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Episode22 第三夜 - 鉄の紫縮緬


 ロアは限界まで引いた弓弦を一旦緩めた。

 吹き荒れていた魔力も鎮まっていく。


 狙いの先に異常なものを見たからだ。

 生まれながら超自然的な文化に囲まれて育ち、元より"変"に慣れていたロアでも戸惑うほど、その光景は奇っ怪だった。


 対象のビルの上で2つの影が飛び交っている。

 一方はローブを靡かせ、優雅に宙を踊るシグネ。


 そして、もう一方は……。



 その人物は翼を生やしていた。

 不慣れなのか、飛び方は滅茶苦茶だ。

 悲鳴すら聞こえてくる。


「リンピア……?」


 ロアは持ち前の鷹の目で確認した。

 やはりリンピアだ――。


 戸惑いつつもロアは冷静に戦況を俯瞰した。


 滞空の安定感でいえばシグネが勝る。

 だが、攻勢はリンピアに軍配が上がっていた。

 シグネは、滅茶苦茶な飛び方をするリンピアを撃たんと魔弾を放つが、対象の反撃もすさまじく、なかなか捕捉できない。


 リンピアは背中の翼以外に、胴体の周囲に砲身を6つ備え、それが四方八方へ弾幕を散らしていた。


「……」


 あれは潜在的な力の覚醒?

 リンピアも、ロアとの契約で得た膨大な魔力以外に何か特別な力を【七つ夜の怪異】で得ただろうとは踏んでいた。


 それが鳥の翼? 魔弾の砲身?


 ――いや、きっと違う。



 ロアは『魔砲銃(マギ・フリンテ)』の照準を合わせた。

 貫通力に特化させた魔性の弓矯(ゆだ)めだ。


 それを躊躇なく空の彼方へ放つ――。



 一筋の赤い光が漆黒の夜空を翔けた。

 魔弾は鏑矢のように、空気を切り裂く甲高い音を立て、交戦する2人の間を割って通過した。


 その余波を浴び、シグネは浮遊能力の制御を失って屋上へ落ちた。リンピアも片翼が吹き飛んで、さらに激しく上下左右に飛び回ったが、すぐ魔力を紡いで、失った片翼を再生させた(・・・・・)


「そうか。そういう力か……」


 ロアは感嘆を込めて呟いた。

 今の一連の光景でリンピアの力を見切った。



 それは"無"から"有"を創り出す魔法。

 実在を虚無に還す【七つ夜の怪異】とは対になる能力だ。

 ガロア遺跡でロアの放った反転の魔弾がリンピアの頬を掠めたあの時から、怪異と相対する性質が備わり、あんな能力を得たのかもしれない。


 リンピアは今の狙撃がロアのものだと気づき、こちらを向いて不満を露わにしていた。



 "殺す気!? ここから落ちたら大変だよ!"



 唇の動きと微かな声でそんな風に読み取った。


「――だが、これでちゃんと飛べただろう?」


 ロアも返事(エール)を送った。

 だが、きっとリンピアの耳には届かなかっただろう。



     ○



「危うくロアくんに殺されるとこだった」


 リンピアはロアの狙撃に不満を吐き出した後、


「とはいえ、文句言ってる状況じゃないよね」


 気を取り直し、屋上で体勢を立て直すシグネに注意を戻した。


 おかげで翼の制御が効くようになった。

 落ち着いて空を受け入れれば、体勢も保てるし、恐怖心も減ってきた。


 大丈夫。わたしは鳥。わたしは鳥。

 そう自身に言い聞かせ、心で反芻した。




 不時着したシグネは周囲に風を爆散させていた。

 魔力を放出したようだ。


「許さないわ。私の神秘を……私の領域を……」


 あちらもあちらで怒っていた。

 リンピアはそれで臆するどころか、シグネの傲慢さに呆れさえ感じた。


「驕るならどうぞご自由に! わたしは飛べるだけじゃないわ。まだまだ余裕あるからっ」


 魔力を周囲に振り撒き、絵を描く。

 転写の初期工程。魔力凝集により形を象る。

 すると『魔砲武装』の砲身の数は増え、リンピアの武装はどんどん強剛なものへ変化した。


 砲身(バレル)はより長く、口径(インチ)はより厚く。


 もはや形成は逆転した。

 このまま包囲して、シグネはもちろん、オズワルドのお縄も頂戴できるだろう。


 だが――。



「わぁあああぁああああ!?」


 急に誰かが悲鳴をあげた。

 声の方を見やると今まで歌っていただけのリルガが、正気を取り戻したように狼狽し始めた。


「な、なな、なななんですか、これぇ!?」

「ど、どうしたのっ?」

「なんだ……?」


 唐突な悲鳴に戸惑うリンピア。

 ソフィアも同じだ。戦いの手が止まった。


 ビルの屋上に静寂が走る。



「どういう事態ですか、これぇえぇええ!?」


 リルガはまた叫んだ。

 それを見てリンピアは「やっぱり」と呟いた。


 彼女はきっと状況を理解できていない。

 訳も分からず此処に連れられ、オズワルドやシグネに操られたか何かで、無意識に歌っていたのだろう。――リンピアはそう思った。


 

