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虹の橋を渡るとき

作者: 見國コウ

このページを開いていただきありがとうございます。

最後までよろしくお願いします。

「ねぇっ、この噂きいた?」


「え!?なになに!?」


電車待ちの時間に、私の前に並んでいた女子中学生二人組が楽しそうに話していた。


「虹ってさ、実体はないんだけどさ、たまに触れるものがあるらしいよー!」


「えー嘘だー。理科で習ったことあるじゃん。」


「そうなんだけどさー、山と山の架け橋になってる虹は大体触れるんだって!」


「山と山って...たどり着くまでに消えちゃうじゃん。」


「普通はそうじゃん?でもさ、その虹は消えないし、しかも渡れるんだって!

 それでその虹の橋を渡れたらさ...」


「え!?どうなるの!?」



そこで電車が来てしまい、会話の続きを聞くことができなかった。


私は彼女たちより少し年上だが、そんな噂には興味がない。

興味があっても話す友達なんていない。

学生で混雑した車内で一人、先ほどの会話を思い出していた。


噂には全く興味がないが、オチだけ聞けなかったのがなんとももどかしい。

電車に揺られながら私の心はもやもやしていた。



========================



「...ただいま。」


自宅の鍵を開けてぼそっと呟く。当然返事なんて返ってこない。

まだ4時過ぎだというのに外は薄暗く、今にも雨が降りそうな天気だ。


__ポツ、ポツ、ポツ。


___ザアアアアアアアアアア......


やはり雨が降り出した。

ふと前を見るとベランダには洗濯物が干してあった。


「...入れなきゃ。」


全くもう、学校で疲れてるのに休む暇もなく動かないといけないのはしんどい。

しかし入れないときっと後で叱られるだろう。


私は重い足取りでベランダへ向かった。


「よいしょっと...これで全部かな...疲れた。」


取り込んだ洗濯物の山は、3人家族にしては多すぎる量だ。


「お母さん、また洗い溜めしてたな...効率悪いからしないでって言ってるのに。」


洗濯物を取り分けながら一人愚痴をこぼす。


もう外からは雨音はしない。

夕立だったようだ。


「どっと疲れた...」


もう今日は寝よう。もういいや。

開けっ放しのベランダの窓を閉めるために立ち上がった。


「よいしょっと...窓固いなぁ...いつになったら修理してもらえるんだろ...」


先ほどは急いでいたため窓の滑りの悪さなど気にもしなかったが、毎度こうだ。

いい加減直してほしいものだ。


「あ...虹だ。」


先ほどの夕立でできたのだろう。

虹なんて久し振りに見た気がする。

ふと、電車での中学生の会話を思い出した。


『山と山の架け橋になってる虹は触れるらしいよ。』


その虹も架け橋になっていた。

私は体一つで家を飛び出し、虹のある山へ向かった。

普段の私は気にも留めない。でもなぜかこの時だけは、あの場所へ行かなきゃと思った。


私の家は都心から離れているので山からは遠くも近くもない。

走れば間に合うはず、いや、間に合わせる。

息切れも、靴紐も、溢れ出る汗も気にしない。虹が消える前に行かなきゃ。


「あと少し...」


山の麓まで来た。虹は消えるどころかくっきり見えている。

私の疑惑は確信に変わった。


幸いその山は私有地ではなく、人が通った形跡もあり、登ることに問題はなかった。



「...見つけた。」



ついに見つけた。

私と虹の距離は50㍍ほど。それでもはっきり見えている。

昨日まではこんなものはなかった。人が作ったものではない。


ぽん、と手をついてみた。

固い。でも触ったことがない感触が伝わる。

橋の先方は、前の山に繋がっているようだ。

行くしかない。


とん、とん、とん。

踏めば心地のいい音がする。

なんだかうれしい気持ちになる。


あと少しで渡り切る、そのとき、


ズルっ


何かを踏んだ気がした。


「ひゃっ...」


時間がゆっくり進んだような気がした。


そういえばここは山だった。

下を見た私は改めて思った。

崖には手が届かない

しかも学校の校舎より高い。

こんなとこから落ちたら即死どころか死体すら見つけられない。


あーあ。

好奇心なんかでこんな場所来るんじゃなかった。


走馬灯って本当にみえるんだな...


