9条はキャベツのせん切り
さあやっと憲法論議の本丸、9条問題。
護憲と改憲、二人の対決だ……と思っていたんだけど。
「まず俺に言わせてくれ」と。
ジュリーが、アクセルとキーパーを制止していた。
その後に続いたのは、ジュリーの持論からすれば「筋が通っている」のかもしれないけれど。
本当にそう言って良いものかどうか……。
やはり面倒なので、ジュリーの言葉については、以下引用符を外す。
立憲主義以外にも、憲法には大切な原理原則がある。
だけど、「一番大切なのは、立憲主義」。
たぶんそうなんじゃないかって、俺は思ってる。
特に最近、この立憲主義が危機に瀕しているような気がしてならないんだ。
だから言わせてほしい。
9条問題って、憲法論議の「主役」じゃないと思うんだよ。
立憲主義とは関係が薄いんじゃないか?
いや、もちろんゼロとは言わないけど。
少なくとも、「9条が無いなら、憲法とは言えない」って性質のものじゃないだろう?
9条は、トンカツ定食で言うなら、「キャベツのせん切り」だと思う。
「トンカツ、ごはん、みそしる」あたりが無かったら、トンカツ定食は名乗れないけどさ。
「キャベツのせん切り」は、ついてなかったとしても、トンカツ定食を名乗れる。
「立憲主義とは、国家権力を制約するものだ」という観点からすれば。
「『自衛権・交戦権や軍隊に対して、きっちりした制約をかける』規定」、必須ではあるよ。
そこを履き違えるつもりはない。
でもそれが、「政府には絶対に戦争をさせません」という内容でなかったとしても、「憲法」を名乗れるはずだ。
キャベツを添えるなら、せん切りじゃなくて、手ちぎりでも良いってことだよ。
「いまの形じゃなくちゃ絶対ダメだ」ってものではない、それは確かだろ?
そんなジュリーに、たまりかねてキーパーが口を挟んだ。
「待て。人命尊重は人権尊重の基本だろうが。立憲主義の前提だろう?」
アクセルも。
「国際法上も当然認められているが……国の自衛権は統治機構が存在するための前提だ。最重要の『前提』のひとつじゃないか?」
でもジュリーは、譲らなかった。
もちろん人命や平和、国の自衛権は大切だけどさ。
繰り返すぞ?
憲法論議の上では、「9条が無ければ憲法とは言えない」とか「絶対のものだ」って性格のものじゃないはずだろ?
世界どの国だって、(平和主義の条文はあるだろうけど)「戦争放棄・戦力不保持」の条文が無くても近代憲法を名乗ってるんだから。
「絶対不可欠の要素」じゃない9条にフォーカスするとさ、肝心の……絶対不可欠の要素である立憲主義が脇に追いやられちゃうんじゃないか?
トンカツ定食の決め手は、キャベツのせん切りじゃないだろ?
トンカツにこだわれって話だ。
9条じゃなくて、立憲主義を議論すべきだ。
あるいは、そうだな。「『立憲主義』の枠の中での9条論議」をもっと聞きたい。
立憲主義さえキッチリしておけば、9条を改正しても「ひどいことにはならない」と思うんだけど。
護憲派はそこをごまかしていないか?
俺は9条は変えても良いと思っている。
あれは憲法の「不可欠な本質」ではないはずだ。
――それが、ジュリーの主張であった――
9条は、脇役なのだろうか。
そういうことは、あまり考えたことが無かったけれど。
それでもやっぱり、聞いておきたかった。
「だとしてもさ、当座問題になりそうなのは、やっぱり9条だろう?なら、立憲主義の観点から9条の改憲案を見た場合、どうなるわけ?」
――再び、ジュリーの解説については、引用符を省略する――
とりあえず、例の改憲草案なら……「9条の2」は、賛成できないよ。
憲法は国家権力を制約するものなんだから。
「制約」を、もっときっちり憲法に明記しておかなきゃいけないと思うんだ。
「法律の定めるところにより」って文言には、問題が多いと思う。
今のままじゃさあ……。
「こちら与党、憲法に書かれた通りに法律を定めました。『政令に定めるところにより』って文言付きでね!」
「こちら内閣、法律に書かれた通りに政令を定めました。それでは好きにやらせてもらいますね!」
……で、「何でもあり」の黄金パターンになりかねないと思うんだよね。
「そんなことをするわけないでしょう?」って、政府側は言うかもしれないけどさ。
「そんなことが万一にもないようにする」ための立憲主義なんだから。
それと最近、「『9条3項』を新設する」って話が出てるけど。
草案も出てきていないだろう?
草案が無ければ、立憲主義との関係にまつわる議論もしようがない。
その議論を聞くまでは、絶対に賛成できない。
「案にするまでの議論」って、行われているのか?
「ちゃんとした草案」、作れるのかな。
ジュリーのつぶやきに、俺は思わず大声を出していた。
「そこなんだよ!」
生暖かい目が集中する。
「最初から言えば良いだろ?何を遠慮してたんだ?」と言わんばかり。
こういう問題を話題にするのは、気を使うんだってば!
お互いよく分かってる間柄だとしても。