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Episode15 第二夜 - 女神の眷属

ロア視点。

「Episode12 第二夜 - 籠鳥雲を恋う」でリンピアとはぐれた後です。


 ――時間にして少し前。


 リンピアが樹から落ちた。

 密林の上から多くの枝葉を散らし、狂犬(カレル)が銃弾を乱射する狂気の地へ落ちていく。

 咄嗟に手を伸ばすロアだが、


「貴方の相手は私よ」

「む」


 その手を阻まんと、赤黒い光を纏う魔剣を持つシグネ・トイリが立ち塞がった。

 その魔剣に縁のあるロアは動きを止めた。


 足場も悪い。

 いくら超人でも重力からは逃れられない。

 ロアの身動きが制限される一方で、シグネは七つ夜の怪異の中において浮遊能力を手に入れた。

 それはオットが土や岩を操る能力を手に入れたことや、リンピアが本物を描写する能力を手に入れたのと同じ変異だ。


「なに? このちっぽけな剣が怖いの?」


 ロアの視線を読み取ってシグネは訊いた。


「どうかな。お前はそれが何か知ってるのか?」

「ええ、もちろん。魔除けのアイテムだって言ったでしょ」

「それだけで終わるといいが」


 ――ロアは地上を一瞥した。

 リンピアの姿はなく、カレルが銃を乱射する光景は変わってない。何処かに転移されたか。

 シグネは眉を顰めた。

 ロアの口ぶりが気に食わなかった。


「脅したって無駄。絶対に手放さないわ」

「手放した方が幸せかもしれないぞ」

「ありえないわ。私はこれの恩恵で夜明けの忘却を回避できているんだから。七つ夜で生き残るためには情報が一番大事よ。生き残って、最後に私は、神の力を手に入れるわ……!」


 シグネは一直線に向かってきた。

 そのままロアの胸めがけ、魔剣を振り翳した。

 ロアは軽々と躱して別の枝へ飛び移る。 

 直線まで立っていた幹に魔剣が突き刺さり、樹木はドロドロに溶解して大穴が空いた。

 ――どうやらホンモノらしい。


「魔剣『ケアスレイブ』……本物だな」

「ふふふ」

「どうやって手に入れた?」

「それは秘密」


 シグネは胸元で赤黒い刃を覗かせた。

 魔術師のくせに攻撃魔術を放つ事もなく、魔剣での攻撃に専念している辺り、どうやらその剣の性質はちゃんと理解しているらしい。

 そしてロアの体質も。


 ロアも応戦すべく、片手に剣を生成した。

 シグネが握る魔剣と同じ形状の剣を――。



「その昔、戦士に憧れた男がいた」

「お喋りはもう十分よ……!」


 シグネは空を翔け、果敢に攻撃を続けた。


「男には才能がなかったが、女神と或る契約を交わして神の力の一部を手に入れた――」


 ロアは樹々を飛び移る。

 その後を空を飛んで追うシグネ。


「そうして得られたのは、たくさんの犠牲と、傍迷惑な因縁と、魔術師殺しの凶器の数々だ」


 ロアの影が一瞬、消えた。

 それは彼が常人の動体視力では捉えようもない速さで動いたが故だった。当然、シグネはロアを見失い、樹々が犇めく密林をきょろきょろ見回す。


「その『女神の眷属(ケア・スレイブ)』というのはな――」


 どこからともなく声が響き渡る。

 シグネはロアを完全に見失った。

 木漏れ日だけの薄暗さ。木々が視界を阻む。


「そんな間抜けな男が遺した"汚名"だよ」


 ガサり。木陰が揺れた気がした。

 シグネは慌てて頭上を仰いだが、遅かった。

 彼女が見上げた時には既に、


「だから返してもらうぞ(・・・・・・・)


