大法廷にて
少し、冒険してみた小説です。
今回の話では残酷描写、性的描写は全くありません。
恋愛系、青春系ではありません。
読みづらい所が多々あり申し訳ございません。
第一話的なもので、物語に大きな動きがありません。
至らぬ点、多々ですがよろしくお願いします。
○○○○年△△月□□日、大法廷にて。
200の傍聴席全てが埋まっている。
悠久の歴史を持つこの大法廷で、これほどまでに大衆の関心を惹く裁判が開かれるのは、初めてだろうと思った。少なくとも自分が、裁判長官に就任してから傍聴席が埋まることはなかった。今、多くの目が私を見つめている。皆、開廷の言葉が私の口から出るのを待っている。
皆、この裁判の行く末を見守るつもりだ。決着を付けねばならない。
それこそが、裁判長官たる私の任務なのだから。
「開廷」私の声が大法廷に響き渡り、やがて消えた。そして、扉が開く音。その扉からは、被告人が出てきた。
その瞬間、大法廷内の空気が、グッと引き締まった。
その空気を意に介さないが如く、被告人は堂々と私の前に立った。
決着を付けねばならない。私はもう一度、自分に言い聞かせた。
○○○○年△△月□□日☆☆時、開廷
裁判長官(以下、長官とす。)「これより裁判を始める。慣例に従い、貴殿 に最後の陳述の機会を与える。この機会、 存分に生かしたまえ。」
被告人、微動だにせず、声を発す。
被告人「私は、一人の人間を観ていました。それは、女性であり、アイとい う名が付けられていました。当初、アイと似たような容姿を持つ者 が多数おり、当初は、アイを探し当てることが困難でした。」
陪審員の一人が挙手し、被告人に質問する。
陪審員Ⅰ「今、私の手元の資料には、そのアイという女性について詳細な情 報が記載されている。これを書いたのは君だ。目的人物の探索が 困難だったならば、どうやって、ここまでの情報を得たのだ。」
陪審員の質問に、被告人、答える。
被告人「私が観ていた女性、アイは、少しずつ身体が
膨らんできたのです。」
被告人の言葉を聞いて、笑いを押し殺した声が傍聴席から聞こえた。
陪審員Ⅰ、傍聴席を軽く睨みつけた後、被告人に再度質問する。
陪審員Ⅰ「身体のどこが膨らんだのかね。」
被告人「腹です。」
一部の傍聴席から笑い声が生じる。長官、笑い声を発する者に、退廷を促す。その後、長官、手振りをもって、被告人に陳述の続きを促す。
被告人「腹が膨らんできたことにより、アイとその他の女性との外見上の区 別が容易になり、彼女について、一層深い研究が可能となりまし た。そこで気付いたのは、アイの周辺に存在するその他大勢の男性 女性の中で、ただ一人の男性がアイに、特別な変化を促すのです。 その男性は、ユウキという名でした。アイがユウキと対面すると き、彼女の顔全体が紅潮し、大勢の男性の中で、アイはユウキだけ に自分の腹を触らせていたのです。アイをつぶさに観てきた私の目 には、アイとユウキとの間に、何かしら特別な関係があるように映 りました。」
陪審員、挙手。質問する。
陪審員Ⅱ「特別な関係とは。」
被告人「確証はありませんが、アイの腹を膨らませた原因が、ユウキにある ということです。アイの腹の膨らみが肥大するにつれ、その他大勢 の男性女性は、彼女に近づこうとしません。そう、例えば、アイが 傍聴席に着こうものなら、その他の男性女性は、席から立ち上がり アイを座らせ、自分たちはどこかへ立ち去るのです。しかしなが ら、ユウキだけは、アイから離れようとはしませんでした。」
陪審員、挙手。質問する。
陪審員Ⅲ「女性の腹が、その男性を無理やり引きつけているのではないのか ね。さながら、磁石のように。」
被告人、息を大きく吸い込み、答える。
被告人「いえ、それは違うと断言できます。ユウキは、いつでもアイの腹か ら遠ざかることができました。事実、アイの腹から離れ、別の活動 をしているユウキの姿を確認しています。ユウキは自らの意思です すんで、アイの腹とアイの側にいるのです。その姿は、さながら、 腹を膨らませたことへの贖罪のように、あるいは、膨らんだ腹とア イを守る戦士のようでした。」
戦士という言葉に敏感に反応し、傍聴席がざわつく。裁判長官叱責す。静まる傍聴席。その後、陪審員が挙手、質問す。
陪審員Ⅳ「仮にその男性が戦士ならば、その男性に全てを任せればよかった のではないのかね。何故、貴殿は今回のような罪を犯したのか ね。」
被告人、即答せず。しばし、俯く。その後、顔を上げ、回答す。
被告人「元々、アイの腹が肥大し続ける件については、ユウキはその他の男 性・女性に任せているようでした。ところが、アイの腹は肥大し続 け、少しずつ、彼女の様子が変わっていきました。やがて、彼女の 表情からは、明るさが失われていきました。嬉々として己の腹を見 ていた彼女の目の輝きが失われ、虚ろであることが多くなりまし た。そのような状況が続いたある日、彼女は倒れました。」
陪審員、挙手、質問す。
陪審員Ⅴ「君がやったのかね。」
被告人、回答しようとするも声が震える。咳払いをした後、もう一度回答する。
