4話
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青野さんは電話に出なかった。
ピエロはあいかわらず、もがいている。ひび割れたような声で、あるいは悲鳴のような甲高い声で、あたしに向かって言い続ける。愛をください。愛してください。何でもするから愛してください。必死にバッグの下から出ようとしているのだろう、小さな腕が布団を叩く音が聞こえる。
「青野さん……」
あきらめられなくて、あたしはかけなおす。なにかをしていないと不安だった。ピエロが恐いのなら、逃げればいい。いっそ、焼いてしまえばいいのかもしれない。でも、なにをしても、ピエロはずっとあたしを追うような気がして、解決するしかないと思うのだ。
「青野さん、お願い……」
つながらない電話に、あたしは祈る。普段ろくに口をきかない相手なのに、こんなにもすがっている。でもあたしには他に、頼れる人がいなかった。
「お願い……」
病院での一件以来、彼女は変わった。
すこしずつだけど、雰囲気が違うものになっていった。着ているセーターの色も、紺やグレーといった落ち着いた色になった。短いスカートはあいかわらずだけど、持ち歩いていた小物もシンプルなものに変わっていった。
綺麗に弧を描いていたまつ毛も、ピンクのアイシャドウも、グレーの落ち着いた色になって、化粧の仕方も変わった。誰かとつるむこともなくなり、一人で歩いているのをよく目にした。
その変化は早急なものではなく、徐々に徐々に、一日一箇所、すぐには気づかないようなところがかわっていった。すぐそれに気づいたあたしは、やはり青野さんの出来事を知っていたからだと思う。
そしてあの豊かな髪をばっさり切ったときから、彼女の態度は一変した。いつも静かな瞳で、静かな口調で。あまり目立つこともなくなった。
それでも不思議と、彼女が中絶したという話を耳にすることはなかった。学校の生徒が妊娠したという噂が流れるのは珍しいことじゃないし、実際あたしも何度か聞いていた。彼女の彼氏が大学生だというのもあったからだろうか。変わった変わったと注目されはしたけど、失恋したのかな、と囁かれた程度で、中絶したという話はまったくもってなかった。
彼女は今も変化の真っ最中で、シールをべたべた貼っていた教科書もまっさらになっている。除光液で落としたのか、それとも買い換えたのか。毎日会うクラスメイトより、時たま会う程度のあたしのほうが、その変化をひしひしと感じた。今の彼女の昔の名残といえば、やはりバッグにつけたくまのぬいぐるみぐらいだろうか。
何度も何度も、留守番サービスにつながってしまう。それでもあたしはかけなおす。
病院で涙した彼女と、ピエロを差し出してきた彼女。それは間違いなく同一人物なのに、別人のようだった。静かな瞳には、大切なものを失った、悲しみに満ちた黒い影が宿っていた。
「青野さん……」
出ない。どんなにかけてみても、出ない。
あたしは一人、うなだれるしかなかった。
あいかわらずピエロは元気だ。困ってしまうぐらい元気だ。愛をください愛をください。お願いです、愛をください。
耳をふさいでいると、メールが一通。名前は浩二。タイトルは『ごめん』。
『さっき、変な電話してごめん。俺、真悠が妊娠したらどうしようって心配だったんだ。真悠のこと、傷つけたくなかったんだ』