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Episode25 デビュー戦


「……は……」


 ロアは表情一つ変えずに吐息を漏らした。


「あ、元の時代に戻ったのか、あの子」

「うん?」

「いや、なんでもない――」


 リンピアの魂が抜け出た息子の様子には、何ら変化が見られなかった。ただ、何か夢見心地だったこの現実の荒野を、あぁそうか、と黙って受け入れたようだった。


 そんな姿が、母親(シア)の影を見ているようだ。

 虚ろな黄金の瞳。海に染めたような髪色。

 大抵の物事には動じない。

 ロストは、ロアのどこが自分に似ているのか、リピカに小一時間ほど問い詰めたくなった。 


 リピカもリピカで昔から抽象的な話ばかりだ。

 それっぽいことを助言するくせに、それがすぐ重要になることはなく、後からじわじわとダメージを与えてくるから余計に厄介だった。



 ――それはさておき、300年後のこの世界で何か重大なことが起きるということがリンピアの登場ではっきりした。


 未来からのメッセージ。

 それ自体が重要な意味を孕んでいる。



 リンピアはロアと未来で契約を結んだと言った。

 血の盟約の儀式はロアにもいずれ教えるが、無闇に他人と契約を結ばないように注意するつもりだ。


 この血はヒトの体質を変化させてしまう。

 不老になるし、爆発的に魔力も増える。

 魔力性質も特異的なものになり、人智を超えた魔法を会得する。


 例えば、時間操作、虚構空間の創生。

 いずれ汚染が進めば、肉体強度が増して、物理的に死ねなく(・・・・)なるだろう。


 それはいずれ不幸を生む。

 この血は呪いであり、毒なのだ。

 ロストもこれから厭というほど思い知るだろう。

 それを300年後のロアも、


「――お父さん、どうしたの?」

「ああ、いや」


 きっと理解するに違いない。この子は賢い。

 それでもリンピアと契約したのだ。

 それだけ重大な何かが未来で起こっている。


 せめて父親として、何か支援しよう。

 お節介なのは幾つになっても変わらない。

 しかしながら、過去からのメッセージというのは経験あるが、未来からは初めてだ。


 それも300年という想像を絶する先の未来。

 ロストも不老不死の体を得てからまだ十数年しか生きていない。知り合いの精霊に千年単位で生きている仲間がいるから、彼女らに相談してみてもいいかもしれない。


 あと、次にいつリンピアがロアに憑依してきてもいいように、質問を幾つか用意しておこう。

 それが役に立つ日が数年後か、数十年後か、いつになるか分からないが、それでも大事だ。


「よし」


 ロストは馬の手綱を緩めた。


「デビュー戦といこうか、ロア」

「うん」


 息子の平然とした返事を聞き、馬を走らせた。

 今は北方十字軍の中継基地の奪還が先だ。




 数刻でその現場に辿り着いた。

 それ相応の広さと頑丈さを有する基地だ。

 丘の上から遠目に眺めると、基地局の外周に張られたテントは荒らされ、無人になっていた。


 本来、テントでは軍の兵が動物の肉を捌いて血抜きをしてたり、焚火で食事を作ってたり、支給用の小道具を作ってたりと、野営的な何かをしている。


 中継基地の内部は、兵士の休憩所として小部屋がいくつもあり、本部の司令を伝達する広めの作戦室も置かれていた。


「敵の残党は中にいるな。結構広いから二手に分かれて一部屋ずつ制圧するのがいいんだろうけど……どうする、ロア? いけるか」

「なにをすればいいの?」


 ここまで来てその言い草。

 大丈夫かこいつ。と嘆く父親。


「……あの建物の中に入って敵を倒す。敵はわかるだろ? 犬顔だったり、図体がデカかったり、肌が赤い奴だ」


 もしかしてロアは三種族同盟を知らないかと思って、念のため、特徴を伝えた。


「わかった。獣人と巨人と赤魔族をたおす」

「そうだ。敵に気づかれると人質が危ないから、バレないように隠密行動でな」

「バレないように獣人と巨人と赤魔族をたおす」

「それでいい」


 ロストは今一度、軍の中継基地を眺めた。

 荒野に佇む石灰質(コンクリ)の建物。

 そこに隠密で戦いに挑むというのは――。


「懐かしい。お父さんもロアと同じ歳の頃、潜入任務をやったことがある。あれが初めてだった。正直いって緊張してた。初めてってのは誰だってそうなんだよ。でもすぐに慣れて自分から進んで戦いがしたくなるってもんだ。戦士の(サガ)ってやつかな。……コツはそうだなぁ。どんな予想外な出来事があっても冷静さを失わないことだな。例えば、憧れのヒトが実は敵の仲間だったとしても――」