「危ない!!!」


後悔しているとき、パシッと誰かに腕をつかまれた。


「......え?」


「何やってんの!?早く登ってきて!落ちるでしょ!」


霧で顔が見えないが、どうやら女性のようだ。

男性でも大変なのに、女性が私を引っ張り上げようとするなんてすごい腕力の持ち主だ。


「あ...はい。」


こんな時こんな場所で人がいたなんて、なんという偶然だ。

あっちからしたら迷惑極まりないだろうが。


某CMのように、偶然居合わせたその人は私を引っ張り上げてくれた。



「あの...ありがとうございました...助かりました。...」


「いーよ。助かったんならさ。」


そのとき初めて見た彼女の顔は、私そっくりだった。


「え…?」



==========================



「へーじゃああんたも虹の架け橋の噂聞いて来たんだー。私と一緒だね。」


「は、はい、そうですね...」


話してみると、彼女は私と瓜二つだが、性格は正反対だった。


「っと...まだ名乗ってなかったね。私は森川絵梨。高1だよ。」


「...えっと、私は早川梨絵です...高校一年生です。」


「わーお!顔だけじゃなくて名前もちょっと似てるねー!運命ってやつ?」


彼女は二カッと笑いながら言った。


私は、彼女がドッペルゲンガーかと疑った、が、微妙に違う。


私の前髪は右分けだが彼女は左分け。

私の右目の下にある泣き黒子は彼女の左目の下に。

幼い頃右ひざをすりむいてできた傷跡は彼女は左ひざに。

私はセーラー服、彼女はブレザーを着ている。


なんだか私たちって、


「鏡みたい、じゃない?」


私が言おうと思っていたことを言われてしまった。


「ふふっ、そうですね。」


「あ、敬語禁止!!あとエリって呼んで!」


「あ、はい...じゃないや、うん。」


「そーいや今スマホ持ってる?line交換しよーよ。

 私、こんなに気になる人に会うの初めてだよー!」


「え、えっと...ちょっと待って...」


エリの勢いに戸惑ってしまった。

私にこんなに話しかけてくれる友達はいないし、何より自分と同じ顔をした人の表情がコロコロ変わるのが不思議で仕方がない。


ピロン、と効果音が鳴り、連絡先を交換できた。


「よーっし!これでいつでも話せるね!」


「そうだね。」


lineに家族以外の名前があるのは初めてだ。

なんだかドキドキが止まらない。


「あー、もうこんな時間かー。山だと薄暗いねー。」


スマホの時計を見ると現在午後7時13分。もう3時間もエリと話していたとは。

いくらこれから暑くなる季節とはいえ薄暗くなっていた。


「んじゃーまた話そーね!バイバイ!リエ!」


さっと立ち上がって彼女は走って去ってしまった。


「うん。ばいばい。エリ。」


小さい私の声が、彼女にちゃんと届いただろうか。

...なんだか疲れがどっと来た。

こんな山の中で眠たくなってきた。

どうしよう...また落ちるかも......



==========================



__ピリリリリリリリリ!!!!


聞き慣れた私のスマホの着信音で目が覚めた。

画面を見ると「母 携帯」の文字。

急いで電話に出る。


「も、もしもし。」


「あー梨絵!あんた鍵開けっ放しで家出たでしょう?ちゃんと戸締りしてって言ってるよね?

 用事が終わったならすぐ帰ってくるのよー。」


「う、うん。」


プツッ...ツーツーツー......


言いたいことだけ言われて電話は切れた。

スマホに表示された時刻は午後7時13分。



...あれ?


さっきまでのことは全部夢だったの?

