」


 ロアの忠告は不穏そのものだった。

 まるで騙されているかのような言い草だ。

 ソフィアも追撃のように恐怖を煽る。


「確かにあの女は役者(タヌキ)だ。トイリ家はアールグリッジ市商会を牛耳る市内一の有権者だ。あの家は悪どいぞ。騙し討ちとか得意だ」

「そ、そうなんですか?」


 世間知らずのリンピアはそれだけで自分の甘さ加減に恥ずかしくなってきた。


「ま、せっかくのチャンスだ。懐に飛び込む機会を棒に振るのは勿体ない。さてどうする。ロア・オルドリッジ」

「無論だ。俺が護衛に回ろう」

「いい男だな、君は」


 ロアがエスコートしても、シグネが七つ夜を忘れていれば問題ない。ロアを知らないのだから。


 また、シグネがリンピアを欺き、本当はすべて覚えていたとしてもロアを見ても知らぬ存ぜぬを通すはず。……いや、通さなければならない。


 どちらにしろ真っ向勝負ではこちらが有利だ。

 その意味でも、シグネが無防備にリンピアを夕食に招いたことは、ただ純粋に誘っただけにしか思えなかった。




 身支度を整え、その邸宅に到着した。

 ドレスコードなんてないが、豪邸にお邪魔する以上はそれ相応の身だしなみをと考えて、リンピアは黒のパーティドレスに着替えて参上した。


 (いささ)か気合が入りすぎたかもしれない。

 自慢のブロンド髪が黒のドレスと相俟って派手に映る。


「わたし変じゃないかしら?」

「いいや、よく似合っている」

「ん、ありがと……。ロアくんも似合ってるよ」


 ロアはお付きの人として、執事然としたスーツに身を包み、手にはトランクケースを持っている。


 もし夕食の合間に怪異に迷い込んだとしても、スケッチ用の画材と緊急のサバイバルグッズ、動きやすい服装だけは確保しておきたかった。

 それらをトランクケースに全て収納している。



 造園豊かな庭の門に近づくと灯りが突然ついた。

 何かしら魔術の仕掛けが施されているようだ。

 それに反応して庭の奥から本物の執事がひょこひょこと近づいてくると、ロアとリンピアの組み合わせを見て「あぁ」と一声あげた。


「お嬢様のお客様ですね。お待ちしてました」


 執事は大仰に一礼して邸宅の入り口を示した。

 リンピアは慣れない雰囲気に困惑した。

 一方でロアは落ち着いていて、リンピアを先導していく。


「なんだか中世の貴族になったみたい」

「そうだな。未来でこんな文化が残ってることには驚いた」


 ロアの返答でリンピアは一つ思い出した。

 オルドリッジ家は東方の貴族家系だ。

 彼は特に礼儀作法がしっかりしているが、本物の貴族の出身ならば当然といえば当然なのだ。


「貴族の血統で強くて頭良くて格好いいとか……」

「何か言ったか?」

「なんでもないわ」


 リンピアはほとほと不釣り合いだと思った。



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