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Episode19 第三夜 - 砲煙弾雨


 暗順応して視えた風景はエスス魔術相談所のそれとあまり変わりなかった。


 どこかの事務所の一室のようだ。



 リンピアは手持ちの荷を確認した。

 ザックに詰めたサバイバルグッズ、肩掛けの画材、魔術相談所で入手した"オズワルド・スキルワード"からの依頼状。

 すべて揃っている。

 第一夜や第二夜の反省を活かし、家を出るときに万全の準備をしてきたのが幸いだった。


「ここは何処なのかしら……」


 窓辺に近づいて空を眺める。

 満天の星空が広がっている。月明かりも強い。

 夜。そして都会の街並みだった。

 アールグリッジ市街と似ているが、夜景ということもあって判別はつかない。


「今までの怪異の傾向からすると、あの遺跡調査に加わっていた人も必ず何処かにいるはずね」


 すなわち、ロア、オット、リルガ、カレル、シグネの5人……それに、スキルワード神父も。


 リンピアは口元に手を当て、考えた。

 こんな大都会で全員を見つけ出すのは難しい。

 ロアに巡り合えるかも心配だ。

 先ほどまで一緒だったリルガさえ近くにはいないのだ。


「とりあえず、わたしの役目を果たすか」


 椅子を拝借してスケッチに取り掛かった。

 事務所の内装の風景を一枚、都会の夜景を一枚、それぞれ描き出す。

 電灯がないため、夜景と月明かりが頼りだ。


 さっと素描してみて、こんなものが果たして【七つ夜の怪異】の滅却に貢献できるか心配になった。

 一度取り掛かると細かい点が気になりだす。

 夢中になって細部まで輪郭を弄っていると、



 ――キィ……ン。



 そんな甲高い音が上階から響いてきた。



 戦いの音だ。

 声が聞こえなかったということは両者、必然として戦闘を始めたのだろう。

 リンピアは画材をしまって、すぐにその場から離れることにした。もしかしたら上階にロアがいて、既に誰かと交戦しているかもしれない。



 リンピアも緊急時に備え、武器を携えた。

 ソフィアから譲り受けた魔導銃。


 ……だけでは心許ない。

 第二夜で発覚した特殊能力の出番だろうか。


「ん~」


 集中して想像力をフル活用する。

 リンピアは魔術師で、ロアのような近接戦闘は出来ない。反射神経を要する武器は駄目だ。


「ちゃんと機能するかわからないけど……」


 手を振り払い、魔力を空間に散らす。

 各属性の魔力濃度を微調整しながら、それを描き出した。リンピアの肩から上半身にかけて、自動照準式の『魔砲武装』が浮かび上がる。


 古い文献に、魔法陣を自身に纏う『魔陣武装』という戦術が紹介されていた。

 これがなかなかに少年の心を熱狂させる戦術として、昨今の創作世界で脚色して取り上げられ、魔法陣を砲弾に置き換え、全身を戦闘兵器にするような主人公の物語が流行った。


 リンピアもいくつか、そういう作品を読んだ。

 挿絵で描かれていた『魔砲武装』をイメージしたのだ。

 この兵器の素晴らしい所は、敵影が現れると術者の意思に関係なく、即座に自動照準(オートロック)してくれるという所だ。



「できた……のかな?」


 上半身の周囲に浮かぶ魔砲の砲身が6つ。

 試しに机の上に置かれていたファイルを宙に放り投げてみた。

 すると『魔砲武装』の6つ全てが一斉に宙を舞うファイルに照準を合わせて、弾丸魔術(バレッタ)を放出し、一瞬で消し炭にした。


「すごい! 実在しなくても創れるのね」


 描くことさえできれば"ホンモノ"を創り出す。

 メイキング系の能力の中では最強だった。



「ひっ……」



 突然、小さい悲鳴があがった。

 部屋の中に誰かがいる。

 魔砲武装も反応して、リンピアが振り返るよりも先に対象をロックした。


「誰!?」

「こ、殺さないでくださいっ」


 両手をあげて降伏を示しながら机の後ろから出てきたのは、10歳くらいの小さな女の子だった。

 今まで見たこともない。

 ガロア遺跡の調査にもいなかったはずだ。


「女の子? なんでこんな所に?」


 ここは【七つ夜の怪異】第三夜。

 では、女の子もまた怪異に囚われた人間なのか。

 姿はどうあれ油断できない。

 しかしながら敵意はなさそうだ。


「え、えーと……名前。あと出身。言って!」


