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Episode12 第二夜 - 籠鳥雲を恋う


 ロアを追いかけてリンピアは草原を走る。

 少しして、晴天だった空に陰りが見え始めた。

 ガサリ――。空を認識した途端、足場を踏みしめる感触も変化した。


「うん?」


 はっとなり、リンピアは立ち止まった。


 鬱蒼と生い茂る森……。

 足音は枝葉を踏んだ音だった。

 孤児院の建つ草原から場所が遷ったようだ。

 ロアの言葉を借りるなら"次の舞台"へ移ったという事だ。

 そう確信し、リンピアは身構えた。


 ここからは別の観測者――。

 カレル・ロッシは確定として、シグネ・トイリやリルガ・メイリーがいる可能性が高い。

 その3人がオットのように狂暴になったなら、何処からともなく一撃が飛んでくるかもしれない。

 それが銃弾か魔弾かは分からないが。

 どちらにせよ油断ならないのだ。


「魔力の気配がある」


 ロアが口元に指を当てて静かにするようにジェスチャーした。


「銃声が聞こえるな。1……2……連射している」

「何も聞こえないよ」

「確かに音がする。上から探ってみよう」

「え――」


 ロアは乱暴にリンピアを脇に抱え、跳躍した。

 急に高い所へ押し上げられて絶叫が漏れた。


「えええぇええ!?」

「静かに」

「っ……ごめんっ……」


 恐怖心を押し殺して目を瞑っているうちに、瞬く間にリンピアは樹上に連れて来られた。

 密林の、笠の広い木々が立ち並んでいる。


「はぁ、高いねー」


 それにしても。リンピアはロアを仰ぎ見た。

 彼は背中にオットを負ぶった上で、さらにリンピアまで担いで息一つ乱していない。

 これだけの運動量でどうして?

 如何に超人的な身体能力があるとしても、動けば呼吸も乱れるだろうし、体力も消耗するはず。


 "君が第一夜で出会った屍と同じだよ"


 ――まるで本物の幽霊のようだ。



「どうした、リンピア?」

「ロアくん。白熊を背負った時の話、教えて」

「なにを言ってるんだ、君は……。今はそれどころじゃない。その話は第二夜が終わってからだ」


 まったく何を理解不能な、という雰囲気で言葉を返された。


「うん。約束ね」


 ふざけて聞いたわけじゃない。

 こんな状況でもロアから感じる不自然さの方が大事だと、リンピアの直観が告げていた。


 パァンという残響音が響き渡った。

 同時に、鳥の群れが密林から飛び立った。


「あそこか。狩猟でもしているようだ」

「狩猟? え、なんで……?」

「わからない。近づいてみよう」


 ロアは二人を抱えて飛び立った。

 軽々と木々を跳躍していく。その間もリンピアはロアの呼吸音、心音に耳を傾けていたが、何も聞こえない――。




 近くまで辿り着いてみれば、なるほどそういうことかと納得いくものを見れた。

 カレルが狂ったように銃を乱射していた。


「そらそらぁ! どうだ!? かかってこい!」


 リンピアとロアは樹の上から様子を伺った。

 カレルは一心不乱に何かと抗戦している。


 猟銃は(ひしゃ)げ、銃弾が放てるような状態には見えない。歪んだ銃身からはよくわからない棘も飛び出していた。

 もはやアレは銃ではなく、魔力の塊だ。

 装填もせずにライフルを乱射できるのも、そもそも銃弾が魔力でできているからだろう。

 それをカレルは無意識に使い熟してる。


「お前らが爺さんを殺したんだろう、ええ!?」


 オットの狂い方が"静"ならカレルは"動"だ。

 獲物を見つけ次第、見境なく殺す気らしい。

 その対象が周囲にいる野生動物になっているらしく、見ていて間抜けだと思うが。


「ねぇ、ロアくん――」


 これどうする、と問おうとロアを見上げた。

 そこで言葉が止まった。


「――――」


 ロアはまったく違う方向を見ていた。

 密林の中でも、また別の樹の上。

 リンピアたちが息を潜める太い枝と同じ高さの、別の枝に黒い影が止まっている。


「あら、バレてしまったかしら」


 黒い影はローブ姿の女だった。

 こちらを挑発するように大声ではっきり喋った。

 声の主は心当たりがある。


「シグネさん……?」


 目を凝らして見ると、古めかしい魔術師ローブを被り、怪しく微笑むシグネ・トイリの姿だった。

 ロアは警戒して一言も喋らない。

 例の赤黒い魔剣を生成する準備なのか、手を背に隠し、魔力を込めている。気絶したオットは幹に寄りかけるようにして既に下ろしていた。

 この入念さは今までにない。

 相手は趣味で魔術を嗜むだけの三流魔術師。

 なぜ、これほど警戒しているのか?


