第1章 来訪者-3
気が付いたら、僕はチャイナ少女の首を持ち上げていた。
うわぁっ!
僕は慌てて手を離すと、無様に尻餅をついた。
僕の足元に転がるチャイナ少女の顔は生気を失っていた。口元から血を流し、体はピクリとも動かない。
も、もしかして死んじゃった?
「ご安心ください。その者はまだ……死んではおりません」
渾身の力を振り絞って何とか立ち上がろうと試みていた覚さんが消え入りそうな声で、僕に教えてくれた。
その直後、チャイナ少女はしなやかな四肢を痙攣させて大きく咳き込んだ。
良かった。
が、ホッとしたのもつかの間。
チャイナ少女は手負いの獣のように牙を剥いたかと思うと、素早い身のこなしで窓枠へと飛びのく。
「やはりおばあさまの情報通りだったか。今回は封印を焦るあまり失敗に終わったが、次は必ず殺す!」
剣呑なセリフを残して、襲撃者は水が無数の矢のように降り注ぐ土砂降りの雨の中へと消えていった。
僕は窓の外を凝視した。
激しい雨音が聞こえてくる。窓際にあったベッドが突風と共に吹き込んでくる雨のせいでびしょ濡れだった。
彼女は何者だったんだろう? いきなり窓ガラスを蹴破って現れたかと思うと、問答無用で僕の命を狙ってきた。しかも、何やら変な術を使っていた。覚さんが言っていた大陸の、つまり中国の妖怪退治屋なのだろうか?
覚さん?
そうだ、今はそんなことをのんびりと考えている場合じゃない。
僕は壁を背にして座り込んでいる覚さんに駆け寄る。
覚さん! 覚さん、大丈夫ですか?
返事がなかった。覚さんの均整の取れた顔から血の気が失せ、握っていた手がどんどん冷たくなっていく。
血が止まらない。どうしよう。
こういう時の僕は非力だ。何もできない。ただ狼狽することしかできない。
僕はやり場のない怒りを壁にぶつけた。震える拳を壁から引き剥がすと、ベージュ色の壁紙に赤い拳の形がついていた。覚さんの血だ。
「う、う……ん」
母さんが苦悶の表情を浮かべながら目を覚ました。
そうだ、母さんなら覚さんを救うことができる。
僕は散らかっていた部屋からホワイトボートとマーカーを探し出し、母さんに覚さんの傷の手当てを頼もうとした。だけど、雨に濡れたホワイトボードに水性のマーカーでは文字を書くことができなかった。
くそ! こんな肝心な時にどうして僕の声は出ないんだ!
焦燥感にかられた僕はホワイトボードを投げ捨てると、壁にマーカーで大きく殴り書きした。
覚さんを助けて!
だけど、そんなこと書かなくたって母さんにはわかっていたんだ。
「真悟、何モタモタしてるの。この人を診療所に運ぶの手伝いなさい!」
そう言った母さんの顔は医者だった。