「ゴァアアァァアアゥ!」


 大蜥蜴(オズワルド)が咆哮を上げる。

 戦いが止まるこの隙を待っていたようだ。

 尻尾を振り回し、背を向け、ビルの壁を這うように落ちていった。


「な――――」


 突然の戦線離脱。逃げたのだ。

 シグネも後を追うように空へ飛び立った。


「待って! 逃げる気!?」

「……リンピア、こっちに来い!」


 深追いするリンピアをソフィアが呼び止めた。

 方向転換して所長の所へ降り立つ。

 所長はまだまだ戦う気満々のようで、リンピアが降りてくるや否や、凄い形相で言い放った。


「私も奴らを追いかける! 一人で行くな!」

「でもソフィアさんはどうやって追うんですか?」

「リンピアの"お絵描き"能力を使う」

「誰かを抱えて空飛ぶ自信はないですよっ」

「いや、私のことは抱えなくていい」


 でもそれじゃあ、とリンピアが困惑した顔を見せると、ソフィアはリンピアの肩を掴んだ。


「その能力は何でも創れるって言ったな?」

「え、ええ……。今のところ失敗はないです」


 第二夜ではオットと一緒に生き物も創った。

 それにこの『魔砲武装』が何よりの証拠。

 実在しない兵器すら現界させられるのだ。


「じゃあ、今から私の言う通りに描け――」



 ソフィアが早口で要求を突きつけると、リンピアは目を丸くしてソフィアの目を見返した。所長は本気だ。


「早くしろ。この摩天楼じゃ奴らもすぐ見失う」

「……わかりました。死んでも知りませんよっ」


 もはや何でもありのこの能力。

 自分も翼を生やしている時点でお察しだ。

 リンピアは持ち前の想像力で補完し、ソフィアの要求のものを描き出した。


 日常ではあまり見かけないものだ。

 だが、『魔砲武装』より幾分も描きやすい。

 操縦席はよく利用するバスと同じだろうと適当に描写した。


「上出来だ。これなら私も運転(・・)できる」

「ソフィアさん、運転経験あるんですか?」

「魔術師をナメるな。遠征に欠かせないからな」


 ビルの屋上に登場した鉄の塊。――自動車だ。


 街ではお役人がたまに乗っている。

 これでスキルワード神父を追うというのだ。

 だが、ここは高層ビルの最上部。

 標高もかなり高いだろうこの場所から、どうやって地上まで降ろすのか――。


「おお、革の質感もまるで本物じゃないか」


 ソフィアは既に車へ乗り込んでいた。

 ハンドルを握り、口笛を短く吹き、感触を楽しんでいる。


「だから本物なんです、怪異の中ではっ」


 ソフィアは慣れた動作でクラッチを踏み、ギアを入れ替え、エンジンをふかした。準備は万端だ。


「わかってるよ。じゃあ交通整備は頼むぞ」

「……が、頑張ります」


 この後に及んで溜息が出そうになった。

 今に始まったことではないが、ソフィアの人使いの荒さと言ったら……。


 リンピアは屋上の端へ向かい、翼を広げた。

 今から人生で始めての空中降下体験――。



「ま、まま待ってください、リンピアさん!」



 そのとき、慌てふためいた口調でリルガが声をかけてきた。


「あ、リルガちゃん?」

「あじゃないですよ! 置いてけぼりにしないでくださいよ。ていうか何なんですかこれ!? この放心状態の子たちは誰!? その乗り物は何!? 乗ってる方も誰! リンピアさん翼生えてません!? そして此処はどこ! 私はドコ!?」


 リルガも混乱しているが、今は緊急事態。

 気にかけている余裕はない。

 ソフィアは車から身を乗り出して言付けた。


「丁度いい。キミ、その子たち見といてくれ」

「はぃ!? どういうことですか?」

「事情を話してる暇はない。リンピア、やれ!」


 ソフィアはアクセルを全開に踏んだ。


「リルガちゃん、ごめんね――――」

「ちょ、ちょっとリンピアさん!」


 翼を広げて空へと飛び立つ。

 同時に、ソフィアが乗る自動車も最初からフルスロットルで屋上を駆け出した。


 リンピアは屋上から"橋"を描いた。

 それは自動車を走らせるための道路だ。

 ビルからビルへ、より低地へと車は地上を目指して疾走する――。





 リルガは屋上に取り残された。

 遠ざかる2人の女魔術師と1人の男を、ただ茫然と見送っていた。


「――あぁ、行ってしまいましたか」


 屋上には再び静寂が訪れた。

 ここからは第三夜の主戦場が地上へ遷る。

 もはや此処は黒い瘴気(マナ)が吹き荒ぶだけの廃屋の劇場……。



 彼にはこの光景がどう映っただろう?


 ちゃんと"再現"できただろうか。

 得られなかった境遇を、語られるだけだった武勇を、その目で、その手で、迎え入れることができただろうか。


 リルガは目を瞑り、祈るように世界を憎んだ。



「さてっと」


 役目を終えた者は用済みだ。

 リルガは捕われの子どもたちの方に振り返り、手をぽんと合わせ、にこやかに微笑んだ。


「みなさん、お疲れさまでしたっ。

 ――この舞台(よる)が終わるまで、新しい世界に讃歌を歌いましょう」


 リルガはまた歌い始めた。

 迷える子羊たちにはこんな愚行がよく似合う。



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