表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼は今日も猫かぶり  作者: 灰かぶり
1/5

プロローグ

 住宅街の一角。

 小柄な体は跳ね上がり、強烈な蹴りを放つ。

「ぐぅっ!」

 腹を蹴られた男は吹っ飛び、石造りの塀にぶつかる。

 向かってきた男の腕を掴んで背負い投げ、立ち竦んでいた女の顔面に拳を振るう。

「あ、あぁ……」

 鼻先で寸止めされた拳。女は呻き、へたり込んだ。

 派手な大立回りを演じたのは、幼げに見える少女だった。

 乱れた栗色の髪は柔らかく、ウェーブがかかっている。大きな瞳は琥珀を嵌め込んだような色合い、きゅっと引き結ぶ唇は小造りだ。

「変態さん」

 鈴を転がしたような可愛らしい声。

 どこからか現れた数人の男女が乱雑に三人を捕縛し、連れていく。

 そんな非日常に何とも思わなくなった自分が嫌だ、と体の緊張を残したままに思う。

「ご主人様」

 鼻息も荒く己を呼ぶ相手を、視界に入れたくない。

 内心の罵倒を押し込めて、小首を傾げる。

「だーめ、まだ足りないの」

 お預けだよ、と愛らしい顔に浮かぶ笑み。

「ねぇ、変態さん」

 股間を膨らませている輩など、変態で充分だ。

「お願い、聞いてくれるよね?」

 ああ、本当に嫌だ――声を作り、無垢な少女のふりをする。

 身も心も男な美少女は、成長期を切望していた。



 五月七日つゆり明希葉あきは、十六歳。

 幼い頃からお人形さんのように愛らしく、常に身の危険をひしひしと感じていた。道を歩けば痴漢と痴女を釣り上げ、ストーカーは順番待ちしている有り様。男だと公言するが、人間の業の深さを思い知るだけだった――少女めいた男に需要があるなんて、知りたくなかった。

 父親のツテで道場に通い、開き直って変態を管理してみたり――もはや悟りの境地である。容姿は最大限利用すべきなのだ。男のプライドでは、世の中渡れない。


「つーゆーりーっ!」

 放課後、 学校の廊下――両腕を広げ、突進してくる物体を華麗に避ける。空振りしたその手をわきわきと動かし、振り返った少女は大袈裟に嘆く。

「冷たいっ! 冷たいよっ、つゆりん!!」

「誰がつゆりんか」

 冷ややかに返した声は、男の子のものだと分かる程度には低い。

 野口美羽、五月七日明希葉の大親友を自負する少女である。

 歩き出した明希葉の後を追いかける美羽は楽しげに、足取りは軽やかだ。にひひっと笑う彼女は悪戯っ子そのものの顔で、美人な顔面を台無しにしている。

「……」

 猛烈にイライラした明希葉は、美羽の腕をぺしぺしと叩いた。

「ちょっ、いたっ!」

「うるさい、縮め」

 頭を叩きたいが、届かない事実をが腹立たしい。

 美羽は女性にしては長身なのだ。

「つゆりさん、つゆりさん。可愛らしいつゆりさんはどちらに?」

 身長に対する主張は一段落し、美羽は美少女な明希葉を求めているらしい。

「主張中です」

 ばっさり切り捨てる。

 美羽は児童ポルノに引っ掛かりそうな性癖は持たないし、「あたしの好みは年上のナイスミドル」だと断言している。可愛こぶっても、何も釣れない針を垂らすのは無駄だろう。

 じゃれ合いながら玄関に差し掛かったときだった。

 ぐにゅり、と足が沈んだ。

「は?」

「どわぁっ」

 女子力皆無な叫びを聞いたのを最後に、明希葉の意識は途絶えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