エピローグ
《渾沌》を封印してから二週間が経過していた。
梅雨も明けて、夏本番がやってきた。
麗鈴はすでに故郷に――空間転移を使って――帰った。一族の再建を計るそうだ。ちなみに、彼女には《渾沌》を封印したリスクはどこにも現れなかった。啓晶さんや勇さんは麗鈴にそんな強い霊力は持ってないって言っていたけど、本当は強い霊力の持ち主だったんじゃないかと僕は思っている。
帰り際、麗鈴はおばあさまのことを許してほしい、と言った。僕は啓晶さんのことは怨んでなんかいない。僕だってひとつ間違えば啓晶さんのように世の中をずっと憎み続けて生きていたかもしれないんだ。
人は過ちを犯す。その過ちに気付いて繰り返さなければいいんだ。だって、僕らは生きているんだから。
そう言うと、麗鈴はやるせなく笑ってみせた後に、生意気だ、と一蹴した。
勇さんも麗鈴といっしょに中国に帰るのかと思ったら、背中の傷が完治すると東京に戻っていってしまった。意外にも東京に待たせている女性がいるとのこと。この三年間献身的に勇さんのお世話をしてくれたらしくて、フェリーの中で茅結さんに見せた女性雑誌はその女性のものらしい。
敏腕美人女医がいてくれたおかげで命拾いした、と、別れを惜しむ間もなく空間転移――来た時は公共の交通機関を使って来たって言っていたのに――で帰っていってしまった。
何だか寂しくなったな。
「そうですか? 私は静かになって嬉しいですけど」
「紫。また僕の心を読んだのかい?」
「申し訳ございません。なかなかクセが抜けなくて」
紫は口元に笑みを浮かべると肩をすくめた。
「真悟、紫ちゃん、そろそろ行かないと遅刻するわよ」
玄関から母さんが顔を出してくる。
「よし、じゃあ行こうか」
「はい」
僕と紫は庭先の墓前でもう一度両手を合わせた。
千里眼さんのお墓だ。
最初は遠くを見渡せる場所に、とも思ったんだけど、それだとなかなか会いにいけないからという理由で自宅の庭に千里眼さんの墓を作った。墓石を作成したのは、もちろん板垣のおじさんだ。丸い御影石に鷲の絵を描き込んでくれていた。赤い首輪をした鷲の絵だ。あの板垣のおじさんに絵心があったとは思いもしなかったけど。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
僕たちは母さんと千里眼さんに見送られて学校に向かった。
終業式の日だというのに、というか来春には廃校になる我が母校、市立萬島中学校に二人の転校生がやってきた。
一人は言わずと知れた紫である。外見はどう見たって高校生くらいなのに、母さんが病気で休学していたという設定を追加して、しかも、千里という苗字までつけた。
僕としては紫とこうして学校に行けるのは嬉しいから、こんな突拍子もない設定を考えた母さんには感謝しているけど。
そして、もう一人は。
「五月雨津由でーす」
梅雨明け宣言したっていうのに雨を感じさせる名前とは裏腹にもう一人の転校生は、大きな口を開けて明るい声で自己紹介した。
短い髪が彼女をますます活発そうに見せる。
紫とはずいぶんと対照的だなぁ。って思ってたら、紫が嫌悪感をあらわにして、五月雨さんを睨んでいた。
知り合い?
「雨女?」
低い声で呟いた。
まさか……妖怪?
「久しぶり~、覚」
五月雨さんは満面の笑顔で両手を振った。
「どうしてここに?」
「手八丁口八丁に聞いたのよ。妖怪が住みやすい島があるってね。覚もいるっていうしさ。だったら、行ってみようかなって思ったわけ」
僕が?マークを浮かべていると、紫が説明を始めた。
「手八丁口八丁というのは、妖怪の情報屋です。そして、この者は雨女という妖怪です」
僕は五月雨さんを凝視した。雨女というよりは晴れ女といった感じだ。
「そういうわけだから、よろしくね」
五月雨さんはウインクして見せた。
二学期からは賑やかな学校生活が始まりそうな予感がした。
こうやってこの島にはどんどん妖怪が増えていくのかな? 萬島が妖怪の島と呼ばれる日が来るのかもしれない。
教室の窓から青い空を眺めながら、僕はそんなことを思った。
終わり




