第4章 再会-3
「白勇と申します」
勇さんは流暢な日本語で自己紹介した。
髪を後ろで一つに束ね、黒いチャイナ服を着ている姿は、カンフー映画の主人公を髣髴とさせる。
年は二十歳くらいかな。落ち着き払った漆黒の双眸が実年齢より大人に見せている気がする。本当はもっと若いかもしれない。
チャイナ服には牛のような動物の刺繍が施されていた。
そして、右袖に腕はなく、ぶらりと垂れ下がっている。
診察室兼処置室に再び重苦しい空気が漂っていた。
この人なんだろうか?
三年前、僕に四凶の一人を封印したのは。
やばい。また鼓動が速くなってきた。
落ち着け、僕の心臓。
僕は胸を押さえた。
すると、隠れるように僕の背中に寄り添っていた紫が胸を押さえていた僕の手を握りしめてきた。何だかひどく怯えていた。僕にはわからない何かを勇さんから感じているのかもしれない。彼がチャイナ少女の兄で妖怪退治屋なら、紫たち妖怪にとっては天敵のような存在だ。畏怖するのも仕方のないことかもしれない。
僕は少しだけ冷静さを取り戻し、紫の手を握り返した。
勇さんに確認する前にやらなければいけないことがある。
「うーうー」
ベッドの上で唸り声を上げながらじたばたと暴れているチャイナ少女をまずは何とかしないと。
こちらを鬼の形相で睨んでいる。
解放したら、即座に襲い掛かってきそうな勢いだ。
「ねえ、さっきから気になっていたんだけど、あの子どうしてベッドに縛りつけられてるわけ?」
と、一人蚊帳の外状態の茅結さん。
やっとチャイナ少女の存在に気が付いたみたいだ。
「絶対安静なのに、言うこと聞かないからベッドにくくりつけたのよ」
「あー、なるほど」
母さんの説明であっさりと納得する茅結さん。
本職がそれでいいのか? って、思ったけど、今はスルーしておこう。
「白さん、見たところあなた病人でもケガ人でもなさそうだけど、ここにはどういった用件で来られたのかしら? 観光名所巡り、ってことはないでしょう?」
母さんは勇さんを頭の天辺からつま先まで凝視した後、皮肉を交えた直球勝負に出た。
「敏腕美人女医を生で見たくてやって来た。っていう理由じゃダメかな? それとも、愚妹に会いに来た。の方がいいかな?」
勇さんはほくそ笑むと、足音も立てずチャイナ少女にゆっくりと歩み寄った。
次の瞬間。
瞬きひとつする間に、チャイナ少女の猿ぐつわとロープが切られていた。
僕には何が起こったのか理解不能だった。
「あの男、懐に隠し持っておった短刀で娘を解放しおった」
千里眼さんが解説してくれた。どうやら遠くを見通すだけでなく、動体視力も優れているようだ。
「麗鈴、まさかこんな形で再会するとは思ってもみなかったぞ」
「勇兄さん! やはり生きておられたのですね? 心配していたのですよ。ずっと連絡してこられないから。今までどこで何をしておられたのですか? それに……その右腕は?」
チャイナ少女――麗鈴は自由になった途端、ベッドから飛び出して勇さんに詰め寄った。すでに僕のことは眼中にないといった感じだ。
「大きくなったな。オレが恒山を離れた時、お前はまだ十一歳だった。あの頃は泣いてばかりの子供だと思っていたが、女ってのはずいぶんと変わるものだな」
勇さんは柔和な笑みを浮かべて、麗鈴の頭を撫でた。
恒山とは、中国、山西省の北東部にある山脈で、道教の五岳のひとつ、北岳。周時代から道教の聖地とされていた記録はあるみたいだけど、他の四岳ほど重要視されず、巡礼地になることはなかったらしい。
これは後から母さんから教えてもらった話だけど。
それにしても、麗鈴が僕より年下だったとは意外だ。あの横柄な態度は年上にしか見えなかった。
そんな麗鈴だけど、お兄さんに対してはちゃんと敬語を使っているし、しおらしい一面も垣間見せている。
「い、今は私のことなどどうでもいいのです!」
頬をほんのり朱色に染めて、憤慨する麗鈴。
ツンデレだ。
「そうね。私もあれからのあなたの動向が気になるわ。でも、その前に。一応感謝の言葉を述べておくわ。真悟を助けてくれてありがとう」
母さんは勇さんに向かって深く頭を下げた。
今更確認するまでもなかった。勇さんは僕の命の恩人であり、僕ののどちんこに四凶の一人を封印した人物だ。
勇さんは困惑した表情を見せた。
「助けられたのはオレの方だ」
小さく呟くと、右肩にそっと手を置いた。
「あのぉ」
申し訳なさそうな声が聞こえてきた。
茅結さんだ。
「私、やっぱり疲れているみたいなので家に戻って休みます。それじゃ」
そう言って、そそくさと帰っていってしまった。
ごめん、茅結さん。
すべてが解決したらちゃんと説明するから。
僕は心の中で手を合わせた。
茅結さんが退場して、エアコンの送風音が聞こえるくらい室内は静かになった。
しばしの沈黙の後、勇さんが重い口を開けた。