「――――……!」


 ロストは些細な風圧の変化を感じた。


「あ! まだ作戦のことは話してないぞ!」


 ロアがやるべきことを聞いただけで突っ走り、基地めがけて単独で走り抜けた。

 人智を超えた足の速さ。

 風が吹き抜けるような疾走だった。



 ロアは走る最中、両手に双剣を生成した。

 基地までの距離を目算、潜入可能な位置まで詰めると、一度踏み込んで跳躍し、窓ガラスめがけて双剣を時間差で1本ずつ投擲した。


 ――小さな音が鳴り、1本目でひびが入った。

 その後に続く2本目の短剣で、ひび入りの窓ガラスは粉々に粉砕された。


 物音を最小限に封じた破壊だった。



 ロアは跳躍したまま体を縮め、内部へ侵入した。

 その部屋には1人の獣人と2人の赤魔族、人質の人間兵が2人いた。侵入と同時にロアは確認した。


 前転しながら床を転がり、着地する侵入者。

 獣人の1人は他種族より優れているはずの五感をもってしても、その侵入を予見できなかった。

 それだけ俊敏だった。

 気づいたときには眼前に"赤黒い棒"が迫り、突かれた直後、意識が落ちていた。


 ロアは生成した"杖"で獣人を落とすと、次いで、赤魔族の片方が反応する前に杖を"鞭"へ変化させ、顔へ投げつけて視界と声を奪った。


 困惑するもう1人の赤魔族。

 ロアは壁を蹴り上がって肩車するようにその男に跨り、首を絞めて意識を落とした。

 気絶を確認すると、視界と声を奪った赤魔族の背を掴み、バク宙して振り回して床へ叩き落とした。

 押しつけて肺を押し潰し、後頭部を殴った。

 一撃で気絶した。



 静かな殲滅だった。死者はゼロ。

 追加のナイフの投擲で人質2人の縄を裂き、彼らの解放を確認せずに部屋から出ていった。

 残された2人の兵は目を瞬かせるばかりだ。


「な、なぁ今……」

「いや、何も見えなかった……」

「俺もだ……」


 突然、窓ガラスが粉砕されたと思ったら、文字通り一瞬で3人の敵が倒れたのだ。

 去り際に小さな背と青い髪が見えたくらいだ。



「あいつ、随分と(リア)に仕込まれたな」


 窓からひょいとロストが乗り込んできた。

 兵士2人はぎょっとして押し黙った。


「大丈夫です。助けにきました。ほら」


 首の識別タグは非正規の傭兵を示すマーク。

 それを見て兵士2人は安堵の息を漏らした。


「ところで息子がどっち行ったか知りません?」

「む、息子……?」

「こっち? そっち?」

「た、多分そっち……」

「ありがとうございます」


 ロストは丁寧に礼を言うと、廊下へ出て暴走するロアの後を追った。廊下へ出たすぐ後、道を塞ぐほどの大柄な巨人族が俯せで倒れていた。

 背中から一息にさっくりやられたのだろう。

 確認したが、一応生きている。


「殺してない。偉いな」


 呟いた瞬間、誰かの気配を感じた。

 油断して敵に見つかったかと思ったが、正面を向くとロアが無表情で佇んでいるだけだった。


「お、やっと戻ったか。まだ作戦を――」

「おわった」

「――え? 終わった?」

「うん。みんなたおした」

「まじか」


 ロストは眉を顰め、一部屋ずつ歩いて見て回ったが、どの部屋でも三種族の残党が気絶して床に伸び上がっていて、各部屋でばらばらに捕まっていた人質も突然の解放に困惑する光景が広がっていた。


