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Episode17 自宅にて

※途中、百合描写にご注意ください


 リルガ・メイリーはガロア遺跡の案内係だ。

 トヤオ町出身の地元娘と聞いているが、それが遥々アールグリッジ市街までよく来たものだ。リンピアが困惑した表情で眺めていると、


「あ、私、リルガ・メイリーと言います」


 遅ればせながら自己紹介を始めた。

 第一夜の巡り合わせはリルガの記憶から抹消されている。


「知ってる。遺跡調査の案内係よね」

「そうです! その遺跡調査のことです!」


 びしっと指を差される。相変わらず元気だ。

 気迫に負けてリンピアは後ずさりした。


「リンピア、遺跡調査の仕事サボったでしょ」


 イルマがカウンター越しに話しかけた。


「あー、うん」

「どうもそれで訪ねてきたみたい」

「はぁ……。よくこの場所がわかったね?」


 悪びれる様子もなく訊き返した。

 今のリンピアは仕事なんて二の次だ。

 死と隣り合わせの怪異に翻弄され、それどころじゃない。


「田舎の情報網を舐めないでください! リンピアさんと言えば、絵描き探偵としてトヤオ町でもお名前が知れ渡ってます」

「それは……どうも、ありがとう」


 複雑な気分だ。魔術師の肩書きが抜けている。

 遺跡調査の依頼の発端もよく分からない愛称が一人歩きした結果と云えよう。


「だから行き着けの喫茶店もばればれですよ」

「う、そうなのね。なんだか怖いわ」


 想像以上に世間は怖ろしい。

 名前だけでなく習慣まで把握されている。



 リルガはここまで来た経緯を話し始めた。


 もちろん遺跡調査の件だ。

 リンピアは唯一の記録係だったため、急に失踪されて今日の調査は不作に終わったらしい。リンピアの認識では他にも記録係がいたはずだが、どうやら七つ夜の怪異のせいで元から一人だけになっているようだ。