慌ててlineを開く。


「森川 絵梨」


その名前はちゃんとあった。よかった、夢じゃないんだ。

さっきのは多分、見間違いか何かだろう。

目が覚めた場所は橋を渡る前の山だった。

どうやらここで力尽きて?いたらしい。


制服についた汚れを払って、帰路につく。

今日はいい日だった。

表情がないとよく言われるが、きっと今の私は笑っているだろう。



===============================


翌日、放課後。

天気予報ははずれ、また雨が降った。

夕立なら仕方がない。少し待てば止むだろう。


ピロン


私のスマホから聞き慣れない音がした。


「森川 絵梨」


エリからlineだ!内容は...


『やっほー!今日暇?昨日と同じ場所で会えない?』


え...でも昨日は虹の橋?を渡ったから会えたのに...

今日も渡れるどころか虹があの場所に出るかどうかすらわからない。


『だいじょーぶ!会えるよ。』


私は何も送信していないのにメッセージが来た。

やはり心を見透かされているような気がする。


『分かった。行くよ。』


そう送信して私は、クラスメイトが雨が止むのを待つ中独り、昨日の場所へ向かった。



=================================



「本当に来れちゃった...」


「でっしょー!私の言ったとおりじゃん!」


私たちはまた会えた。同じ場所で。同じ橋を渡って。


「あのさぁリエ。」


エリが真剣な声色で話し出す。


「...私の、話し相手になってくれない?なんだか、リエなら何でも話せそうな気がするの。」


驚いた。

そんなことまで同じだとは。


「...もちろん。私なんかで良ければ。」


「ホント!?良かったぁ!」


エリはふにゃっと笑った。私にはできない表情だ。



それから彼女はたくさん話してくれた。


友達はたくさんいるけど親友はいないこと。

家族は優しいこと。特に5つ上の兄に溺愛されていること。

彼氏がいるのに告白されて、どうしようか迷っていること。

都心の駅前のクレープが美味しいこと。

コンビニの新発売のパンが美味しいこと。

担任の先生がカツラだがみんなにはバレバレだということ。

勉強は嫌いだということ。

将来やりたいことがあるということ。



「ふぅ...話しすぎちゃったね。」


エリは話を一通り済ませて満足げに呟いた。


「そんなことないよ。聞いていて羨ましかった。」


「よかったー。リエ聞き上手だからついつい自分のことばかり喋っちゃった。」


ニコニコと嬉しそうに話す彼女を見ていることが楽しかった。

内容は、私と正反対だけど...


「次、リエの番ね!なんでもいいから聞かせて!」


「え?...うん。でも、きっと面白くないよ?」



私はそう言ったが、エリの有無を言わせない目に負けて話した。



友達が一人もいないこと。

成績は悪くないが好きで勉強をしている訳じゃないこと。

家族ですれ違いが多いこと。

得意なことも不得意なこともないこと。

未来に希望が持てないこと。




「...そんなところかな。面白くなかったでしょ?」



話していて心が痛くなった。

自分がこんなにもつまらない人間だったとは知らなかった。

話下手はもちろん、内容がない。

エリの話が楽しかったため、余計に自分の惨めさが際立って分かる。



「ぜんっぜん!そんなことないよ!気にしないで...っていうのはおかしいよね...あはは。」


返ってきた返事は予想外。突き放されるかと思ったのに。


「あのね、リエ。」


落ち着いた声でエリは再び話し始めた。


「リエはいい子だよ。ちゃんと分かるよ。友達なら私がいるじゃん。

 好きでもないのに成績がいいのは凄いことだよ。

 家族さんはリエのことちゃんと見てるはずだよ。だからたまにでもいいから心の内をさらけ出してもいいと思う。

 得意なことなんてすぐ見つかるよ。リエならできる。

 だって私はリエの...親友だから!」



優しく微笑みながら言われた言葉に思わず涙を流してしまった。

泣いたことなんて何年ぶりだろう。

エリはそんな私を優しく抱きしめてくれた。


「自信もって。リエならできるよ。なんでも。」


その日、私は初めて声をあげて泣いた。

私が言ってほしかったことを全部エリが言ってくれた気がした。

嬉しくて涙が止まらなかった。




==============================



__ピリリリリリリリリリリ!!!!


また私は電話の着信音で目が覚めた。

その場所は昨日と同じ、橋を渡る前の所だった。

泣き疲れて寝ちゃったのかな...私。


「も、もしもし。」


「梨絵、用事があるのはいいけど遅くなるならちゃんと連絡してよ!

