眠り
「先生、眠れないんです。ちっとも眠れないんです」
男が言った。
「それは困ったね」
先生が言った。
それからしばらく、二人は症状について長々と話し合った。言葉を交えるうちに眠れない男を検査する運びとなった。
カーテンがシャッと音を立てて開かれた。二人の中年女性看護師が入ってきた。二人は手慣れた様子で男の身体を検査してゆく。熱を調べ、脈を取り、心電図、脳波、と一通り検査らしいことをやった。
「いつも通りね」
中年女性看護師の一人が言った。もう一人の中年女性看護師が頷いた。
「異常はないようだ。きっと精神的なものだろう」
先生と呼ばれる男が言った。
「それは、治るものなんでしょうか?」
眠れないという男が不安の声で言った。
「大丈夫です。私が責任をもってあなたを治療します」
頼もしい声。
「ああ、ありがとうございます!」
眠れない男は感動に声を震わせた。
それから二人の男は治療に必要なあらゆることを話し合った。
その間も黙々と二人の中年女性看護師は働き続けた。眠れないという男から検査器具を取り去ると、今度はそれを眠れないという男にやった時と同じ要領で、先生と呼ばれる男に取り付け始めた。先生と呼ばれる男はそれに無反応だった。ひたすら会話に没頭している。
「検査終わりです。いつも通りですね」
「そうね」
二人の中年女性看護師は先生と呼ばれる男から検査器具を取り去り始めた。
「気持ち悪いったらありゃしない」
検査器具を外しながら、一人の中年女性看護師が言った。
「聞こえますよ?」
もう一人の中年女性看護師が言った。
「聞こえてても別に構わないでしょ。ずっとこの調子なんだから」
「そうですね、ここに来てからずっとこれですからね」
言って、中年女性看護師は冷ややかな目で男を見た。
「あーあ、いっそもう死んでくれないかしら」
「あ、そういうこと言っちゃダメですよ」
「だって、こんな気味の悪いの相手にしたくないじゃない」
「それもそうですね」
「そうよ。一年間も眠ったまま、一日中寝言で会話するなんて普通じゃないわ。気持ち悪い。きっともうそろそろポックリ逝くわ。ほら、この骨と皮だけの身体」
二人の中年女性看護師は検査器具を取ると、足早に病室から逃げ去った。
病室の会話は世間話に移ったようだった。これからも二人の男は寝言で会話を続けるだろう。いつか、どちらかが死ぬその日まで。
20190717 加筆修正しました。