 リンピアも尋問する側になったのは初めてで、何から聞き出せばいいかわからず、適当に言葉を並べ立てた。


「はいっ……。ミナ・ノチアです! アールグリッジに住んでます。11歳で、えっとママとはぐれて……その……う……うぅ……」


 女の子、ミナは目に涙をたくさん浮かべた。


「アールグリッジ? あなた、街の子?」

「そうです……」

「なんで七つ夜の怪異に居るのよ?」

「なんですか、それ……。うぅ……私、なんだかわからなくて、すごく怖くて……」


 ミナはついに泣き出した。

 リンピアは慌ててミナの口を塞ぎ、静かにするように宥めた。


「大丈夫だから。わたし、リンピア・コッコって言うの。街のエスス魔術相談所で働いてる魔術師よ。聞いたことない?」

「エススの人? 知ってる! ママと行ったことあるよ」

「よかった……」


 ミナは顔色が明るくなった。

 ノチア姓の客は心当たりなかったが、おそらくソフィアの客だろう。しかし少女が“リンピアの住むアールグリッジ”の住民と分かって安心した。

 七つ夜の怪異が関わると、別次元や別時代などの齟齬がでる可能性もある。



 ――キィン。さっきの音はまだ続いている。

 上階では戦闘中だ。さっきより音が近い。

 リンピアは天井を見上げ、どうするか考えた。


「自分の事すら守れるか怪しいけど……」


 なぜミナが七つ夜の怪異にいるかはさておき、この場で遭遇した以上、リンピアがミナを守らなければならない。


「リンピアお姉ちゃん、他のみんなも助けてっ」

「え……他のみんなって?」

「学校の友達が他にも掴まってるの!」

「……」

「私はこっそり逃げ出してここに隠れてたのよ」


 絶句。この子だけではなかった。

 学校の友達ということは、その子ども達もアールグリッジ市民なのだろう。


「何人いるの?」

「……わからない。たくさんいるよ」


 訳が分からずも、大人として冷静に、ミナの知っていることを聞き出した。このビルの上階の方で子どもたちが少なくとも20人以上、怪しい黒い服装の大人に掴まっているのだとか。



 異色の事態だ。

 七つ夜の怪異の中にいるはずなのに、現実の子どもたちの"誘拐事件"が起こっている……?


「これはロアくん案件だな」


 まるでロア・オルドリッジに最適の怪異だ。

 明確な悪がいて、弱者が危機に瀕している。

 絶対的なヒーローが登場すれば、すぐにでも解決しそうなものだ。


 『助ける』の定義に拘りのあるロアでも、さすがにこの状況では『助ける』を否定できまい。


「ひとまず、音がする方に行くよ。ミナちゃんは大丈夫?」

「うん……」


 戦う者のうち、どちらかは味方かもしれない。

 自信なさげに返事したミナの手を握り、部屋から出た。



 それにしても――。


 七つ夜の怪異は、一度魅入られた者同士が殺し合いを始める虚構空間だとリンピアは聞いていた。

 だが、ミナ・ノチアは極めて正常だ。

 精神が毒されている、ということもない。

 そういえば第二夜のときも『喫茶・月光亭』にいる親友のイルマと目が合い、声までかけられた。



 現実との境界が曖昧になっている気がした……。



     …



 恐る恐るビルの廊下を進み、階段をあがった。

 電灯がないから炎魔術で行き先を照らす。


「もう一つ上だよっ」


 ミナの案内に従って先に進む。

 階段を上がる毎に交戦の音が大きくなった。

 踊り場を曲がったとき、階段の上でバックステップして何かから距離を取る影が目に飛び込んだ。


「今のは……」


 その間合いを詰める追っ手の影も過った。

 既に『魔砲武装』は階上に照準を合わせている。

 今にも弾丸魔術(バレッタ)を放ちそうだ。


 リンピアも臆せず階段を駆け上がった。

 今、廊下を通り過ぎた人物は――。


 昇りきり、廊下の先を炎で照らすと交戦中の2人が誰かはっきりした。


「ソフィアさん!?」


 見知った顔だった。

 魔術相談所の所長ソフィア・ユリネが大きなトランクケース片手に、黒服の男と対峙している。


 男の方は背を向けていて顔が見えない。

 だが、中肉中背で清楚な黒装束に見覚えがある。


「――――ッ!」


 ソフィアが、リンピアに気づいた。

 その背後への視線に気を取られた男は一瞬、リンピアに振り向きかけた。

 ソフィアはその隙を見逃さなかった。

 