 ロアはシグネの懐に飛び込み、手首を手刀で叩いていた。


「あぁっ!」


 シグネは激痛で悲鳴を上げた。

 浮遊の制御系統を失ったのか、そのまま地上へと落ちていく。ローブがはためき、まるで昆虫のようにひらひらと緩やかに落下した。

 ロアはくるくると宙を舞う魔剣『ケアスレイブ』を木々を蹴りながらキャッチした。

 そのまま幹を小刻みに蹴り、シグネを追った。



 地上ではシグネは俯せで倒れていた。

 枯葉や腐葉土で柔らかそうな地面だ。


「待って……殺さないで……っ」

「殺しはしない」


 冷酷な金色の瞳が見下ろしている。

 突き刺すような視線にシグネは背筋が凍った。


「お前は異様に詳しい。夜明けとともに怪異に関する記憶が消える事も知っていたな」

「…………」

「何故だ? この魔剣がそれらの神秘を無効化することも知っていたようだが」

「…………」


 シグネは黙秘を貫いていた。

 殺さないと断言され、強気に出ている。


「口を割らないというならそれでいい。だが、魔剣を所有していない今、夜明けを迎えればすべてを忘れるぞ。七つ夜の怪異で何が起きるか分からないまま、お前は日常を過ごすことになる」

「……」

「また、俺が直接殺さずともシグネ・トイリという女の日常を狂わせることは出来る。どうやらお前は親の七光りでアールグリッジ市商会で羽振りを利かせているようだな?」


 シグネはぴくりと反応した。

 顔を上げ、忌々しげにロアを睨んだ。

 シグネ・トイリは資産家の娘だった。その資産家というのがアールグリッジ市商会の会長をしている壮年の狡賢い男だ。

 その男の利権を無力にする事はできる。

 森林の破壊。炭鉱の爆破。海域の汚染。

 ロアには造作もないことだ。


「何故それを……」

「ガロア遺跡探査の依頼人の一人だからな。素性を調べるのは当然だ」


 だか、それ故、不可解だった。

 協会から禁忌と指定された魔剣『ケアスレイブ』を、たかが親の資産で豪遊する三流魔術師が手にしているという事実、七つ夜の怪異の記憶改竄現象を知っている事実……。

 シグネには確実に協力者がいる。


「わかった、話すわ……。スキルワードよ。あの神父に教えてもらったの。あっちが話を持ち掛けて、私が調査隊の募集をかけた」

「神父は怪異の存在を前から知っていたのか?」

「そこまでは知らないわよっ」


 ロアは得物を握り直し、鋭い目を向けた。


「本当よっ……それは知らないっ!」

「お前の言葉を、すべては信じられない」

「でも知らないんだから仕方ないわ。それを疑うっていうなら、それ以上の話は諦めて頂戴」

「ふむ。神父亡き今、確かめようもないか」


 死人に口なし。

 七つ夜の怪異に殺された以上、現実ではスキルワードの存在自体なかった事にされているはず。

 つまり、スキルワード神父はどういう訳か【七つ夜の怪異】のことを以前から知っていて、その秘密をシグネと共有して望みを手にしようと画策した。


 シグネは【神の代行者】の力。

 スキルワードの望みは……不明。


 だが【七つ夜の怪異】の開幕を迎える前にスキルワードは死に、望みを果たせなくなった。

 経緯も動機も終着点もわからない。

 だが問題なかったから、めでたしめでたし?


