四、緊張感は家出中
文章の長さが安定せず、申し訳ない(^_^;)
初投稿ゆえ、ご容赦を。
青い瞳が警戒心に染まる。
商人の娘だけあって、明希葉の笑顔に騙されない。或いは、染みついた血の臭いのせいか。
「……どちら様でしょうか?」
「依頼されたの。あなたを助けて、って」
少女の役柄を意識して、出来るだけ柔らかい口調を選ぶ。もちろん、声音は可愛らしく作っている。
「こんな子どもに……いえ、でも……」
ぶつぶつと呟き、お嬢様は姿勢を正した。
「私はブローシュ商会会長の娘、セレナ・ブローシュ。ご助力、感謝します」
その眼差しはある種の覇気があり、上に立つ者のカリスマ性を放っている。
「気まぐれだもの、気にしないで」
お嬢様のお礼を軽く流し、抜き身の剣を置く。鞘なく持ち歩けないため、この剣は捨ておかれる。
捕虜の武器を漁りに行こうとした明希葉に、セレナは声をかける。
「必ずお礼をしますので、お名前を教えて頂けますか?」
「名乗るほどの者ではありません」
どこかで聞いたことのある言葉を返し、近くの捕虜から剣を鞘ごと抜き取る。蒼白な顔色の捕虜と目が合い、愛らしいと定評のある笑顔をサービスする。
泡を吹いて気絶した。
酷い輩もいたものだ。発情されても殺したくなるが、可愛い顔をサービスして気絶するなんて――理不尽な怒りを抱きつつ、明希葉は立ち上がる。
「ぜひ、名前を教えてください」
めげないお嬢様である。
セレナは立ち上がり、わざわざ視線を合わせて言う。残念なことに、セレナ嬢の身長は美羽と同じくらい――屈める動作が忌々しい、と明希葉は苛立ちを隠す。これが異世界女性の標準だとしたら、夢も希望もない。
「ふふふふっ、依頼主の男性はわざと名前を聞かなかったというのに」
笑い声が乾いたものになるのは、ご愛嬌だろう。
実際、あの男は必要以上にこちらに関わりたくないのだろう。名前を交換する素振りすら見せなかった。
「依頼主が誰なのか存じませぬが、恐らく私の護衛を勤める誰かでしょう。私は彼らの判断を信頼していますが、私自身の勘も尊重します」
芯の通った声と眼差しは明希葉の好みで、あの男と同じく気に入る要素を含んでいる。
「……五月七日明希葉」
良い友人になれそうだと思ってしまったのだから、仕方ない。明希葉の中に、妙な敗北感が広がる。
セレナは困惑したように瞳を揺らし、口を開く。
「ツーウェーラアキューヴァ?」
「……」
思わず無言になる。
日本名がお洒落な外国語になった。
「つ・ゆ・り!」
「ツェ・ウェ・リュ」
何度言い直しても、日本語にならない。しばらく正しい発音を繰り返したが、明希葉は先に根負けした。
「もう……ツェーリでいい」
この瞬間から彼の名前はツェーリである。
今日一番の疲れを感じながら、溜め息を堪えた。
「申し訳ありません、ツェーリ様」
「様って……いいよ、もう」
突っ込む気力もない。
「戻ろう」
随分遠くに来てしまった。どうやって戻ろうかと思案していると、黒い馬が一頭近づいてくる。ツェーリに馬体を擦りつけ、嘶く。
「一緒に行く?」
脚を曲げて頭を擦りつけてくる馬を撫で、顔を向けた先ではセレナも一頭確保していた。
「捕虜ニ、三人欲しいって言われたからねぇ」
もう一頭を捕虜の運搬用に捕まえ、その背に捕虜を乗せる。
「ぐぇ、ちょ、まっ!」
腹を下に、手足は縛ったまま。完全に荷物扱いだ。苦しい体勢を強制され、文句が聞こえる。
捕虜を二つ並べ、その上に手足を折った奇術師。
「重いけど、よろしくね」
馬を労り、ツェーリはその手綱を引いてセレナへ渡した。
「お嬢様、この手綱をどうぞ。わたしはこれがあるので」
剣を見せ、護衛に専念すると言う。
「……彼らは?」
馬に積んだ者以外に、数人の捕虜が地に転がっている。
セレナの疑問に、ツェーリは小首を傾げた。
「運が良ければ助かるかも?」
これ以上は邪魔になるため、置いていくつもりである。何やら罵声が聞こえるが、取るに足らぬものだ。
「……恐ろしい御方ですね」
「敵にかける情はないの」
楽しそうに笑い、なついてくれる馬へ軽やかに飛び乗る。例のごとく、馬上では鐙に届かない。
恐ろしい獣に食われなければいい、と蚤サイズの慈悲をかけて馬の脚を進ませた。
セレナは肩をすくめ、馬に跨がる。捕虜の馬を引きながら、ツェーリの先導に従った。
きゅるるる~
間抜けな腹の音は、ツェーリの気力を奪った。
「お腹すいたぁ」
きゅるぅ、と腹の虫が返事をする。
昼時は過ぎている。朝に果物をいくらか口にしたが、それっきりだ。戦闘の高揚感か、先程は気づかなかったが――全身にのし掛かる疲労。
目的地まで遠い。捕虜を引っ張っている現状、馬を駆けるわけにはいかない。
「あらあら……困りましたね。ここに食べ物などは……」
右後ろにいるセレナは困ったように微笑み、視線を巡らせた。
「野菜でも果物でも木の実でもいい……栄養が足りない……」
警戒心が標準装備のツェーリは不意をつかれることはないが、活力は必要だ。
「ツェーリ様、あれを」
セレナの指差す先を見て、ツェーリは一言問う。
「あれ、食べれる?」
「腹持ちはよろしいかと」
次の瞬間、彼は馬上から姿を消した。
手綱には剣を縛りつけ、残されていた。
「うっわぁ~、おっもぉ~い!」
セレナに追いきれないスピードで動いたツェーリは猿のように木を登り、自分の顔より大きい果実を収穫していた。
才能の無駄遣いである。
あまりの早業に、セレナは唖然とするしかない。
馬も急になくなった重みに嘶き、脚を止めた。
人騒がせなツェーリは本人だけが楽しく、果実を吟味していた。
明希葉改めツェーリは中々にマイペースです。
どんどん図太くなると思われるので、よろしくお願いします。