 全部で十数部屋はあっただろう。

 広さもかなりのものだ。


「うん、凄い。素直に驚きだ」


 ロストはロアの頭を撫でて褒めた。

 自分の幼い頃とは雲泥の差だ。

 当時のロストはまだ力も半端だったから当然といえば当然だが、ロアの場合は最初から超人的な力を承継している。姉と一緒だった。


 ――だが、ロアの表情から感じたのは不満の二文字だった。


「どうした? ロアの実力が凄いってことだよ」

「敵……」

「うん?」

「敵……どこ……」


 あまり感情を見せないロアが、およそ初めて悔しそうな声を捻り出した。


「敵はもう全部やっつけただろう。ロア一人で」

「お父さんが昔話してくれたような敵」

「…………」



 ロア、もしかして――。


 ロストは気づいた。

 息子の不満は誰かに認められないことでも、誰かの役に立てないことでもない。

 自分の実力に見合う"敵"がいないことだ。

 最初から強すぎるのだ、この子は。


 そうか。デビュー戦、つまんなかったか。



     ○



「うう……っ」


 体の痛みで目が覚めた。

 夕暮れ時。陽が傾いた頃に起きるのは【七つ夜の怪異】の嫌なところだ。それでも夜間はぐっすり眠れるから健康上に問題はないのが唯一の救い。


「あああ、もう少し話がしたかったぁあああ」


 仰向けで寝そべったままジタバタと暴れた。

 直前までのロストとの会話のことだ。

 ロアのお父さんは頼もしそうな人だった。

 無関係だろうに、こちらの困り事を親身に聞いてくれた。


「次も期待しよう。ロアくんをもっと知れるチャンスだ」


 リンピアはめげずに体を起こした。

 ここがアールグリッジ市街地の裏路地ということに気づく。あまり綺麗な場所ではない。

 早く帰ってシャワーを浴びたくなった。

 表の街道に出ようとしたら、誰かが先ほどのリンピア同様に道端で倒れているのを発見した。


 連なる建物の影に遮られ、誰か分からない。

 だが、その重圧感のあるローブは――。


「まさか……まさか……」


 急病人なら素通りするわけにもいかない。

 恐る恐る近づいてローブを取り払ったところ、中には見覚えのある女性がいた。


「きゃあああ! シグネ・トイリぃぃいい!」


 その女とは第三夜で殺し合った仲だ。

 シグネ・トイリ。

 七つ夜の怪異で浮遊能力を手にし、趣味で魔術を嗜む、親のすね齧り道楽女――。


「………さん」


 憎しみ半分でついつい呼び捨てにしたが、冷静に考えたらリンピアの方が失礼な気がして、後付けのように敬意を払った。


「ん、んん~」


 シグネも目を覚ましそうだった

 リンピアの叫び声のせいかもしれない。

 はっとなり、距離を置いて不格好に身構えるリンピア。


「あ……あれ、あれ、あれあれ」


 シグネは目をぱちりと開け、体を起こした。

 そして頭を覆うフードがないと気づき、慌てて背中に手を回したが、そもそもローブ自体を羽織っていないと分かり、そして目の前のリンピアに視線を投げた。

 魔術師ローブはリンピアが抱えている。


「う……うう……」


 シグネは目に涙を溜め始めた。

 申し訳程度に懐の眼鏡を掛け、立ち上がる。

 リンピアには展開がさっぱり分からない。

 傲慢で自信満々な魔術師シグネは一体どこへ。


 しまいには怯えた目でリンピアを見て、


「か、返して、くださいませんか……」


 震えた声で手を伸ばし、懇願した。

 人格が違いすぎて別人かとリンピアは思った。


「あの、シグネさん? ですよね?」

「な、なぜ、私の名をご存じ……なのかしら?」

「シグネ・トイリさんですよね? あの、ほら、わたしを襲ったでしょ? 弾丸魔術(バレッタ)でこうババババーっと。ねぇそうですよね? 攻撃しましたよね!? そうだと言ってくださいよ!」


 リンピアは混乱して、シグネに詰問した。

 だが、さらに怯えるシグネ・トイリ。


「ひっ……わ、私が攻撃? 魔術で……?、そんなことするわけ……ないじゃないですか……。滅相もありません……」


 どの口が言ってるのだろう、この女。

 リンピアは冷めた目でシグネを眺めた。

 妖艶な美女だったのが、今は大人しめな眼鏡美人になっている。


「もしかして本当に覚えてないです?」

「な、何のことか、まったく――」


 そうか。七つ夜の怪異は元々そういう怪異だ。

 人の記憶に残らない。

 第二夜までシグネが記憶を保持していた理由は、魔除けのアイテムのおかげだと本人も言っていた。

 ということはシグネの現実の人格はこちらが本当ということ――。


「あの、何か……危害を加えていたなら謝ります」

「いえ、その、えーっと」


 危害は加えていた。

 リンピア自身にも。街の子どもにも。

 だが本人が覚えてないなら罰するのも難しい。


「もしよければ、我が家でお詫びを……」

「はい……?」

「なのでローブを……」

「あ、すみません」


 唖然としたまま魔術師ローブを返した。

 話は呑み込めないが、シグネは詫びの印としてリンピアを家に招き、持て成したいようだ。



 

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