被告人「いえ、私は何もやっていません。彼女が倒れた原因は、彼女の腹の 肥大にあるようでした。私に分かったのは、そこまでです。そこか ら先は、未知の世界でした。彼女は、どこか大きな建物の中に連れ て行かれ、その場所に到着後しばらくして、彼女の身体から、彼女 と同じ体型をしたモノが出てきました。しかし、それは、彼女より も小振りなものでした。」
被告人の発言に、再び傍聴席がざわつく。裁判長官の叱責。静寂の後、被告人、再度喋り出す。
被告人「彼女の身体から出てきたモノは、私の目から見て、非常に醜悪な形 でした。身体全体が赤味を帯び、身体の先端が細く、少しの力でへ し折れそうなほどに頼りのないモノでした。そして、それは一切音 を出しませんでした。」
陪審員の挙手、質問す。
陪審員Ⅵ「そのモノは。音を出さなかった。だから、音が出るように、貴殿 は、罪を犯したのかね。」
被告人、回答しようとするも、声が震える。咳払いをし再度答えようとするも、声の震え消えず。結果、震えた声のままで回答する。
被告人「いいえ、違います。自分の身体から出たモノが音を出さないことを 知ったアイは、大声で泣き喚きました。そんな彼女の姿を見たのは 初めてでした。ですが、その姿そのものは、見た経験がありまし た。我々の母が、我々の新たな同士を産み落とすことに失敗したと きの姿と酷似していたのです。だからこそ、分かったのです。アイ は自分の子を産み、そして、その子は生まれたと同時に死んだとい うことを。」
傍聴席、大いにざわつく。長官の叱責も効果なく、されど被告人は震える声をもって、さらに回答を続ける。傍聴席は次第に静かになる。
被告人「自分の子を亡くしたアイは、泣き続けていました。私の任務は観察 です。彼女がいかにして、己の種を残すのか、その方法を確認でき た時点で、私の任務は完了です。必要以上の干渉は禁じられていま す。しかし、彼女をつぶさに観察してきた私は、彼女を放って、母 国への帰途に着くことはできなかった。だから、助けたのです。だ から、生き返らせたのです。死産した子を。地球人の子を。」
被告人の叫び声が、法廷内にこだまする。最早、傍聴席にざわめきの声はない。数分あるいは数十分の静寂の後、長官の声が、法廷内に響き渡る。
長官「以上をもって、被告人の陳述を終える。さて、被告人は、辺境の星で ある地球を観察する任務、地球観察官として、その任務に就いた。被 告人の主要目的は、地球人の繁栄方法についての観察・調査であり、 地球人の地球における繁栄維持ではない。まして、死亡状態から生存 状態へと変更させる地球人の生命維持の任務でもない。それ故に、被 告人は自己の任務に大きく背いたと断言できる。しかしながら、地球 観察官という任務の歴史は浅く、初めての地球観察官が被告人である こと、地球観察官を規制する地球観察官法がいまだ黎明期であること を考慮すると、我が星の法が地球観察官である被告人の心情・行動の 変遷について、予測し、それをもって、規制することは、現状、困難 であるといわざるを得ない。
また、被告人の行動で明らかだが、地球人の身体器官とその構造は 我々に比べ、非常に単純明快である。それ故に、死から生への蘇生も 容易であり、また、記憶操作も容易である。蘇生を目撃した地球人の 記憶を消去・変更した、司法執行官*+*ぺ@氏の発言から、そのこ とが判明した。
以上より、被告人{~+>ふ¥氏が、任務に背いたとの理由により、 被告人{~+>ふ¥氏を生命消滅の極刑をもって単純に処すること は、文明国である我が星としては、問題である。また、地球観察官の 第一人者としての被告人の地位を考慮すると、刑の軽減を求ることは 妥当である。
よって、ここに判決を言い渡す。
被告人{~+>ふ¥氏に、地球観察官の任務の継続および特定地球人 保護観察の任務(刑)を与える。
被告人{~+>ふ¥氏は、一人の地球人の生命に関わったその責任に より、その地球人の生命維持器官の活動が止まるまで、地球人として 擬態し、我が母星に地球の情報を与えたまえ。
以上をもって、裁判を閉廷する。」
長官が判決文を読み終わると、被告人はその場に泣き崩れた。傍聴席から長官の慈悲を称える声がいつまでも大法廷の中に響いていた。
以上が裁判記録文書である。
慣例に従い、以下からは、非公開形式の「裁判記録官の私見」を述べる。
そもそも、今回の裁判で、被告人{~+>ふ¥氏を極刑である生命消滅の刑に処する可能性は、非常に低かった。我が星の司法の信頼は、非常に揺らいでいる。だからこそ、地球観察官の第一人者であり我が星の英雄でもある{~+>ふ¥氏を極刑に処せなかった。裁判をする前から、{~+>ふ¥氏の処遇は決まっていた。
言わば、裁判全体が茶番だったのだ。その茶番にも少し手を加えさせてもらった。地球人の記憶改変だけは骨が折れる仕事だった。その真実を裁判長官に伝えれていれば、あるいは、刑の内容が変わっていたかもしれない。しかし、私は地球人の記憶改変は簡単だったと嘘をついた。なぜか。親友の{~+>ふ¥氏を守りたかったからだ。
以上、「裁判記録官の私見」の記載を終える。記載者は、
裁判記録官兼司法執行官 *+*ぺ@。
読んで下さり、ありがとうございました。