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彼は今日も猫かぶり  作者: 灰かぶり
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三、電光石火の救出劇

 ――お困りかい? 助けてあげようか。


 何の前触れもなく、そう言ったのは愛らしい魔物だ。先程から肌が粟立って止まらない。男が長年 つちかった勘は、見せ掛けの可愛らしさにだまされなかった。

 現に、本性を顕にした子どもは性質たちの悪い殺気を放っている。

 好敵手を求める戦闘狂と違う。

 敵対したら最後、虫けらのように排除するタイプ。その相手に情の一つも残さない、関わりたくない相手だ。

 けれど、男は決断する。優先順位を間違わないために。



 硬直する男を見ながら、明希葉は現状を確認する。

 芋虫な青年は途中で力尽きたのか、ぐったりとしている。

 足場にしている馬車を爪先で軽く蹴る。

 側面は木製、屋根はアーチ型で光沢のあるかわを貼りつけている。後ろは屋根と同じ革をかけ、側面に固定する金具がついている。

 荷馬車だろうか。窓はなく、人を乗せるには不都合な造りをしている。

「……頼む」

 まるで血を吐くように、男は言う。

「お嬢を……俺の主を、助けてくれ」


 事情を聞けば簡単な話であり、裏がありそうな話だ。

 ブローシュ商会の娘セレナ・ブローシュの奪還、相手は恐らく傭兵だという。

「手際が良すぎる。あいつら、お嬢だけをさらって逃げやがった」

 馬車にはいくらかの商品を積んでいるし、金貨もそれなりに持っている。それ等に見向きさえしなかったのは、不自然だ。傭兵くずれや盗賊ならば、金目のものを見逃さないだろう――ゆえに、何らかの依頼を受けた傭兵の可能性が高い。

「ふーん……ま、いっか。そういうのは、後で考えれば」

 ぐーっと屈伸した明希葉は踏み荒らされた地面を見て、急いだ方がいいと結論づける。時間が経てば、それだけ追えなくなる。

「わたしがいない間に、死なないでね」

 にっこりと可憐に笑って見せる。

「……馬車ん中に薬がある」

「なるほど」

 這いつくばっていた青年は薬を目指していたらしいと納得し、明希葉はもう一つ尋ねた。

「殺していい?」

「二、三人残してくれ」

 そのこたえに、明希葉の機嫌は上昇。

「ふふふ、いってきまーす」

 手を振り、森の奥へ姿を消した。



 地面に残る痕跡こんせき辿たどり、明希葉は先を急いだ。

 あの場に馬はいなかったから、お嬢様と一緒に持っていかれたのだろう。

 蹄に踏み荒らされたあと。その数は二頭より多く、傭兵の馬も含まれているに違いない。その辺は詳しく聞かなかったが、動きようはある。

「――いた」

 意識の網に引っ掛かる気配。脚に力を入れ、さらに加速。最後尾の馬が見える。

 最後尾の馬は二人乗りをしていて、後ろの人間が明希葉に気付いて弓に矢をつがえる。


 飛んでくる矢を狼のツノで弾き、真横に飛ぶ。

 カカッ

 先程までいた場所に、二本の矢が刺さる。

 明希葉は足を止めず、上へ跳躍する。

 木の枝を掴んだところで嫌な悪寒に襲われ、体を揺らして前へ――別の枝へ飛び乗った明希葉の背後、水の球が着弾する。それを音だけ確認し、狼のツノを投擲した。

「ぐぅ!」

 射手の胸にツノは突き刺さり、落馬する。

 ツノの後に身を投げ出した明希葉は騎手の後ろに着地し、その首に腕を回す。

 ゴキィッ

 手際良く首の骨を折り、揺れる馬の手綱を掴んで宥める。騎手の腰に差していた剣を鞘ごと引き抜き、用済みになった人間は棄てた。

 人馬一体、明希葉は駆け抜ける。

 美羽の多趣味に付き合わされ、乗馬は人並み以上である。彼女ならばはだかうまにも乗れるが、あれは例外だ。

 小柄なせいであぶみに足が届かない。それでも下肢に力を入れ、馬体に固定する。

 ただ、お嬢様奪還だけに集中する。

 水の球を飛ばしてくる輩が煩わしく、その馬に横づけして剣 (鞘つき)で薙ぎ払う。馬から放り出されたが、運が良ければ生きているだろう。

 剣を抜き、鞘を近くの騎手にぶつける。その衝撃で騎手は落馬し、主を失った馬はスピードを落とした。

 乾いた唇を舐め、明希葉は馬の腹を蹴る。

 ぐんっと加速した馬上で体勢を低くし、風圧に耐える。斬りかかってくる敵をなし、時には斬り捨てる。

 視界に入る、後ろを気にしている大男。

「――止まれ!!」

「ふざけんなっ、クソガキ!」

 後ろから見えないが、恐らくあの男がお嬢様を抱えている。彼らにすれば、こんなに早く追いつくのは誤算だろう。追っ手がかかった頃には、すでに行方知れずになる――そう思っていたに違いない。

 二つの馬は並走する。

 大男の腕に抱えられているのは、麻袋に入れられた物体だった。

 それを確認した明希葉は、躊躇ためらわなかった。

 明希葉は飛び上がり、大男の頭をかち割った。

 麻袋を左腕で抱いて確保し、大男を力一杯蹴り飛ばす。肋骨が砕けて吹っ飛んだ大男の姿に恐れをなしたのか、生き残った者は逃げ散った。

 両手がふさがり、馬を制御出来ないと見て飛び降りる。馬はそのまま走り去る。

 どう見ても人が入っている麻袋の結びをほどき、中身を出す。

 人間のお嬢様である。

 レモン色の髪は乱れているが、特に目立った傷はない。

 意識はなく、口元に手をかざすと呼吸を感じられる。

 お嬢様を地面に寝かせ、麻袋を適当に引き裂く。落馬させた人間の息を順番に確め、生きている者を麻袋を裂いた紐 (?)で手足を縛る。その中には水の球を飛ばしたやからもいたため、念のため手足を折る。これならば、不思議な力を使っても簡単に逃げられない。

 自分なりの事後処理をしていると、お嬢様は目を覚ました。

「な、に……っ」

 ひたいを押さえ、上体を起こすお嬢様と視線が合う。

 明希葉はにっこりと笑った。

「はじめまして、お嬢様」

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