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第一話 氷川佳苗

二〇一六年、春。


入学式を終えて教室へ戻って来た氷川佳苗は、黒板に張り出されていた座席表をチェックして自席に座ると、大きく深呼吸をしてコクリと頷いた。


――大丈夫、何度もシミュレーションしたもの。


中学三年間、佳苗は乙女ゲームに夢中になっていたせいで、友達がほとんどいなかった。「ひとりぼっちじゃ可哀想だから、仲良くしてあげて」と先生に頼まれたであろう学級委員長が、時々声をかけてくれたぐらいである。もっとも、学級委員長との会話は数分と続かなかったが。


このままではいけないと危機感を抱き、俗に言う『リア充』を目指そうと一念発起したのは、中学を卒業してすぐのことである。表情を隠すように垂らしていた前髪は眉のあたりまで切って分け目を作り、黒縁眼鏡はコンタクトレンズに変えた。


佳苗はクリッとした目で周囲を観察し、自分が入れそうなグループを探す。


――よし、あそこにしよう。えっと……引っ越してきたばかりでさ、この辺りのこと全然わからなくて……いろいろ、教えてくれないかな? うん、自然、自然。完璧!


決心して立ち上がったその時。


一人の女子生徒が、佳苗の視界に入った。黒髪のショートヘアをワックスでふわりと整え、背筋をピンと伸ばして歩くその姿は、さながらやり手のキャリアウーマンのようである。


その女子生徒は、佳苗の隣の席に座った。誰かに話しかけようとする様子もなく、頬杖をついてぼんやりと正面を見ている。


――ほわぁ……綺麗。


佳苗が見惚れていると、ややつり上がった女子生徒の目が佳苗を捉えた。


「……何?」

「えっ? ううん、その……あ、お隣同士だなって思って! わたしは氷川佳苗。よろしくね!」


佳苗は右手を差し出したが、女子生徒は頬杖をついたまま動かない。その視線の先は、佳苗の顔ではなく、腰のあたりにある。


「あ、あの……」


佳苗が意を決してもう一度声をかけると、女子生徒は「ごめんなさい」と言って立ち上がり、握手をした。


「わたしは日向優菜。氷川さん、その左手……」

「ん? 左手がどうしたの?」


佳苗は自分の左手のひらを見て、再び優菜を見た。優菜はじっと目を凝らして、佳苗の左手を見続けている。


「わたしの手に何かついてる?」

「ううん……何もついてないのよ。困ったことに」


何を言っているやらわからず、佳苗は大きく首を傾げた。そんな佳苗に、優菜は「ふふっ」と悪戯な笑みを返して言う。


「こちらこそ、よろしく。わたしのことは、優菜でいいよ。わたしも、佳苗って呼ばせてもらうね」

「う、うん!」


佳苗は目を輝かせ、嬉しそうに答えた。記念すべき、友達第一号である。


「ところで、佳苗は部活動は決まっているの?」

「ううん、特にこれといって……」

「そ、よかった。わたし、これから部を作るの。手伝って」


唐突に言われ、佳苗はポカンとした。


「作るって……なんの部?」

「占術研究部」

「……せんじゅつ?」

「占うに芸術の術で、占術。本当はレトロゲーム研究部にしたかったんだけど、通らなそうだから、やめにしちゃった」

「占術とレトロゲームって、全然関係ないけど……」


呆れて言った佳苗に、優菜は平然と返す。


「名前なんて、別にどうでもいいのよ。 わたしの野望を実現するための拠点に過ぎないんだから」

「野望って……何?」

「わたしはこの学校の頂点に君臨するの。すべての教師と生徒がわたしの前で跪くのよ!」


嬉々として優菜が言った直後、佳苗は笑顔の裏で強く思った――逃げねば、と。


「が、がんばってね。じゃあ、わたしはこれで――」


立ち去ろうとする佳苗の両肩を、優菜ががっしりと掴んだ。


「わたしたち、もう友達だよね?」

「う、うん」

「わたし、人手が足りなくて困っているの。友達なら、助けてくれるでしょ?」


佳苗の中に、危険信号が灯った。


『友達なら』という言葉に、佳苗は非常に敏感である。「友達なら、お金貸してくれるよね?」、「友達なら、ノート見せてくれるよね?」といったように、『友達なら』には人の善意につけ込んだ悪意が込められていることを知っているからだ。


知っていてもなお、毅然と断れないのが佳苗である。


「ちょっと、無理かなあ。部活作るって、きっと大変だよ。部室とか、顧問とか必要だし」

「顧問なら、当てがあるよ」

「そうなの?」


と言って、佳苗は「しまった」と手で口を押さえた。わずかながら興味を示してしまい、このままでは引っ込みがつかなくなる。


「担任の青柳彩子(あおやぎあやこ)先生!」


佳苗は内心「しめた」と思いながらも、残念そうな笑顔を作った。


「青柳先生はバレー部の顧問だよ? すっごく怖いって噂だよ。それに、きっと占術とか興味ないよ」

「顧問の兼任はできるもの。占術に興味があるとかないとか、そんなのはどうでもいいし」


どうやら優菜には、占術について造詣を深めようとする気持ちは欠片もないらしい。


「そんな、適当なこと――」

「まあ、見てなさいって。放課後、空けておいてね」


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