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3話

       ○○○


 青野さんとは、同じクラスではない。

 隣のクラスで、名前と顔は知っていたけど、お互い知っていたのは存在だけだった。

 きっかけは、去年の冬休みの課題テスト明け。あたしは生理不順と生理痛の相談をしに、テストが終わって午後休みだったのを利用して、産婦人科にきていた。

 評判がいいと聞いて行ってみたけど、そうでもなかった。いつもの女医さんが運悪くその日はいなくて、かわりにベテランの男性の医師だったけど、手練すぎて流れ作業のような診察をされて、正直不満だった。

 基礎体温をつけて様子を見よう、と言われて、基礎体温表と痛み止めの薬を出された。診察室から出たら、あたしと同じブレザーを着た人を見つけたのだ。

『青野さん、だよね?』

 あたしの呼びかけに応じた彼女は、同姓からも可愛いと評判だった。ゆるパーマをかけた長い髪に、ピンクのニットがよく似合って、テスト期間だからか化粧はほとんどしていないけどまつ毛も長くて。短い丈のスカートからのぞく脚はとても細かった。持ち歩く小物も可愛い系で、濃紺のスクールバッグには、あたしのピエロと同じシリーズのくまのぬいぐるみがついていた。

 彼女はあたしに気づくと、わきにおいていたバッグを抱えて、席をあけてくれた。待合室は混んでいるし、別に他に座る理由もなかったので、あたしはありがとうと隣に座った。

 胸にかかる髪を指に巻きながら、青野さんは『生理不順?』と訊いてきた。明るい声に、丸くて大きな瞳。あたしは素直にそうだとうなずいた。

『なんか周期がばらばらで、生理じゃないときもお腹痛くなったりするからさ、念のためにって。青野さんも?』

『私は、違うの』

 首を振って、彼女はくまをなでる。そのしぐさが可愛くて、あたしは同姓ながら思わず頬が緩んだ。

『妊娠したの』

 あっけらかんと、彼女は言った。

『だから、今度、堕ろすんだ』

 あたしはぽかんと口を開けていた。それを見て、青野さんはくすりと笑った。

『まさかまさかとは思ってたけど、いい加減やばいかなと思って調べたら本当にあたっててね。だから、病院にきて、いろいろ相談したんだけど……』

 あたしの口からかろうじて出た言葉は、一人で来たの? だった。あちこちであたしたちのように話をしている人たちがいるから、待合室は案外この話が響かなくて、制服を着たあたしたちをしげしげと見る人もそれほどいなかった。

『親と来たの。今、トイレ行ってるんだけど……泣いてるんじゃないかな。あたしが妊娠したって聞いて、そうとうショック受けてるもん』

 彼女の声は、つとめて明るかった。妊娠して堕ろすなんて話なのに、全然気にも留めていないようだ。こんなに簡単にあたしに話すなんて、正直どうだろうと思ってしまう。

『赤ちゃんってさ、三ヶ月だとけっこう大きいんだ。ケータイと同じぐらい。それを子宮に器具入れてバラバラにするんだって。もう、指とかもちゃんとできてるのに』

 思わず、口元が引きつった。この子、何でこんなことを平然と言うんだろう。できたら堕ろせばいいなんて簡単に思ってるのかな。

『ケータイぐらいの子供が、今、私のお腹にいるんだって。なんか、あまり実感がないんだよね』

 触ってみてよ、と、青野さんがあたしの手をとる。抵抗する間もなく、制服ごしに彼女のお腹に触れた。

『お腹もまだ、ぺったんこなのに……』

 青野さんの声が、かすかに震えた。あたしの手をとる指先も、小刻みに震えていた。折り目の綺麗なプリーツごしに、彼女の体温を感じる。しっとりと、つかむ手が汗ばんでいた。

『……ね』

 なにが、ね、なのだろう。あたしは自分でもよくわからない相づちをうつ。青野さんは、またくすりと笑って、かすかに鼻をすすった。

『彼氏は、このこと知ってるの?』

『知ってるよ』

『それで、堕ろすことになったの?』

『うん』

 そう、としか言えない。あたしは青野さんが流す涙に、ただハンカチを差し出すしかなかった。

 一瞬でも、妊娠を軽く考えてるなんて思ってごめんね。そう、心の中であやまる。軽くなんて考えるわけない。考えていたら、青野さんは涙なんて流さない。

 あたしたちは互いに無言になり、お腹にあてた手もそのままだった。かける言葉も見つからず、青野さんもひっそりと泣いていて、沈黙が重かった。

 あたしは診察を待っている間に、先に入った子のことを思い出した。違う高校の制服で、お母さんと一緒に来ていた。あの先生は気配りもせず大きな声でしゃべるものだから、彼女が処女だということも漏れた声でわかってしまった。

 生理中じゃなくてもお腹が痛くて。あたしと似たような症状だ。じゃあ卵巣に水がたまってないか調べるからと医師が言う。そして母親に、今はエコーで調べられるので、セックスの経験がなくても大丈夫ですよ、中に器具入れたりしませんから。と説明していた。

 あたしも青野さんも、そんな説明を受けることはなかったし、それはこれからもずっと言われないことだった。



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