 終わったらすぐ帰ってくるのよ!」


プツッ...ツーツーツー...


やはり母は言いたいことだけ言って電話を切った。

私のことなんて...やっぱりどうでもいいのかな...


『そんなことないよ。』


エリの言葉を思い出した。


「...そうだよね。」


私は自分に言い聞かせ、家に帰った。



==================================



次の日も、その次の日も、しばらく夕方の突発的な雨は降り続けた。

天気予報も外れ続け、クラスメイトの大半は文句を言っていた。

理科の先生は、温暖化による異常気象だろうと言っていた。

今は夏でもないし、梅雨でもない。


でも今の私は嬉しかった。

雨が降れば、虹ができる。

虹ができれば、それを渡ってエリに会える。

それが今の私の生きがいだった。



今日は雨、降らないのかな...

教室の窓際の席で空を眺めながら思った。



ピロン



!エリからlineだ!


『今日は無理っぽいねー。明日また会えない?』


思わず笑みが零れる。

明日雨が降るかどうかも分からないのに。


『分かった。いいよ。』


会えない日にも会話ができる。

私は会って間もない彼女にこんなに依存してしまっている。

...それでいい。今まで友達なんていなかったんだ。これが友達ってやつなんだよ。きっと。



__キーンコーンカーンコーン......



あ、授業が始まる。スマホ仕舞わないと没収されちゃう。

チャイムとほぼ同時に白衣を着た理科担当の教師が教室に入ってきた。


「せんせー。最近ずっと雨降ってるけどなんかあるのー?」


「あっそれアタシも思ってたー。雨ってなんかテンション下がるよねー。」


気象予報士の資格を持つ教師にクラスの女子たちが口々に問いを投げかける。


「そうだなー。じゃあいいこと教えてやろう。」


よほど天気が好きなようで、教師は嬉し気に話し始めた。


「雨降ったら大体虹出るだろ?虹が嫌いな奴なんてそういないだろ?

 虹ってのはな、雨粒に光が反射して見えるもんだが、大体7色に見えるだろ?

 極稀に真っ白や真っ赤な虹が見えることもあるそうだ。

 見たことはないが、雨粒の大きさや時間帯が関係あるらしい。」


得意げに話す教師と興味津々のクラスメイト。

私も、堅苦しい授業より雑談のほうが楽だ。

それに何より内容が虹の話だから、少し興味がわく。


「それと、虹が出てるときは一つしか見えないけど、本当は一つじゃないんだ。

 主虹、副虹と呼び分けられていて、見えるのは主虹だ。

 さっきも言ったが虹は光の反射だから、常に反対側にも虹がある。見えていないだけで。

 鏡みたいな状態だな。」


へぇー、とみんなが関心の声を出す。

私がいつも渡っている虹にもあるのかな、副虹。

今度エリにも話してみようかな。



===========================


その日の授業はサクサク進み、あっという間に放課後になった。

早く帰ろう。空の色もなんだか怪しくなってきたし。

今にも降り出しそうなほど悪くなった天気に喜び、足早に駅に向かった。



___バリバリバリバリ!!

__ドーーーーン!!



どうやら雷が落ちたようだ。

良かった。駅に着いた後で。

残念ながら電車は雷の影響で遅延するらしい。


時間も少しあるし、エリにlineしてもようかな。


『こんにちは、エリ。突然だけど、副虹って見たことある?今日授業で先生が言ってたんだ。』


送信ボタンを押したところで、先日虹の橋の噂話をしていた女子中学生2人組がやってきた。

どうやら雷に驚いているらしい。

ガタガタ震えながら噂話を話していたほうの少女が話し出した。


「ねー、そういやこの間言ってた触れる虹のことだけどさ、続きがあったんだ。」


「へぇ、そうなんだ。でも噂でしょ?」


「まあ聞いてよ!それを渡った先に自分の一番欲しい”物”があるって前言ったじゃん?

 それに続きがあったんだよ!」


...え?一番欲しい物?......私は友達だったのかな?