 また、お世辞かどうか不明だが、密かにリンピアを目の保養にしていた採掘班の士気もダダ下がりで散々だったとも言われた。

 要するに早く戻れということだ。


「――というのが依頼主の伝言です」

「そうは言われてもね。辞退できないの?」

「辞退ですか……」


 リルガは調査隊の指揮者ではない。

 その彼女が依頼主に代わってリンピアを連れ戻しに来たことに違和感を覚える。

 しかもリルガはまだうら若き少女。

 夜に隣の町まで出向くのも色々問題だろう。


「リルガちゃん……でいいのかしら。まぁリンピアが悪いのは間違いないけど、ご覧の通り体調も良くないみたいなのよ」


 イルマが助け船を出してくれた。

 体調は(すこぶ)る良いが、嘘も方便。

 仮病を使おうとリンピアも開き直った。


「そうですかぁ。それは心配ですが……うーん」

「わざわざ来てくれたのにごめんね」


 七つ夜の怪異は危険だ。

 他の調査隊も引き止めるべきだが、後の祭り。

 怪異からは逃れられない。それは第二夜の始まりが此処、喫茶店からだったことを鑑みても判り切っている。


 ただ、これはロアの命令だ。

 調査隊の中に怪しい存在がいるかもしれない。

 彼からの連絡がない限り、調査隊に戻ることは控えた方がいいだろう。



 多勢に無勢を悟り、リルガは困っていた。

 第一夜での屍人襲撃のときもそうだが、中々にこの少女も不遇だった。

 可哀想に思ったイルマが提案した。


「そうだ。夜も遅いし、何か食べてったら?」

「えっ! いいんですか!」


 リルガは目を輝かせ、身を乗り出した。

 お腹が空いていたのかもしれない。


「せっかく街に来たんだし。腕を振るうわ」

「わーい嬉しいです! ……あ、でもお金が」

「大丈夫よ。お代はリンピアが払うから」

「ちょっとイルマっ」


 イルマは目配せして黙るように合図した。

 言い返せない。

 仮病の口裏合わせをしてくれた借りがある。


「はぁ……。わかった。ご馳走するわ」

「では! えーと、この魚介パスタとブルーベリーのスープ、ドリンクは林檎果汁(トロカデロ)で食後のデザートはパーケルセをお願いします!」

「遠慮なし!?」


 それからそれから、とリルガはメニュー表を広げて既に席について足をぶらぶら揺らした。

 まだ食べる。底なし胃袋だ。

 人の金で食べるディナーはさぞ美味かろう。


 リンピアは溜息をついた。

 こんな無邪気な少女が、七つ夜の怪異に巻き込まれていることを憐れに思う。

 早めに滅却を成し遂げなければ。



 そういえば――。


 此処にいるリルガも第二夜を乗り越えたはず。

 この少女はどんな異能を手に入れたのだろう。

 ……誰かを殺してしまったのだろうか。



     ○



「昼過ぎに出て、着いたのは夕方ですね」

「へぇ……」

「大変でしたよ。なんてったって私、アールグリッジに来たのは初めてなのでっ」

「ふーん、そうなの……」


 リンピアは夜の街を歩き、帰路についた。

 リルガという少女を連れて。


「あっちは何が? やけに明るいですねぇ?」

「あ、あ……そっちは駄目っ!」


 田舎娘には都会の街並みが珍しいのか、怪しげなネオン煌めく"夜の街"にも、構わず迷い込もうとしていく。


 好奇心が強いようだ。

 そもそも世間知らず過ぎる……。

 10代も後半になれば、その手のいかがわしい雰囲気で察してほしいものだ。


 日焼けした小麦色の肌。明るい栗色の毛。

 あどけない瞳の童顔だが、発育も良くて意外と胸もあるし、無防備にもショートパンツ姿のため、瑞々しいおみ足も晒し放題だ。

 こんな姿で都会の夜を彷徨えば、ハイエナの餌食にされること間違いなし。

 箱入り娘か何かだろうか。

 町にいるご両親もさぞ心配だろう――。




 リルガがリンピア宅に泊まることになった。

 というのも彼女の世間知らずが仇となってトヤオ町に帰れなくなったからだ。

 なんと彼女、バスの仕組みを理解してなかった。

 そもそも時刻表の存在すら知らなかった。

 運賃さえ払えば何時だろうと出発してくれると考えていたようだ。


 そんな、中世の乗合馬車みたいな感覚……。


 リンピアは深く溜息を吐いた。

 しかし、こうして市街まで足を運んだ理由もリンピアの脱走が原因と考えると、仮に夜の街に放り出して何かあったら後味が悪い。



「これってお泊り会というものですねっ」


 遊び感覚で燥ぐリルガを自宅に招き入れた。

 街の一角にある集合住宅の狭い一室。

 旅行鞄も放り出したままの酷い有り様だ。

 それらを急いで片づけた。


「さ、どうぞ。わたし疲れてるからもう寝る準備するけど」


 あなたはどうするの、とリンピアは尋ねた。

 リルガはぎらついた目で振り向き、到底寝れるような顔つきでないことを見せつけてきた。


「……。部屋にある本、適当に読んでていいよ」

「いいんですかっ!?」

「ほとんど魔術に関する本しかないけどね」

「おほぉーー!」


 リルガは興奮したように部屋の隅にある本棚を見上げた。


「私も実は魔術に興味があるんですっ」

「え? そうなの?」


 魔術オタクの血が騒いだ。

 同士を見つけると頭も冴えてくるものだ。

 リルガは背伸びして最上段の分厚いハードカバー本を手に取った。


「これなんか面白そうです!」

「それは大昔の解説書の装丁版で、『魔術における基本属性と亜種多型への西洋式応用法の解説』っていう本。数百年前の解説書だけど、今でも親しまれてるくらい基礎がしっかり書かれてるの」


