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誰しも席(ポジション)はあるけれど

 


 「おー、ユウタ。ひさしぶり」


 言われてみれば、ひさしぶりだ。

 3年になると専門課程の実験や演習が多くて、生活は何かと不規則。

 昼休みに食堂へ来る回数、めっきり減っていたからなあ。



 「ぼっち飯かよ」


 ぼっちで何が悪い。

 理系男子のディスコミュニケーション能力なめんな。

 そう言うお前らこそ。


 「いつも一緒に飯食ってんの?」



 同じテーブルに寄り付いてきた4人は、全員文系だ。

 授業がコマから「はみ出す」ってことがない。

 昼飯を昼休みに食えるとはうらやましい限りだけど……男ばっかり4人って。どうにかしろよ。

 


 「いや、食堂の入口で偶然会っただけ。実は全員、ぼっち飯の予定だった。3年になると、専門課程の仲間とつるむことのほうが多いし」


 えっと……


 「ああ、キーパーは文学部社会学科。アクセルは教養学部国際関係論。ジュリーは法学部私法コースだっけ?で、俺は教養学部教養学科」


 文系にもいろいろあるんだな。


 「ユウタお前、工学部の……ええと?」



 よくぞ聞いてくださいました。

 

 「心無き機械工学科。コミュ障の総本山」


 女子率0%。

 笑えよオラ。



 「それ言ったら教養学科なんて、『読書感想文でも書いてろ』の典型だぜ?リベラルアーツ(笑)」


 自虐の応酬。

 友情を確かめる、うるわしのひと時。


 「悪しき隣人とは俺のこと」 


 「どうも、パヨクの巣窟社会学科です」

 

 「そういうことなら、国関はなぜか不思議なことにネトウヨ揃いだな」 


 あー。

 そういや、アクセルは昔から政治家志望だったな。

 で、キーパーは祖父さんの代から左翼なんだっけ。


 

 5人そろって、中学・高校と一緒で、大学まで同じところに入ってる。

 わりと田舎だし、家庭の事情までお互いよく知ってるんだよな。


 腐れ縁もここに極まれり。

 ほんとどうにかしろよ。せめて女っ気を。高校共学だったのに、なんでこうなるわけ?



 ……いや、でも、案外。

 このメンツだからこそ聞けることかもしれない。

 

 「あのさ。メシ時にする話じゃないかもしれんし。こういう話って、何かと『するもんじゃない』とは聞くけどさ」



 間の抜けた顔が、こっちを見た。


 「何だ、ユウタ?」


 声まで間が抜けてる。

 教養学科って、何やってるところか知らないけど。

 何か妙なところに磨きがかかってないか?


 ……でも、そういう時に限って脳みそ働かせてんだよな、ヒロってヤツは。



 こっちがちょっと勇気を振り絞っていることには、気づいてくれている。

 付き合いが長い俺たち、それはよく分かっているところだったから。


 こっちも間抜けな顔を作った。

 言葉をつなげる。


 「みんな文系だろ?それもどっちかったら社会科学系?って言うの?」

 

 ――ここんとこ気になってて、聞きたいことがあった――

 

 「憲法改正って、どうなんだよって。ニュースに出てくるのって、変えるにせよ変えないにせよ『声はでかいけど、それでいいのか?そういう問題なのか?』っていう話ばかりでさあ……」



 問題点かあ、と。

 正面のメガネがつぶやく。

 

 こいつ背が伸びる前から、全く顔が変わってないんだよなあ。

 この年になれば、老け顔とまでは言わないけど。

 中学校入学当時のあだ名は「おじさん」で。

 それが中学高校と、俺たちの語彙が増えるに従い、「じじい」→「年金(受給者)」→「アクセルとブレーキ踏み間違えてんじゃねえぞ!」で、「アクセル」。

 あだなはやけに若々しいけど……やっぱり30ぐらいに見える。

 

 そのアクセルが、口火を切った。

 

 「自衛隊が違憲っておかしくないか?」



 即座に小柄な童顔が身を乗り出す。

 キーパーだ。


 このあだ名は対照的に、中学上がってすぐ以来、全く変化していない。

 別にサッカーをやってたとか、そういうわけじゃないんだけど。

 

 サッカー部のキーパーが、「カップ」をグラウンドに置き忘れて。

 それが何かを知らなかったコイツ、口のところにくっつけて「ガスマスク」って一発ギャグを披露しちゃったもんだから。

 「キーパーのこと好き過ぎだろ」で、キーパー。

 

 ともかくキーパーも、食い気味に話しかけてきた。


 「平和って大事だろ?」




 「やめようや、そういうの」


 ヒロ?


 「政治っていうかさ、勢いやレッテル張りで言い負かしちまえって、そういうんじゃなくて。もう少し『堅い話』だろ? ユウタが聞きたいのは」



 そういうこと。

 ヒロだけじゃなくて、みんな分かってはくれている。

 「お前ら社会科学系だよな?」って前置きしてるんだから。


 それでも、とりあえず「そういう話」から入っておかなきゃいけないんだろう。アクセルとキーパーは。

 そろそろ俺たちにも、「立ち位置」みたいなもんができてくる。



 「憲法論……理論面の話か?」


 ジュリーが左右を見回した。

 とりあえず俺の出番か?って顔で。

 

 コイツのあだ名も、由来はごくシンプル。

 中1の英語の授業で、「7月」を読み間違えた。一度はやるよね……やらない?



 「だけど言うて憲法って政治問題だろ?切り離せないと思うんだけど」


 「ああ。さらに言えば、理想論とも切り離せない」


 全く違う立場なのに、そこは共通してるんだな。

 アクセルとキーパー。



 「でもさ、個人の信念とか、理想とか。そういうのを掲げちまうと『神学論争みずかけろん』じゃないか?絶対に折り合いのつかない『信者』どうしが怒鳴りあうだけで、それ以外の人間はぽかーんと眺めるだけ。付き合ってられんって話になるのも困りもんだろ」


 


 お互いに付き合いが長くて、人柄が分かっている。

 それでいて社会人でもないから、しがらみがない。


 だから。

 こういう話をしても、感情のしこりみたいなものは残らないんじゃないかって。


 そう思えたから、聞いてみた。



 「ま、こんなところでまで『ポジショントーク』することはないか」

 「だな」


 アクセルとキーパーも納得してくれたところで。

 みんなの目がジュリーに向いた。


 

 




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