「酷い顔……。私には優しい言葉をかけてくれないのね」


 シグネは残念そうにロアとリンピアを眺めた。

 私には。――待遇の違いのことか。

 リンピアは眉をひそめた。気分が悪い。


「ああ。貴女は気にしなくていいのよ。私はそこの男に用があるだけなのだから」

「ロアくんに? いったい何の用ですか?」

「何だっていいでしょう。貴女には関係ないわ」


 この口ぶりは旧知の仲ということなのか。

 不審がってロアを見ると、彼は首を振って、知らないとアピールした。

 黙るように合図もあった。

 そのまま小声で耳元に囁かれる。


「あの女は依頼主の一人だろう?」

「あ――」


 その一言で察した。

 鍵を握るスキルワード亡き今、一番怪しいのはスキルワードとともに依頼者側として調査隊を指揮していたシグネ・トイリだ。

 あらかた、現実世界の手紙の依頼主もスキルワードからシグネに変わっているに違いない。

 ロアがこれほど警戒するのも、七つ夜の怪異の秘密を知る第二勢力の可能性があるからだ。


「何をごちゃごちゃ話してるのかしら。――まぁいいわ。確認だけど、貴方は【神の代行者】で間違いないのよね?」

「神の……代行者……?」


 ロアにまた新しい呼び名ができた。

 神? シグネは敬虔な宗教家なのか。


「遺跡で見つかった碑文に、七つ夜の怪異と同じく【神の代行者】のことが記されていたそうだわ」


 シグネが徐々に近づいている気がした。

 樹の枝に止まっている筈だから錯覚だろうが。


「曰く、【神の代行者】は無機質な(かお)で、赤黒い魔を操り、時すら超越して悠久を生き続ける……とか? どう見ても貴方のことね」

「さて何のことか。悠久を生きる? 俺が?」


 ロアは嘲笑うように言い返した。

 シグネはすぐ激情した。


「とぼけないでっ! トヤオ町で夜な夜なそこの小娘と話しているのを聞いたんだから」

「こ、小娘っ」


 リンピアは垢抜けない自分を恥じた。


「随分と長生きだそうじゃない」

「盗聴とは趣味の悪い女だ」

「ふん。どうとでも言いなさい。第一夜で赤黒い魔力もしっかり見届けさせてもらったわ。私は貴方の力が手に入れば何だっていいの」

「それが探し物か? つまらない欲望だ」


 煽るようにロアは問いかけた。


「こんな呪い、欲しいならくれてやりたい所だが、そうもいかない。シグネ・トイリ――お前が七つ夜の怪異を先んじて滅却しようとした動機を聞いてからだ」

「怪異の滅却? 何のこと?」

「リンピアに絵を頼み、記録を残そうとした」

「知らないわ」


 シグネ・トイリもとぼけている。

 これでは二進も三進もいかない。


「では、お前が七つ夜の狂気に染まらないのは何故だ? 第二夜からは殺し合いだ。お前の対戦相手は下で吠えているが」


 ロアの言う通り、遥か下の樹の根元で、カレルが師匠の仇を討たんと銃を乱射している。

 時折、はっはっはという大笑いも密林に響く。


「あんな狂犬と戦ったら骨が折れそうだもの。確かに気が立っているようだけど、私の場合は……魔除けのアイテムのおかげでしょうね」

「魔除け?」


 シグネはローブから怪しく光る短剣を見せた。

 それを眺めたロアは一言、ほう、と呟いた。

 それがどういう物か知っている様子だ。


「とにかく貴方の力を渡しなさい。神の代行者なら人間の願いを叶えるくらい、訳ないのでしょう」

「勘違いも甚だしい。神が万能だとでも?」

「人間よりは有能でしょう。

 ……渡す気がないなら力ずくで奪うわ」


 ロアの煽りに痺れを切らしたシグネが、ついに動いた。こんな身動きが取れにくい場所で何をするのかとリンピアは疑問に思った。


「え?!」


 シグネは宙を浮いていた。

 先ほどから近づいているように感じたが、錯覚ではなかった。樹の枝から離れ、ふわふわと浮遊しながら着実に近づいてくる。


「浮遊魔術……?」


