1話
愛、を、ください。
愛、を、ください。
あなた、の、ため、なら。
なんでも、する、から。
愛、を、ください。
愛、を、ください。
「な、んで……」
あたしは、それ、を見た瞬間、思わず立ち止まってしまった。
後ろを歩いていた男子生徒が、あたしにぶつかり、怪訝そうな顔でこちらを振り返っていく。
けれどあたしは、一歩も動くことができず、ただ、目の前の道路を見つめていた。
愛、を、ください。
校門を出てすぐの、下校中の生徒がたくさん歩く通学路。車がひっきりなしに行き来する道路に、それ、はいた。
手のひらに乗るサイズの、キーホルダーにしては大きい、頭にヒモがついたぬいぐるみ。フェルトでできたまるい顔に、白い毛糸の髪。黄色い星と赤い涙を描かれた顔に、紫色の服ととんがり帽子。
愛らしいピエロが、頭上を車が通り過ぎていくのも気にせず、はいつくばりながらこちらを見ていた。
愛をください。愛してください。ただペイントされただけの口なのに、こんな距離では聞こえるわけないのに、ピエロがそう、あたしに言ってくる。愛してください。愛してください。なんでもするから、愛してください。
「やめて……どうして……」
動けるわけ、ないのに。
こうしていつもあたしを追い回すから、捨てたのに、戻ってきて。何回捨てても、戻ってきて。だから、ダンボールにガムテープを巻いて、ベッドの下にしまいこんだはずなのに。
ピエロは二頭身の身体を重そうに引きずって、あたしだけを見て向かってくる。中身はただの綿だから歩くことはできなくて、身体を泥だらけにして向かってくる。
可愛くて買って、ずっとスクールバッグにつけていたものだけど、今はもう恐怖しか感じない。
愛してください。愛してください。
泥だらけの頬をアスファルトに擦り付けて、ピエロがあたしを見る。目が合うと、口元がピクリとひきつる。どうやら、嬉しくてさらに笑ったらしい。
「……筒井さん?」
ふいに、背後から声をかけられた。
硬直するあたしに声をかけたその人は、凍りついたあたしの表情と道路のピエロを見ると、そう、と一人呟いた。
そして車が来ているにもかまわず道路におり、ピエロを拾い、また戻ってきた。
あごのラインにそろえて切った髪を風にそよがせて、彼女はずり落ちたスクールバッグをかけなおしながらピエロを差し出してくる。
「青野さん……」
「これ、筒井さんのでしょう?」
青野さんが、黒目がちな瞳で、こちらを見てくる。その瞳が、ピエロを受け取れといっている。
「そうだけど……」
受け取らないでいると、彼女は無理やりあたしに握らせた。
青野さんの手の中では黙り込んでいたピエロが、また、愛してくださいと動き出す。あたしは取り落としそうになるけど、彼女の瞳がそれを許さなかった。
愛してください。何でもするから。言いながら、じたばたと手の中でもがくピエロ。それを静かに見つめ、彼女はあたしに言った。
「その子を、愛してあげてね」
そしてそのまま、去っていった。
「青野さん……」
あたしは引き止めることができなくて、ただ呆然と、その背中を見つめていた。