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第6章 約束-5



「千里眼様!」

 紫が悲鳴に似た声を叫び上げた。

 《渾沌》が羆のような獰猛な獣の爪で千里眼さんを突き刺した。

 千里眼さんは身を挺して紫を守ったのだった。

 僕はそれを《渾沌》の中でただ見ていることしかできなかった。

 《渾沌》は爪についた千里眼さんの血を舐めると、すぐに吐き出した。

「喰う価値もない」

 《渾沌》は紫に抱かれながら四体をピクピクと痙攣させている千里眼さんに向かって悪罵を浴びせる。

「千里眼様、しっかりしてください!」

「儂は長く生き過ぎた。ここいらが潮時じゃ。すまなかったな、覚。いや、紫か。こんな儂に長い間よく仕えてくれたのう」

「いいえ、そんなことはございません。千里眼様は私のためを思ってそうしてくださったのはわかっておりました」

「これからはお主の好きに生きるがよい。儂には未来を見る力はないが、将来お前や仲間たちがこの島で人間たちと仲良く暮らしている姿が見えるぞ。真悟と仲良うの……」

 そう言って、千里眼さんは静かに目を閉じた。

 涙が止まらなかった。

 僕の中で何かが大きく弾けた。

 千里眼さんのことを悪く言うことは何人たりとも許さない。千里眼さんは口うるさくて面倒だなって思ったこともあったけど、本当は誰よりも寂しがり屋で仲間をとても大切にする、僕の敬愛する……おじいちゃんだ。

 僕は《渾沌》と繋がれた鎖を強く引っ張った。

「無駄なことはするな。貴様は我の糧となって消えていくのを我の中で怯えながら過ごすがいい」

 嫌だ。

 僕も戦う。

 もうこれ以上誰も死なせない。

「うおおおぉぉぉっ!」

 僕は力の限り鎖を引っ張った。

 《渾沌》が苦悶の唸り声を上げる。

「縛!」

 勇さんの声が聞こえた。

 同時に。

 《渾沌》の動きが止まった。

 そして、僕と《渾沌》を繋いでいた鎖がまるでガラス細工のような軽い音を立てて砕け散った。

 吐き出されるようにして《渾沌》から解放された僕は、転がるようにして千里眼さんのもとへ駆け寄る。

 紫は千里眼さんの亡骸を抱きしめて嗚咽していた。

「千里眼さん、紫を守ってくれてありがとうございます」

「真悟様、声が?」

「うん。たぶん《渾沌》と離れたせいだと思うよ」

 僕は千里眼さんにそっと手をかける。

 こんな悲しい出来事はもう終わらせなくちゃいけないんだ。

 僕は未だに呆然としている麗鈴に歩み寄った。

「しっかりしろよ、麗鈴! 勇さんが今必死で《渾沌》を押さえてくれている。《渾沌》を封印できるのはもう麗鈴しかいないんだ!」

「私には無理だ。おばあさまが言っていただろう。私には《渾沌》を封印する霊力などない、と」

 僕は麗鈴の頬を叩いた。いつもの麗鈴ならすぐに激昂するのに、今の麗鈴は心ここにあらずといった感じだ。

「昨日の夜、お前は死なない、って僕に言ったのはウソだったのか? 《渾沌》の再封印は自分がすると豪語していたのは誰なんだよ? 三年間、この日のためにがんばって修行してきたんだろう? 今までの苦労を無駄にするのか? 自分を信じろよ!」

「真悟の言うとおりだ、麗鈴。ばばあの言ったことなんか信用するな!」

「麗鈴ならできるよ」

「お前に言われる筋合いはない」

 麗鈴が傲慢な笑みを浮かべる。瞳に生気が戻ってきた。

 もう安心だ。

 麗鈴は立ち上がると、胸の前で両手を合わせると封印の術式を唱え出した。

 青白いオーラのようなものが麗鈴を包み込んだ。

「後は任せ……た」

 勇さんが倒れた。きっと霊力を使い果たしたんだ。

 自由を取り戻した《渾沌》は麗鈴に襲いかかる。

 が。

 麗鈴の方が早かった。

「封!」

 凛とした声が響いた。

 目を見開き、両手を《渾沌》にかざす。

 次の瞬間。

 《渾沌》の体は吸い込まれるようにして麗鈴の口の中に入っていた。

 封印は成功した?

「麗鈴?」

 僕はおそるおそる麗鈴に声をかけた。

 と。

 いきなり胸倉を掴まれた。

 まさか失敗?

「お前、さっきはよくも私の頬を叩いて生意気なことを言ってくれたな。このことは一生忘れないからな」

「いや、それは……その場の勢いというか、なりゆきというか」

 殺気に満ちた鋭い眼光に、僕は狼狽した。

「ビビるな、真悟。麗鈴は礼を言ってんだよ」

「勇兄さん、私は感謝などしてません! 勝手なこと言わないでください!」

 紫の手を借りて立ち上がった勇さんに、麗鈴は頬を紅潮させて激昂する。

 いつもの麗鈴だ。ということは、封印は成功したってことなのか?

「私を誰だと思っている。《渾沌》を封印するくらいのこと造作もない」

 したり顔で言ってのけた傲岸娘はそのまま卒倒した。

 こうして大きな犠牲を払って、《渾沌》の封印は成されたのだった。





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