「普通は1回渡れても奇跡なんだけどさ、何度も渡るとだんだん浸食されてくるらしいよ。」


「浸食って、何を?」


「さぁ?私もネットで見たことだからそこまでしか知らないやー。」


「なんだー、ネットの噂話だったのー?それは嘘っぽいね。」


彼女たちはそれで虹の橋の話をやめ、違う話題に入っていった。



浸食...そんなはずはない。私は回数を重ねるごとにエリと仲良くなっている気がしたし、きっとエリも同じことを思っているに違いない。


エリも橋を渡ろうとしていたし、お互い欲しい物が「友達」だったに違いない。



ピロン


エリからlineが返ってきた!内容は...



『こんちわーリエ。副虹?いつも見えてたよ。』



え?見えてたの?私が気づかなかっただけ?そんなに見えるものなの?



…いや、そもそも一番欲しい物が友達って、物じゃないじゃん。

何かがおかしい。

私は...いや、エリは...何なんだ?


そうこう考えているうちに雷雨は止み、遅延した電車がやってきた。


電車の窓から見えるいつもの山には虹が架かっていた。


その虹に誰も振り向きはしない。まるで誰にも見えていないように。


急がなきゃ。


私の心がもやもやしたまま、なぜか急がなきゃという気持ちだけが膨らんだ。



================================



「...やっぱりある...」


いつもの山を登った場所に、いつも通り虹の橋があった。

何度も渡ってはだめ。

もうすでに私は10回以上渡っている。

これ以上どうにもならない。きっと。

決心して虹の橋を渡る。



どうにもならない。

むしろ落ち着いている。

もう少しで渡り切れる。急ごう。


小走りで進みだしたとき、



ズルっ



また踏み外してしまった。

でもなんだか心は落ち着いている。

どうにでもなりそうな気がする。



「危ない!!」


パシっと誰かが私の腕をつかんだ。


「もう、2回目だよ?私がいなかったらどうなってたことか...」


引きずり上げてくれた人は、やっぱりエリだった。


「ありがとう...」


「もう、本当に気を付けてよね!」


エリは怒っているようだ。

嬉しい。

怒られてうれしいなんて変わってるかな。

いや、変わったんだ。

彼女のおかげで。



改めてみた彼女は、本当に私の生き写しのようで、


それでいて性格は正反対。


私は確信した。

いや、今までは認めたくなかっただけかもしれない。


「エリ、会いたかった。」


「何?そんなに私が恋しかったの?」


得意げにエリは話す。


「...そうだね。」


誤魔化さずに言った私の本心に、彼女は全く驚かなかった。


「エリは...」



ゴクっとつばを飲み込んだと同時に言葉も引っ込んでしまった。

言いたい。でも言ったらこの関係が消えてしまうかもしれない。

心地いいこの関係が。



「いいよ。話して?」


優しい声と微笑みで私を包み込んでくれる。

本当に...



「エリは......


 

 私だったんだね。」



表情は変わらない。きっと私が何を言うか分かっていたんだろう。



「気づいちゃったんだね...」


これはきっとエリの言葉だ。

トーンが低いだけで私と同じ声。

...当たり前か。



「リエが望んだんだよ?正反対の自分がほしいって。」



「...そうなんだろうね。...でもエリは私なんだよ。」


そう、たくさん友達がいて、彼氏がいて、勉強が嫌いなエリは、私が望んだ空想の私だ。

森川絵梨という人間は存在しない。



「もう少し信じてくれていたら、私が本物に慣れたのになぁ。」


落ち込んだような、悲しそうな表情で彼女は言う。


「...そうだよね。エリのほうが私よりいいかもしれない。

 でも、私に変わるきっかけをくれたのもエリなんだよ。」



彼女の表情は変わらない。


「...私もね、1度しかリエと会えないと思ってたの...