 ――否、ロアは気がかりだった。

 過去4回の参戦でも、七つ夜の怪異を事前に備えて臨んだ人間は一人もいなかった。

 でも今回は違う。


 この【七つ夜の怪異】は何かがおかしい……。



 ロアは訝しみながらシグネに近づいた。

 奪い取った魔剣の峰打ちで気絶させる為だ。


「私からも一つ……教えて……」


 シグネは最後に懇願した。

 今更なにを聞き出すというのか。

 知ったとしても現実では忘れてしまうのに。


「まぁいいだろう」


 どうせ忘れるなら心配ない。

 シグネという狡賢い女がこの後に及んで何を尋ねるかにも興味がある。


「貴方、それ……返してもらうぞって言ったわね」


 シグネが指差したのは魔剣ケアスレイブ。


「それがどうした?」

「やっぱり女神の眷属って貴方なの? 女神と契約した【神の代行者】って貴方の事なんしょう?」


 ロアは剣柄を下に持ち替え、振り上げた。 


「そうだ」


 静かにシグネの脳天に打槌をお見舞いした。

 短く悲鳴を上げた後、シグネは動かなくなった。



「――或る意味ではな」



 懐かしい響きだった。

 ロアが生まれた頃、すなわち300年前まではまだ精霊や妖精、魔族といった存在が世界中に居た。

 もちろん神の存在も信じられていた。


 それが急に、忽然と姿を消した。

 人々の記憶にも架空の存在として刻まれた。

 歴史にして100年ほど前からだろうか。

 ロアを含めた守護者たちが異変に気づいたのは、それからだ。


 神も、実在していた。

 如何なる超常もロアの身近に在ったのだ。


 しかし、人間以外のヒト型の種族が消え去り、誰もそれら亜人種を覚えていなかった。原因究明の果て、辿り着いた答えが『七つ夜の怪異』という神隠しの儀だ。


 ――曰く、真実を虚構にする祀り事。


 本当に在ったモノを呑み、無に還す祟り。

 誰がそんな怪異を生み出したかは分からなかったが、十数年かけて祟りの発生源を突き止めた。


 北レナンサイル山脈の周辺。

 ガロアという、邪教の神を祀った祭壇だった。


 放っておけば危険と判断した守護者の代表は、ロアに事件解決を命じた。それから80年前の【メトミスの怪】以降、ロアは七つ夜の怪異を滅却するために奔走している――。




 ロアは密林を戻り、銃撃音がけたたましく鳴り響く方を目指した。

 そこには正気を失ったカレルがいる。

 師匠の仇を求め、吠え散らしている。


「ハッハッ! 爺さん、今に土産を送るぜ!」


 歪な形状の猟銃が呻りを上げていた。

 銃声で鳥が飛び立った。樹々がざわめいた。


「正真正銘の"冥途の土産"だ、ハッハッハ!」


 カレルは哀れだ。

 巻き込まれたタイミングで最も大切だった存在を喪ったが為に、それに報いることが己が望みのすべてと勘違いしている。

 今の彼は狩人ではなく只の狂戦士だ。


「哀れな。俺が救ってやろう」

「あぁ? テメェが爺さんを殺したんだな!?」

「ふ、以前も聞いたな。或いはそうかもしれん」

「ほぉぉうら! 覚悟しなぁ!」


 カレルは既に猟銃の連射で手を火傷している。

 爛れた手でも意に介さず、速攻で撃った。

 ロアはその銃弾を抓んだ(・・・)


「ハッハッ―――は……?」


 哀れだ。

 七つ夜の怪異は、願いを叶える儀式でも、求めた物を手に入れる為の椅子取(デス)りゲームでもない。


 ――腐葉土が静かに舞い上がる。

 ロアはカレルの胸元に正拳突きを喰らわせた。

 人には不可視の、異次元的な速さだった。


「ぶぅあぁ!」


 カレルは反吐を巻き散らし、膝をつき、倒れた。

 即死はせずとも、あれほどの威力で殴られたら常人は臓器が破裂し、いずれ死ぬ。

 ロアは躊躇しなかった。


「……ぐ……う……ぅ……」


 息も絶え絶え、カレルの精気が失われていく。

 あと数刻で死ぬ。


「しばし辛抱を。両者とも行動不能になれば勝負は引き分けだ。他の勝敗はどうか知らないが、君たちは夜明けを迎えるだろう」

「爺……さんの……仇……」

「それはまやかしだ」


 仮にその願いが七つ夜で果たせたとしても、それは虚構のもの。いずれ消え失せる。

 現実では叶えたか否かも覚えていまい。


 シグネは勘違いしていた。退魔の『魔剣』を持っていれば現実でも願いが叶うと思ったのか。

 ヒトの欲はくだらない。

 幾度もの『七つ夜』でロアも見飽きた。


「はぁ……。今回は必ず、俺が皆を救う」


 密林は崩壊を始めた。

 青々とした樹々は、表面からガラスのように砕けて上空へと吸い上げられるように舞い上がった。

 腐葉土も、枯葉も、飛び交う鳥たちも。

 此処が万華鏡のような、細片の鏡に映る虚像だったとまざまざ思い知らされる。



「ふっふふっ」



 聞き覚えのある声が、崩壊の刹那に響いた。

 ……気がした。


 ロアの五感でももう確かめられない。

 そこは既に空白の世界だ。



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