 風魔術は一般的に難しいとされる。

 自然界と密接に関わる魔術ほど難しい。

 火や電撃、水は人間が掌握しやすい一方で、風や土は自然法則が複雑だからだ。魔術界でも歴史ある名家の術者で、ようやく竜巻きが起こせる程度。


「どうやってそんな魔術を……」

「さぁ? 私自身も驚いているわ」

「そっか。オットと同じように、この怪異の中で目覚めた能力ね。三流(・・)相手でも、七つ夜の怪異は特殊な魔力を授けてくれるってワケか」


 リンピアは余計なことを言った。

 口は災いの元とも言うが、魔術師として仕事をしてきたプライドもあり、趣味人のシグネをどこかで見下していたのかもしれない。

 まずいと口元に手を当てるも遅かった。


「そうね。生娘から先に始末しましょうかっ」


 シグネは宙に浮いたまま、炎の弾丸魔術を放ち、リンピアたちが足場にする枝を焼き尽くした。

 がくり、と重心が揺れた。


「あ……!」

「チッ……リンピア!」


 ロアが手を伸ばす。が、届かない。

 彼自身も足場がなく、落ちゆくのは一緒だが、より幹に近かったロアの方が後から落ちた。


「待っていろ。今――」

「貴方の相手は私よ」

「む」


 そんなやりとりが頭上で聞こえてくる。

 リンピアは、ロアがすぐ助けに来てくれると思ったが、シグネに阻まれてそれは叶わなかった。

 硬い地面が迫ってくる。

 それに加え、


 はーっはっはっ! 何処だ! 何処にいる!


 威勢のいいカレルの雄叫びが聞こえていた。

 打ち所よく、無事に着地できたとしても、その直後にはカレルに蜂の巣にされるかもしれない。

 自力で何とかせねば――。



 考えた刹那、地面から土が盛り上がった。

 巨大な岩の手が花を咲かすように開き、リンピアを包み込むように受け止めた。


「これって…………うっ!?」


 勢いを殺し切ることができず、リンピアは巨大な岩の手の中で背中を打ちつけた。巨大な岩の手は、優しく握るようにリンピアを包み、完全に外界から遮断した。


「っ……痛ーい……」


 リンピアは今、岩のドームの中にいる。

 真っ暗になった視界でそれだけ確認できた。

 当然こんなことが出来るのは一人しか心当たりがない。


「オット、そこにいるの?」


 暗闇に声をかけても返事はない。

 オット・ファガーも直前まで一緒にいた。

 足場にしていた枝が焼き切られたなら、彼も一緒に地上へ落下したはずだ。その彼が目覚め、土や岩を操る能力で助けてくれたということか。

 護ってくれたのだろうか?



 次第に岩のドームは崩壊した。

 視界が明るくなっていくにつれて、周囲が見渡せるようになる。


「あれ、戻ってきた……?」


 そこは密林ではなくなっていた。

 孤児院がぽつんと建つ草原。

 まさか、またオットとどちらかが死ぬまで戦えという怪異の意思が働いたのだろうか。

 リンピアはげんなりして溜め息を零した――。



 ところが、この孤児院は少し違う。

 生々しい。先ほどのジオラマではない。

 本物でもないようだが、しっかりと時が流れ、草木が揺れ、花壇にも子どもたちが植えた木の実が萌芽して……まるで呼吸をしているような生々しい世界が広がっているのだ。


「これ、私が過ごした孤児院だ」


 茫然としていると、鐘の音が鳴った。

 すると子どもたちがきゃっきゃと飛び出してきて庭で遊び始めた。見覚えある顔もチラホラ。

 その中に農具を担いで裏庭へ回る子がいた。

 寡黙な性格をしているのか、他の子と遊びにいく様子はない。


「オット……!」


 それは幼少期のオット・ファガーだった。

 これは怪異が仕組んだ悪戯だろうか。

 リンピアは後を追いかけて、幼少期のオットが目指す裏庭へと足を運んだ。



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