 でもね...リエが...返事くれたから...また会いたいって思っちゃって...」


彼女は涙をこらえながら言った。

あの明るい彼女が泣くなんて、考えられなかった。




違う。

騙されちゃだめだ。

これは私が見てる幻想でしかない。

同調してはだめだ。



「私がッ...私のほうが...生きていたい...存在したいって思ってるのに...!!!」


優しい彼女が突如豹変し、私に襲い掛かってきた。


「ぅぐっ...」


「私のほうが相応しい!!私のほうがずっといいに決まってる!!変わってよ!!!私を存在させてよ!!!」


私の首を絞めながら彼女は叫んだ。

私は彼女に依存し、彼女もまた私に依存していた。

ああ、これが、「浸食」か...



遠ざかる意識の中で、走馬灯のように彼女と過ごした仮想の時間を思い出した。



『自信もって。リエならできるよ。なんでも。』



自信、かぁ...


未だによくわかってなかったなぁ...


「エ...リ......」


「ちょうだいちょうだい!!あんたのすべてを私にちょうだい!!」


「エリ!!」


少し力が緩んだ隙に彼女の手を振り払い、私は彼女に抱き着いた。


「エリ!!」


声を振り絞って彼女の名前を呼び、あの時と同じように彼女を優しく抱きしめた。


「ぅうぅうぅ...ああああ...」


嗚咽を漏らしながら彼女はゆっくりと正気に戻っていった。




「ごめんね...ごめんねリエ...もう止められないの...戻れないの...」


「そんなことないよ。」



抱きしめたまま彼女は泣きながら謝った。

悪いのは彼女ではない。何度もここに来た私だ。



「あのさ、エリ。」


「...何?」


「かえろうよ。元通りに。」


「!?どうやって...!?」


とっさに出た「かえる」という言葉に私自身も戸惑う。

...でも、できる気がする。

だって


「私たちは、同じ人なんだから。」


私は彼女と向かい合い、手と手を合わせ、指を組んだ。




私たちの足元から円を描くように光が差してきた。

風も吹き、少し体が浮いているような気もする。



改めて彼女と向かい合った。


「本当に、鏡を見てるみたいだったね...」


これはどっちが放った言葉か分からない。


光が差してから少し経ち、彼女の体が透け始めた。


「...これ、私消えちゃうのかな...そうだよね、”エリ”は存在しないんだから...」


弱気になり始める彼女に、いつの日か掛けてもらった言葉を放った。


「そんなことないよ。」


彼女は驚いた顔をした。


「私たちは一つになるの...だから、”エリ”は消えない。私の中に居るから。」


「そう、だよね...あのさ、梨絵。」


「何?」


「ありがとう。貴方の中の私を見つけてくれて。本当に...あ..り...が...と......」



そう言って彼女と私の体は重なり、彼女は消えた。


「こちらこそありがとう、”絵梨”。」


聞こえてるかどうかわからない感謝の気持ちを呟き、私は急に来た眠気と脱力感に負けてその場に倒れた。



=================================




__ピリリリリリリリリ!!!!


聞き慣れた私のスマホの着信音で目が覚めた。

画面を見ると「母 携帯」の文字。

急いで電話に出る。


「も、もしもし。」


「もう梨絵、最近ずっと遅いじゃない。何かあるなら言ってよね。お母さんなんだから。」


「う、うん。あのさ、お母さん。」


「何?どうしたの?」


「...今日の晩御飯、何?」


「...シチューよ。改まって喋るからなにか大事かと思ったじゃない、じゃあ早く帰ってくるのよ。」



プチッ...ツーツーツー


いつも勝手に電話を切る母と少し話せた。


ふと気になり、「line」を開いたが家族以外の名前はなかった。


代わりに「メモ帳」のアプリに今までの”絵梨”との連絡が残っていた。

全て私の自演だったようだ。


私はメモ帳の履歴を消し、首と服に付いた汚れを払い、辺りを見渡した。



「なんだ、反対側に山なんてなかったんだ。」



もうすぐ暑くなる季節とはいえもうすでに薄暗い。

急いで下山しよう。

...明日からは、少しでも今までの自分を変えられるかな...

転ばないように、急ぎつつ落ち着いて歩いた。



『自信もって。リエならできるよ。なんでも。』



誰かに囁かれたような気がした。

私は笑顔で進みだした。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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