「ぶっ放すぞ! 蜂の巣になりたいか!」


 その怒声はリンピアに向けられた言葉だ。

 リンピアはすぐ所長が何をするか察し、廊下から再び階段の方へ飛び込んだ。


 待機していたミナを庇うように抱きしめる。 



 ソフィアは鞄を床に叩きつけ、内包していた特大砲身を展開させた。まるで無理やり押し込まれた怪物の嘴が顔を覗かせたようである。

 ソフィアは砲身を手に取り、容赦なく黒服の男に放った。


 ――高濃度の魔力の光線が廊下を翔け抜けた。


 魔砲は黒服の男を確実に貫いたが、男は尚、機敏な動きで壁を這い伝った。まるで蜥蜴のようだ。


「チッ、しぶといな」


 ソフィアを悪態をつきながら次の手に出るが、その時には既に黒服の男は壁から天井へと這い、速攻で反撃に出ていた。

 その手にはナイフ。

 体重に任せてソフィアの肩口に突き刺した。


「ぐっ!」

「ソフィアさん――!」


 リンピアは戦いが終わらないことに気づき、すぐ戦場の廊下へと戻っていた。

 創造した『魔砲武装』は照準を黒服の男に向けている。


 所長に跨る男へ、容赦なく弾丸魔術を放った。

 男は腕をクロスして弾丸をすべて受け――それでもピンピンしているが、無勢を感じたか、窓に体当たりして逃げ出した。


 窓ガラスが割れる激しい音が響き渡る。


 ここはビルの高階層のはずだ。

 男が自殺を図ったと思い、リンピアは割れた窓から顔を出して行方を追った。

 なんと男は、ビルの外壁にしがみついていた。

 そのまま人間離れした滅茶苦茶な動きで、襤褸になった黒い衣装を翻して壁を這い、姿を消した。



 ……開いた口が塞がらない。

 男の顔をはっきり見た。誰かは判った。

 だが、悍ましくて震えた。


「な、何なの、あれ――」


 と呟いた所で所長の負傷を思い出した。


「あ、ソフィアさん! 大丈夫ですか!?」


 なぜソフィアが此処に、という疑問はさておき、怪我の治療が先だ。しかしながらソフィアは既に肩口のナイフを自力で抜き、魔力を当てて傷穴を埋めていた。


「はぁ……。助かったよ、リンピア」

「い、いえいえっ! 何もしてないですよ」

「そのイカした兵器にアイツも警戒したんだろ」

「あっ、これはっ、わたしもよく分からなくてっ」


 よく考えたら、いかにも"カッコイイ武器"な『魔砲武装』は恥ずかしい物のように感じられた。

 しどろもどろになるリンピアを鼻で笑い、所長は服の汚れを払って髪をいじり、装いを正しながら立ち上がった。

 首の骨を鳴らし、そして脱臼した肩を嵌める。

 逞しい人だ。


「それで、リンピアが何故ここにいる?」

「あの……それ、わたしの台詞です」

「ん?」


 お互い、なぜ此処にいるのか分からない。

 ソフィアは当然のように武装している。

 リンピアも対・【七つ夜の怪異】のため、武装やサバイバル装備も万全だ。


 ミナの件も含め、ソフィアに話す必要がある。

 今戦った蜥蜴のような動きをする男の事も……。


「ソフィアさん、今の男、わかりますか?」

「ああ。よく知ってるよ」

「アレが元凶ですよ。トヤオ町の神父の――」

「オズワルドだろう? まさかあんな異形に成り果ててるとは意外だったがな」


 黒服の男はオズワルド・スキルワードだった。

 一言も口を利かなかったが、少なくともスキルワードの容貌をしていた。



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