 リルガは目を丸くした。

 リンピアの饒舌さに驚いたようだ。


「難しそうですね。書いた人は……ガウェイン・アルバーティ……」


 わざわざ著者まで読み上げるリルガ。

 著者まで気にするのは関心だ。


「アルバーティは魔術史でも超有名な偉人よ」

「そうなんですねぇ……」


 内容が気になるのか、リルガは頻りに本の巻末や目次をまじまじ眺めている。

 少しすると棚に戻し、その隣の本を取った。

 高い段にあるので取りにくそうだ。

 けれども、やたら古い本が気になるらしい。


「こっちの本は――」 

「リルガちゃん、なんだったら後で魔術書をいくつか紹介するから先にシャワー浴びてきていい?」


 リンピアは、リルガが本棚に夢中になる間、部屋着に着替え終わっていた。いざ着替えると体が汗ばんでいることに気づき、流したくなったのだ。


「シャワー!」

「うん。だから少し待ってて」

「もしよければ私も浴びたいのですが……」

「あ……。ごめんね、気遣いが足りなくて」


 こういうことは客人が先か。

 じゃあ、とリンピアはタオルや背丈に合う寝具を用意しようと立ち上がった。

 一人暮らしだから用意は少ないが。


「リンピアさん、ぜひ一緒にどうでしょう」

「え……どういうこと?」

「一緒に入るのです」

「はい……? なんで?」


 リルガの提案は理解不能だった。

 一人暮らし用だからシャワー室も狭い。


「お泊り会の定番だからに決まってますよっ」

「はぁ……」


 爛々と滾った目に、リンピアは押し負けた。




 この少女は些か警戒心が無さすぎないか。

 脱衣所で豪快に服を脱いで我先にとシャワー室へ入るリルガに、リンピアは訝しい顔を向けた。


 確かに同性ではある。

 だが、知り合って間もない上に、此処はリンピアの家だ。

 多少の遠慮があってもいいのでは――。



 リンピアは素肌を晒し、とりあえず隠すべきものをやや隠し気味にリルガの後に続いた。

 健康的な少女の背。小ぶりなヒップライン。

 背が低く、髪も短めなので、後ろ姿はまるで子どもだが、振り返ると豊満に実った二つの双丘が否が応でも目に飛び込んでくる。

 リンピアは敗北感を感じた。


「これ、どうやるんですか?」


 シャワーの栓の開け方が分からないらしい。

 ただ、栓の取っ手を捻るだけだ。田舎育ちとはいえシャワーの仕様を理解できないとは是如何に。


「ここの取っ手を捻って――」


 腕を伸ばした途端、リルガが両手を広げた。


「隙ありぃいい!」

「ひゃあぁ!?」


 リルガの両手が、リンピアの胸を抑え込んだ。

 最初から無防備になった隙を狙ったようだ。

 抵抗した反動でシャワーの栓が開放され、容赦なく水が二人に降り注ぐ。

 壁にもたれ掛かり、身動きが取れなくなった。


「冷たっ……もう、ふざけないでよっ」

「あはははっ! リンピアさんの、可愛らしいんですね」


 両者びしょ濡れな状態だが、リルガは構わずリンピアのものを揉みしだいている。なんて無遠慮で変態な少女なんだとリンピアは呆れ果てた。


「ほら、髪も毛先までツヤツヤで羨ましいです」


 次は自慢の髪を掬われ、毛先で胸元から脇を筆のように執拗に撫でられた。

 変な感触が肢体を遅い、ゾクゾクした。

 まさかこの少女……。


「……リルガちゃん。そういうのはいいから、早く体洗って済ませないと風邪ひいちゃうよ」

「もう既に寒いです! リンピアさんから離れたらもっと寒いですよっ」


 リルガが必死にしがみついてくる。

 人の体温で暖を取ろうというつもりらしい。


「仕方ないわね。――カノの焔よ、此処に集え」


 シャワーパイプ横に備えられたランプへ魔術で炎を灯した。これを灯せば、熱板を伝わってシャワーの水が加熱されてお湯が出る仕組みだ。

 魔力を消耗するため、寒い時期しか使わない。


「おおお、温かいです!」


 リルガは感動しているが、一向に離れない。


「これでどう?」

「やっぱり魔術って便利ですね」

「これくらい誰でも出来るよ。さ、早く洗おうね」

「はーいっ」


 体を洗う間も一筋縄ではいかなかった。

 リルガは体を押し付けたり、面白がってリンピアのあらゆる所を(まさぐ)るので時間がかかった。その分、お湯作成の魔力消費も長引き、湯あたりなのか魔力欠乏なのか分からないが、リンピアは頭がぼーっとした。




 寝間着に着替える頃にはすっかり夜更けだ。


 いよいよ魔術書を語り合う時間――。

 最初は眠気で早寝を決めていたリンピアも、得意分野の話となると疲れも吹き飛び、意気揚々と本を取り出してテーブルに並べ始めた。

 これは基礎、これは応用、これは魔道具図鑑だと一つ一つ紹介し始めた。

 リルガも気になる本をそこに並べた。


「これ! これ気になりますっ」

「また随分と出版の古い本ばかり選ぶのね」

「そうですかぁ? 趣味なのかもしれません」


 リンピアは本を取り、内容を思い出そうとした。

 さすがのリンピアもすべてを網羅しているわけではない。

 パラパラと本を捲り、ざっと流し読む。


「あ、これ……道理で覚えてないワケだ。難解すぎて、わたしも途中で読むのやめたやつね」

「リンピアさんでも難しいんですか?」

「うん。これは"時間魔法"に関する本で――」

「時間魔法! なんですかそれっ?」


 リルガは目を輝かせて迫ってきた。


「……時の流れを早くしたり、遅くしたりする魔法理論が書かれてるの」

「そんなことまで出来るんですか!?」

「いえ、無理よ。理論上の話で、体現した人はいないわ。一時期こんなものも夢中で集めてたの。懐かしいなぁ」


 リンピアは本をテーブルに置いた。

 リルガがそれを手に取って頁を捲った。


 残念ながらその本は紹介できない。

 読んでいないものは薦められないし、仮に読破していたとしても読む意味はないものだ。現在では歴史上の遺物として残されているだけ。

 先代の研究に敬意を表して。


「机上の空論に心血を注いだ人も居たんですね」


 リルガは表紙や目次をまじまじ見ていた。


「著者はイザイア・オルドリッジ……ですか」

「あ、オルドリッジって……」



 ――姓は……オルドリッジ。

   なるべくロアの方で呼んでくれ。


 

 どこかで聞き覚えがあると思っていた。

 この古い著書を持っていたからだ。

 ちょうどロアの過去を映した夢でも彼の家族を見た。父親の名はロスト。

 イザイアとは別の親族だろうか。だが、


「きっとこの人、変わり者だったんでしょうねぇ」

「……うん。そうね」


 何故だか、あの父親の壮絶な人生と関係ありそうだとリンピアには思えた。



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